どっちも好き♡じゃダメですか?~After Story~

藤宮りつか

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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~

   僕とお兄ちゃんの難問課題(10)

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 結論から言うと、僕達がファミレスを出た後、美沙ちゃんは笠原家に来なかった。
 ファミレスから出たところでお兄ちゃんと別れ、そのまま真っ直ぐ自分の家に帰って行った。
 表向きの目的である「久し振りに伊織君に会いたい」を果たしてしまったから、ファミレスを出た後にうちに寄る必要がなくなってしまったのだろう。僕とお兄ちゃんの様子なら、ファミレスの中でも充分に確認できたと思うし。
 もちろん、僕達も美沙ちゃんに疑われないよう最善を尽くした。あくまでも仲のいい兄弟を演じ続けた。
 雪ちゃん達が付き合っている話も話題にした美沙ちゃんは、僕に向かって
『伊織君は今付き合ってる人とかいないの?』
 なんて探りを入れてきたから、僕は自分の気持ちをグッと押し殺して
『現在恋人募集中だよ♡』
 と言っておいた。
 お兄ちゃんの前でそんな事を言う僕が、実はお兄ちゃんと付き合っているとは美沙ちゃんも思わないだろう。
 ファミレスを出た後の美沙ちゃんがおとなしく家に帰ったのも、僕とお兄ちゃんが心配するような関係になっていないと思ったからなのかもしれない。
 でも
「はぁぁぁ~……疲れたぁぁぁ~……」
「悪いな、伊織。変に気を遣わせちまって」
「ほんとだよ。せっかくみんなで楽しくお喋りしてたのに。お兄ちゃんが美沙ちゃんを連れて合流なんかしてくるから、めちゃくちゃ気疲れしちゃったじゃん。おかげでせっかくのパフェを全然堪能できなかったよ」
 家に帰って来ると二人揃ってドッと疲れが押し寄せてきて、僕とお兄ちゃんはリビングのソファーにぐったりとして腰を下ろした。
 僕もかなり気を遣ったけれど、お兄ちゃんはお兄ちゃんで相当な気疲れだったと思う。何せ、自分の彼女が二人揃って同じ空間にいたんだもん。お兄ちゃんとしては気が気じゃないし、あそこにいた全員の言動をいちいち気にしなくちゃならなかったはずだよね。
 美沙ちゃんも僕にはちょくちょく探りらしきものを入れてくるし。僕もその都度自分を誤魔化すことに必死だった。
 幸い、今日はおとなしく引き上げてくれたけれど、この先も僕とお兄ちゃんに対する疑惑が完全に払拭されない限り、美沙ちゃんはまた同じような機会を作ろうとしてくるんじゃないかと思う。
 かといって、美沙ちゃんの疑いを晴らすために、僕がお兄ちゃん以外の誰かと付き合っていることにはしたくない。お兄ちゃんには最終的に僕を選んでもらうつもりでいるから、そんなところで美沙ちゃんをぬか喜びさせても仕方がないと思うんだよね。
「ほんと悪かったよ。でも、あのまま美沙をうちに連れて帰っちまうと、もっと気まずい展開になってただろ? 会話の内容もストレートになっていたんじゃないかと思うし。美沙に〈伊織君に会いたい〉って言われた時は断ろうかとも思ったんだけど、断ったら断ったで余計に疑われそうだと思ったんだよな。でも、実際には会わせたくないから、どうすっかなぁ……って思ってたら雪音の姿が見えたから……」
「確かに、お兄ちゃんが美沙ちゃんを家に連れて来なくて良かったとは思うよ。もし、僕、お兄ちゃん、美沙ちゃんの三人で会話なんかしていたら、美沙ちゃんは僕にお兄ちゃんのことを諦めるように言ってきたかもしれないし。美沙ちゃんにそんな事を言われたら、僕もおとなしく引き下がれなかったと思うから」
「やっぱそうなってたか。とりあえず、俺の気持ちがハッキリ決まるまで、お前とのことを美沙に知られるわけにはいかねーからさ。今日はほんと助かったよ。お前らがあんなところで呑気にお茶しててくれて」
「今度雪ちゃん達にもちゃんとお礼言ってよね。雪ちゃん達もかなり僕達に気を遣ってくれたと思うから」
「わかってるって」
 はぁ……。お兄ちゃんが僕とこうなる前に美沙ちゃんと別れてくれていれば、僕とお兄ちゃんが恋人同士になっても何の問題も無かったのに。
 まあ、お兄ちゃんに彼女がいるってわかっているのに、お兄ちゃんに強引に迫ったのは僕だから、今の状況は僕のせいでもあるんだけどさ。
 それにしても
「っていうか、何でお兄ちゃんは僕との関係を美沙ちゃんに疑われているわけ? 僕との関係を美沙ちゃんに知られるわけにはいかないわりには、何かめちゃくちゃ疑われてない?」
 そこなんだよね。お兄ちゃんが美沙ちゃんに僕との関係を疑われちゃっているから、美沙ちゃんが僕に会いたいなんて言い出したんだ。
 お兄ちゃんは美沙ちゃんの前で僕のことをどんな風に話しているわけ? 僕がお兄ちゃんのことを好きだと言っていることを打ち明けただけで、何でそこまで疑われるようになっちゃっているんだよ。お兄ちゃんは美沙ちゃんに疑われるような何かを言っちゃったの?
「それなんだけどな、お前が俺のことを好きだって言ってること自体が不安で心配になるんだそうだ。美沙もお前とは何回か会ってるし、お前の性格も少しは知っているからな。お前は押しが強そうだから怖いんだってさ」
「うぅ……。確かにそこは間違っていないけど……」
 お兄ちゃんが疑われているというよりは、僕に脅威を感じているということか。なるほど。それなら僕も少し納得した。
 僕と美沙ちゃんはそこまで親しい間柄ってわけじゃないけれど、会えばそれなりに親しくしていた。
 そんな美沙ちゃんには僕の人柄も良く知られてしまっているようで、僕としてはちょっと決まりが悪いよね。
「今日のところは何とか誤魔化せたけど、このままだといつかバレちまいそうだよな。やっぱ俺に二股とか無理だわ」
「じゃあどうするの? お兄ちゃんは今すぐ僕と美沙ちゃんのどっちを取るか決めちゃうの?」
 僕とお兄ちゃんは付き合い始めてまだ一ヶ月も経っていない。僕の中では「勝負はこれから」って感じだから、今お兄ちゃんに答えを出されても困るんだよね。
 もちろん、それでお兄ちゃんが僕を選んでくれれば問題は無いけれど、僕との関係を疑われつつあるものの、今のところは特に問題なく付き合えているお兄ちゃんと美沙ちゃんだ。その美沙ちゃんをお兄ちゃんが振るだろうか。
 僕の想像では、その選択はしないって感じなんだよね。
「それを決められれば話は早いんだよ。決められねーから困ってるし、悩んでるんだ」
 ひょっとして、僕は振られてしまうのでは? という不安が顔に出ていたんだと思う。深刻そうな顔でお兄ちゃんを覗き込む僕に、お兄ちゃんの手がゆっくりと伸びてきた。
 最初は僕を宥めるように頭を撫でてくれていたお兄ちゃんの手は、僕がお兄ちゃんの手にうっとりした顔になってくると、今度は僕の背中に回ってきた。
 そして、僕を抱き締めるお兄ちゃんの口からは
「ほんとごめんな。どっちつかずの情けない俺で」
 僕に対する謝罪の言葉が述べられた。
「お兄ちゃん……」
 今の僕、自分でも無意識のうちにお兄ちゃんのことを責めちゃっていたのかな。
 ダメだなぁ、僕。お兄ちゃんの負担にならないようにって思っているのに、どうしてもお兄ちゃんを自分だけのものにしたいって気持ちが抑えられなくて。自分でも無意識のうちに、ついつい面倒臭いことを言っちゃうみたいだ。
「そんな事ないよ。僕の方こそごめんね。お兄ちゃんを困らせることばっかり言っちゃって」
 僕を抱き締めてくれるお兄ちゃんに自分からも抱き付いた僕は、独占欲が強くて我儘な自分を反省するように謝った。
 お兄ちゃんに負担を掛けるばかりの僕じゃなくて、お兄ちゃんの癒しになれるような存在になりたいのに……。
 そうなるためには、まだまだ僕の心が子供なんだと実感してしまう。
 もし、僕がお兄ちゃんを困らせるばかりじゃなくて、お兄ちゃんに安らぎを与えられるような存在になれたら、お兄ちゃんも美沙ちゃんより僕を選んでくれると思うんだけどな。
「んな事ねーよ。そもそも、お前が俺を困らせるのは今に始まったことじゃねーだろ?」
 お兄ちゃんの腕の中でしょんぼりとしてしまう僕に、お兄ちゃんはクスッと小さく笑ってくれた。
 僕に優しくしてくれるお兄ちゃんは物凄く好きだし、僕も嬉しくなっちゃうんだけど、お兄ちゃんを僕だけの彼氏にしたい僕は今のままじゃダメだよね。
「でもまあ、このままずるずる三角関係を続けていくわけにもいかねーから、俺も本気でどっちを取るか決めねーとな」
 元々お兄ちゃんは真面目で律儀な性格だから、二人の人間と同時に付き合うなんて無理な性格だった。
 だからこそ、僕の気持ちを知った後も、なかなか僕の気持ちを受け入れようとしなかった。
 でも、最終的には僕の気持ちを受け入れてくれて、僕をお兄ちゃんの彼女にしてくれた。そして、今では一年も付き合ってきた美沙ちゃんと僕のどちらを取るかで真剣に悩んでくれている。
 そんなお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんの僕に対する気持ちは軽いものじゃないことがわかってホッとする。
 お兄ちゃんはこの三角関係に一刻も早く終止符を打ってしまいたいみたいだけれど、お兄ちゃんに選んでもらうための決め手って何だろう。お兄ちゃんに僕を選んでもらうためには、何が一番重要なポイントになるんだろう。
 今現在、僕と美沙ちゃんのどっちを取るかで真剣に悩んでいるお兄ちゃんに聞いてみたところで、お兄ちゃんもその答えはわかっていないんだろうな。
 学校は二学期に突入し、僕も色恋沙汰ばかりにかまけている場合じゃなかったりもするけれど、この問題は高校受験よりも大事なことだし、どんな難問よりも難しい。
 お兄ちゃんの彼女になれたところまでは良かったけれど、僕にはお兄ちゃんを自分だけのものにするための課題が山積みって感じなんだよね。
 夏休み中に大きな問題と課題を抱えてしまった僕達兄弟は、夏休み気分はすっかり抜けているのに、夏休みの宿題がまだ終わっていない気分だった。


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