僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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プロローグ編

如月悠那のプロローグ

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 先のことなんて何も考えてなかった。
 何が好きとか、何がやりたいとか。そういうのを考えるのはまだ面倒臭くて。
 高校に入ると先生達はやたらと“将来”って言葉を遣うのが正直鬱陶しかった。
 そんなにすぐ考えなきゃいけないものなの?
 自分が何をやりたくて、どういう人生を送りたいか、そんな簡単に決められるものでもないと思うのに。
 もちろん、“楽しい人生を送りたい”くらいは思っていた。でも、それって何も将来を決めなくたって実現可能だよね?
 だって、俺の毎日は既に充分楽しかったもん。
 学校に行けば仲のいい友達がいて、家に帰れば明るくて優しい両親と、無条件で俺を可愛がってくれるお兄ちゃんがいて。
 なんの不満もなかった。特別なんて求めていなかった。普通でいいし普通が良かったんだ。
 だから、芸能事務所にスカウトされた時も、最初は全然興味なんてなかったんだよね。
 芸能人になったら色々大変そうだし、自分に向いてるとも思わなかった。
 でも、何回も家に来られて話をされるうちに、俺より家族の方が「やってみたら?」って言い出して。こんなに熱心に誘ってくるならやってみようかなって。
 すぐに失敗したと思った。だってそうじゃん。転校はさせられるし、家族とは引き離されるし。俺の平和だった日常はあっという間に消え去ってしまった。
 しかも、出会ってまだ間もない人間との共同生活って何? そんなの聞いてなかったんだけど?
 すぐさま断ろうと思ったけど、俺が参加させられたプロジェクトは既に動き始めてて、今更「辞めます」なんて言える雰囲気じゃなかった。
 家族にも後押しされて、結局、Lightsプロモーション初となるアイドルグループの一員になってしまった俺だった。





「うん。大丈夫だよ。ご飯もちゃんと食べてる。あんまり美味しくないけど。あ、でも昨日はみんなでご飯食べに行ったよ。普通のファミレスだったけど物凄く美味しいと思っちゃった」
 今日のスケジュールを終え、五人で一緒に暮らすマンションの一室に戻ってきた俺は、お風呂から出た後、久し振りに家族と電話をしていた。
 今から四ヶ月前。急に家を出ることになった俺のことを家族はみんな心配しているみたいだった。だから、俺もなるべく実家に連絡を入れて「元気にしてるよ」って伝えるように心掛けている。
 毎日くたくたになって帰って来るから、ついつい日が空いてしまうこともあるけど。
 俺が電話を掛けるといつも嬉しそうな声が返ってくる。それが俺も嬉しい。
「そうだ。デビューの日が決まったんだよ。2月5日。あと二ヶ月くらい。だからいろいろ大変。テレビに出る日があったら教えるね」
 正直、不安がないわけじゃない。むしろ不安しかないけれど、俺は努めて明るい声で話した。
 先のことを考えるのは苦手。何が起こるかわからないから。
「みんなとも仲良くしてるよ。最初は怒られてばっかりだったけど、陽平はなんでもできて頼れるお兄ちゃんって感じだし、律と海は可愛いよ。司は……時々ちょっと意地悪かも」
 家族との電話ではよくメンバーの話もする。
 司は……くらいのところで部屋のドアが開き、お風呂から出た司が入ってきた。
「でも、一緒の部屋だし一番仲良くしてくれてるかも。朝も起こしてくれるんだ」
 一応フォローはしておいた。別に悪口言ってるつもりはないし、事実を述べてるだけなんだけど。
 Five Sのリーダーを務める蘇芳司は、基本的にはメンバー想いの優しいお兄ちゃん。だけど、時々俺には意地悪する。多分、俺が司の言うことあんまり聞かなくて、一番面倒掛けてるからだと思う。
 言うことを聞いてないつもりは無いし、面倒掛けたくて掛けてるわけでもないんだけどな。
 でも、なんだかんだと優しいのには変わりないから、俺もついつい甘えてしまうところがあるんだと思う。
「今年の年末年始は帰れないけど、そのぶんちゃんと電話するね。じゃあまた電話するから。うん。おやすみ」
 気付けば結構な長電話になっていた。司も戻ってきたことだし、俺は家族との通話を終了した。
「なんか俺の悪口言ってたでしょ」
 濡れた髪も乾かさず、肩からタオルを掛けた司に睨まれた。
 そういう顔するのが意地悪だと思うんだけど。
「悪口じゃないもん。ほんとのこと話してたんだもん」
「俺、悠那に意地悪なんかしてなくない?」
「してるよ。時々。朝の起こし方だって優しくないし」
「優しくしたら起きないじゃん。俺も心を鬼にしてるのに」
「鬼にしなくていいよ。俺は優しくされたい生き物なんだから」
 俺はスマホをベッドの上に置くと、司の方を向いて胡坐をかいた。
 俺の発言に溜息を吐く司は
「俺がどれだけ悠那に優しくしてるかも知らないで……」
 と、本気で嘆いたりする。
「わかってるよ。司が優しいのはちゃんと知ってるって」
 しょんぼりと肩を落とされたりなんかしたら、俺もちょっと慌ててしまう。
 司のこういうところはズルいと思う。大きい身体をしてる癖に時々妙に可愛いんだよね。
「ならいいけど」
 やや疑いの目で俺を見はしたが、司はそれ以上不満を零すのはやめにしてくれた。
「そんなことより、まだ髪の毛乾かしてないの? 風邪引くよ?」
「司だって乾かしてないじゃん」
「俺は今お風呂から出てきたところだから当たり前じゃん」
 言いながら、司は部屋を出るとドライヤーを手に戻ってきた。
「こっちおいで。乾かしてあげるから」
「わーい」
 司の優しさ大爆発だ。俺に意地悪って言われたのが案外ショックだったのかな?
 俺が満面の笑みで司の前に座ると、司は俺の髪の毛にドライヤーの風を当て始めた。
 ドライヤーから出る温風って気持ちいい。
「それにしても、また随分と明るくなったね。これもう金髪じゃん」
 ずっと根元の地毛が気になってたけど、プロフィール写真を撮る前に美容院に行く時間がもらえた。気になる根元の色だけなんとかするでも良かったんだけど、せっかくならもうちょっと明るくしようと思い、結果、俺の髪はほぼ金髪になった。
 人生初めての金髪。悪くはない。でもすぐ飽きそう。
「美容師さんに天使みたいって言われた」
「そうだね。見た目は確かに天使かも」
「見た目は? 中身は悪魔とでも言いたいの?」
「よくわかってるじゃん」
「もうっ! そういうとこが意地悪なんじゃんっ!」
 司との会話は大体いつもこんな感じ。
 司は俺より年上だけど、実際は五カ月しか変わらない。司が12月生まれで俺が5月生まれ。あんまり年上って感じがしない。
 陽平は俺より二つ年上だから、さすがにお兄ちゃんって感じがするけど。
 元々俺にはお兄ちゃんがいるから、お兄ちゃんというものに敬語を遣わなきゃいけない感覚が希薄だ。司も俺が敬語を遣わないことには何も思わないみたいだから、司に対して敬語を遣うことはなかった。
 ただ、時と場合によっては敬語の方がいい時もあって、そういう場合はちゃんと敬語を遣うようにはしている。
 司に比べたら、陽平に敬語を遣う時の方が圧倒的に多いけど。
 陽平は俺達の中で一番業界歴が長いし、専門的なレッスンを受けてる期間も長いから、一人だけ持ってるオーラが違うっていうか……尊敬みたいなものをしちゃうことも多いんだよね。
「悠那ってわりとマメに家に電話するよね」
「うん。だってどうしてるか気になるじゃん」
「そういうところはいい子だね」
「司はしないの? 電話」
 なんかさり気なく意地悪な発言をされたけどスルーした。
「メールは時々するけど電話はしないかな。そのうち向こうから掛かってくるし」
「えー。冷たーい」
「息子なんてそんなもんだと思うけど? 連絡してこないのは元気な証拠って言うし」
 どうやら司は俺と違って家族に対してドライなタイプらしい。
 確か、司の家族構成も俺とほぼ同じだったはずだよね。俺は上にお兄ちゃんがいるけど、司のところはお姉ちゃんだったかな?
 育つ環境が違うと息子の性格も全然違うものになるんだ。お姉ちゃんがどういう存在なのか、俺にはちょっと想像がつかない。
「ほら。乾いたよ」
「ありがと」
「今度からちゃんと乾かすんだよ? 風邪引くだけじゃなくて髪だって痛むんだから」
「司が毎日乾かしてくれてもいいよ?」
「やだ。面倒臭い」
「面倒臭いってなんだよ。どうせ自分の髪の毛乾かすんだから、ついでに俺の髪の毛も乾かしてくれたっていいじゃん」
「お前は今以上に俺に世話を焼かせるつもりか」





 最初は嫌でしょうがなかったし、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったメンバーとの共同生活。
 あれから四ヶ月経った俺は、今の生活を結構気に入り始めていた。


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