僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    愛のバレンタイン大作戦⁈(6)

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「あの……そろそろ離れてくれてもいいと思うんだけど」
「嫌。離れたくないし、離したくない」
「~……」
 夕飯を食べる間は離れてくれたけど、夕飯が済んで部屋に戻ってきてからというもの、海は僕をずっと抱き締めたままで、一向に離してくれる気配がなかった。
 僕を抱き締めたまま、すりすりと頬擦りしてくる海は、僕からバレンタインのチョコレートを貰えたことがよっぽど嬉しかったのと、僕への愛が溢れすぎているように思える。
 これじゃまるで司さんと悠那さんみたいじゃないか。僕達はあんな風にはなるまいって思ってるのに。
「律からバレンタインのチョコレートを貰えるだなんて夢にも思ってなかったんだもん。こんなに嬉しいことはないよ。もう幸せ過ぎて死ねる勢い」
「大袈裟だよ。そんなことで命を落とさないで」
「それだけ嬉しいってこと」
 僕からバレンタインのチョコレートを貰えることは、命の危機に晒されるほど幸せなことらしい。
 もちろん、本当に死んだりなんかはしないけど、海なりに最大限の喜びを表わしているってことなんだろうな。
 それにしても、海はいつまで僕を抱き締めているつもりだろう。今日はバレンタインだから、少しくらいは恋人らしく過ごす時間があってもいいと大目に見てたけど、いい加減離してくれないと何もできないよ。宿題だってやらなきゃいけないのに。
「そうだ。ねえ、律。悠那君が司さんにあげた箱の中身ってチョコレートだったの?」
「え? ううん」
 一体どう言って海に離れてもらおうかと考えていた僕は、急に思い出したように聞いてくる海に、反射的に首を横に振った。
「悠那さんは司さんにチョコレートケーキを作ったんだよ」
「ケーキだったんだ。だから、あんなに箱が大きかったんだね。どんなチョコレートを作ったのかと気になってたけど」
「初めてのお菓子作りでいきなりケーキに挑戦するなんて凄いよね。僕なんて、そんなに難しくないチョコレート作りにも凄い苦戦したのに」
 個人的には頑張ったつもりだけど、悠那さんに比べたらやや努力や意気込みは足りなかったと思う。
 僕の中では上出来な方だけど、もう少し頑張ってみても良かったんじゃないかって少し思う。
 かと言って、慣れないことに手を出しても、あまりいいことにはならなかっただろうから、僕はこれで良かったんだとも思う。
「来年はもう少し頑張るね」
 反省点は色々あった。チョコレート作りも苦戦したし、ラッピングもお世辞にも上手いとは言えない出来だった。渡し方なんてお粗末極まりなかったから、これらの反省点を踏まえ、来年はもう少しスムーズに熟したいものである。
「え? 来年もくれるの?」
「うん。そのつもりだよ? だって、今年あげたのに来年はあげないなんて変だし」
 僕がバレンタインにチョコレートを渡すだなんて柄じゃないとは思ったけど、一度渡してしまったのであれば、もれなく年中行事に加えられる。
 来年も手作りにするかどうかは未定だけど、苦戦こそしたものの、お菓子作りも結構楽しいと感じたから、来年もまた作ってもいい。
 それに、やっぱり海が喜んでくれたのは僕的にも嬉しかったから。
「僕は夢でも見てるのかな? なんか律が凄く可愛いこと言う」
「今のは可愛い発言になるの? 至って普通のことを言っただけなんだけど」
「律がバレンタインを意識すること自体がもう可愛い」
「そう?」
 バレンタインを意識って……。去年までだって別に意識してないわけじゃなかったんだけどな。ただ、面倒臭いイベントって認識しかなかっただけで。
「ホワイトデーのお返しは何がいい?」
「別にいいよ。お返しなんて」
 僕がバレンタインにチョコを貰った時は、一応お返しなんかはちゃんとしていた。お返しする品には意味があるって聞いたから、姉さんの勧めで毎年クッキーを返していた。
 でも、自分が渡す側になって思ったことは、別にお返しなんていらないなってことだった。
 渡した相手が本当に好きな相手だからか、お返し目当てに渡したわけじゃないって思ってしまう。それに……。
「ホワイトデーは海の誕生日だから。誕生日の海から何かを貰うわけにはいかないよ」
 そう。ホワイトデーは海の誕生日でもある。それもあって、僕はバレンタインにチョコレートを貰うのがあまりありがたいと思わなかったんだ。
 バレンタインにチョコレートを貰ってしまっては、ホワイトデーにお返しをしないといけない。海の誕生日だというのに、なんで他の人間に贈り物をしなきゃいけないんだ……という不満があった。
「律って……」
「ん?」
「ほんと可愛いね。今までそんなこと言ってくれた子なんて一人もいなかったよ?」
 僕なんかがバレンタインにチョコレートを貰っているくらいだから、当然海もバレンタインには毎年沢山のチョコレートを貰っていた。そして、そのお返しを海は自分の誕生日にせっせと返していた。
 もちろん、海からお返しを受け取る相手は、ホワイトデーが海の誕生日であることは知っているから、ちゃんとお祝いの言葉は言うし、ちょっとしたプレゼント――大概お菓子だった――を渡す子もいたけれど、バレンタインのお返しはお返しで、ちゃっかり貰うのは当然という顔だった。
 これが彼女とかなら、そうじゃなかったのかもしれないけど、恋仲でもない相手にバレンタインのチョコを渡すということは、お返しありきのものなんだろうな。
 クラスの中にはお返しをあげない男子も何人かいたけれど、そういう男子は翌年から貰える数がどんどん減っていったものだったし。
 一種のコミュニケーションツールみたいなものなのかもしれない。もしくは、男としての品定めをされる場なのかも。お返しにいい物を返す男子は人気があったもんな。
「でも、それとこれとは話が別っていうか、ホワイトデーのお返しはちゃんとしたいよ。僕、恋人からのバレンタインのお返しもしない男にはなりたくないもん」
 すっかり恋人モードに入っている海は、海の腕の中にすっぽり収まっている僕にキスをしながら言ってくる。
 おでこや瞼、ほっぺたにされるキスは擽ったくて、少しだけ身体を捩ったところで唇にキスをされた。
「ん……」
 部屋に戻ったら絶対キスされるんだろうなって思ってたけど、やっぱりされた。
 以前に比べればだいぶ慣れてきたし、そこまで恥ずかしいとも思わなくなってきたけれど、電気の点いた明るい部屋でするキスはやっぱり少し恥ずかしい。
 暗けりゃいいって問題でもないけど。
「ねえ、律。今日はシてもいい?」
「え……えっと……」
 僕から唇を離した海に熱っぽく言われ、僕はどう答えようかと迷ってしまう。
 僕と海は時々エッチなことをするようにはなっていたけど、ちゃんとしたセックスはまだしたことがない。だから、ここで言う“スる”っていうのも、セックスのことではなくて、一緒に気持ち良くなるだけのエッチなことだ。
 海は僕の承諾がないと僕に手を出してはこないし、司さんや悠那さんに比べれば頻度もかなり低い。それでも、週一くらいは僕にこうして迫ってきて、僕も最終的に承諾するって感じだった。
 前回はデビュー一周年記念イベントの後だったかな。もう一週間以上経ってるから、そろそろ言ってくる頃だとは思っていた。
「……………………」
 すぐには即答できない僕は、海の腕の中でしばらくもじもじしていたけれど、今日はバレンタインだ。悠那さんの言う愛の日だ。
 悠那さんに言われなければ、今年のバレンタインもスルーしていたであろう僕は、せっかくバレンタインっぽいことをしたんだから、恋人との時間をもっと堪能するべきかどうかと悩んだ。
 まだ宿題もやってないし、そろそろお風呂にも入らなきゃいけない。いつまでも海とイチャイチャしてる場合じゃないって思ったけど……。
「うん……いいよ」
 バレンタインが愛の日ならば、大切な人に自分の気持ちもちゃんと伝えなきゃだよね。司さんと悠那さんだって、今頃部屋で目を覆いたくなるくらいにイチャイチャしてるんだろうし。
「律……」
 僕の返事を受けた海が柔らかく微笑み、僕の上に覆い被さってくる。
 僕はそんな海にドキドキしながら、遠慮がちな動きで海の背中に腕を回した。
 バレンタインのサプライズは無事成功。だけど、チョコレートみたいに甘くて蕩けそうな時間はこれからだ。



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