僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

第4話 初めてのホワイトデー(1)

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 春休みが近づいていた。
 悠那君が卒業してしまい、これまでわりと賑やかだった朝の風景は、ちょっとだけ落ち着いてしまったように思う。
 その悠那君は、学校に行かなくて良くなったぶん、司さんと一緒にいられる時間が増えて大層喜んでいるし、朝もゆっくりになった。
 もともと早起きは苦手な悠那君だから、早起きしなくていい朝はゆっくり寝ていたいんだろう。悠那君を起こす必要のなくなった司さんも、悠那君と一緒に朝寝坊する日が増えたと思う。
 陽平さんだけは相変わらず早起きで、学校に行く僕達の世話を何かと焼いてくれる。
「悠那さんが卒業してから、司さんと悠那さんの生活リズムが完全に夜型に移行してる気がする。別に構わないと言ったら構わないけど、規則正しい生活を送った方がいいと思うのは、個人的意見の押し付けになるかな?」
 律と二人だけになった通学路は、なんだか昔に戻った気分になる。
 中学までは、こうして毎朝律と一緒に学校に行っていたものだよね。
「律は規則正しい生活が身に沁みついてるからね。でも、高校を卒業したら、夜遅くまで仕事することもあるだろうし、もともと芸能界なんて生活が不規則になりがちなものじゃない? ちゃんと睡眠をとって、しっかりご飯を食べてれば問題ないんじゃないかな?」
「それもそうだね」
 律の言うように、司さんと悠那君は夜更かししがちになっていた。
 というのも、司さんが車を購入したことが大きいのだと思う。朝がゆっくりできるようになったからか、よく一緒に夜のドライブに行っている。
 仕事の後にドライブに出掛けるなんて元気だな。って思うけど、本人達は楽しそうだから何よりだ。司さんと悠那君は、ほんとに一緒にいる時間が楽しくて仕方ないんだな。仲睦まじい二人を見ていると、僕もなんだか嬉しくなる。
 でも、それも長くは続かなさそうである。
 悠那君の卒業を待っていたかのように、悠那君にはドラマの話やバラエティー番組への出演の話がきているようで、これから徐々に忙しくなりそうだった。更に、映画出演の話も決まりそうだとかなんだとか。
 司さんにも同じくいろんな仕事の話が来ているようだから、こうしてのんびりしていられるのも今だけって感じ。もちろん、陽平さんは陽平さんで忙しくしている。
 デビューから一年が過ぎた今、僕達は着々と知名度を上げていっていると実感している今日この頃だった。
「それはそうと、ホワイトデーのイベントも明後日だね。楽しみ」
「うん。でも、僕としてはホワイトデーより海の誕生日の方が重要なんだけどね」
「律がそう言ってくれるだけで嬉しい」
 澄ました顔の律は、澄ました顔のまま、そんな嬉しいことを言ってくれるから、僕の顔は自然と綻んだ。
 きっと律は思ったままを口にしているだけなんだろうけど、律が当たり前のように言う言葉が、僕にとっては物凄く嬉しい時もある。
「でも、どうして今回はオンラインイベントにしたんだろう」
 自分の発言が特別じゃなかったと証明するかのように、律はさらっと次の話題に話を移した。
 息をするのと同じような感覚で僕を喜ばせる律。自分の発言で僕がどれだけ喜ぶかがよくわかっていない鈍感具合もまた可愛い。
「今後のためじゃない? これからはネットを利用した配信サービスも積極的にしたいって、マネージャーも言ってたし」
「確かに、オンラインを使うメリットは沢山あるし、手軽さもあるよね」
「人数制限もないから、会場に来られないファンがいなくなるのもいい。去年のファンイベントや先月のデビュー一周年イベントには、来られなかった子もいるから」
「そうだね」
「オンとオフを上手く織り交ぜることで、二つの楽しみ方が生まれるね」
「うん」
 僕達が日々、当たり前のように利用しているインターネットは人々の生活をより便利にし、より豊かにしてくれているのだろう。
 もちろん、それに伴う問題が全くないわけでもないけれど、今やどんな企業だってネットを利用するのは当たり前だし、僕達だってネットを利用し、様々な情報を発信する身だ。自分という存在を売り物にしている僕達にとって、ネットを上手く活用するスキルは必要不可欠なのかもしれない。
「僕達の公式サイトでもたまに短い動画をあげたりしてるもんね。他の動画サイトにもミュージックビデオを載せたりしてるし。マネージャー的には、ネットを使ってもっといろんなことをしようって思ってるんだろうね」
「ネット番組とかやるのも面白そうだよね」
「そう、それ。多分マネージャーもそういうのを始めたいんだよ」
 初のオンラインイベントを目前に、テレビという媒体だけでなく、インターネットという媒体を利用して、更に大きくなろうとする僕達に期待した。





「海」
「はい?」
 学校から帰ってきた僕は、リビングに入るなり、司さんに小さく手招きをされた。
 一体何をコソコソしているんだろう。みんなに聞かれたら不味い話でもあるのかな?
「ホワイトデーのお返しってもう用意した?」
「あー……」
 なるほど。それはコソコソしたくもなるか。ホワイトデーは明後日なのに、司さんはまだお返しを用意していないんだな。
 悠那君は前もって色々用意するタイプみたいだけど、司さんって結構ギリギリになってから慌てるタイプだよね。
 でも、結局悠那君をちゃんと喜ばせてあげてるから、全く何も考えていないってわけでもないんだろう。色々考えてはいるけれど、決定するのがギリギリってだけなのかな?
「用意しましたよ。悠那君にはお菓子を返します。この前、悠那君の好きなお菓子をいっぱい買ってきました。悠那君も僕からのお返しは物よりお菓子の方がいいと思いまして」
「律には?」
「律には寛ぎセットです」
「寛ぎセット?」
「本、紅茶、アイマスクの三点セットです。ほんとはもっといい物を返そうと思っていたんですけど、お返し自体をいらないって言う律に、あんまりいい物をあげたら嫌がられそうなので」
「なるほど……」
 僕の答えが思っていた物とちょっと違っていたのか、司さんはやや微妙な顔をした。
 恋人から手作りケーキを貰った司さんとしては、その愛情と労力に見合ったお返しがよくわからないようだった。
「過去に彼女からのバレンタインには何を返していたんですか?」
「それなんだけど……俺、バレンタインの時期に彼女がいたことはないんだよ。バレンタインにチョコレートを貰ったことはあるけど、彼女にホワイトデーのお返しをしたことはなくて……」
「そうなんですか?」
 過去に付き合っていた彼女がいたと聞いたから、彼女と過ごすバレンタインやホワイトデーは経験済みかと思っていた。
 司さんから――陽平さんもだけど――過去の恋愛経験談を詳しく聞いたことはないから、ちょっと無神経な質問をしたようになってしまった。今度詳しく聞いておこう。
「彼女へのホワイトデーのお返しって、一般的にどういう物をあげるものなの?」
「えっと……それは……」
 それは僕に聞かれても……だ。僕だって、律とのバレンタインデー、ホワイトデーのやり取りをするのは今年が初めてなんだから。
 それに、彼女といっても悠那君も律も女の子ではないから、一般的な彼氏からのホワイトデーのお返しを喜ぶかどうかはわからない。悠那君は喜ぶ可能性も充分にあるけど、律は多分喜ばないと思う。
「そのへんはちょっと僕もわからないです。人によってそれぞれだと思いますけど……よく聞くところではアクセサリーが多いような気もしますよ?」
「アクセサリーか……。でも、クリスマスに指輪あげちゃったからなぁ……」
「ピアスなんてどうです? いくつあっても困らないし、悠那君は身に付けるものを貰えるのを喜びそうじゃないですか」
「そう言えば、この前ピアスの穴を増やしてたな」
「だったらちょうど良くないですか?」
「確かに……」
 年上の司さんからこういう相談をされるのはちょっと嬉しいし、悠那君に喜んでもらうために悩む司さんも可愛いと思う。
 実はピアスは僕も考えたプレゼントだったから、咄嗟に口から出たんだと思う。
 うちのメンバーは僕以外全員ピアスを開けているから、ちょっとしたプレゼントにピアスはちょうどいいと思ったんだ。
 でも、律は仕事以外であまりピアスを付けないし、最近は目疲れが酷いのか、よく目薬を点している姿を見掛ける。スマホやパソコンの画面を眺める時間も増えたみたいだし、律の綺麗な瞳を癒してあげようと、充電式のアイマスクをプレゼントすることにした。
 アイマスクだけじゃなんか寂しいから、律の好きな紅茶と、好きそうな本も選び、寛ぎセットという形でプレゼントすることにしたのだ。
「ありがとう、海。参考になった」
「いえ。お役に立てて何よりです」
 迷いは晴れたのか、スッキリした司さんに僕もホッとした。
 きっと悠那くんに似合うピアスを一生懸命選ぶんだろうな。そして、それをもらった悠那君は泣くほどに喜ぶんだろう。
 世の中には、《人の不幸は蜜の味》なんて言葉もあるけれど、僕は幸せな人の姿を見る方が断然好きだ。



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