僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    さよならスクールデイズ(6)

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「ったく……。朝帰りするならするって言えよ」
「ごめん。連絡するの忘れちゃって」
 翌朝。客室の自動精算機で支払いを済ませた俺達は――支払いは当然のように司がしてくれた――早い時間にホテルを出て、帰り道にあったファミレスで朝御飯を食べてから家に帰ってきた。
 家に帰ってくると、陽平が朝御飯を作っているところだった。律と海はまだ起きていないらしい。
 今日は普通科の卒業式だから、芸能科の律と海は学校がお休み。俺と司が帰った時間は、いつもなら律達が学校に出掛けた後のはずだけど、学校がお休みな二人は家にいて、まだ休息中ってことらしい。
 海ならわかるけど、律がこの時間にまだ起きていないなんて珍しい。昨日は遅くまで陽平に連れ回されたのかな?
 その陽平は、相変わらずいつもと同じ時間に起きているみたいだけど。
「悠那が卒業した途端にこれだと先が思いやられるな。ま、俺ももうあんまりとやかく言うつもりはないけどさ」
「陽平は理解があって助かるよ」
 朝御飯を食べてきたというのに、綺麗に焼き上がった卵焼きを盛りつける陽平を見ていると、なんだかお腹が空いてきた気がする。お味噌汁のいい匂いもするし。
「おはようございます。あ、おかえりなさい」
 朝御飯の匂いに誘われたのか、まだ少し眠たそうな目を擦りながら、律が部屋から姿を現した。
 ちゃんとパジャマから部屋着に着替えているところが、律の性格を表わしているような気もする。俺なんか、起きてもしばらくはパジャマ姿でうろうろすることが多いのに。律は着替えてから行動ってタイプらしい。
「おはよ、律。海はまだ寝てるの?」
「はい。でも、もうすぐ起きると思いますよ。僕が部屋から出る時、布団の中でゴソゴソし始めてましたから」
「そこは起こさないんだ」
「昨日は夜遅かったですし。学校がない日はゆっくり寝させてあげたいですから」
 部屋から出てきた時はまだ眠たそうな顔をしていた律だけど、俺達と喋っているうちに目が覚めたようだ。顔つきがハッキリすると
「それより、お二人とも着替えてきたらどうですか?」
 昨日と同じ格好のままの俺と司にそう言って、洗面台へと向かって行った。
 そうだよね。もう制服着なくていいんだから、いつまでも制服姿も変だよね。
「そうする。司も着替えてこようよ」
「うん」
 律の言葉に従うことにした俺は、司を誘って一度部屋に戻ることにした。
 今日は全然睡眠時間が足りていないから、家に帰ったらまた寝るつもりだった。
 でも、さすがにパジャマに着替えるのはおかしいから、ダンスレッスンの時に着るスウェットに着替えることにした。
「朝飯いんの?」
「ちょっとだけ食べる」
 結局、朝御飯を食べたはずの俺達は、着替えてそのまま寝るんじゃなくて、陽平の作った朝御飯をちょっとだけ食べる選択をした。
 朝の味噌汁って人の食欲をそそる匂いだよね。





 俺と司が着替えて部屋から出てきたら、さっきまではいなかった海も起きていて、ぼーっとした顔のままテーブルに着いていた。
 こちらは律と違ってパジャマ姿のままだったけど、誰もそれを咎めたりしなかった。
「あ、おかえりなさい、司さん、悠那君。昨日はどうでした?」
 ちょうど欠伸をし終わったタイミングで、俺と司が海の前に座ったから、海の目が少しだけパチッと大きくなって聞いてきた。
「うん。無事にことが運んだよ。悠那のお兄ちゃんって問題がまだ残ってはいるけど、ご両親とは上手くいった」
「そうですか。良かったですね」
 陽平の手伝いをする律が、全員分の味噌汁をテーブルに運び終わると席に着いた。そのすぐ後に陽平も席に着いたから、全員揃って朝御飯になった。
 本日二回目の朝御飯だけど全然食べれちゃう。ファミレスで食べたモーニングはちょっと量が少なかったし、普段朝御飯にお米を食べることが多い俺は、パン食だと少し物足りないってなっちゃうし。
「ふーん。兄ちゃんの方は認めてくれてないのか」
「あの様子じゃそう簡単に認めてくれそうにはないんだけどね。まあゆっくりやるよ」
「ほんと、どんな兄ちゃんだよ。マジで会ってみてー」
 みんなで「いただきます」をした後は、俺の実家での話をみんな聞きたがったから、ちゃんと説明してあげた。
 俺の両親は認めているって聞かされていても、少しは心配してくれていたみたい。実際、俺もいざ顔を合わせたら……って不安になる気持ちはあった。
 でも、その不安が解消された今、お兄ちゃんの問題が残っていようと、あまり気にはならなかった。
 面倒臭いとは思うし、仲良くしてよ! って思うけど。
 俺としては、律や海に陽平とのドライブの感想も聞きたかったんだけど、それは後の話になりそう。
 俺達に内緒で車の免許を取って、車まで買った二人に、律と海がどれくらい驚いたのかが知りたいのに。
「でも、家から追い出されるようなことはされなかったんでしょ?」
「え?」
「あれ? 昨日は悠那さんの実家に泊まったんですよね?」
「……………………」
 あー……そうか。みんな俺と司が昨日帰って来なかったのは、俺達が俺の実家に泊まったと思ってるんだ。
 流れ的にはそれが自然だし、現にそういう話も出たもんね。俺達の朝帰りに陽平が寛大だったのも、司が俺の家族との交流を深めるためなら仕方ないって気持ちがあったからなのかもしれない。
 ってことは、ラブホに泊まったって話はしない方がいいのかな。
「ううん。悠那の家には泊ってないよ」
 あぅー……司ってば変なところで馬鹿正直なんだから。
「え? じゃあどこに……」
「ラブホ」
「……………………」
 言っちゃった。ま、聞かれたら素直に答えるとは思ったけど。
 “ラブホ”の単語に硬直する三人に気付かないフリをしつつ、俺は涼しい顔で卵焼きに箸を伸ばした。
 陽平の卵焼きって美味しいよね~。
「お……お……お前らという奴は……」
「?」
 お箸を握り締め、わなわなと肩を震わせる陽平に、司は“どうしたの?”とでも言いたげな顔である。
 そういうぽやっとした天然なところが可愛いんだけど、そのぽやぽやしたところが、時にとんでもない地雷を踏むこともある。
「なんっつーとこに行ってんだっ! 万が一誰かに見られたらどうするつもりだっ!」
「えー? 大丈夫だよ。駐車場から部屋に入るまでの間に誰とも会ってないし。監視カメラにも映らないよう気を付けたよ?」
「そういう問題じゃねーだろっ! そもそも、制服着たままの悠那をそんなとこに連れ込むなっ!」
「人聞きが悪いなぁ。連れ込んだわけじゃないよ。悠那が行きたいって言ったんだもん。ちゃんと顔も制服も隠したし、俺と悠那がそんなところに入るなんて誰も思ってないよ」
「だからっ! そういう問題じゃねーっ!」
 ほんの少し前までは、穏やかな朝の風景だったのに。朝っぱらから“ラブホ”なんて単語が飛び出してしまった途端にこの騒ぎ。うちのグループ最年長は、風紀にちょっと厳し過ぎる。
「ラブホ……どんなところなのか凄く気になる……」
「海。そういう興味を持つのはもう少し後にしなよ。いかがわしいところには間違いないんだから」
「でも、一度は行ってみたいところじゃない?」
「そう? 僕はそう思わないけど」
 陽平が司を怒鳴りつける横で、我関せずの律と興味津々の海。
 これもお決まりと言ったらお決まりの風景ではあるけれど……。
「大体っ! ラブホは高校生が入っていい場所じゃねーだろっ! 卒業したからって、すぐに高校生じゃなくなるわけじゃねーんだぞっ! 卒業した後も、3月いっぱいは高校生扱いなんだからなっ!」
「え? そうなの?」
「んなことも知らねーの⁈ お前はもう少し一般常識というものを知れっ!」
「えー……」
 この場合、俺はどういう立場を取ればいいものか。このまま知らん顔を通し続けていても、そのうち俺にも矛先が向くのは目に見えてる。
 となると、ここはさっさと退散が一番いいのかな? 司を置いていくのは心苦しいけど。
「ご……ごちそうさま~……」
 お茶碗に一口分残ったご飯を味噌汁で流し込んでしまうと、俺はそろ~っと椅子から立ち上がり、食器を下げた足で部屋に戻ろうとした。
「おい、悠那。何逃げようとしてんだ」
「あーんっ!」
 こっそり司の後ろを通り過ぎてみたけど、陽平はそれを見逃してはくれなかった。部屋に逃げ込もうとする俺の手を掴んだ陽平は、俺を椅子の上に座り直させた。
「悠那が学校に行かなくても良くなった今、お前らには私生活のあり方ってものを、ちゃんと話しておかなきゃいけなさそうだな」
 もうあんまりとやかく言うつもりはないって言った癖に……。
 どうやら高校を卒業しても、陽平の俺への子供扱いはもう少し続きそうだった。



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