僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

文字の大きさ
上 下
250 / 286
Final Season

第9話 別れた女は要注意⁈(1)

しおりを挟む
 


「9月のオフ?」
《そう。何も丸一日休みじゃなくてもいいからさ。どっかスケジュール的に余裕がある日ってない? できれば夕方から空いてる日がいいんだけど。そういう日があるなら教えてよ》
「それは別に構わないけど……。でも、なんで?」
 9月も前半が終わる頃には、ライブツアーも終わり、少しだけゆっくりする時間があったり、なかったり……。
 基本的には仕事やレッスン三昧な毎日ではあるけれど、うちのマネージャーはちゃんと俺達の体調のことを考えてくれていて、大きな仕事が一つ終わると、必ずと言っていいほどオフをくれたり、スケジュールが楽な日を作ってくれるようにしている。
 とは言え、夏のライブが終わったら、今度は冬のライブの練習やら、年末に行うCROWNとの合同カウントダウンライブの練習が本格化してくるから、あまり気を抜いてもいられないんだけれど。
 そんな中、5月に悠那と悠那の幼馴染みである祐真を交えて遊びに行って以来、約四ヶ月ぶりに郁から連絡をもらった俺は、唐突過ぎるようにも思える用件に、首を傾げるしかなかった。
 そりゃまあ、俺だってゆっくりできる日がないわけじゃないけど、スケジュールに余裕がある時は、基本的に“悠那とイチャイチャする日”って決めているんだけどな。
(もしかして、今度は郁達の方から俺と悠那にダブルデートのお誘いか?)
 5月の始め。悠那の幼馴染みである早川祐真が、大学で知り合った俺の中学からの友人、須藤郁也のことを好きになったということで、俺と悠那、郁と祐真の四人でダブルデートなるものをした。
 その後、郁と祐真がどうなったのかは知らないが、悠那の話では二人とも仲良くやっているらしい。
 時々一緒に遊びに行ったり、ご飯を食べに行っているらしいのだが、付き合うまでには至っていないらしく、悠那はそれが気に入らない様子でもあった。
 でも、この四ヶ月の間に二人の中で何かしらの進展があって、今ちょっといい感じになっているから、このへんでもう一度俺達と一緒にダブルデートでもして……なんてことにはなっていないんだろうな。俺が見た限り、郁は全然祐真の気持ちに気付いていなさそうだったし。
 そもそも、中学から高校にかけて女子としか付き合ったことがない郁に、男同士で付き合うという発想自体がなさそうだ。
 それでも、祐真が勇気を出して郁に告白でもすれば、さすがの郁も祐真の気持ちに気付くだろうし、自分の置かれている状況についても考えるだろうけれど、祐真のあの性格じゃね……。
 思いきって郁に告白する決意をしても、そこから実際に告白するまでに一年くらいは余裕で掛かってしまいそう。下手をすると、そんな日は一生来ないかもしれないよね。
 名前や雰囲気は悠那に似ていたりもするんだけれど、天真爛漫で大胆な悠那とは違って、祐真は酷く消極的で控えめな性格だから。
 話は戻るけど、そもそも俺と悠那を誘うつもりなら、俺の都合だけじゃなく、悠那の都合も聞いてくるはずだよね。悠那の都合を聞いてこないということは、用があるのは俺だけ……ってことなのかな?
(一体なんの用かな?)
 中学時代からの付き合いである郁からの誘いなら、俺も「付き合ってやるか」って気持ちにもなるけれど、何の誘いかがわからない以上、なんとも言えないな。
《この前、高校時代に仲が良かった数人で集まったんだけどさ。その時に司の話題も出て、今度は司も誘って同窓会がしたいって話になったんだよな。で、司の都合を聞いて欲しいって頼まれたんだよ。俺達大学生は9月も夏休みだから、司の都合さえ合えばみんな集まれそうだしさ》
「同窓会?」
 郁が急に電話なんか掛けてくるから一体なんの用かと思ったら……。まさかの同窓会のお誘いだった。
「いやいや。同窓会って……。俺、高校卒業してないんだけど?」
 俺が高校生だったのは今から三年ほど前の話だ。
 メンバーとの共同生活が始まる三年前の夏休みまでは、俺は地元の高校で普通に高校生をやっていた。
 が、その高校を卒業はしていない。
 高校三年生の夏に、事務所から実家を離れてメンバーとの共同生活及び、芸能科のある学校への転校を言い渡された俺は、「今更新しい学校に転校するのも面倒臭い」という理由で、高校を中退してしまったからだ。
 なので、俺は高校の卒業式には出ていないし、卒業アルバムにも載っていない。
 後日、郁が俺のために当時の彼女と一緒に俺用の卒業アルバムを作って送ってくれたけど、そんなことをしてもらったところで、俺の高校中退の事実は変わらない。
 だから、俺に高校の同窓会なんてものは無縁だと思っていたんだけどな。
《卒業はしてなくても、高三の一学期まではいたじゃん。そこまでいたんだから、同窓会に出てきたって問題はないよ。そもそも、みんながお前に会いたがってるんだから》
「うーん……」
《っていうか、司がいきなり“アイドルなるから”って理由で学校を辞めた後、うちのクラスがどれだけ震撼したと思ってるの? 司って絶対にそういう道に進むと思われていなかったんだから、みんな司に聞きたいことがいっぱいあるみたいだよ?》
「ふーん……そうなんだ」
 まあ、当時の俺は自分でも本当にアイドルになれるとは思っていなかったんだけどね。
 学校ではわりとおとなしい部類の人間だった俺が、高三の夏休みが明けてみれば「アイドルになるんで」という理由で学校を去っていたとなれば、そりゃみんな驚くか。
《そうだよ。みんなが受験真っただ中の時に、本当にアイドルとして華々しくデビューした司の姿をテレビで見て、俺達がどれだけ驚いたと思ってるの? まあ、俺は知ってたけど。特に女子なんかそりゃもう大騒ぎだったんだからな。“あれが蘇芳君⁈”ってさ。お前、高校生してた時と、アイドルになってデビューした時じゃ結構雰囲気変わってたからな》
「それはまあ……事務所とメイクさんのおかげだよね」
《それだけじゃないと思うよ。実際にアイドルになってからの司に会った時、性格もかなり明るくなってると思ったし。見た目も随分と垢抜けた感じがしたよ》
「そうなんだ。自分ではあんまりよくわからないんだよね」
 アイドルになって三年目を迎えれば、自分でも多少は変わったとも思うけれど、根本的なところはあまり変わった感じがしていない。
 常に人から見られる仕事だし、人に魅せなきゃいけない仕事だから、見た目にはかなり気を遣うようにはなったけど、家の中では結構だらしないままだし、きっちりとした衣装に身を包むよりは、楽なスウェットの方が好きなところも変わっていない感じだもん。
 昔に比べて感情が豊かになって明るくなったのは、メンバーとの共同生活のおかげと、悠那っていう最高に可愛い恋人ができたおかげだからだと思う。
《そうなの。だからもう、うちのクラスの奴らは全員と言っていいほど、司に会いたがっているんだよ》
「それは光栄……なのかな? みんなただの興味本位で俺に会いたがっているような気もするけど」
 自分の通っている学校から芸能人が誕生したら、そりゃみんな少しくらいは盛り上がるだろうな。
 でも、学校では特に目立った存在じゃなかった俺としては、アイドルになった途端に騒がれるのも、ちょっと複雑だったりする。
《まあ、司がそう思う気持ちもわからないではないよ。中には“アイドルになった司に会いたい”ってミーハー思考の人間もいるとは思う。だから、司が嫌だと思うなら俺も無理強いはしないよ》
「うーん……そうだねぇ……」
 実際に悩ましいところではある。
 高校生活に不満はなかったし、それなりに楽しくもあったけれど、一番仲良くしていた郁とは今でもこうして連絡を取り合っているし。郁以外のクラスメートで“会いたい”と思う人間もいないと言えばいない。
 ただ、俺が高校を中退したのが夏休み中の出来事だったから、それまで高校生活を共に過ごしてきたクラスメートに何の挨拶もしていないことは、ちょっとした心残りでもあった。
 同じクラスで一緒に過ごしてきたクラスメートに何も言わずに学校を去った薄情な俺なのに、そんな俺に「会いたい」と言ってくれる元クラスメート達には、一度くらい会ってもいいと思ってしまう。
「いいよ。みんなが俺に会いたいって言ってくれてるなら、参加する方向で考えてみる」
《ほんと?》
「うん。俺も急に学校辞めちゃったから、ちゃんとみんなに挨拶がしておきたいし」
《悪いな、司。助かるよ。じゃあ、ちょっと悠那に代わってくれる?》
「え?」
《今一緒にいるならだけど》
「まあ……いるにはいるけど……」
 えっと……なんで悠那? 俺が郁に誘われて同窓会に行くことになった話は、俺から悠那に伝えるつもりなのに。
 今日は朝からFive Sのバラエティー番組の収録があり、ほんの少し前にメンバー揃って家に帰って来たばかりのところだ。だから、悠那も一緒にいると言えば一緒にいるんだけれど……。
「悠那」
「なあに?」
「郁が悠那と電話で話したいって」
「え? いっ君が?」
 家に帰って来るなり、珍しく律と一緒にキッチンに立っている悠那は、すぐ電話を代われるような距離にもいなかった。
 なので、俺がリビングのソファーから腰を上げ、キッチンで律と一緒に夕飯を作っている悠那に声を掛けながらスマホを差し出すと
「なんだろう?」
 悠那も不思議そうに首を傾げながら、俺が悠那に向かって差し出したスマホを受け取った。
「もしもし? いっ君? 久し振りだね。どうしたの?」
 料理の手を止め、エプロン姿で電話に出る悠那が、若奥さんの日常って感じがしていい。
「え? そうなの? うーん……それは別にいいんだけどぉ……」
 いくら電話の相手が郁だとわかっていても、会話の内容が聞こえてこないと、一体なんの話をしているのかが気になってしまう。
 まあ、俺が同窓会に「行ってもいい」ってなった瞬間、悠那と電話を代わって欲しいって言い出したから、俺を同窓会に連れて行く話を悠那にしているんだとは思うけど。
「それってさ、女の子も来るの?」
 あ……。悠那の顔が急に怖くなった。
 なるほど。男子校というわけでもなかった高校の同窓会には当然女子も出席するから、悠那がヤキモチ焼きだと知っている郁は、俺に代わって悠那に「心配しないで」って言ってくれようとしているのか。
 こういう場合、俺が悠那に「心配しないで」って言うよりも、郁みたいな第三者にそう言ってもらうほうが、悠那もすんなり納得してくれたりもするから。
「じゃあさ、司の元カノも来るの?」
 特に、高校では――中学もだけど――一応彼女という存在がいた時期もある俺だから、その同窓会となると、悠那の心中は穏やかではないのかもしれない。
(でも、彼女って言ってもなぁ……)
 俺がアイドルになる前――つまりは、悠那と出逢う前に付き合っていた二人の歴代彼女とは、今更悠那が心配するような間柄でもなかったんだけどな。
 デートやキスはしたことがあるけど、それ以上の関係ではなかったし。
 そもそも、二人とも付き合っていた期間が短過ぎて、今思えばちゃんと付き合っていたと言えるのかどうかも怪しいくらいだよ。
 当時はそんなつもりじゃなかったし、俺も彼女のことはそれなりに大事にしていたつもりでもあったけど、全然ラブラブって感じでもなかったしさ。
 だから、今俺が同窓会で元カノに会ったとしても、絶対に何も感じないし思わない。そう言い切れる自信もある。
 だけど、学生時代の俺を知らない悠那は、元カノという存在自体が面白くなくて、不安に思ってしまうものなんだろうな。
 幸い、悠那は俺と出逢うまでは初恋もまだだったそうだから、俺に悠那の元カノ(元カレ?)問題でもモヤモヤする必要はないんだけれど、もし、悠那が俺と出逢う前に誰かと付き合っていた過去を持っていたのなら、俺もさぞかしその存在が気になって仕方がなかったんだろうな。
「そうなんだ……。でも、だったら来る可能性が高いってことだよね? むぅ……」
 自分の恋人と友達の仲がいいというのも、なんだかちょっと複雑な気持ちになる。
 これまで、悠那と郁が一緒にいるところを見ていても、特にお互いがお互いを意識している感じは一切なかったし、郁が悠那に惚れそうな気配もないけれど。
 とは言っても、先日の陸の一件もあるしなぁ……。あんまり悠那に俺以外の人間――特に男とは親しくして欲しくないと思っちゃうんだよね。
 悠那の過去にはモヤモヤしないけど、悠那の今とこれからにはヤキモチを焼くし、モヤモヤすることもある俺だった。
 今だって
「ほんと? ほんとにいっ君が司のこと見ててくれる?」
 俺のスマホを可愛い手で握り締めながら、心配そうな顔で郁に甘える悠那に
(あー……そんな可愛い声で郁に甘えないで欲しい……)
 と思ってしまう俺がいる。
「わかった。いっ君のこと信じるね。だから、司のことお願い」
 そして、最終的には俺のことを郁にお願いしてから、俺にスマホを返してきた悠那に代わって電話に出た俺は
「悠那となんの話してたの?」
 明らかにさっきとは違うテンションで郁に聞いたものだから
《ちょっと待って。なんで怒ってるの? やめてよ。別に変なことは言ってないから》
 郁に若干引かれてしまった。
 学生時代の俺からは想像できないだろうが、俺は恋人に対して嫉妬心剥き出しな男になったのだ。
 それというのも、悠那があまりにも可愛くて、俺が悠那のことを好き過ぎるが故だ。
《悠那って司のことになるとヤキモチが凄いし、心配性にもなるだろ? 司を連れ出す俺としては、ちゃんと彼女に話を通しておこうと思っただけだよ》
 ということだそうだ。まあ、最初からわかってはいたけれど。
「それはいいんだけどさ。あんまり悠那の好感度を上げるようなことはしないでよ」
《えー……。そんなつもりじゃないのに。司は司で悠那のことになると見境のないヤキモチを焼くよね》
「だって俺、悠那のことがめちゃくちゃ好きだもん」
《うん、知ってる。だからこそ、俺が悠那に変な気を起こさないって信じて欲しいんだけどね》
 俺にスマホを返してキッチンに戻って行く悠那の姿を目で追いながら、俺の頭の中は
(悠那ってさ、ただそこに存在しているだけでもう可愛いよね)
 という、悠那を愛しく想う気持ちでいっぱいだった。
 これだけ悠那のことが好きで仕方がない俺だから、ちょっとしたことですぐにヤキモチを焼いてしまうのも無理はない。自分でも自分がみっともないくらいのヤキモチ焼きだという自覚はある。
《でもま、とりあえず悠那の許可はもらったから、後は司の都合のいい日を教えてね》
「わかった。明日マネージャーに確認してから連絡するでもいい?」
《それでいいよ》
「じゃあまた明日連絡する。電話じゃなくてメールになるかもだけど」
《構わないよ》
「それじゃまた明日」
《おー》
 悠那と電話を代わった後の俺と郁の会話は、わりとすぐ終わってしまった。
 もともと、俺と郁はどちらもお喋りなほうではないし、お互いに連絡不精なところがある。用がなければ連絡を取り合うこともないし、たまに取る連絡にしても、用件だけ伝えるあっさりとしたものだった。
 でも、そういうあっさりとして気を遣わなくていい付き合い方をしているからこそ、俺達はいつでも気軽に連絡を取り合えるし、たまの連絡でも昔と変わらないやり取りができるんだと思っている。
「お前が悠那以外の人間と電話してるのも珍しいな」
 通話を終わらせたスマホをズボンのポケットに仕舞いながらリビングのソファーに腰を下ろすと、今日はそれこそ珍しくキッチンに立っていない陽平に言われた。
 メンバーとの共同生活が始まって以来、我が家の台所は陽平が仕切っていると言っても過言ではない。
 仕事で家にいない時以外はいつも俺達のご飯を作ってくれる陽平が、今日に限ってその役目を悠那と律に任せているのには、もちろんちゃんとした理由がある。
 今日はFive Sのバラエティー番組の収録だったと言ったけど、その収録中にちょっとしたハプニングがあって、陽平が足を挫いてしまったのだ。
 と言っても、本人は
『全然平気だし、痛くない』
 と言っているのだけれど、陽平はうちのダンスリーダーだし。万が一でもあったら大変だからと、今日一日は絶対安静の指示がマネージャーから出たのである。
 そんなわけだから、今日は陽平ではなく、悠那と律の二人がキッチンに立ち、二人で今夜の夕飯を作ってくれているのである。
 共同生活が始まったばかりの頃は、この二人の料理の腕もあまり褒められたものではなかったけれど、二人には料理の才能が備わっていたのか、キッチンに立てば立つほど、料理の腕をどんどん上げていった。
 俺は陽平の作る料理も美味しくて好きだけど、悠那や律の作る料理も好きだ。
 特に、悠那の手料理は俺にとって愛しい恋人の手料理になるわけだから、俺のテンションも上がるってものだよね。
 たまに家の中に悠那と二人きりでいる時は、悠那が俺に御飯を作ってくれることもあるんだけれど、俺のために御飯を作ってくれる時の悠那は、本やネットでいろんなレシピを見て勉強し、一番美味しく料理を作ってくれようとするから、そういう努力をしてくれる姿が益々可愛いと思うんだよね。
 昔は食事を作るのも当番制だった時期もあったけど、全員のスケジュールが合わなかったり、料理の向き、不向きがわかってからは、当番制というものが自然消滅していった。
 と同時に、俺と海はもっぱら食べる側の人間になってしまったわけだけど、そのことについて誰も文句は言ってこないから、俺はあえてキッチンに立とうとはしなくなった。俺の作るラーメンが好きだと言う悠那に頼まれた時だけ、キッチンに立っている。
「うん。郁から高校の同窓会のお誘いがね」
 いつもならキッチンに立っているはずの陽平は、悠那と律の二人に口を揃えて
『おとなしくしてて(ください)』
 と言われたうえ、海を見張り役にまで付けられてしまって退屈そうだった。
 だから、珍しく家の中で電話をしていた俺の姿を見るなり、話しのネタにしようと思ったに違いない。
 俺の口から「高校の同窓会」という言葉が出てくると
「え。でもお前、高校卒業してないじゃん。それなのに、高校の同窓会には呼ばれんの?」
 と、俺が最初に郁に見せた反応と同じ反応を返してきた。
 普通はそう思うよね。誘われた俺本人もそう思ったんだから。
「そうなんだよね。なんか俺が夏休みの間に高校を辞めてたから、逆に興味の対象になっちゃったみたいで。みんなが俺に会いたがってるんだってさ」
「あー……なるほどな。確かに、夏休み中に学校辞めてた奴が、半年後にアイドルとしてデビューしたら、そりゃみんなびっくりするだろうし、会っていろんな話を聞きたくなるだろうな」
「そうらしい」
 俺の説明で陽平はあっさり納得してくれた。
 多分、みんなにとって俺が突然学校を辞めていたことももちろんだけど、一番驚いたうえに意外だったのは、俺がアイドルになる道を選んだことなんだろうな。
 俺は誰かに「アイドルになりたい」なんて一言も言ったことがないし、俺自身も切実に“なりたい”と思うより、興味があった程度だったもん。
 自分がアイドルオーディションを受けた話も、誰かに話したのは合格通知を受け取った後だった。
 正直、合格する自信なんて全然なかったから、ダメだった時はオーディションを受けたこと自体、誰にも話すつもりはなかった。
 でも、オーディションの結果が合格だった以上、俺の進路や日常が変わってしまうわけだから、誰にも言わないわけにはいかなくなった。
 だから、まず最初に家族に話してから、学校の人間には担任の先生と郁だけに話した。
 ただオーディションに合格しただけなら、担任や郁にも話すつもりはなかったんだけれど、オーディション合格後、事務所からメンバーとの共同生活と、今通っている学校から事務所が指定した学校への転校を言い渡されたから、学校の人間――とりわけ、担任の先生に言わないわけにもいかなくなったんだよね。
 あまり話題になりたくなかったから、俺がアイドルオーディションを受けて合格し、8月からはアイドルになるための生活を送ることになった話を担任と郁に話したのは、学校が夏休みに入った後の話で、俺はその話を担任に話したその日に、学校を退学する旨も伝えておいた。
 まさか俺が
『アイドルになるんで学校辞めます』
 なんて言い出すとは思っていなかった先生は
『え⁈ アイドル⁈ お前がなるのか⁈』
 って、物凄く驚いてたっけな。
 そして、そういう反応は郁も全く同じだったと思う。
「へー。司さんは高校の同窓会があるんですか。それはいいですね。でも、スケジュールは合うんですか? 僕と律も二年おきに中学の同窓会の案内がきますけど、いつもスケジュールが合わなくて不参加ですよ」
 俺に同窓会の話が出ていると知った海は、まだアイドルになる前、地元で極々普通の中学生をしていた頃を思い出したのか、懐かしそうな顔になって言ってきた。
「なんかね、みんなが俺の都合に合わせてくれるみたい。だから、明日マネージャーに俺のスケジュールを確認しなくちゃいけないんだ」
「わあ。司さんって人気者だったんですね」
「うーん……そういうことじゃないと思うんだよね」
 俺の発言をいい意味に取ってくれた海には申し訳ないけれど、学生時代の俺は人気者とは程遠い感じだったと思う。
 基本的にはおとなしくて人畜無害。目立つようなこともしていなかったどころか、極力目立たないようにしていたくらいだから。
「多分、人気者とは真逆のタイプだったからこそ、アイドルの道に進んだ俺に会いたがってるんだと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん。だって俺、自分で言うのもなんだけど、アイドルになる前は本当に冴えない感じだったもん。まあ、今も自分がイケてるとはあんまり思ってないんだけどさ」
 俺が同窓会に誘われる理由をいいように誤解されないためとはいえ、少し卑屈になってしまったかな?
 でも、学生時代の俺が冴えなかったのは事実だ。その証拠は、当時の写真にしっかり残っている。
「そうですかね? オーディションの時はグループが違って会ってないですけど、僕はオーディションに合格した直後の司さんに会ってますけど、普通に格好いい人だと思いましたよ?」
「俺も特に冴えない奴だとは思わなかったけどな。ちょっとぼーっとした奴だとは思ったけど」
「そのぼーっとした感じが冴えない奴に見えなかった?」
「別に。だってお前、顔は整ってるし、背は高いしで格好良かったじゃん」
「そ……そうなんだ……」
 海はともかく、珍しく陽平にまで褒められてしまった俺は、なんだか物凄く恥ずかしい。
 もっとも
「むしろ、司は出逢った後のほうに幻滅することが多かったな」
 タダでは俺のことを褒めてくれない陽平ではあった。
「三人でなんの話してるの? 司の話なら俺も混ざりたい」
 俺、陽平、海の三人で、夕飯が出来上がるまでの時間を、暇つぶしトークをして過ごしていると、我が家のお姫様二人の手料理が完成したのか、テーブルに料理を運ぶ悠那にそう言われた。
 確かに俺の話をしていたのは事実だけれど、悠那が混ざりたがるような話でもなかったような……。
「全く。司さんと聞けば悠那さんの意識はすぐそっちに行っちゃうんですから。心配しなくても、続きは夕飯の席でしてくれると思いますから、早くテーブルに料理を運んでください」
「はぁ~い」
 会話の中に俺の名前が出るだけで気になる悠那が可愛いんだけれど、そんな悠那は律にやんわりとたしなめられていた。
 同じお姫様でも、つくづくタイプの違うお姫様達である。どっちが年上なのかもわからない感じだ。
 この二人がお姫様たる所以ゆえんは、二人とも今付き合っている恋人にとって彼女役であるところが大きいのだが、それを言ったら陽平もお姫様になるのでは? という気がしないでもない。
 だけど、いくら陽平が湊さんにとっての可愛い彼女だったとしても、陽平にお姫様要素は全く見つけられない俺だった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

淫魔と俺の性事情

BL / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:812

ちっこい僕は不良の場野くんのどストライクらしい

BL / 連載中 24h.ポイント:560pt お気に入り:551

仲良いと思ってた後輩が俺を狙ってる淫魔だった

BL / 連載中 24h.ポイント:426pt お気に入り:28

時に厳しく時に優しく~お仕置とご褒美~

BL / 連載中 24h.ポイント:610pt お気に入り:27

処理中です...