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第四章 秘密
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そして迎えた土曜日――なんだけど
「この女性が俺とお付き合いすることになった桜木桃だ」
「初めましてぇ~♡ いつも漣さんからお話聞いてて、是非お会いしたいなぁ~と思っていました♡」
凜さんの連れて来た彼女が、俺や兄ちゃんの想像とはかなり違っていたから、俺も兄ちゃんもどう反応していいのかで、しばし言葉を失ってしまった。
(この人が凜さんの彼女……)
いや、めちゃくちゃ可愛いんだよ? 一瞬アイドルかと思ったくらい、マジでめちゃくちゃ可愛い人だった。
でも、俺の中で凜さんは可愛い系より綺麗系が好みだと思っていたし、元気いっぱいな人より、静かで落ち着いた感じの女性が好みなんだと思っていた。
多分、それは兄ちゃんも同じだったんだと思う。だから、初対面で元気いっぱいに挨拶してくる可愛らしい凜さんの彼女に絶句しているんだと思う。
「…………乳がでけぇな」
しばし言葉を失っていた兄ちゃんの第一声はそれだった。
友人の彼女を見た感想の一言目が「乳がでけぇ」って……。それ、立派なセクハラにならない?
っていうか、「乳がデカいのは兄ちゃんも一緒じゃん」って俺は突っ込みたいよ。
確かに、凜さんの連れて来た彼女のおっぱいは爆乳だけど。
「何だ、その感想は。お前、男として最低だぞ」
「だってよぉっ! お前がそんなきゃるきゃるした彼女連れて来るとは思わなかったんだよっ! お前、こういう女がタイプだったのか⁉」
「俺は外見で彼女を選んだわけじゃない。彼女の内面に惹かれたから、彼女を好きになったんだ」
「いやいや。絶対外見も入ってんだろ。あと乳」
「帰るっ!」
「嘘嘘っ! 悪かった! ちょっとびっくりしただけで悪気はねぇんだって!」
そんなやり取りの末、凜さんと彼女――せっかく紹介してもらったから桃さんと呼ぼう。凜さんと桃さんを家に招き入れた兄ちゃんは、二人にお茶を出し、まずは二人の馴れ初めから聞くことにしたみたいだった。
桃さんは兄ちゃんや凜さんの二つ年下で、今年の春から凜さんの勤める学校に英語教師としてやって来たみたいだけれど、今の学校に就職が決まる前、教育実習生として凜さんと一緒に過ごす時間があったそうだ。
その頃から桃さんの人柄に好感を持っていた凜さんは、実際に桃さんが自分と同じ学校に就職したことを密かに喜んだという。
そして、桃さんの方も教育実習生時代に自分に優しくしてくれた凜さんには好感を持っており、職場の同僚になった後は、凜さんと仲良くなりたいと思ったらしい。
お互い好意的に思っている男女が一緒に過ごしていれば、いずれ恋仲に発展するのもそう難しくないし、時間が掛かるものでもないんだろう。
二人の仲は職場の同僚から気になる異性に――そして、好きな人へと変わっていったみたいだ。
で、二日前に凜さんから桃さんに告白したことで、二人は晴れて付き合うことになったらしい。
「まあ、良かったな。好きな女と上手く行って」
「ああ」
「最初はびっくりしたけど、よく見りゃお似合いって感じだし」
「本当か?」
「おう」
最初に桃さんを見た時の兄ちゃんの反応を思い出すと、その場しのぎの嘘を言っていると思われてしまいそうだけど、凜さんと桃さんが一緒にいる姿に目が慣れてくると、確かにお似合いのカップルに見えてくるから不思議だ。
元々美人な凜さんと、アイドル並みに可愛い桃さんだから、そりゃお似合いって感じになっちゃうのかもな。
美男美女カップルっていうか、容姿のいい男女が並んでいる姿って絵になるものだし。
「真実さんも学校の先生なんですよね? それも高校の。私は三月までまだ学生だったし、中学の先生だから、自分自身子供っぽいところがあるって思っちゃうんですけど、高校教師って何か大人っぽいですよね♡」
「そうかぁ? たいして変わんねーと思うけど」
「そんなことないですよぉ♡ 真実さんって男らしくて格好いいじゃないですか♡ 女子生徒から人気があるんじゃないですか?」
「さあなぁ……。あんまそういうの気にしたことねぇなぁ」
家の中に女の人がいることも物凄く不思議な感じがするけど、兄ちゃんが女の人と普通に話している姿も何か変な気分だ。
うちの学校にも女の先生はいるから、兄ちゃんも女の人とは日常的に会話をしているんだとは思うけど、俺、兄ちゃんのそういう姿ってあんまり見たことないからなぁ。
女の人と話している兄ちゃんは普通に男前だと思ってしまう俺がいる。
「漣さんもうちの学校の生徒に凄く人気があるんですよぉ♡ だって綺麗ですもん♡ 私、漣さんと目が合うだけでドキドキしちゃう♡」
おっと……いきなり惚気きた。まあ、二日前に付き合い始めたばかりなんだから、今はそういうテンションだよな。凜さんも自分の彼女にそう言われて、満更でもなさそうな顔してるし。
「へー、そうなんだ。で、お前は凜のどこがいいの?」
ちょっと兄ちゃん。今日初めて会った女性に向かって〈お前〉って。ちゃんと凜さんに紹介してもらったんだから、そこは名前で呼んであげようよ。〈桜木〉でも〈桃〉でもどっちでもいいから。
兄ちゃんのこういう粗暴なところが、女から見た時「男らしくて格好いいっ!」ってなるのかもしれないけれど、同じ男から見ると不愛想で素っ気ない気もするよな。
ま、兄ちゃんが桃さんにあまり関心がないってことがわかるから、俺としては安心するんだけど。
「えぇ~? それ聞いちゃいますぅ? えっとぉ……全部です♡ 漣さん優しいし、綺麗だし、落ち着いた感じがとても素敵で♡ さり気ない気遣いとかされちゃうと〈はぁぁぁぁ~っ!〉ってなっちゃうんですよね♡」
「ああ、そう……」
あ。兄ちゃんがちょっと引いてる。多分、こういうタイプの女性は苦手なんだろうな。
兄ちゃんアイドルとかに全然興味ないし。うちの学校の女子生徒に話し掛けられた時も、こういうタイプの女子にはちょっと素っ気ないもんな。
まあ、兄ちゃん今年で二十五だし。若さと元気を武器にしたあざと可愛い人より、落ち着いた大人の女性が好みなのかもな。
「じゃあ凜は? 凜はこの女の何が良かったんだ?」
〈お前〉に続いて〈この女〉……。本人の前でいくらなんでも失礼過ぎるだろ。兄ちゃんはもっと女の人に対して気遣いってものをした方がいいんじゃないのかな。
それでも女にモテているわけだから、そこが兄ちゃんの良さってことになるのかもしれないけど。
「全部だ。彼女の素直なところや愛らしさ、もちろん、非の打ち所がない見事な容姿も素晴らしいと思っている」
わぁー……思った以上のバカップルだぁ。さっき容姿は関係ない的なことを言っていたけれど、やっぱり彼女の容姿も好きな部分にしっかり組み込まれてるじゃん。
実際に可愛いけどね。見れば見るほど可愛い人だって、俺も思うけどね。
でも、凜さんの口から彼女をべた褒めする発言が飛び出すとは思っていなかったから、俺はちょっとびっくりしちゃったよ。
凜さんってどことなくミステリアスなところがあって、色恋沙汰とは無縁なところにいる人なのかと思うところもあったけど、彼女ができて、その彼女のことで惚気ている凜さんを見ると、凜さんも普通の男なんだと実感した。
「へいへい。お互い相手の全部がいいんだな。いいことじゃねぇか。仲睦まじくてよぉ」
出逢った頃から凜さんの浮いた話を聞いたことがない兄ちゃんは、凜さんの好みのタイプにもびっくりだけど、彼女ができた凜さんの姿にもびっくりなのかも。
何はともあれ、仲がいいのはいいことだと俺も思う。
「そういう真実さんには付き合っている人とか、気になる人はいないんですか?」
「え」
「私の予想では素敵な彼女さんがいそうな感じなんですけど♡」
「……………………」
困ってる困ってる。表面上では涼しい顔をしているけど、兄ちゃんめっちゃ困ってる。可愛い。
そりゃ返答にも困っちゃうってものだよね。だって、兄ちゃんに今いるのは素敵な彼女じゃなくてセフレだもん。顔はいいけどロクでもないセフレがいるだけだもんね。それも二人。
あと、血の繋がった実の弟ともセックスしてるわけだから、桃さんの質問には答えられないよな。
普通なら、ここでいちいち困ることもなく、「いない」って答えればいいだけなんだけど、兄ちゃんって嘘を吐くことに抵抗がある人だから、咄嗟に嘘が言えないんだろうな。
しばらく無言で返答に困っていた兄ちゃんは、チラッと俺を見てから
「いねぇなぁ。今は特に興味もねーし」
と答えた。
仕方がないとはいえ、嘘を吐いてしまったことに多少の罪悪感があるみたいだった。
しかし、兄ちゃんの答えにわくわくしていた様子の桃さんは、兄ちゃんが質問に答える前、俺の方をチラッと見てきたところを見逃さなかったみたいで
「ほんとかなぁ? 真弥君、何か知ってるんじゃないの?」
兄ちゃんがダメならと、今度は俺に質問を浴びせてきた。
兄ちゃんのことは〈真実さん〉だけど、俺のことは〈真弥君〉らしい。
そりゃそうだよな。兄ちゃんは桃さんより年上だけど、俺はまだ高校生だもん。普段職場で接している生徒達とあまり変わらない年頃の俺は、当然君付けで呼ばれるものだよな。
「いや……俺は別に何も……。兄ちゃんってあんまそういう話を俺にしないから」
嘘が苦手な兄ちゃんが頑張って吐いた嘘を無駄にできない俺は、自分も嘘の答えで桃さんをやり過ごすことにした。
二人揃って桃さんの期待を裏切る俺達兄弟に、桃さんはさぞかしがっかりするのかと思いきや
「真弥君、お兄さんのことは〈兄ちゃん〉って呼ぶのね。可愛い♡」
変なところに反応された。
今まで特に意識したことなかったけれど、高校生にもなって「兄ちゃん」って呼ぶのは変なのかな。
でも俺、兄ちゃんのことはずっと「兄ちゃん」だし。今更そこを変えるつもりないんだよな。
「何か年下の男の子って感じで可愛い♡ ね? 漣さん♡」
「そうだな。まだ高校生ということもあって真弥は可愛いな」
嘘吐けぇーっ! 凜さん本当にそう思ってる⁉
そりゃ俺はまだ高校生だし、凜さんはいつも俺に優しくしてくれているとも思うよ? 多少は俺のことを可愛い弟分として見てくれているところもあるとは思う。
でも、だからって人前で俺のことを「可愛い」と言ってしまうほど、俺のことを可愛いとは思っていないと思うんだよな。
今のは絶対彼女に同意を求められたから、同意の証として俺を可愛いと言ったに過ぎない。
(俺の中で凜さんのイメージが……)
まさか凜さんがここまで盲目的に人を好きになるとは……。意外であると同時に、ちょっと新鮮だと思ってしまう。
「本当のところはどうなんですか? 真実さん、付き合ってる人や好きな人はいないんですか?」
その話、まだ終わらないんだ。っていうか、兄ちゃんにそういう人がいないことなんて、凜さんに聞けばすぐわかることなのに。
もしかして、桃さんは恋バナ好きなのかな。女の人は好きだもんな、恋バナ。
恋バナ好きな人って実際にそういう話がしたいだけで、そこまで相手の恋愛に興味がなかったりするんだよな。
再度桃さんから同じ質問をされた兄ちゃんは、ちょっとうんざりした顔になって
「だからぁ……いねぇって」
そう答えていた。
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