詩《うた》をきかせて

生永祥

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☆第22話 青天の霹靂《へきれき》

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 正直、先日夏季に注文していた本の存在を、小夜子はすっかりと忘れ去っていた。

 それほどここ数日の間、小夜子の頭の中は若菜のことでいっぱいだったのである。
 今も若菜のことを考えていないと言えば、嘘になる。

 だが夏季と会話をし、注文していた新しい詩集を読み終えれば、少しは心が休まるかもしれないと小夜子は思った。

 そう思い立って慌てて家を出た小夜子は、商店街の外れにある古くて小さい日の出や書店を目指して、急いで歩みを進めた。

 そして日の出や書店の前まで来ると、小夜子はいつもと違って店の中が、何やら重々しくて騒々しい様子である事に気が付いた。

 何だか嫌な予感がして、小夜子が恐る恐る店の前で耳を澄ませていると、店内で若い女性が大きな声で叫んでいることが分かった。

「いい加減しつこいわよ!だからもう二度と会いたくないって、私は言ったでしょう!」
「……夏季、だがな……」
「あの時、はっきり言ったはずよ。私たちの関係はもう終わったんだって。もう別れたんだから、一生顔も見たくないって。……言いたい事はそれだけよ。早く帰って!」

 店内の余りに緊迫した状況に圧倒されて、小夜子は全く日の出や書店の中に入ることが出来ずにいた。店内の状況が全く飲み込めず、引き戸の前で小夜子はおろおろと立ち尽くすことしか出来なかった。

 いっそのこと思い切って引き戸を開けて、中に入ろうかと、小夜子が引き戸の取手に手をかけた、その時だった。

 ガラガラという音を立てて、内側から、古い木で出来た店の引き戸が開いた。

 ゆっくりと開かれた引き戸の方に、小夜子が目をやる。

 するととどめと言わんばかりに、店の中に居た女性が引き戸の方に向かってこう叫んだ。

「一樹の馬鹿っ!大嫌いっ!」

 女性に大声をぶつけられた相手を、小夜子はすっと見上げてみる。
 そして次の瞬間、小夜子の目が大きく見開かれた。

 そこには、小夜子がずっと会いたいと思っていた若菜の姿があった。

「わ、若菜先生……」
「……立花?」

「何故、ここに?」という若菜の声も耳には入らない程、小夜子は強い衝撃を受けていた。

 青天の霹靂とは、きっとこういうことを言うのだろう。

 混乱する頭を抱えて、小夜子がチラリと引き戸の奥にある店の中の方へと目をやる。

 するとそこには興奮しているのか、顔を真っ赤にして、ぜぇぜぇと肩で大きく息をする夏季の姿があった。

 自分と面識のある夏季と若菜が知り合いで、しかも今、揉めて口論をしているという事実。
 その事実に、小夜子の身体に痛いほどの戦慄が走った。余りのショックに頭の中が真っ白になる。

「お、お邪魔して、すみませんでした!」

 必死に言葉を絞り出して小夜子は叫ぶ。

 そして小夜子は自身を引き止めようとする若菜と夏季を振り払って、全速力で来た道を引き返して走って行った。

 二人のいる日の出や書店から急いで逃げることしか、今の小夜子に出来ることはなかった。
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