赤線の記憶 それでも僕は君を

ブラックウォーター

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話はずんで

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07

「それは美味しそうですね。是非頂いてみたいですわ」
「はは…お嬢様のお口に合うかどうかとなると」
 初美と祥二は、意外なほど会話がはずんでいた。
 初美は実に多趣味多芸で、上流階級の嗜みだけではない。落語や野球なども造詣のある、広い視野と知的好奇心の持ち主だった。
 わけても、食べ物に貴賤などない、おいしいものはなんでも好き、という考え方は、祥二も大いに共感できた。
「いやあ、お好み焼きのことでこれだけ意見があったのは、初美さんが初めてです。やっぱり鰹節も青のりも豪快に使いたいしねえ」
「そうですとも。けちけちせずに、景気よくどかっとかけるのがいいんですわ。歯に青のりがついたって、磨けばいいんですもの」
 食い道楽のふたりはすっかり意気投合していた。
 傍らで見ている佐藤と初美のおばの玉江も、その様子に嬉しそうだった。
(なんだか、これだけ人と話してて楽しいと思えたんは、初めてじゃなかろうか?)
 祥二はそんなことを思っていた。
 初美は聞き上手かつ話し上手で、こちらの言うことに自然な反応を返してくれる。
 つい話し込んでしまうのだ。

「いやしかし、ふたりとも庶民的なものが好きだねえ」
 横でコーヒーのおかわりを飲んでいた佐藤が、そんなことを言う。
 彼も貴族趣味ということはないが、いいところの御曹司でエリートだ。
 かたや若きやり手の社長、かたや深窓のお嬢様が、お好み焼きやたこ焼きの話題で盛り上がっているのが意外らしい。
「そういう佐藤のおじ貴は、やっぱり毎日ふぐやらステーキやら召し上がってるので」
 混ぜ返された祥二の言葉に、佐藤が苦笑する。
 彼の故郷はふぐが名物だが、さすがに毎日食うわけではない。
「まさか。俺だって、焼き鳥やらおでんやらは好きだぜ。下っ端の若造役人だったころは、サンマや野菜炒めを毎日おいしく頂いてたしな」
 佐藤が豪放に笑うと、他の三人もつられて笑う。
「いいですのお、焼き鳥におでん。広島の生まれの田舎もんには、どうも高級な味っちゅうもんはわからんでして」
 祥二は自嘲気味に言う。
 地主の家の生まれで、決して貧しくはなかった。
 だが、トロだの霜降り肉だの松茸だのの味が、今ひとつよくわからなかった。
 ネームバリューだけで高い値段がついているとは言わない。
 まずいとまでは思わない。
 ただ、自分にはその良さがわからないというだけだ。
 そこで、佐藤がふと“これだ”という表情になる。
「なら、初美さん。今度この若者を、良いお店に連れて行っちゃくれまいか?店構えやブランドだけじゃねえ。高いけれど美味しいところを教えてやって欲しいねえ」
「はい、よろこんで」
 佐藤の言葉に、初美が満面の笑みで応える。
(え…?それって…)
 祥二は悟った。有無を言わさず、初美とのデートの約束を取り付けられてしまったことを。

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