自衛隊戦国繚乱 プリンセスオブジパングトルーパーズ 

ブラックウォーター

文字の大きさ
6 / 47
02 東海の策謀編

今川の侵攻と自衛隊の決意

しおりを挟む
01

 尾張と三河の国境。
 田宮率いる偵察救難隊は、狭い渓谷を抜けて密かに織田の勢力圏に侵入しようとする一団を補足していた。
 「確認しました。旗は二つ引き両。数は約500。今川の偵察隊と思われます」
 「了解。各員戦闘準備だ。
 堀越二曹、準備は?」
 「準備良し。いつでもいいですよ~」
 田宮の問いかけに、偵察救難隊の女性隊員である堀越小梅二曹がいつもの間延びした区長で返答する。24歳。施設科の腕利きで、爆薬やトラップのスペシャリストという評判を疑いたくなるようなおっとりぽやぽやぶりだ。が、彼女を知る者は、その外面の下に隠しているものに例外なく畏敬と恐れを抱いている。
 「敵歩兵部隊接近中~。まもなくキルゾーンに入ります~」
 「了解、タイミングは堀越に任せる。うまくやってくれよ」
 「了解~。みなさ~ん。私の指示を待って下さいね~」
 織田勢から借り受けてきた足軽たちが、堀越の指示に従って火種の準備をする。
 今回の任務は、今川の偵察隊を迎え撃つとともに、新しい兵装の実地試験を兼ねていた。21世紀の機材を極力使用せず、この時代で現地調達可能な資材で作った兵装が、実戦でどれほど有効かテストする。
 「敵部隊の先頭、ラインに到達。火縄赤、点火」
 堀越の指示に従い、足軽たちが火種で火縄に点火する。火縄は快調に火を伝えていく。ちょうど今川の偵察隊が上に来たタイミングで、地中に埋められていた地雷が炸裂する。
 平たい木箱に黒色火薬を平たく敷き詰めて、その上を板で塞いで二重底とし、その上に鉄片を敷き詰めてふたをする。後は布でぐるぐる巻きにして油紙で防水。側面に開いた穴から導火線を通す。爆発物としては極めて原始的なものだ。
 だが、黒色火薬によって飛ばされた鉄片の破片効果は馬鹿にならない。今川兵たちは爆発に聴力を奪われ、鉄片を受けて地面に倒れ伏していく。運の悪い者は爆発に驚いて暴れ始めた馬の馬蹄にかかっている。
 「では次に移りましょう~。火縄青、点火。ひもを引く準備をして下さい。私の指示で引いて下さいね~」
 足軽たちが青の印のついた火縄に点火する。堀越が腕時計をじっと眺める。
 「全員伏せろ!ひも、準備。5、4、3、2、ひと!今!引っ張れ!」
 堀越の指示に寸部の狂いもなく従い、まだ子供と言っていい足軽たちがひもを思いきり引っ張る。
 「なんだ…?」
 地雷の爆発で足を止められた今川兵たちは、自分たちの周辺で、突然立ち上がるいくつもの竹筒に気づく。よく見れば、竹筒にはひもがくくりつけられ、少し離れた場所の木の枝に渡されている。それに引っ張られて立ち上がったのだ。細い竹筒の鉄片に、布でぐるぐる巻きにされた太い竹筒が突き刺されている。
 今川兵たちは、それの正体にすぐに気づくことになる。ちょうど彼らの胸の高さくらいにある太い竹筒が爆発したからだ。
 これもまた堀越の作品だった。導火線を通す防水抗を兼ねた竹を地面に埋めて、竹の先端に前述の竹筒を縄でくくりつける。その竹筒の戦端に黒色火薬と鉄片で作られる竹製の炸裂弾を取り付け、ひもをくくりつけ、周囲の木の枝に渡す。もちろん炸裂弾もひもも、起爆するまでは地面に埋めておく。
 導火線に点火し、起爆の一瞬前にひもを引っ張って竹筒を直立させる。爆発が人間の胸の高さで起こるために、爆風と破片は人体急所である胸や首や顔を容赦なく襲うという寸法だ。しかも、地中に埋められた地雷に比して、爆風と破片が有効に働く範囲が広くなる。
 第二次世界大戦でドイツ軍が用いた跳躍地雷と同じ効果を、現地調達できるもので発揮できないかと堀越が試行錯誤した成果だった。
 「くそ!逃げろ!」
 「だめだ!そこいら中にしかけてあるぞ!」
 「なんて武器だ!」
 今川兵たちは大混乱に陥り、引くことも進むこともできないまま爆風と破片の餌食になっていく。
 「大成功です~。やっぱり私って天才~」
 自分のしかけたトラップが有効に働いたことに満足したらしい堀越がいわゆる“恍惚のヤンデレポーズ”を取りながら蕩けた表情を浮かべる。
 (この女恐っ!)
 それを目の当たりにした田宮は、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。こういうことだから“キ○バーン”だの“死神”だのってあだ名を頂戴するんだろう。まあ、本人にとっては最高の賛辞のようだが。
 「よし、追撃するぞ!鉄砲!」
 「承知仕った!鉄砲隊、放てえええっ!」
 足軽組頭の号令で、既に用意が整っていた鉄砲を一斉に撃ちかける。数では優位なはずの今川勢は、負傷と混乱でほとんどなにもできないまま一方的に射殺されていく。
 500の今川兵の内、半分が堀越のトラップと鉄砲で戦死。残った半分も方法のていで逃げ出した。
 「よし!まだ生きているやつは捕まえろ!特に将は殺すなよ!」
 田宮の号令で、槍を構えた足軽たちと、着剣した小銃を油断なく構えた自衛隊員たちが累々と横たわる今川勢の亡骸に近づいていく。
 「かなり武装も充実しているな。嫌がらせ攻撃じゃなく、本格的な威力偵察と見るべきか」
 「ええ、やはり、今川は尾張に本格的な侵攻をかけてくる腹づもりのようですね」
 田宮の言葉に、副隊長の安西陸曹長が戦死した今川兵から鉄砲を手に取りながら応じる。
 古今東西、本格的な戦闘を始める前に偵察を行うのは常識だ。敵の情報を可能な限り詳しく把握していれば、兵力で劣っていても勝つことも可能になる。逆に偵察をおろそかにすれば、大軍が奇襲を受けてあっさり壊滅ということもあり得る。治承寿永の乱で、平家が数では勝っていながら序序に負けがこみはじめた理由は色々あるが、偵察や情報を軽視していたことも大きな理由として上げられる。
 そして、偵察にもいろいろあるが、威力偵察はその中でも本格的な戦闘も想定した偵察行動だ。大規模な兵力と充実した装備をもって、仮に敵と戦闘になったとしても充分に渡り合える体勢を整えて偵察を行うのだ。
 普通に考えられる、少数の兵での偵察は隠密性が高い反面、敵に遭遇してしまうと逃げるしかない。そして、逃げることに失敗すれば捕らえられるか殺されてしまう。
 一方で大規模な威力偵察であれば、仮に見つかったとしても応戦することが可能になる。敵を打ち破ることができればその後の戦いを有利に進めることも可能になる。もし勝つことができなかったとしても、全滅してしまう可能性は低いから、生き残ったものが撤退して情報を持ち帰ることもできる。
 欠点としてコストが高くつき、金も手間も人手もかかることがある。が、本気で軍事行動を行うつもりであれば、充分にやる価値はある。このことからも、今川の尾張に対する軍事侵攻の本気度が伝わって来る。
 「でも、まずいですね。織田家は今制圧したばかりの美濃の経営に人と金を取られてる。今川が本格的に攻めてくれば兵も物資も不足する可能性があります」
 「ああ、だからこそ上も今川に対して思い切った策を考えているところだ。いずれ本格的な戦いになるぞ」
 田宮は安西にそう返答しながら、今後のことに関して自分なりに思案を巡らせていた。今川の扱いは、美濃の時以上に複雑な問題になることが予測されたのだ。
 本来なら偵察と遭難者の救難が任務のはずの偵察救難隊が、今川の偵察隊の殲滅に駆り出されているのも、織田勢が人手不足であることが原因だ。
 こうして、今川の偵察隊を撃退し、将を何人か捕虜にすることに成功した。堀越が開発した兵器の実地試験という目的も果たされた。だが、織田家にとっても自衛隊にとっても、状況は余談を許さない。勝利を手放しで喜べる状況にはなかった。

02
 話は3日ほど前に遡る。
 現代の名古屋市に当たる入り江に作られた波止場に停泊したミサイル護衛艦“はぐろ”の士官食堂。
 自衛隊第105任務部隊の主立った幹部たちが集められ、今後のことについて会議が行われていた。
 「今川が侵攻してくる可能性は極めて高いと思われます。
 うちの腕利きを何人か三河に送り込んで偵察させていますが、国境の城や砦に大量の兵糧が運び込まれています」
 陸自の統括である木場一等陸佐が、航空写真をスクリーンに映して説明していく。
 「いよいよ桶狭間の戦いが始まるってわけか」
 「しかし妙じゃありませんか?史実じゃ桶狭間の戦いは美濃制圧の5年前だ」
 「おいおい、織田信長が美少女なんだぞ?我々の知る史実があてになるかわからんだろ」
 「今川は我々自衛隊に恐れをなしている可能性もあるかと」
 幹部たちが意見を交わしていく。今川の動きが史実とは明らかにちがうのが、彼らを困惑させているのだ。
 史実の今川の尾張侵攻は当時としてはかなり迅速に行われた。まあそれが拙速に繋がってしまい、運悪く桶狭間という大軍の優位を活かしにくいところでの戦いとなってしまったのだが。
 だが、現在進行形で起きている今川の侵攻はゆっくりとした面制圧のように見える。城や砦を一つ一つ取っていき。それを足がかりとして大軍を送り込み、確実に制圧していく。
 織田家にとっては非常にまずいことだった。美濃を併合したばかりの織田家は、今川に対抗できるだけの兵力を揃えるのは困難だ。美濃は内乱で荒れ果てている上に、地侍や国人の中にはまだ織田に従うのを潔しとしないものもいる。美濃から兵力を調達できるようになるのはしばらく先。少なくとも次の米の刈り入れが住んだ後と言うことになる。
 「この際、先手を打って今川勢を殲滅しちゃどうです?我々の装備の他に、陸自が現地調達した資材で作った装備の配備も進んでるんでしょう?
 敵の兵力が上回っていても問題じゃないと思いますが?」
 空自の航空隊隊長、笹森二等空佐が口を開く。やることがあるなら早くしたほうがいいという判断が働いているのだ。
 「それが、それほど簡単ではないのだ。
 田宮三尉、説明してくれ」
 「はい、説明します」
 木場の言葉に応じて、末席から進み出た田宮がスクリーンの中の航空写真を拡大する。
 「現在の今川家が尾張に侵攻する余裕があるのは、史実通り三角同盟が有効に機能しているからです。
 今川、武田、北条の3つの家が縁戚関係を結び、敵対しないことを約定している。そのお陰で今川は敵を織田に絞ることができているのです。
 しかし、三角同盟というのは3家が健在だからこそ成立します。もし1家でも滅んだら…」
 田宮は机の上に3本のマーカーペンを立て、その上にA4に印刷されたレジュメを置く。そして、マーカーの1本を倒してしまう。レジュメはたちまち机の上に滑り落ち、残る2本のマーカーも倒れた。
 「ごらんの有様です。今川がつぶれれば、もはや同盟関係の必要性がないと判断した武田が敵になるでしょう。
 そして、武田が滅んだら、そのあとはその向こうにある北条や上杉をどうするかという問題になります。まあ史実通りに。
 これでは状況が少しも安定しない。むしろ、泥沼の消耗戦にわれわれが巻き込まれる危険があります」
 幹部たちの間に緊張が走る。
 確かに、現状自衛隊が味方する織田家は無敵に近いだろう。だが、それとて無限の力を持つわけではない。
 “戦国自衛隊”のラストでは、燃料や弾薬を使い果たした自衛隊員たちが数の暴力の前になすすべもなく矢を受け、槍で串刺しにされて壊滅していく。
 自分たちがそうなるところを想像したのだ。
 「そういえば、越後に湧いている石油を確保することも重要度の高い案件だったな。軍事的に制圧するか、上杉家を臣従させるか同盟を結ぶか…。いずれにしても武田や北条との戦いが長引いては難しいな」
 「それと、織田家が戦う大義も問題になってきます。史実では織田家はいち早く京に上って朝廷と幕府から大義名分を得ていた。だからこそ東海と機内、甲信の制圧もなんとかなったわけです。
 これが、京に上る前に鎌倉公方や関東管領と敵対することになるといかにもまずい。形骸化しているとは言え鎌倉に対する反逆ということになりかねません」
 「そうは言っても、今の段階では上京は難しいぞ。伊勢は例に漏れず分裂状態で制圧には時間がかかる。近江の浅井や六角に連絡は取っているが、色よい返事が聞けていないという。これでは現状京に上るどころじゃない」
 意見を交わす幹部たちの顔が曇っていく。現状の難しさを改めて認識しているのだ。
 「まあみんな落ち着け。
 田宮三尉、君はどう思う?なにかいい考えはあるかね?」
 任務部隊司令である大垣海将補が、議論が負のスパイラルに陥るのを懸念して田宮に話を振る。
 「実は、今川を最終的にどうするかはともかく、試して見たい作戦があります。
 汚いやり方ですがね」
 田宮は女っぽく美しい顔に邪悪な笑みを浮かべながら、独自に作成した覚え書きを幹部たちに配っていく。
 「なるほど、今川にある程度の力を温存させたまま織田に臣従させるか、従属に近い同盟を結ばせる。
 方向性としては悪くないな」
 要は今川を武田と北条に対する防波堤に使おうというのだ。滅ぼすのではなく、存続させてうまく使う。
 「しかし、簡単にいくかな?」
 「試して見る価値はあるかと」
 自信ありげに応えた田宮に、大垣は腹を括る。だがその前に確認しておくことがあった。
 「作戦を認可する前に、全員の意見を聞いておきたい。
 尾張統一と美濃制圧は、我々の立場の安定のために必要なことだった。苦しいが自己防衛の範囲と言うこともできる。
 だがこの先は攻勢にでることになる。
 専守防衛の精神を、他者を攻撃するための武力を持たない自衛官としての立場を逸脱することになるとも言える。
 それでもいいか?
 忌憚のない意見を聞きたい」
 大垣の言葉に、幹部たちは一瞬ためらった表情を見せる。だが、それは本当に一瞬のことだった。
 「織田家が天下を統一できれば、結果としてそれが国を、多くの人間を守ることになると私は思います」
 「先だって伊勢に偵察に行ってきましたが、ひどいもんだった。誰も治安に責任を持てない。盗賊が襲って来たら、財産を差し出すか殺されるかを選ばなきゃならない有様です。その状況を正すことは、きっと間違いじゃない」
 「このまま手をこまねいていたら、どうせわれわれは滅ぶだけでしょう?近代兵器ってのは長持ちしませんからね。
 やってみる価値はあります」
 「21世紀に帰ったら、われわれはみんな仲良く刑務所行きですかな?帰れたらですがね。
 俺は、この先がどうあれ助けられる命を見捨てたくありません。その為にこの手が血で汚れることになっても」
 幹部たちは、驚くほど簡単にコンセンサスを固めていく。
 大垣は、自衛官としてどうかと思いながらも、幹部たちの覚悟を頼もしく思った。同時に、今自分たちの置かれた状況を鑑みれば、彼らは合理的な判断をしていると改めて思う。
 「わかった。田宮三尉の作戦を採用しよう。
 必要な物は?」
 「覚え書きの最後のページにまとめてあります」
  大垣は最後のページに目を通す。これなら無理のある注文ではない。
 「わかった。
 田宮三尉、作戦を具体的に書面にまとめてくれ。その上で信長公に作戦を進言せよ。
 木場一佐。指揮は君に任せる。必要な戦力を抽出。今川に対する作戦行動を許可する」
 「はい!」
 「は!」
 田宮と木場が揃って立ち上がり、礼をする。
 かくしてこの日、任務部隊は自衛官としての道を踏み外しても、この尾張を、そしてこの国の多くの命を守ることを決意したのだった。

03
 “はぐろ”での会議から5日後。
 三河と尾張の国境、尾張側に位置する沓掛城。
 尾張では数少ない今川の勢力下にあるこの城は、時間をかけて整備がなされ、大兵力を収容、運用が可能な軍事拠点となっていた。
 「あの、申し訳ありません。運ぶ場所を間違えたようでございます。あちらの蔵ではないと」
 「なに?手違いか?米はあちらの蔵じゃないんだ。ついてこい」
 雨が降りしきる中、荷車を引く農民が物資供給担当の足軽に頭を下げながら運び先まで案内してもらう。城にいくつかある内の米蔵の一つに案内される。
 「よし、運び込め!」
 「かしこまりました」
 荷車を押していた農民たちが米俵を蔵に運び込み始める。その中の1人が、足軽のすきを見て腰のホルスターからサプレッサーのついたHK USPコンパクトを取り出し、屋根に向けて撃つ。銃弾でひしゃげた板の間から雨水が流れ込んでくる。
 「あの、お侍様、雨漏りしておりますが…」
 「なに?まずいな!昨日まで何ともなかったのに…」
 陸上自衛隊特殊作戦群所属である長月一等陸尉は、USPをホルスターに戻しながら言う。
 「米俵移動させますか?このままでは濡れてしまいますが?」
 「俺の一存では決められん。少し待ってろ」
 足軽は上役に状況を報告に行く。足軽が行ったのを見計らい、農民に変装した特戦群の隊員たちは米蔵に発信器をしかけていく。
 それが今回の彼らの任務だった。静かに素早く作戦目的をこなす。特戦群のプライドがかかった仕事だ。
 足軽は3分としないうちに戻ってくる。
 「米俵は移動させなくていい。屋根を直すことにする。ご苦労だった」
 「そうですか。ではわしらはこれで」
 長月はやぶ蛇にならないよう退散することとする。できることなら米蔵の位置は全て把握して起きたかったが、あまり余計なことを言って怪しまれるのも得策ではない。
 「あ、これは殿!皆、道を空けよ」
 「よい、各々の仕事の集中せよ!」
 足軽大将の言葉に気さくに応じたその人物は、絢爛ではあるが、同時に実戦的な装いをしていた。鎧や着物にはきらびやかな飾りをあしらう一方で、兵装としての実用性も両立している。武家文化と公家文化の見事な融合と言えた。一方、その身にまとう雰囲気は三カ国の主として辣腕を振るい、あまたの戦場で場数を踏んできたものに相応しいものだった。決して公家かぶれの惰弱なものではない。
 すでに壮年と言える年格好だが、体は鎧の上からでもわかるほどに鍛えられ、武勇はいささかも衰えていないのが見て取れる。
 (彼が今川義元。海道一の弓取りと言われた人物か)
 長月はさりげなく義元の方を向き、上着の胸にしこんだCCDカメラに義元の顔や服装が映るようにする。
 すると、突然義元が長月の方に歩み寄ってくる。
 (まずい、怪しまれたか?)
 長月は無線のリモートスイッチに手を伸ばす。危険な状況になれば、城の外から味方が攻撃をかけて脱出を支援してくれる手はずだ。
 だが、長月をまじまじと眺めた義元が発したのは意外な言葉だった。
 「お主、一見すると百姓のようだが…実際にはなかなかの使い手と見えるな。
 どうじゃ?当家に仕えぬか?禄は応分に払うし、手柄を立てれば取り立ててもよいぞ?」
 長月は義元という男の慧眼に度肝を抜かれた。いくら農民に化けていても、特戦群で身につけた雰囲気は隠せないと言うことか。
 「お…お殿様…お戯れです。
 たしかに昔はいろいろとやっておりましたが、今はただの百姓でございます。田んぼ耕して毎日女房子供のところに帰る。今はそれがわしの身の丈に合った暮らしです」
 賭けだった。殿様が一介の農民に過ぎないものに仕えないかと声をかける。本来なら破格の申し出を足蹴にしたのだ。義元が怒り出せばまずいことになる。
 ついでに言えば、長月は独身だ。女房子供がいるという口から出任せは、追求されるとぼろが出る危険もあった。
 が、義元はにこりと笑顔を浮かべた。
 「そうか、奥方と子供こそお主の宝であるというわけか。
 それはそれで賢く勇気ある選択だ。これからも家族のため励むが良い」
 「は、ありがたきお言葉です!」
 長月はそういって礼をする。
 義元に好感をもつと同時に、自衛隊員としては不安を感じる。この男、絶対に一筋縄では行かない。
 今川に力を温存させたまま織田に臣従されると言う作戦。思った以上に困難かも知れない。そんなことを思ったのだった。

 城の城壁。弓矢や鉄砲を射かける時に使う足場は、同時に見張りにも使われる。
 義元は足場に上ると、雨で視界が悪い中目をこらす。
 「師匠よ。尾張は平地が多く豊かな土地だな。交通の要衝でもある。
 律令の時代には多くの公家が尾張の国司の位を望んだ。南北朝の戦いが起きて、足利の幕府が成立しても、多くの武家が尾張の地を望んだ」
 「はい、尾張はそれだけ便利で豊かで実入りが良い土地です。誰もが欲しがる。欲しがらなければ馬鹿であるとさえ言えます」
 義元の言葉に、今川重臣の1人で、彼の師匠でもある大原雪斎が応じる。どう見ても彼の娘ほどの年かっこうの女の子だが、彼の師匠である。
 「うむ。今度こそ今川と織田の積年の因縁にけりをつけるぞ。
 そして尾張、美濃まで今川の旗を立てるのだ」
 「さすれば、いずれ京に上ることも夢ではないと?」
 雪斎の混ぜ返しに義元はにやりとする。
 「わしの代では難しいやも知れん。だが、わが子氏実が京へ上り、ばらばらのこの日の本を統一することはできよう。
 まあ、これがわしの一世一代の大仕事だよ」
 雪斎は、義元の娘への溺愛ぶりに苦笑し、話の軌道を修正する。
 「しかし、最近織田の同盟者となった勢力。じえいたいとか申しましたか?
 気になります。
 えたいの知れないすさまじい威力の武器を用いるとか」
 「確かに気になるな。わが軍の偵察隊が壊滅したという報告も受けている。
 だが、それだけの力を持つ者たちがなぜ一気にこの沓掛に攻めてこぬのか。それが問題だ。
 実は彼らの力は噂ほどではないのか、あるいは一気に攻めてこれぬ事情があるのか。見極める必要があろう」
 「もし、彼らが本当にすさまじい力を持っていたらなんといたしますか?」
 「そうさなあ。金を積むか、女を抱かせるか、業物の名刀や名馬を進呈するか…。なんとか味方に引き込めないか、最低限戦わずにすまないか考えてみるさ。
 まあ、いずれにせよ彼らの力を見極めてからだな」
 雪斎は義元の見識を認めながらも、危うさも感じていた。じえいたいは難攻不落で知られる美濃の稲葉山城をあっさり落としたと聞いている。
 状況を見極めて臨機応変にと言う義元の考えは間違っていないが、今回の場合勝てないとわかったときには全てが終わっている可能性がある。
 あの泣き虫のお坊ちゃんがよくここまで立派になったとは思うが、一方でまだまだだとも思う。
 ここは自分がしっかりしなければ、雪斎はそう考えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...