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05 北陸の軍神編
川中島 竜と虎の拮抗 あとギャル姫のトラウマ
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03
信濃、川中島。
川を挟んでの武田と上杉のにらみ合いはある朝突如として終わりを告げた。
朝靄を突いて、突然上杉勢が攻めかかって来たのだ。
霧の中とは言え、自衛隊のドローンとOH-1偵察ヘリが上杉勢の炊煙を確認していた。昨日も一昨日も状況は同じようなものであったため、武田勢はすっかり油断していたのだ。
「各隊に伝令!その場で方陣を組んで踏みとどまりなさい!
闇雲に動いてはなりません!」
「油断した。炊煙はこちらを油断させるための陽動だったわけですか…」
双子の武将の姉、武田信玄は伝令を走らせ、軍勢が崩されるのを防ぐことを試みる。
妹の方の信廉は、筒眼鏡で戦況を確認しながら、上杉の見事な作戦に敵ながら感服していた。
…が、実を言うと話はそれほど複雑なものではなかった。
「全く、朝餉は後にして攻めかかれなんて、我が君も無茶をおっしゃるよ」
「お腹空いたの…」
上杉の武将である、派手な装いが特徴の女性、前田慶次郎利益がぼやきながらも采配を振るう。
上杉謙信の養子である小柄な美少女の上杉景勝が、腹の虫を鳴らしながらも馬を走らせる。
今朝、上杉勢は昨日までと同じように朝餉の準備をしているところだった。
「今が好機だ!全軍、朝餉は後だ!突撃だっ!」
ところが、当主である上杉謙信が、何かが閃いたかのように突如として武田勢に対する攻撃を命じたのだ。
謙信はときどき、何かが下りてきたかのように、思いつきとしか思えない命令を下すことがある。
だが、上杉の将兵たちはそれに疑念を挟むようなことはしない。こと戦場においては、謙信のカンは外れたことがないのだ。
現に今回も、厭戦気分が拡がっていた武田に対して、結果論だが見事な奇襲となった。
「進むのだ!狙うは武田信玄と信廉の首!」
先頭を進む謙信は、まるで深い霧の中でも全てが見通せるように、馬を走らせるにも危なげがない。
上杉軍の神速の用兵は、武田勢を突き崩そうとしていた。
一方こちらは妻女山の麓。
「家康様!敵は今川の陣を迂回してこちらに向かってくるようです!」
「まさか、目的は最初から我々か!?」
茶髪白ギャル少女、酒井忠次の報告に、ピンク髪サイドテールの美少女、徳川家康は“やられた”という気持ちになる。
徳川勢は、信濃への増援として今川勢に合流していた。今回は、妻女山に進んだ今川の後詰めとして、上杉がどう動いても対応できるように備えを務めていた。
それが、霧で視界が効かない上にいた場所が悪かったために、もろに上杉の攻撃の目標となってしまったのである。
上杉勢の別働隊にしてみれば、この霧の中で正確にこちらとの位置関係を把握するのは困難。ついでに、霧の中とは言え、隊伍を整えている今川勢に寡兵でぶつかるのは得策ではない。
「今川にはかまうな!徳川勢はまだ戦う準備ができていない!」
とにかく誰の軍勢でもいいから攻撃し、引っかき回して揺さぶることができればいいのだ。最終的な目的は川中島の武田と、妻女山周辺の今川を連携させないことなのだから。
上杉勢が霧で視界が効かないのをいいことに、大胆にも前衛の今川勢をスルーして自分たちに向かってくるとは思いもよらなかった。対応が遅れた徳川勢は正に敵から最も攻撃しやすい目標だったのだ。
「ややこしいやつが来やがった!」
銀髪黒ギャル少女、本多忠勝が敵の旗を確認して苦々しい面持ちで言う。
それは、徳川の将兵全員の気持ちを代弁していた。
こちらに向かってくる部隊の旗は六連銭。真田昌幸、信繁親子の部隊だったからだ。
先だっての三方ヶ原の戦いで、真田は武田の軍勢の先鋒として徳川に大打撃を与えた。家康や忠勝も、危うく三方ヶ原に屍をさらすところだったのである。
その後、武田が織田に臣従すると、真田は他の信濃の国人衆とともに離反して上杉を頼ることになる。
武田が織田の命令によって実行した検地や税制改革、兵農分離は、信濃の土豪や国人衆の権益を大きく縮小させるものだったからだ。
元来独立意識の強かった国人衆は、自分たちの食い扶持を召し上げられることに納得せず、上杉の義侠心にすがったのだった。そして、上杉は彼らの求めに応じて兵を出すこととなった。
「久しいなあ、徳川家康殿!いざ勝負じゃあ!」
「ひ…!真田昌幸…!」
真田昌幸の姿とよく響く大きな声に、危うく家康は袴の中にそそうをしそうになる。徳川にとって、真田はそれほどのトラウマになっていたのだ。
「家康様!ご下知を!」
「は…!
か…各隊、その場で方陣を組みなさい!やたらと動かず、乱戦に持ち込まれないように注意!
それと、じえいたいに連絡!支援を要請なさい!」
霧の中でむやみに動き回れば同士討ちをしてしまう危険がある。防御陣を組んで霧が晴れるのを待つのが、悔しいが最善の策だ。
それに、自衛隊の支援を受けることができれば追い払えるはずだった。が…。
「敵が赤い狼煙を焚いています!」
「なんだと!?やばい、こちらの位置を知らせられないぞ!」
真田勢が赤い煙を出していることを認めた忠勝は、慌てながらも昌幸の知恵に感服する。こちらが自衛隊と連携するときは、赤い狼煙をあげて位置を知らせることを知って逆手に取ってきたらしい。
これでは自衛隊は敵と味方の区別がつかない。いや、こちらが誤射されるかも知れなかった。
結局、徳川勢は真田勢の接近を許してしまう。崩されることこそ防げたものの、味方の支援を得られない状況で、精強な真田勢とまともにぶつかり合うはめになってしまったのである。
『こちらトンビ!霧が深くて敵と味方の区別がつかん!』
上空を警戒していたOH-1のパイロットが手詰まりとばかりに味方のAH-64Dに伝える。
赤外線では敵と味方の見分けがつかない上に、敵は狡猾にもこちらと同じ赤い狼煙を焚いていると地上部隊が報告してきている。
『こうなったらやむを得ん。奥の手だ』
AH-64Dのパイロットがそういって、拡声器のスイッチを入れてヘッドセットに向けて言葉を発する。
『武田勢に告げる!“だるまさんが転んだ”繰り返す!“だるまさんが転んだ”!』
うまく行くかどうか半信半疑だったが、武田勢の反応は早かった。危険だが、合い言葉の通りにその場に踏みとどまって動かなくなったのだ。
夜間や濃霧で視界が効かない場合を想定して、武田、今川、北条、徳川と打ち合わせておいた作戦は功を奏した。
こうなると敵と味方ははっきりする。動いている方が敵だ。機動力が自慢の上杉であればなおのこと(雪国の兵たちのため、凍えないように常に体を動かしているのが習い性になっているという事情もあると思われた)。
『よし!これより30ミリによる攻撃に入る。ただし威嚇に留めろよ!』
AH-64Dの固定武装である30ミリチェーンガンが火を噴き、曳光弾を拭くんだ火線が容赦なく上杉勢に浴びせられる。
効果こそ限定的だったが、上杉勢の勢いを殺すことには成功した。
運良く、風が出始めている。霧が晴れる前兆だった。これなら武田勢が巻き返すことも可能となるはずだった。
『武田勢に告げる。支援終了。これより一時離脱する。健闘を祈る!』
AH-64Dが上昇していくと、体勢を立て直した武田勢が上杉に対して逆攻勢をかけ始める。
上杉勢は竜を思わせる変幻自在で勢いある戦い方で知られる。だが、それは一方で、脇腹を突かれるなどして隊列が乱れると、全体が玉突き衝突を起こして機能不全に陥る危険を内包していた。
AH-64Dの銃撃は、竜のうねりを止めるのに充分と言えた。
戦いの流れは、武田が急速に巻き返しつつあった。
04
「信玄様、霧が晴れていきます。あぶない所でしたが、上杉の奇襲は失敗のようですな」
「うむ。兵たちの粘り勝ちでもあります。
後でしっかりとねぎらってあげなければなりませんね」
武田の本陣。
信玄が老将、山本勘助から報告を受け、額の汗を拭う。
深い霧とこちらの油断に乗じて上杉勢が攻めかかって来た時はどうなることかと思ったが、なんとか追い払うことができそうだ。
「信玄様、具合は大丈夫ですか?どんな些細なことでも違和感を感じたら遠慮せずおっしゃって下さいね」
「市原二曹は心配性ですね。
わたくしは問題ありませんよ」
戦場では、信玄には看護師である市原二曹が部下数名を率いて付き添っていた。
心臓の手術を受けてから、すっかり健康になったように見える信玄だが、油断はできない。強い興奮や恐怖、ストレスなどが体に触ることも考えられたのだ。
今や、2人は看護師と看護対象以上の信頼関係を築いている。
その時、霧の向こうから馬の蹄の音が聞こえた。どうやら少数の騎馬兵らしい。
「ん?伝令かな?」
「おかしい、伝令なら大声で注進するはずです」
最初に違和感に気づいたのは信廉だった。霧は晴れ始めたとは言え、依然として視界は悪い。何も言わずに馬を駆けさせてくれば、下手をすれば味方に討たれる。
報告があるなら、大声で自分の存在を知らせない理由もないはずだ。
「やばい!あれはまさか…!」
信廉の懸念を裏付けるかのように、騎馬兵たちは馬の速度を落とさないまま本陣に向けて突っ込んでくる。
市原ら自衛隊員と武田の将兵たちは、馬の馬蹄にかかる寸前、反射的に脇に飛び退く。
「信玄覚悟!」
きれいで良く通るが鋭い声が本陣に響き渡る。
市原ははっきりと見た。白い服がよく似合う、美しい黒髪を頭の後ろでまとめた凛とした雰囲気の女性。それは、自衛隊の偵察隊が撮影した写真で見た顔。
敵の将である上杉謙信だった。
「謙信!死にに来ましたか!」
謙信が振り下ろした太刀を、信玄が持っていた軍配でさばく。一撃目は難なく受け流したが、謙信は二の太刀、三の太刀を容赦なく振り下ろす。
信玄ほど武の心得があるものでなかりせば、太刀筋を見ることさえかなわなかっただろう。
「破邪!」
「楯無も!」
謙信と信玄の力が拮抗する。
「顕正!」
「照覧あれ!」
だが、選りすぐった木で作った軍配がついに斜めにすっぱりと切り落とされる。
「させるか!」
「!?」
馬にぶつかられかけ、地面に転がっていた市原が、89式小銃を構えると、謙信に向けて引き金を引く。伏せ撃ちのこちらに対して敵は馬上、味方を撃ってしまう心配は無い。
だが、市原はここでミスを犯していた。慌てていて、ショルダーストックをしっかりと肩付けしていなかったため反動で銃口がぶれてしまい、銃弾は謙信にかすりもしなかったのだ。
敵が接近しているときにこんなミスをすれば死ぬ。あってはならないことだった。
だが、顔のすぐ近くを銃弾がかすめたため、謙信の馬が冷静さを失って暴れ出してしまう。
「ちっ!
信玄、勝負はまただ!」
潮時と判断したらしい謙信はそう言い残し、他の騎馬武者とともに本陣から離脱していく。
「ええい!だめだ、味方に当たる!」
離脱していく謙信たちを後ろから銃撃しようとした市原たち自衛隊員は地団駄踏むことになる。
謙信が大胆不敵にも、味方の兵たちの間を縫うように走り去っていったからだ。武田の兵たちも、自軍の本陣の方向から敵の大将が飛び出してきた状況をすぐには理解できず、対処できないでいた。
「おのれ!追撃を!」
「待ちなさい!深追いは禁物です。霧が晴れるのを待ちなさい!」
はやる内藤昌秀を、信廉が制止する。
上杉謙信という女、とにかく考え方も実力も測れない。なにもかも。
彼女を討つに当たっては、しかとした計画を建てて、万全の準備を整えた上で行うべき。
自称神の化身もあながちほらではない。あの機を見るに敏なところと、カンの鋭さ、そして行動の大胆さ。決して侮ることはならない。
さんざんに引っかき回された自軍の有様を見るにつけ、そう思わずにはいられないのだった。
さて、こちらは妻女山の麓。
「な…なんとか追い払えましたね…」
忠勝が水筒の水をがぶ飲みし、ついで頭からかぶる。
「全く、真田のやつらめ、我々に恨みでもあるのか」
忠次が渋面を浮かべ、美少女を台無しにしている。
「おのれ…真田め真田め真田め…」
家康に至っては、恐怖と怨嗟が飽和状態になってしまったらしく、光のない目で呪詛の言葉をつぶやき続けている。
結果から見れば、徳川の兵たちは野戦に強かったのが幸いした。真田は縦横無尽に動き回り、徳川に打撃を与えようと試みるも、その刃はひっかき傷を作る程度で、徳川勢の骨を断つことができなかったのである。
問題なのは心理的な打撃の方だった。
三方ヶ原に続いて、真田はまたしても徳川に深刻なトラウマを置き土産として残して行ったのだった。
かくして、川中島の戦いは、派手な立ち回りが繰り広げられた割りにはどちらも目だった戦果を得ることができなかった。
結果としては双方痛み分けとなった。
そして、それ以降、上杉と武田は再びにらみ合う状態に戻ってしまうことになる。
そうこうしているうちに時間は流れ、農繁期が来てしまう。
兵農分離が行われている武田、今川、北条、徳川の連合軍はともかく、上杉勢は戦闘を継続することが困難となる。
上杉勢は言わば時間切れの形で越後へと引き上げていく。
連合軍にとって信濃防衛には成功したものの、それはとても勝利と呼べるものではなかった。
何はともあれ、かくして甲信越はつかの間の平和を迎えるのだった。
信濃、川中島。
川を挟んでの武田と上杉のにらみ合いはある朝突如として終わりを告げた。
朝靄を突いて、突然上杉勢が攻めかかって来たのだ。
霧の中とは言え、自衛隊のドローンとOH-1偵察ヘリが上杉勢の炊煙を確認していた。昨日も一昨日も状況は同じようなものであったため、武田勢はすっかり油断していたのだ。
「各隊に伝令!その場で方陣を組んで踏みとどまりなさい!
闇雲に動いてはなりません!」
「油断した。炊煙はこちらを油断させるための陽動だったわけですか…」
双子の武将の姉、武田信玄は伝令を走らせ、軍勢が崩されるのを防ぐことを試みる。
妹の方の信廉は、筒眼鏡で戦況を確認しながら、上杉の見事な作戦に敵ながら感服していた。
…が、実を言うと話はそれほど複雑なものではなかった。
「全く、朝餉は後にして攻めかかれなんて、我が君も無茶をおっしゃるよ」
「お腹空いたの…」
上杉の武将である、派手な装いが特徴の女性、前田慶次郎利益がぼやきながらも采配を振るう。
上杉謙信の養子である小柄な美少女の上杉景勝が、腹の虫を鳴らしながらも馬を走らせる。
今朝、上杉勢は昨日までと同じように朝餉の準備をしているところだった。
「今が好機だ!全軍、朝餉は後だ!突撃だっ!」
ところが、当主である上杉謙信が、何かが閃いたかのように突如として武田勢に対する攻撃を命じたのだ。
謙信はときどき、何かが下りてきたかのように、思いつきとしか思えない命令を下すことがある。
だが、上杉の将兵たちはそれに疑念を挟むようなことはしない。こと戦場においては、謙信のカンは外れたことがないのだ。
現に今回も、厭戦気分が拡がっていた武田に対して、結果論だが見事な奇襲となった。
「進むのだ!狙うは武田信玄と信廉の首!」
先頭を進む謙信は、まるで深い霧の中でも全てが見通せるように、馬を走らせるにも危なげがない。
上杉軍の神速の用兵は、武田勢を突き崩そうとしていた。
一方こちらは妻女山の麓。
「家康様!敵は今川の陣を迂回してこちらに向かってくるようです!」
「まさか、目的は最初から我々か!?」
茶髪白ギャル少女、酒井忠次の報告に、ピンク髪サイドテールの美少女、徳川家康は“やられた”という気持ちになる。
徳川勢は、信濃への増援として今川勢に合流していた。今回は、妻女山に進んだ今川の後詰めとして、上杉がどう動いても対応できるように備えを務めていた。
それが、霧で視界が効かない上にいた場所が悪かったために、もろに上杉の攻撃の目標となってしまったのである。
上杉勢の別働隊にしてみれば、この霧の中で正確にこちらとの位置関係を把握するのは困難。ついでに、霧の中とは言え、隊伍を整えている今川勢に寡兵でぶつかるのは得策ではない。
「今川にはかまうな!徳川勢はまだ戦う準備ができていない!」
とにかく誰の軍勢でもいいから攻撃し、引っかき回して揺さぶることができればいいのだ。最終的な目的は川中島の武田と、妻女山周辺の今川を連携させないことなのだから。
上杉勢が霧で視界が効かないのをいいことに、大胆にも前衛の今川勢をスルーして自分たちに向かってくるとは思いもよらなかった。対応が遅れた徳川勢は正に敵から最も攻撃しやすい目標だったのだ。
「ややこしいやつが来やがった!」
銀髪黒ギャル少女、本多忠勝が敵の旗を確認して苦々しい面持ちで言う。
それは、徳川の将兵全員の気持ちを代弁していた。
こちらに向かってくる部隊の旗は六連銭。真田昌幸、信繁親子の部隊だったからだ。
先だっての三方ヶ原の戦いで、真田は武田の軍勢の先鋒として徳川に大打撃を与えた。家康や忠勝も、危うく三方ヶ原に屍をさらすところだったのである。
その後、武田が織田に臣従すると、真田は他の信濃の国人衆とともに離反して上杉を頼ることになる。
武田が織田の命令によって実行した検地や税制改革、兵農分離は、信濃の土豪や国人衆の権益を大きく縮小させるものだったからだ。
元来独立意識の強かった国人衆は、自分たちの食い扶持を召し上げられることに納得せず、上杉の義侠心にすがったのだった。そして、上杉は彼らの求めに応じて兵を出すこととなった。
「久しいなあ、徳川家康殿!いざ勝負じゃあ!」
「ひ…!真田昌幸…!」
真田昌幸の姿とよく響く大きな声に、危うく家康は袴の中にそそうをしそうになる。徳川にとって、真田はそれほどのトラウマになっていたのだ。
「家康様!ご下知を!」
「は…!
か…各隊、その場で方陣を組みなさい!やたらと動かず、乱戦に持ち込まれないように注意!
それと、じえいたいに連絡!支援を要請なさい!」
霧の中でむやみに動き回れば同士討ちをしてしまう危険がある。防御陣を組んで霧が晴れるのを待つのが、悔しいが最善の策だ。
それに、自衛隊の支援を受けることができれば追い払えるはずだった。が…。
「敵が赤い狼煙を焚いています!」
「なんだと!?やばい、こちらの位置を知らせられないぞ!」
真田勢が赤い煙を出していることを認めた忠勝は、慌てながらも昌幸の知恵に感服する。こちらが自衛隊と連携するときは、赤い狼煙をあげて位置を知らせることを知って逆手に取ってきたらしい。
これでは自衛隊は敵と味方の区別がつかない。いや、こちらが誤射されるかも知れなかった。
結局、徳川勢は真田勢の接近を許してしまう。崩されることこそ防げたものの、味方の支援を得られない状況で、精強な真田勢とまともにぶつかり合うはめになってしまったのである。
『こちらトンビ!霧が深くて敵と味方の区別がつかん!』
上空を警戒していたOH-1のパイロットが手詰まりとばかりに味方のAH-64Dに伝える。
赤外線では敵と味方の見分けがつかない上に、敵は狡猾にもこちらと同じ赤い狼煙を焚いていると地上部隊が報告してきている。
『こうなったらやむを得ん。奥の手だ』
AH-64Dのパイロットがそういって、拡声器のスイッチを入れてヘッドセットに向けて言葉を発する。
『武田勢に告げる!“だるまさんが転んだ”繰り返す!“だるまさんが転んだ”!』
うまく行くかどうか半信半疑だったが、武田勢の反応は早かった。危険だが、合い言葉の通りにその場に踏みとどまって動かなくなったのだ。
夜間や濃霧で視界が効かない場合を想定して、武田、今川、北条、徳川と打ち合わせておいた作戦は功を奏した。
こうなると敵と味方ははっきりする。動いている方が敵だ。機動力が自慢の上杉であればなおのこと(雪国の兵たちのため、凍えないように常に体を動かしているのが習い性になっているという事情もあると思われた)。
『よし!これより30ミリによる攻撃に入る。ただし威嚇に留めろよ!』
AH-64Dの固定武装である30ミリチェーンガンが火を噴き、曳光弾を拭くんだ火線が容赦なく上杉勢に浴びせられる。
効果こそ限定的だったが、上杉勢の勢いを殺すことには成功した。
運良く、風が出始めている。霧が晴れる前兆だった。これなら武田勢が巻き返すことも可能となるはずだった。
『武田勢に告げる。支援終了。これより一時離脱する。健闘を祈る!』
AH-64Dが上昇していくと、体勢を立て直した武田勢が上杉に対して逆攻勢をかけ始める。
上杉勢は竜を思わせる変幻自在で勢いある戦い方で知られる。だが、それは一方で、脇腹を突かれるなどして隊列が乱れると、全体が玉突き衝突を起こして機能不全に陥る危険を内包していた。
AH-64Dの銃撃は、竜のうねりを止めるのに充分と言えた。
戦いの流れは、武田が急速に巻き返しつつあった。
04
「信玄様、霧が晴れていきます。あぶない所でしたが、上杉の奇襲は失敗のようですな」
「うむ。兵たちの粘り勝ちでもあります。
後でしっかりとねぎらってあげなければなりませんね」
武田の本陣。
信玄が老将、山本勘助から報告を受け、額の汗を拭う。
深い霧とこちらの油断に乗じて上杉勢が攻めかかって来た時はどうなることかと思ったが、なんとか追い払うことができそうだ。
「信玄様、具合は大丈夫ですか?どんな些細なことでも違和感を感じたら遠慮せずおっしゃって下さいね」
「市原二曹は心配性ですね。
わたくしは問題ありませんよ」
戦場では、信玄には看護師である市原二曹が部下数名を率いて付き添っていた。
心臓の手術を受けてから、すっかり健康になったように見える信玄だが、油断はできない。強い興奮や恐怖、ストレスなどが体に触ることも考えられたのだ。
今や、2人は看護師と看護対象以上の信頼関係を築いている。
その時、霧の向こうから馬の蹄の音が聞こえた。どうやら少数の騎馬兵らしい。
「ん?伝令かな?」
「おかしい、伝令なら大声で注進するはずです」
最初に違和感に気づいたのは信廉だった。霧は晴れ始めたとは言え、依然として視界は悪い。何も言わずに馬を駆けさせてくれば、下手をすれば味方に討たれる。
報告があるなら、大声で自分の存在を知らせない理由もないはずだ。
「やばい!あれはまさか…!」
信廉の懸念を裏付けるかのように、騎馬兵たちは馬の速度を落とさないまま本陣に向けて突っ込んでくる。
市原ら自衛隊員と武田の将兵たちは、馬の馬蹄にかかる寸前、反射的に脇に飛び退く。
「信玄覚悟!」
きれいで良く通るが鋭い声が本陣に響き渡る。
市原ははっきりと見た。白い服がよく似合う、美しい黒髪を頭の後ろでまとめた凛とした雰囲気の女性。それは、自衛隊の偵察隊が撮影した写真で見た顔。
敵の将である上杉謙信だった。
「謙信!死にに来ましたか!」
謙信が振り下ろした太刀を、信玄が持っていた軍配でさばく。一撃目は難なく受け流したが、謙信は二の太刀、三の太刀を容赦なく振り下ろす。
信玄ほど武の心得があるものでなかりせば、太刀筋を見ることさえかなわなかっただろう。
「破邪!」
「楯無も!」
謙信と信玄の力が拮抗する。
「顕正!」
「照覧あれ!」
だが、選りすぐった木で作った軍配がついに斜めにすっぱりと切り落とされる。
「させるか!」
「!?」
馬にぶつかられかけ、地面に転がっていた市原が、89式小銃を構えると、謙信に向けて引き金を引く。伏せ撃ちのこちらに対して敵は馬上、味方を撃ってしまう心配は無い。
だが、市原はここでミスを犯していた。慌てていて、ショルダーストックをしっかりと肩付けしていなかったため反動で銃口がぶれてしまい、銃弾は謙信にかすりもしなかったのだ。
敵が接近しているときにこんなミスをすれば死ぬ。あってはならないことだった。
だが、顔のすぐ近くを銃弾がかすめたため、謙信の馬が冷静さを失って暴れ出してしまう。
「ちっ!
信玄、勝負はまただ!」
潮時と判断したらしい謙信はそう言い残し、他の騎馬武者とともに本陣から離脱していく。
「ええい!だめだ、味方に当たる!」
離脱していく謙信たちを後ろから銃撃しようとした市原たち自衛隊員は地団駄踏むことになる。
謙信が大胆不敵にも、味方の兵たちの間を縫うように走り去っていったからだ。武田の兵たちも、自軍の本陣の方向から敵の大将が飛び出してきた状況をすぐには理解できず、対処できないでいた。
「おのれ!追撃を!」
「待ちなさい!深追いは禁物です。霧が晴れるのを待ちなさい!」
はやる内藤昌秀を、信廉が制止する。
上杉謙信という女、とにかく考え方も実力も測れない。なにもかも。
彼女を討つに当たっては、しかとした計画を建てて、万全の準備を整えた上で行うべき。
自称神の化身もあながちほらではない。あの機を見るに敏なところと、カンの鋭さ、そして行動の大胆さ。決して侮ることはならない。
さんざんに引っかき回された自軍の有様を見るにつけ、そう思わずにはいられないのだった。
さて、こちらは妻女山の麓。
「な…なんとか追い払えましたね…」
忠勝が水筒の水をがぶ飲みし、ついで頭からかぶる。
「全く、真田のやつらめ、我々に恨みでもあるのか」
忠次が渋面を浮かべ、美少女を台無しにしている。
「おのれ…真田め真田め真田め…」
家康に至っては、恐怖と怨嗟が飽和状態になってしまったらしく、光のない目で呪詛の言葉をつぶやき続けている。
結果から見れば、徳川の兵たちは野戦に強かったのが幸いした。真田は縦横無尽に動き回り、徳川に打撃を与えようと試みるも、その刃はひっかき傷を作る程度で、徳川勢の骨を断つことができなかったのである。
問題なのは心理的な打撃の方だった。
三方ヶ原に続いて、真田はまたしても徳川に深刻なトラウマを置き土産として残して行ったのだった。
かくして、川中島の戦いは、派手な立ち回りが繰り広げられた割りにはどちらも目だった戦果を得ることができなかった。
結果としては双方痛み分けとなった。
そして、それ以降、上杉と武田は再びにらみ合う状態に戻ってしまうことになる。
そうこうしているうちに時間は流れ、農繁期が来てしまう。
兵農分離が行われている武田、今川、北条、徳川の連合軍はともかく、上杉勢は戦闘を継続することが困難となる。
上杉勢は言わば時間切れの形で越後へと引き上げていく。
連合軍にとって信濃防衛には成功したものの、それはとても勝利と呼べるものではなかった。
何はともあれ、かくして甲信越はつかの間の平和を迎えるのだった。
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私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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