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06 鮮血の京都編

それぞれの戦後と切れない絆

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 比叡山延暦寺。
 陸自の73式小型トラックが頂上の伽藍に乗りつけられる。
 ドアが開き、数人の自衛隊員と、ツーサイドアップの小柄な美少女が降りて来る。
 「わざわざ乗せて頂いて申し訳ありません」
 「いえ、あなたにはしっかりと協力していただく必要がありますから」
 陸自レンジャー部隊指揮官、亀井一尉は、松永久秀を伴って延暦寺の本殿を訪れていた。
 ”本能寺の変”の背後関係をさらに詳細に調査するためだった。
 比叡山に限らないが、規模の大きい寺社は金融業を営んでいることが多い。
 世の中が乱れていると金融業を営むのも簡単ではない。貸した金を踏み倒されないために、あるいは金蔵を暴力で略奪されないためには経済力の他に、武力や政治力が必要になる。
 僧兵を養い、また世俗の権力者たちに対して隠然たる影響力を持つ寺社は、金融業を行うのに適任というわけだ。
 比叡山も例に漏れず金融を行っていた。
 そして今回、明智光秀と足利義昭の謀反に際して、比叡山が資金を融通していたのは確かだ。
 それを徹底して調査するために、以前比叡山の捜査に関わった久秀にお鉢が廻って来たというわけだ。
 謀反の罪を少しでも軽くしてもらうための協力も兼ねてだが。
 「でもよろしいのですか?以前、畿内の騒乱に関して資料を提供したことで、比叡山とは司法取引が成立しているのでは?
 一度おとがめなしとしたことの蒸し返しは…問題ではないかと」
 久秀が、地か演技か不安そうな表情で言う。
 「あの時とは状況が異なります。
 叡山は謀反人たちをかくまったのです。これはもう犯罪資金の提供という次元の話ではない。
 織田信長公に対する完全な反逆です」
 亀井はにべもなく言う。
 畿内で騒乱を起こした各勢力に対する資金の融通は、比叡山自身も騙されて資金を出してしまったと言い訳されればそこまでだ。
 実際に、国一揆や海賊、一向一揆に流れた金は、巧妙にマネーロンダリングがされていた。比叡山が金の使途を知っていた証拠はついに出てこなかったのだ。
 だが、謀反人たちが比叡山にかくまわれていたという話は全く次元が違う。
 窮鳥懐に入れば、という抗弁は通らない。犯罪者をかくまう行為に対しては厳罰を持って当たらなければならない。
 犯罪を犯した者に逃げ場はない。かくまった者も同罪。という姿勢が貫かれなければ、犯罪者を野放しにしているも同然の状態になってしまう。
 「厳しいのね。
 そういえば、比叡山に潜伏していて捕縛されたお公家さんやお坊さんたちは困惑しているとか。
 ”そもそも自分たちに比叡山に避難しろと勧めたのは誰だったのか?”と。
 もしかしたら自分たちが比叡山で捕まることは最初から仕組まれていたのではないか、と。
 もしそうなら、あなたたちの言葉ではなんと言ったかしら…?”まっちぽんぷ”?”まっち”とか”ぽんぷ”って何かしら?」
 「あまりうかつなことはおっしゃらない方がよろしいかと」
 亀井は、動揺していることを悟られないようにしながら久秀の言葉を遮る。
 今自分たちにとって問題なのは、比叡山が謀反人をかくまったという事実のみ。その顛末はまた別の話だ。
 「ご無礼いたしました。
 資料倉はこちらですよ」
 そう言って久秀はいくつもある建物の間をぬって、資料倉に歩いて行く。亀井たち自衛隊員が後ろについて行く。

 「ああ…ああ!」「感じるう…もっとお…!」「ち〇ぽ…ち〇ぽお!」
 傍らの庵から、色っぽく卑猥な喘ぎ声が聞こえたことに、亀井はぎょっとする。
 「なんだ…?」
 「ああ、ご心配なく。
 ただの接待ですから」
 「接待?」
 亀井の疑問に答えるように、久秀はわき道にそれて、庵の戸を開ける。
 「あああっ…お侍様のち〇ぽ、すばらしいわあ…!」「あああ…もっとわがお〇んこをお味わい下さい…!」「お願いです…お尻の穴にも…」
 亀井達自衛隊員は絶句した。
 畳敷きの室内では、髪を下ろした尼らしい女たちと、織田がたの将兵が獣のように交わっていたのだから。
 オスとメスの卑猥で慎みのないにおいが庵に満ちている。
 「な…!」
 亀井は、AVそのもの…というより下手なAVより卑猥で淫蕩な光景に言葉がなかった。
 一人の女に複数の男が群がっているグループもある。男を抱いている男もいれば、女を抱いている女もいる。
 「存じませんか?尼寺や若衆の庵は、売春宿として機能していました。
 僧尼たちと交われば不老長寿を得られるなどと宣伝してね。
 今回に関しては、体と自慢の手管で織田の方々のお相手をする代わりに、処罰は軽くしていただくお約束だとか」
 久秀の説明に、亀井はさらに言葉を失う。
 いかに堕落、破戒がまかり通っているとはいえ、ここは一応寺のはずだ。京都の鬼門を守る重要な宗教施設で売春が行われていたとは。
 それだけにとどまらず、謀反のお目こぼしを頂くために体を捧げるようなことまでするとは。
 (しかし…)
 呆れ、うんざりする一方で、亀井は目の前で繰り広げられる乱交に興奮もしていた。彼も一応男なのだ。
 「遠慮なさらず、あなた方も接待を受ければよろしいのでは?」
 久秀が天使のような笑みを浮かべながらそんなことを言う。
 「いや、勤務中だ。さっさと仕事を済ませましょう」
 亀井は恐怖した。久秀に自分の煩悩を見透かされた気がしたからだ。
 「では後ほど…」
 亀井の耳元で意味深にそういった久秀は、亀井の勃起しかけたものを服の上からさわりと指で撫でる。
 亀井はぞっとした。服の上から軽く撫でられただけなのに、驚くほど心地良かったからだ。
 
 この後、亀井は彼女がいる身でありながら、久秀の誘惑に負けて男女の関係になってしまう。
 「あああんっ!亀井様あ!お〇んぽが…お〇んぽが…!とっても素敵なのおっ!」
 「久秀…久秀えっ…!」
 それは無邪気で優しい、天使のような悪魔の誘惑。全てを蕩かす甘い毒。
 亀井にとってそれは、天使と悪魔を同時に抱いているような、天国と地獄が首の皮一枚でつながっているような日常の始まりだった。

 何はともあれ、比叡山の金融の資料は、今度は任意提出ではなく、全て刑事事件の証拠として押収されることとなる。
 光秀と義昭の謀反に同調していた公家や僧たちは、足利の縁者が多く見られた。併せて、金でたぶらかされて義昭についた者たちの存在も明らかになって行く。
 結果として織田家は、朝廷や京の公家、そして寺社から足利に与するものを全て排除。
 織田の京に対する支配を盤石なものとすることができたのだった。
 
14

 「田宮知二等陸尉。
 謹慎処分5日間。併せて、偵察救難隊隊長の任を解く」
 安土城の自衛隊駐屯地の事務所では、仰木三佐が田宮に対する処分を伝えているところだった。
 「は!」
 元気よく返事をしながらも、いざ処罰が言い渡されると辛いものがある。
 田宮は盛大に嘆息したい気分だった。
 仰木もそれはわかっていた。
 女房役だった安西曹長を殺された怒りはわからなくもないが、田宮のしたことは命令違反であり犯罪だった。
 車両と銃を勝手に持ち出したことは下手をすれば窃盗だ。藤孝と光秀に向けて発砲したことも、殺意はなかったとはいえ当然法に触れる。
 この程度の処罰で済んで、むしろありがたく思うべきなのだ。
 「さて、ここまでが処分人事だ。
 田宮知二等陸尉。本日付けを持って、安土城付き防衛駐在官に任命する」
 仰木はもう一枚の辞令を手に取り、田宮に手渡す。
 「それは、ご褒美なのでしょうか?それとも罰ですか?」
 田宮は問わずにはいられなかった。
 現場から離されて、安土城で勤務するということは、信長ら女子たちと過ごせる時間が大きく増える。
 そろそろ、女の子たちに会えなくて寂しいと思っていたところだったのだ。
 「拝命するのかしないのか?」
 「は!拝命します!」
 問答無用らしい仰木の言葉に、田宮は背筋を伸ばして返答していた。
 せっかくのご厚意だ。ありがたく頂いておこう。
 そう思うことに決めたのだった。
 
 瀬戸内海。
 「光秀、幽斎、無事で何よりです」
 村上水軍が用立てた船の中に設けた仮の御所の中。
 足利義昭は明智光秀と、細川藤孝改め幽斎と顔を合わせていた。
 「一時はどうなることかと思いましたが、こうして義昭様のご尊顔を拝せること。嬉しくてなりません」
 光秀はそう言ってうれし涙を浮かべていた。
 「義昭様、裏切り者であるわたしを召し返して頂いたご恩、この幽斎、生涯忘れはしません」
 自慢の長い黒髪をばっさりと切ってショートカットとなった幽斎が、うやうやしくこうべを垂れる。
 表向き、幽斎が髪を切ったことは義昭への裏切りを謝罪するためということになっていた。
 女にとって、男に無理やり髪を切られるということは、手籠めにされたのと同じくらいの恥であり不名誉だったからだ。
 「幽斎、気にする必要はありません。
 あなたは最後には私への忠義を示してくれた。そのおかげで落ち延びることができたのです」
 義昭は幽斎に向けて柔らかく微笑む。
 「して、義昭様。今後はどうしたしますか?」
 「ええ、私たちはこれより安芸に向かいます」
 光秀の問いに、義昭は自信ありげに答える。
 「安芸…?毛利殿ですか?」
 「その通りです。今上の帝は、毛利氏の援助を受けていた。その影響力は魅力です。
 加えて、毛利氏は強力な水軍を保有しています。彼らの支援を得ることが出来れば、京を奪還することも難しくありません」
 幽斎の言葉に応じて、義昭は今後の展望を語って行く。
 毛利は中国地方を統治する巨大な勢力だ。もちろん今の織田に比べれば劣るが、やりようによっては十分織田と張り合える力を持っている。
 「しかし、恐れながら、毛利は九州の大友や四国の河野との小競り合いが泥沼化しているという情報もあります。
 我らに助力する余裕がありましょうか?」
 光秀は珍しく弱気な意見を述べる。
 毛利は確かに大国だが、周囲に常に不安定を抱えているのも事実だ。
 特に、長門、周防の守護である大内を実質的に滅ぼして傘下に加えたことは反感を買っている。九州から、大友家が大内家の血を引く人間を擁して、長防を脅かしているのだ。
 「甘く見てもらっては困りますね。
 私なりに考えていますとも。
 毛利が紛争に悩まされているのならば、私たちがその悩みを解決して差し上げれば良いのです」
 そう言って、義昭は傍らに置かれた朱塗りの箱からいくつかの書面を取りだす。
 「なんと…いつの間にこんなものを…?」
 「確かに…これなら小競り合いなど簡単に解決できそうですわね」
 光秀と幽斎は、義昭の抜け目のなさと狡猾さに舌を巻いた。
 未熟だと思っていた主君だが、いつの間にか一人前の武将に、そして幕府を背負える存在に成長していたらしい。
 「もちろん、これだけではありませんよ」
 義昭はさらに別の書面を取り出し、打つべき策を説明していく。
 光秀と幽斎は、思わず義昭の弁舌に聞き惚れていた。
 さきほどまで、敗残兵となった自分たちはもはや織田家に対抗することは不可能と、口には出さずとも思っていた。
 だが、義昭の策を聞いている内に、織田家に対抗するどころか、信長を京から叩き出して滅ぼすことさえ可能と思えて来たのだ。
 「京の都を死体の山で埋めたことで、信長は馬脚を表しました。
 信長はやはり魔王、この国に災いなすものです。そのことは多くの人間が知るところ。
 この日の本の安定のために、信長を必ず排除するのです!」
 義昭は大きな声で号令を発する。
 もちろん詭弁だと言うことは義昭自身にもわかっている。だが、今は失った面目と士気を回復するために手段は選んでいられない。
 「は!」
 「命に代えましても!」
 光秀と幽斎は、笑顔で応じる。
 やはり、自分たちの目の前にいる人物は、この国を統べるべきお方なのだ。
 改めてそう思うのだった。
 
 かくして、足利義昭とその側近たちは安芸の毛利家を頼ることとなる。 
 都落ちして西国で勢力の回復を図った、初代将軍足利尊氏さながら、西に希望を求め漕ぎ出したのである。
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