12 / 37
02 女傑なんて柄じゃありません
閃く長槍の林
しおりを挟む
04
朝靄の中、戦端はついに開かれる。
パザフがわは籠城するだろうと油断していたヴォルタン軍先遣隊約二千は、騎馬で攻めかかってきた王立騎士団約四百の奇襲をまともから受けることとなったのだ。
「あの程度の人数恐るるに足りん!反撃だあ!」
少数での騎馬突撃を一撃離脱と読んだヴォルタン軍先遣隊の武将は、部下たちに反撃を命じる。
実際、騎士団は初撃でこちらにダメージを与えると進路を変更したのだ。
このまま町の西側から城壁の中に逃げ込むつもりだろう。
そうはさせない。
全軍に朝餉の準備を中止させ追撃を命じる。
このまま逃がすわけにはいかない。うまくすれば、騎馬隊が町に入る時を狙って城門の中になだれ込むことも可能かも知れなかった。
ヴォルタン軍先遣隊は雪崩を打って進撃していく。
が、背の高い草むらにさしかかったとき、予想外のことが起こる。
「ぐわっ!」
「痛え!敵だあ!」
草むらから突然槍が突き出され、先頭の部隊を串刺しにし始めたのだ。
「何が起こっている?」
「閣下、敵です!敵が伏せていました!」
その時だった。あっちの茂み、こっちの林から、泥にまみれた服をまとった不気味な集団が現れ、向かって来たのだ。
武将は恐怖した。
その集団が持っている槍は、目測でも12バナ(7メートル)はある。対して彼らが持つ槍はその6割程度。
間合いでは全く勝負にならない。
「くそ!罠だ。いったん退くぞ!」
「そ…それが…」
参謀の情けない声の意味はすぐにわかる。
ヴォルタン軍先遣隊はいつの間にか包囲されてしまっていたのだ。
怖ろしく長い槍に手も足も出ず、外側の部隊から殲滅されていく。
武将はすくみ上がった。
これほど鮮やかな指揮をこなすものとは、一体どんな将軍なのか?
「隊列を維持なさい!
横一列で攻めかかるのです!
前進!」
イレーヌの指示で、民兵たちは長槍を上下に振りながら整然と前進していく。
これをやられると、短い槍しか持たない敵はどうすることもできない。
二千の正規軍が、千にも満たない民兵たちに押し込まれつつある。
「これぞ島津流、釣り野伏せ」
イレーヌは作戦の成功に高揚する。
かつて、島津家久はこの戦法で圧倒的多数の敵を見事寡兵で打ち破った。
まず囮の部隊が敵とぶつかり合う。
敗走、もしくは撤退と見せかけて、敵を伏せている味方の中に誘い込む。
首尾良く敵が入り込んでくれたら、包囲してつぶす。
問題はこちらがほとんど素人ということだったが、そこは織田信長に範を取ることにした。
そもそも、ほとんど農民に過ぎない足軽をかの偉人はどのように戦力としたのか。
複雑な訓練は不要。個人的なセンスも不要。長い槍と鉄砲さえ扱えればいいのだ。
長い槍は、細い針葉樹の幹や、面取りをした長い角材の先に出刃包丁や肉切りナイフの刃をつけたものだ。
当然のように重くなってしまうが、そこは腰のベルトに革紐で柄の後端を結びつけることで解決した。これなら槍を構えるのに腕力は最小限ですむ。
弓対策として、革紐で背中に背負えて、腕に固定もできる木の楯も持って行くことにした。
ともあれ、伏せているところを敵に見つかってしまえばそこでアウト。
泥を塗って木の枝や葉で迷彩した麻の作業服に身を包み、槍を地に伏せて敵を待つ。鋼の精神を要求される作戦だったが、皆良く耐えてくれた。
包囲は見事成功し、今やヴォルタン軍先遣隊は隊列を維持することさえ不可能になっている。
大軍が包囲されてしまうと、味方の身体が邪魔になって応戦できないのだ。
「くそ!こんな長い槍、卑怯だぞ!」
「お黙り!正面から戦わず女子供を狙うことこそ卑怯でしょう!」
イレーヌの怒鳴り返しに、ヴォルタンの士官がぐっと詰まる。
そこは否定できないのだろう。男らしく戦うことをせず、パザフに疎開した貴族の子女を人質にとって戦わずして勝とうとした。
それを棚に上げて卑怯などとは、天に唾吐くに等しい。
「イレーヌ様、予定通りです!敵を半分まで減らしました!」
伝令役の少年の報告を受けたイレーヌは、仕上げにかかることにする。
「角笛を吹きなさい!」
イレーヌの指示で角笛が吹かれる。
とたんに、敵軍が移動を開始した。いや、敗走と言うべきか。
こちらの部隊が横に移動し始めた。その動きを、隊列の組み直しか、騎兵を狙うと判断したのだろう。
何でもいい。そこは手薄になった。これで逃げられる。
ヴォルタン兵たちは後先考えず逃走を試みた。
「ごめんあそばせ。罠ですの」
イレーヌは悪役令嬢らしい邪悪な笑みを浮かべる。
敵軍が逃げた先で悲鳴が上がり始める。
そこには無数の罠が仕掛けてあったのだ。
ある者は五寸釘が何本も打ち付けられた板を踏んで激痛に倒れ伏す。
ある者は、逆茂木が植え込まれた落とし穴に馬ごと落ちて串刺しになる。
凄惨きわまりない光景だった。
致命傷は免れても、釘や逆茂木には糞尿が塗ってある。傷口が腐って苦しみながら死ぬことになるだろう。
「仕上げです!火矢を射かけなさい!」
弓矢の経験のある狩人たちが、一斉に火矢を射かける。
一見するとただの茂みや林だが、油をたっぷりと含ませた干し草があちこちに置かれている。
罠によって足を殺されているヴォルタン兵たちは、逃げることもできずに焼け死んでいく。
かくして、ヴォルタン軍先遣隊は民兵に過ぎない者たちによって壊滅させられることとなる。
緒戦は、パザフがわの大勝利に終わるのだった。
朝靄の中、戦端はついに開かれる。
パザフがわは籠城するだろうと油断していたヴォルタン軍先遣隊約二千は、騎馬で攻めかかってきた王立騎士団約四百の奇襲をまともから受けることとなったのだ。
「あの程度の人数恐るるに足りん!反撃だあ!」
少数での騎馬突撃を一撃離脱と読んだヴォルタン軍先遣隊の武将は、部下たちに反撃を命じる。
実際、騎士団は初撃でこちらにダメージを与えると進路を変更したのだ。
このまま町の西側から城壁の中に逃げ込むつもりだろう。
そうはさせない。
全軍に朝餉の準備を中止させ追撃を命じる。
このまま逃がすわけにはいかない。うまくすれば、騎馬隊が町に入る時を狙って城門の中になだれ込むことも可能かも知れなかった。
ヴォルタン軍先遣隊は雪崩を打って進撃していく。
が、背の高い草むらにさしかかったとき、予想外のことが起こる。
「ぐわっ!」
「痛え!敵だあ!」
草むらから突然槍が突き出され、先頭の部隊を串刺しにし始めたのだ。
「何が起こっている?」
「閣下、敵です!敵が伏せていました!」
その時だった。あっちの茂み、こっちの林から、泥にまみれた服をまとった不気味な集団が現れ、向かって来たのだ。
武将は恐怖した。
その集団が持っている槍は、目測でも12バナ(7メートル)はある。対して彼らが持つ槍はその6割程度。
間合いでは全く勝負にならない。
「くそ!罠だ。いったん退くぞ!」
「そ…それが…」
参謀の情けない声の意味はすぐにわかる。
ヴォルタン軍先遣隊はいつの間にか包囲されてしまっていたのだ。
怖ろしく長い槍に手も足も出ず、外側の部隊から殲滅されていく。
武将はすくみ上がった。
これほど鮮やかな指揮をこなすものとは、一体どんな将軍なのか?
「隊列を維持なさい!
横一列で攻めかかるのです!
前進!」
イレーヌの指示で、民兵たちは長槍を上下に振りながら整然と前進していく。
これをやられると、短い槍しか持たない敵はどうすることもできない。
二千の正規軍が、千にも満たない民兵たちに押し込まれつつある。
「これぞ島津流、釣り野伏せ」
イレーヌは作戦の成功に高揚する。
かつて、島津家久はこの戦法で圧倒的多数の敵を見事寡兵で打ち破った。
まず囮の部隊が敵とぶつかり合う。
敗走、もしくは撤退と見せかけて、敵を伏せている味方の中に誘い込む。
首尾良く敵が入り込んでくれたら、包囲してつぶす。
問題はこちらがほとんど素人ということだったが、そこは織田信長に範を取ることにした。
そもそも、ほとんど農民に過ぎない足軽をかの偉人はどのように戦力としたのか。
複雑な訓練は不要。個人的なセンスも不要。長い槍と鉄砲さえ扱えればいいのだ。
長い槍は、細い針葉樹の幹や、面取りをした長い角材の先に出刃包丁や肉切りナイフの刃をつけたものだ。
当然のように重くなってしまうが、そこは腰のベルトに革紐で柄の後端を結びつけることで解決した。これなら槍を構えるのに腕力は最小限ですむ。
弓対策として、革紐で背中に背負えて、腕に固定もできる木の楯も持って行くことにした。
ともあれ、伏せているところを敵に見つかってしまえばそこでアウト。
泥を塗って木の枝や葉で迷彩した麻の作業服に身を包み、槍を地に伏せて敵を待つ。鋼の精神を要求される作戦だったが、皆良く耐えてくれた。
包囲は見事成功し、今やヴォルタン軍先遣隊は隊列を維持することさえ不可能になっている。
大軍が包囲されてしまうと、味方の身体が邪魔になって応戦できないのだ。
「くそ!こんな長い槍、卑怯だぞ!」
「お黙り!正面から戦わず女子供を狙うことこそ卑怯でしょう!」
イレーヌの怒鳴り返しに、ヴォルタンの士官がぐっと詰まる。
そこは否定できないのだろう。男らしく戦うことをせず、パザフに疎開した貴族の子女を人質にとって戦わずして勝とうとした。
それを棚に上げて卑怯などとは、天に唾吐くに等しい。
「イレーヌ様、予定通りです!敵を半分まで減らしました!」
伝令役の少年の報告を受けたイレーヌは、仕上げにかかることにする。
「角笛を吹きなさい!」
イレーヌの指示で角笛が吹かれる。
とたんに、敵軍が移動を開始した。いや、敗走と言うべきか。
こちらの部隊が横に移動し始めた。その動きを、隊列の組み直しか、騎兵を狙うと判断したのだろう。
何でもいい。そこは手薄になった。これで逃げられる。
ヴォルタン兵たちは後先考えず逃走を試みた。
「ごめんあそばせ。罠ですの」
イレーヌは悪役令嬢らしい邪悪な笑みを浮かべる。
敵軍が逃げた先で悲鳴が上がり始める。
そこには無数の罠が仕掛けてあったのだ。
ある者は五寸釘が何本も打ち付けられた板を踏んで激痛に倒れ伏す。
ある者は、逆茂木が植え込まれた落とし穴に馬ごと落ちて串刺しになる。
凄惨きわまりない光景だった。
致命傷は免れても、釘や逆茂木には糞尿が塗ってある。傷口が腐って苦しみながら死ぬことになるだろう。
「仕上げです!火矢を射かけなさい!」
弓矢の経験のある狩人たちが、一斉に火矢を射かける。
一見するとただの茂みや林だが、油をたっぷりと含ませた干し草があちこちに置かれている。
罠によって足を殺されているヴォルタン兵たちは、逃げることもできずに焼け死んでいく。
かくして、ヴォルタン軍先遣隊は民兵に過ぎない者たちによって壊滅させられることとなる。
緒戦は、パザフがわの大勝利に終わるのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,864
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる