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02  女傑なんて柄じゃありません

新たなフラグの予感

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07

 ヴォルタンとの紛争は、結局王国側の圧勝に終わる。
 成功して当然だったはずのパザフ攻略戦が失敗に終わったことに加え、多くの貴族や有力者の子弟が戦死してしまった。
 ヴォルタンの政権は国民の支持を失い退陣せざるを得なかった。
 新たに誕生した政権は、国境付近の鉱山地帯を割譲し、多額の賠償金を支払うことで講和を結ぶことを選択したのである。

 講和から数日後。
 イレーヌは陸軍省に呼び出されていた。
 王立軍名誉将軍の位を拝命するためである。
 戦争状態の中にあって、民間人でありながら勝利に貢献した人物に送られる称号だ。
 「なんだか実感が湧きませんわね」
 「君は頑張って多くの人間を救ったんだ。ありがたく受領しておくがいい。そして、胸を張りなさい」
 並んで歩くリュックは自分のことにように嬉しそうだった。
 このあたりがリュックの魅力と言えた。他人の不幸を自分のことのように悲しみ、他人の幸せを自分のことのように喜ぶことができる。
 偏狭な思考回路の持ち主が多い貴族の中では珍しい好漢と言えた。
 「イレーヌ・ヴェルメール候爵令嬢。
 この度は、名誉将軍の称号の拝命、おめでとうございます」
 「ありがとうございます。
 あなた確か司法省の…」
 「ヴァンサン・デブローです。以前社交界でお目にかかりました」
 陸軍省の赤絨毯の廊下で声をかけてきたのは、長いアッシュブロンドが目をひく、女と見まがう美貌の男だった。
 王国司法省司法官、デブロー伯爵家長男、ヴァンサン・デブローだった。
 司法官としては珍しく、ポンチョ状の魔道士のローブをまとっている。
 彼は魔道士の家系に生まれながら、他の魔道士のように学者や職人になることはなく、司法の道を選んだ変わり者だった。
 犯罪捜査に魔法をうまく活用していくつもの事件を解決してきた。
 特に、魔法を悪用する魔道士の犯罪に関しては誰よりもスペシャリストだ。
 (まずいですわね…)
 イレーヌは思う。
 なぜならヴァンサンは乙女ゲームの中で攻略対象だったのだ。
 まさかとは思うが、また自分と攻略対象のフラグが立つようなことは避けたい。
 イレーヌが破滅フラグ回避のために計画しいている、エクレールの逆ハーレムルートはいよいよ危機に瀕しているのだ。
 くどいようだが、逆ハーレムを作らなければならないのは自分ではない。
 「エリート司法官殿が陸軍省に何用かな?」
 「これはリュック・ミラン将軍閣下。
 実は、先のパザフでの戦闘に関して、当事者の方々に事情聴取をさせて頂いております。
 特にイレーヌ名誉将軍閣下からはよくお話しをうかがう必要が。
 本日はこちらとうかがいまして、ご無礼とは存じましたが参った次第です」
 困惑するイレーヌのかわりにリュックが問うた言葉に、ヴァンサンがにこやかに応える。
 だが、リュックは不満を露わにする。
 「ちょっと待ってくれ。
 彼女はパザフと貴族の子女や民たちを守るために奮戦したんだぞ。
 事情聴取など、まるで罪人扱いではないか」
 「滅相もない。
 自分もイレーヌ様の勇気と功績には敬服しております。
 なれど、戦時とは言え民間人が戦闘を行えば、それは犯罪となるのが建前です。
 形式的な手続きですし、強制ではありません。
 雑談をして武勇伝をお聞かせ願う程度、と思っていただければよろしいかと。
 今日が差し支えであれば、ご都合のよろしい日に出直しますが?」
 ヴァンサンの言葉に、イレーヌとリュックは顔を見合わせる。
 確かに彼の言うとおりではある。
 納得できないものはあるが、この国は法の支配を是とする国家なのだ。終わりよければすべてよしとは行かない。
 そして、ヴァンサンにも仕事も職分もある。
 「かまいませんわ。
 今からお話ししましょう」
 「では、会議室をお借りしてお茶でも頂きながら」
 イレーヌの返答に、ヴァンサンが笑顔になる。
 男にしておくにはもったいないほど美しく妖艶な笑顔だった。
 「待ってもらいたい。
 俺も立ち会わせてもらう。
 パザフの件は軍事機密の問題もある。
 事情聴取はかまわんが、正式な文書とするかどうかは軍の判断も仰いでもらいたい」
 「承知致しました」
 リュックの言葉に、ヴァンサンは快く応じる。
 彼もリュックの事情はわかっているのだ
 イレーヌが前世の記憶を頼りに考案した戦術や兵器は、王立軍にとっても扱いの難しいものだった。
 自軍で活用する分にはいいが、敵に真似をされると味方がひどいことになる。
 イレーヌが名誉将軍に任命されたのは、実はその辺の情状もあった。
 正式の軍人ではないが、最低限の守秘義務や忠実義務を課すことができる。
 イレーヌの頭の中の知識と想像力を軍事機密とする意味もあったのだ。
 「では参りましょう」
 そういうヴァンサンの笑顔は、イレーヌを不安にさせるばかりだった。
 
 なんとなく、ヴァンサンのフラグが立ちそうな予感がした。
 いや、ほとんど確信していたと言って良かったかもしれない。

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