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第二章

ビフレスト島攻防戦

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 さて、大変お待たせしたが、話はここでプロローグの空戦、「オセアネスの日の悲劇」の直後に戻るわけである。

 01
 ベネトナーシュ王国本土である南ベネトナーシュ島の東、イズン沖海上における戦い。日本からベネトナーシュ王国に物資を輸送する飛行船をめぐる、ベネトナーシュ王国王立軍と、アリオト伯国国防軍の空戦、厳密に言って、日本籍民間軍事会社はやぶさコーポレーション所属の日本人義勇兵たちと、中国籍民間軍事会社龍華警務所属の中国人義勇兵たちの空戦、はベネトナーシュ王国側の勝利に終わった。撃墜された1機のF-15Jのパイロットは脱出に成功していて、SH-60K救難ヘリが救助に向かっている。総じて大勝利といって差し支えない結果だった。
 『ハイドラよりハーヴェスター。予定通りヘイモーズ基地に向かえ。エスコートする』
 『ハーヴェスター了解。それにしても見事な空戦でしたね。特等席で堪能しましたよ』
 飛行船の通信使として派遣されている元海自の船務科員が興奮気味に言う。飛行船の通信使が海自から選抜されているのは、海を走るか空を飛ぶかの違いだけで船に変わりはないので、集団生活である船になれている海自出身者が適任と判断されたことによる。
 いまだ戦況は微妙で、先ほどのようにベネトナーシュ王国の領空に伯国軍が時折出没する有様だったが、今回もまた王立軍第1航空師団第26制空隊、通称ハイドラ隊の活躍により、物資を積んだ飛行船は守られた。
 『ヘイモーズコントロール。こちらハーヴェスター。着陸の許可を願う』
 『ヘイモーズコントロールよりハーヴェスター。許可します。歓迎しますよ』
 着陸許可を受けた飛行船は、ヘリポートではなく、大型飛行船用に作られた着陸スペースに、全長50メートルに達する巨体をゆっくりと着陸させる。巨大な空飛ぶ木造船そのものの姿をもつそれが地上に腰を下ろした様は、圧巻とも言える姿だった。
 「ハーヴェスターの着陸を確認。周囲に敵影認められず。さて、我々も着陸するとしよう」
 隊長である菅野の言葉を合図に、ハイドラ隊も順次滑走路へと着陸していく。基地のフェンスの外にはたくさんの人間が集まり、凱旋するハイドラ隊に笑顔で手を振っている。悪くはないものだ。とハイドラ隊の隊員たちは思う。別に歓声や称賛が欲しくてこの仕事をしているわけではないが、多くの人間から感謝されるのは仕事に対するやりがいになることは間違いない。
 こうして、飛行船をヘイモーズ基地まで無事エスコートし帰還するというハイドラ隊の任務は果たされたのである。


 さて、彼らが今いる異世界とはどのようなところなのか?それは、異世界の暦”新暦”という表記に大方表されているといえる。
 かつてこの世界には帝国と呼ばれる巨大な統一国家が存在した。北のロランセア大陸から、南はナゴワンド大陸、そしてその間に広がる広大な内海に浮かぶ島々まで、その支配は及んでいた。しかし、どんな国家にも耐用年数というものはあるもので、君主の跡継ぎ争い、通貨政策の失敗、政府の紛争調停機能の低下、政治の硬直、腐敗など様々な原因が重なり、帝国は滅亡。かつて帝国の領土であった場所は、いくつもの国家に分裂してしまったのである。
 そして、分裂して独立国となった国家同士は仲が悪かった。それはもう悪かった。なにせ、かつて支配階級に属していた者たちからすれば、隷属民と見下していた者たちと対等に接しなければならないなど、プライドが許さなかった。一方で、かつて属国や植民地の立場にあった者たちにすれば、すでに帝国は存在しないのに、昔の権威や序列をかさに着て居丈高に振る舞い、平伏の礼や貢物を要求するのを当然と思う者たちの態度を認めることはできなかった。
 そんなわけで、この世界では、わずかな領土や権益をめぐって国家間戦争が繰り返されてきた。無法地帯であるこの世界において、一度面を舐められ足元を見られることは即滅亡を意味したからだ。先人が言った「万人の、万人に対する闘争」の状態がしばらく続き、残るものと散るものがおおむねふるい分けられ、ロランセア、ナゴワンド両大陸周辺は、およそ7つの国家が並び立っていた。
 ベネトナーシュ王国、アリオト伯国、メグレス連合、ミザール同盟、メラク王国、フェクダ王国、そして、ドゥベ公国である。
 そして、現状、現在進行形で戦争状態にある2国。ベネトナーシュ王国を日本が(表向き間接的に)支援し、アリオト伯国を中国が(あくまで表向き間接的に)支援し、互いに戦闘状態にあるという構図である。

 ベネトナーシュ王国の本土である南ベネトナーシュ島の南部にある、ヘイモーズ空軍基地格納庫。ここは勝利凱旋の高揚に沸いていた。お祭り騒ぎといってもいい。しかし、戦闘の当事者であるパイロット達にとっては、手放しで勝利を喜んでいる場合ではないのも事実だった。
 「やはり、100キロの距離ではなかなか当たるもんじゃないな」
 「ですね。やはり早期警戒機からのサポートだけでは、動き回る戦闘機を仕留めるのは困難です」
 ハイドラ隊副隊長である叩き上げの美丈夫、大塚功一郎一尉の言葉に、若武者といった風体の竹内寛実二尉が相槌を打つ。ちなみに竹内二尉は、撃墜された機体から脱出して海上を漂流していたところを味方に救助されたばかりだ。医官のしばらく安静にという指示に従わず、反省会に参加している。予想はしていたが、戦闘機同士の空戦は思った以上に難しいことを思い知らされたからだ。距離が離れるほど、ミサイルを当てるのは困難になる。こちらではとくに。
 「しかしだな、空警500は実際に撃墜できたんだ。鈍重な警戒機や輸送機には有効ってことじゃないか?」
 「そうですね、ミーティアは、ソフト面でまだまだ改良の余地があります。ロングレンジはだめと決めつけるのは早計じゃないですか?」
 隊長の菅野の言葉に、下手をすれば中学生と間違われかねない童顔小柄アニメ声、隊の紅一点の松本真美二尉が捕捉する。実際にまだアナログずくめのこの世界でも電子機器はまだまだ有効だし、まだまだ工夫と想像力次第だと思えたからだ。
 「今回の作戦の功労者のお二人はどう思いますか?」
 松本は、今回の作戦で手柄を立てた潮崎と及川に話を振る。
 「うーん、そうだな...」
 「難しいよね...」
 潮崎と及川は返答に詰まった。正直なところ、幸運と敵失が重なって拾った勝利に過ぎなかったからだ。また同じことをやれと言われてもまず無理だろう。
 「全員、気をつけ!王女殿下に敬礼!」
 唐突な古参の先任空曹の声が響き、格納庫にいる全員が反射的に直立不動の姿勢になり、敬礼をする。
 「あ、皆さん、結構ですよ、どうぞ作業を続けてくださいな」
 むさ苦しい格納庫に似つかわしくない、鈴が鳴るような声が響く。ルナティシアはそう言って背筋を正して地球式の敬礼を返し、ハイドラ隊の元へ駆け寄って行く。
 「菅野隊長、今回はご苦労様でした。わたくしの占いは役に立ちましたでしょうか?」
 ルナティシアは目に星を浮かべんばかりの勢いで菅野に問う。天界人の血を引くと言われるヴァナディースの子孫たちは、天地を総攬する精霊たちと交信する能力を持つとされる。今回のハイドラ隊の作戦でもその力は”占い”として遺憾なく発揮され、作戦成功に大いに貢献した。なにしろ占いとは名ばかり、風や大地、水の精霊たちの助言を高いレベルで受けることができるのだから、これはもはや自然の高性能センサーにして、総合データリンクシステムとでも言うべきものだった。おかげで、アリオト伯国軍に待ち伏せを仕掛けることができた。が...。
 「はい、敵の動きは殿下の占い通りでした。おかげで作戦を有利に進めることができ、感謝しております。
 しかし、戦果を挙げたのは潮崎、及川の両二尉。特に潮崎です。我々は殿下のご助力をいただいてどうにか敵と互角に戦えた程度。潮崎の力なくしては、良くて相打ち、悪ければ返り討ちだったでしょう」
 菅野の物言いに潮崎はぎょっとする。確かに空警500を撃墜したのは自分だが、勝利はみんなの力のはずだ。そんな状況で自分を持ち上げるということは...。
 「まあ、まあまあまあ!やはり潮崎様がわが国を、民をお救い下さったのですね!では、わたくしも潮崎様の勝利に貢献したものとして、少しは自惚れてもよろしいのですか?」
 ルナティシアがいつの間にか、誰も気づかないうちに潮崎の前に移動しており、尻尾があったら振りまくっていそうなほどに、誉めて誉めてビームを照射している。潮崎は菅野をにらみつける。”このやろう、面倒を丸投げしやがったな”と。が菅野は”お前の女だろ。機嫌を取れるときに取っておきな”と、半分笑いながら目線で返してくる。
 「まあその、殿下のお力があったればこその勝利でした。保証しますとも!」
 「ああ!うれしい!わたくしはただ守られるだけの女ではない!この国の、そして軍の皆様の、潮崎様のお役に立てたのですね!」
 潮崎が言葉を選びながらそう返すと、ルナティシアは周囲の目も構わず、潮崎に抱き付き、キスの雨を浴びせようとする。「ちょ、誰か...」と潮崎は周囲に助けを求めようとするが、みんな戦勝や王女のお褒めの言葉を言い訳にして、潮崎の状況には我関せずを決め込んでいる。ひどいじゃないの...。
 「少しよろしいでしょうか!姫殿下!」
 潮崎がそう思ったとき、格納庫中に大きくきれいな声が響き渡る。格納庫の入り口には、王立空軍の制服(空自の制服を手直ししたもの)を着た一団が、金髪の小柄だが気が強そうな女性士官を先頭に居並んでいた。
 「あら、あなた、第2航空師団、第58航空隊の...。どのような御用でしょう?」
 潮崎との熱い抱擁を邪魔されたいらだちをこめて、ルナティシアは女性士官をにらみつける。
 「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
 進み出てきた女性士官は、この国の貴族式の礼、片膝をつき、こうべを垂れる形になる。
 「貴族式の礼は不要ですわ。ましてここではわたくしはなんの権限もない身。そのような振る舞いは不要です。橋本由紀保二等空尉殿」
 橋本は、その言葉に応じて背筋を伸ばし、45度の敬礼をし直すと、慇懃に言葉を発する。
 「殿下に名前をご記憶いただいているとは光栄の至り!では不肖、この橋本、殿下にお願いがあります。この何週間か、第1航空師団は何度も出撃を命じられ、手柄も立てているというのに、我が第2航空師団はまったくお声掛けがありません!どんな小さな任務。雑用でも構いませんから、我々にも実戦を経験させていただきたいのです!」
 橋本の言い分に、ルナティシアは困惑してしまい、潮崎と顔を見合わせる。確かに、第2航空師団は実戦どころか哨戒偵察の任務すら与えられないまま、基地に引きこもって演習に明け暮れる日々を過ごしているのが現状だ。しかし、それを血気盛んなパイロットたちに納得させるのは非常に難しい。その不満を再々軍上層部に訴えていたようだが聞きいれられず、ルナティシアにまで談判しに来たらしい。
 だが、一方でこれからの戦略に第二航空師団が必要になるのも事実だった。”自分に言われても困る”という言葉を呑み込んだルナティシアは、言葉を選びながら返答する。
 「橋本二尉、あなたの献身の気持ちは大変うれしく思います。なれど、あなたたちの力はこの先の王国の道行に取って欠かせないもの。あなたがたには近く、必ずお働き願うことになりましょう。その時まで今しばらくお待ちください。わたくしに決定権はありませんが。あなた方には我が国は大きな期待をかけていると申し上げておきます。
 それと、軍事には素人であるわたくしが申し上げるのもなんですが、任務に大きいも小さいもないと愚考するものです。雑用などという言い方は士気にかかわります。お気をつけあそばせ」
 「は、失礼いたしました!」
 一本取られたという表情を浮かべた橋本がお辞儀をすると、仲間とともに引き上げていく。ルナティシアは、なんとか場を収められたのにほっとしていた。が、潮崎たちハイドラ隊にとって、橋本たち第2航空師団がストレスをため込んでいるのは問題だと思えた。
 別段能力の不足や意地悪で第2航空師団が出撃の機会を得られないのではない。制空戦闘機であるF-15Jを中心に構成される第1航空師団に対して、第2航空師団はマルチロールファイターであるF-2やF-4Jを中心に構成されている。そして、現状王立空軍の任務は、もっぱら領空侵犯してちょっかいを出してくるアリオト伯国空軍の戦闘機のおもりだ。つまり。マルチロールファイターであるF-2やF-4Jの能力を活かす機会がないのである。もちろんF-2やF-4Jにも対空迎撃能力はあるし、ドッグファイトにも十分対応できる。しかし、空戦であればF-15Jに任せておけばよく、マルチロールファイターを出すのははっきり言って無駄なのだ。それに、万一空戦で貴重なマルチロールファイターを失って、後々対地戦、対艦戦に支障が出るようなことがあっては目も当てらない。
 実際、いつまでもベネトナーシュ王国も受け身ではない。巻き返しの動きが、軍事、外交両面から始まっていると聞く。となれば、遠からず第2航空師団は重要な働きをすることになるはずだ。もう少し我慢してもらうことになるが、あまりじれさせると、いざ実戦となったときが心配だ。ハイドラ隊隊長の菅野は、第2航空師団のことは、一度空軍司令部と相談してみる必要があると結論づけた。
 なお、全くの余談ではあるが、第1第2両師団とも”師団”とはついているが、それほど大規模な組織ではない。というより、1つの師団に中心となる飛行隊が1つか2つ。補助的な部隊がさらに1つか2つ程度あるのが、現状の王立空軍の状況だった。ゆえに”第26”制空隊とついていても、他に25も制空隊があるわけではない。軍事力の規模を敵に正確に割り出させないため、適当な幽霊部隊をでっち上げ、適当な数字をふることは、古今東西つねに行われたきたことである。
 まあこのように、いろいろ課題を抱えつつも、ベネトナーシュ王国王立空軍は確実に組織として稼働し始めているのだった。

 ヘイモーズ平原は、王立軍の基地が建設されるまでは字義通り何もないだだっ広い平原だった。しかし、滑走路が整備され、防御陣地や兵舎などの建設で人や物が集まるようになると、おこぼれにあずかろうとする者たちが集まって、今やちょっとした町と言える風景が築かれている。当然娯楽施設も作られる。見世物小屋、ギャンブル場(ただし許可制)、そして酒場だ。
 潮崎たちハイドラ隊6名は、出撃後の事務手続きを済ませると、戦勝祝いに酒場に繰り出していた。酒場は大変な賑わいだった。ハイドラ隊が伯国軍に対して大勝したという噂を聞きつけて、英雄の顔を一目見ようとする者たちでごった返しているのだ。
 「なあ、シオザキ、もっと詳しく教えてーな。おたくさんらの話聞きたいいう人らがえっとおるんじゃあ!」
 潮崎の隣に強引に座った、語り部を生業とする翼人のアイシアが、ほろ酔い気味に潮崎に情報を求めてくる。
 「だから、機密事項に触れるから詳しいことは無理だってば」
 潮崎としてはそう返答するしかなかった。語り部とは、いわばこちらの世界のジャーナリストだ。新聞もテレビもなく、そもそも識字率からして高くないこの世界で、口頭で人々に情報を伝え、代金をもらう職業。当然人々の興味を引く話ほど、稼ぎはよくなることになる。
 「まあ、そういわんと。いままで散々うちらをいじめてきた伯国の連中を蹴散らしたんや。みんな喜んで、もっといろいろ知りたがっとるんよ。」
 そういって、大きな宝石のような眼をこちらに向けられると、なかなかに無下には扱いづらい。きれいに化粧をした顔。ボリュームのある、美しい栗色の巻き毛をサイドテールにまとめた髪型、チューブトップにホットパンツのような丈の短いズボンという姿は、一見日本のギャルに見えなくもない。が、背中にある、美しい白い翼が、彼女がこちらの人間、いわゆる亜人種であることを示している。セイレーンと呼ばれるこの種族は、芸術や情報を生業にして生活していることが多い。
 「わかったわかった、近日中にフライトレコーダー...。つまり戦闘の記録が基地で一般公開される予定だ。それを最前列で見せてやる。それでどうだ?」
 「ようわからんけど、それってこの間見せてくれたエイガみたいなもんなん?」
 「映画は作り物だが、今度のは作り物じゃないぜ。本当に人間同士の殺し合いの記録だからな」
 潮崎はそういって、アイシアに自重を求めたつもりだった。が...。
 「ほんとに?楽しみにしとるよ!絶対呼んでな!」
 むしろアイシアの知的好奇心には火がついてしまったらしい。まあいいか。と潮崎は思う。戦闘とは所詮殺し合いだ。そして、やらなければやられると割り切れるほど自分たちは単純ではない。仮にも、平和国家日本に生まれ生きる者であることを誇りとしてきたからなおのこと。してみると、英雄扱いされることを手放しには喜べない。だが、自分たちの行動が誰かの役に立って、誰かに希望を与えることができていると感じられることは、大きなやりがいとなる。
 自分たちは人殺しかも知れない。だが、少なくとも彼らを守り、彼らの希望となるために戦っている。それは素晴らしいことだと了解することにしたのだ。

 「では、機は熟したと考えてよろしいか?」
 ベネトナーシュ王国国防省第2大会議室。王立空軍の参謀総長を務める曽我義広空将は、列席する者たちに視線を走らせる。
 「戦いの大義は整いました。いつまでも伯国軍にわが領土にちょっかいを出させてはおけません」
 応じたのは、王国君主、女王である、アンジェリーヌ・フレイヤ・フェルメールだった。もうすぐ40に手が届く年齢とは思えないほどの若々しさと、快活さを持つ。
 「”あちら”への工作は順調ですか?」
 「ご心配なく、”あちら”の方々は、伯国の横暴と搾取に怒り心頭です。我が国が彼らの生活を保障すると言えば、快く味方になってくれますとも」
 曽我の問いにそう返答したのは、メイリン・ピクシ・シュタイアー。身の丈20センチ、腰まで届く青い髪と、背中に6枚の光る羽根をもつその姿はとてもメルヘンだ。が、ピクシー族は知恵や計略が身の上だ。彼女も若くして政治学者として名をはせ、王国の政治顧問として高い評価を得ている。
 「ベネトナーシュ王国女王、アンジェリーヌ・フレイヤ・フェルメールの名において、作戦を認可します!」
 こうして、アリオト伯国相手に万事受け身に回らざるを得なかったベネトナーシュ王国が、反抗作戦を開始する決定がなされたのだった。

 「ハイドラ4よりスカイツリー。周囲に敵影認められず、戦闘哨戒を終了。これより帰還する」
 一夜明けた晴れの午前。潮崎は相棒の及川を伴って、王国の領空ぎりぎりまで進出して哨戒任務に当たっていた。昨日の今日で、またSu-27が攻めてくるとも思えないが、用心にこしたことはない...。
 こんこん
 不意に、キャノピーがノックされるような音がした。気のせいだろうと潮崎はスルーする。が...。
 こんこん
 今度ははっきりと聞こえた。恐る恐る音がした方向を見て、潮崎は心臓が口から飛び出そうになる。キャノピーに、白い手がべったりと張り付いていたからだ。
 「な...ななな...!」
 言葉が出てこなかった。都市伝説に出てきそうな心霊現象が現在進行形で進んでいる。このまま悪霊にとり殺されるのか!?悪霊に引っ張られて事故を起こし、自分も悪霊の仲間にされてしまうのか!?どんな危険な訓練でも、実戦ですら味わったことのない恐怖に、潮崎はパニックになりかける。
 その時、突然視界が暗くなる。目を上げると、キャノピーに馬乗りになった巫女服姿の銀髪の少女が、股のぞきの体勢で、こちらをのぞき込んでいた...。
 「ぎゃ...ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」
 この世の終わりのような潮崎の悲鳴が、オープン回線で関係各所に響き渡ったのである。

 「まったく、ちょっと乗せてもらっただけじゃ。そこまで怖がるか?」
 潮崎機の背に乗ってヒッチハイクをしてヘイモーズ基地に降り立った銀髪の美少女は、シグレ・シルバ・ソロコフスカヤと名乗った。この地の神をまつる司祭であり、ヘイモーズ基地周辺には彼女の降臨をありがたがる者たちが集まっていた。
 「そこまで怖がらなくてもいいだろうに...」
 バディとして、どういう魔法なのか、空を飛んでいたシグレが潮崎機に乗る一部始終を横からを見ていた及川は、いまだに滑走路に尻もちをついてがくがくと震えている潮崎に呆れた目線を送る。
 「お...俺がホラー苦手なの知ってるだろ...!これが怖がらずにいられるか!」
 「シオザキと申したな。われは決して怪しいものではない。ビフレスト島から文を届けに参っただけじゃ」
 顔面蒼白な潮崎に、大儀そうに少女は声をかける。良く見ると、その装いは巫女服ではなかった。赤いプリーツスカートが女袴に酷似していて、袖の広がった肌着と、ポンチョのように羽織っている刺繍のついた服が、巫女服に見えなくもないだけだった。しかし、頭の上にぴんと立つ大きな獣耳、なにより、9本の銀色に輝く尻尾。どう見ても、それはどこぞの神社のお稲荷様が、萌えキャラ化したようにしか見えなかった。
 「司祭様におかれましてはご機嫌麗しゅう。詳しくお話を聞かせていただけますか?」
 女王であるアンジェリーヌが、顧問のメイリンを従えて直々に話を聞きに来る。
 一体これから何が始まるんだ?銀髪の狐美少女とお知り合いになれた役得を差し引いても、潮崎には不安ばかりが残るのだった。


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