時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第一章

未智の空へ

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 06

 「待たせて悪かったな。お前さんの処遇がやっと決まったよ」
 新田原基地。司令室に呼び出された潮崎は年貢の納め時が来たと覚悟を決めた。思えばあの勇み足からもう4か月にもなるか。今まで処分保留のまま、逮捕もされず、懲戒免職にもならず、地上勤務を命じられることもなかったのをありがたく思うべきなのだ。自分はF-15Jから降ろされ、地上でデスクワークを命じられるか、防衛省の外郭団体で飼い殺しに合うか。もう異世界には関われないし、ルナティシアには会えないだろうが、それもしかたないと思えた。が、増子の読み上げた辞令は、潮崎の予想もしないものだった。
 「辞令。潮崎隆善2等空尉。第306飛行隊の任を解き。株式会社はやぶさコーポレーションへの出向を命ずる。現在の乗機であるF-15Jとともに、速やかに先方の指揮下に入るべし」
 「機体と一緒にですか...?」
 思わず潮崎は聞き返していた。ベネトナーシュ王国の要請に応じ、なおかつ日本国の体裁を保つべく、義勇軍という立場であちらに戦力を送る法整備は行われている。はやぶさコーポレーションとは、要するに義勇兵たちを管理する民間軍事会社だ。3自衛隊の中から人員や装備の選抜も始まっていることも知っている。しかし、自分が機体ごと義勇軍に配属されるとは思いもしなかったからだ。
 「いやとは言わせんぞ!お前の勇み足の尻ぬぐいにこっちは散々苦労させられたんだからな!」
 そう言った増子の頭には、以前より白髪が増えているように見えた。上層部への言い訳作り。関係各所への根回し。大変だったことは想像に難くない。潮崎の独断での”ちび公”に対する攻撃は、以前異世界に行き、あちらのレーザー兵器の存在を知っていた潮崎が、レーザー発射の兆候を認めて、日本国民とベネトナーシュ王国使節を守るためやむなく行ったもの。ということで対外的には説明がなされていたのだ。
 「いえ、拝命します!大変光栄です!」
 潮崎に他の返答は許されなかった。本音を言えば、自衛官から義勇軍へと転出してシビリアンコントロールを離れることへの不安は尽きない。異世界には当然GPSやら地上レーダー基地やら便利なものはないわけで、危険な任務になることも予測はついた。だが、まあなんとかなるだろうと、根拠はないが思えたのである。

 「潮崎さまぁ!」
 司令部のある事務棟を出て、出向の手続きのために格納庫に足を運ぼうとしていた潮崎は突然後ろから誰かに抱きつかれた。まあ、声からしてルナティシアであることはわかるのだが...。 
 「聞きましてよ。義勇兵として我が国に派遣されるとのことですわね!」
 「そりゃまあ、そうなりましたけど...」
 彼女の立場としてうれしいのはわかる。日本政府として結論がでないまま、4か月も日本に留め置かれていたのだから。おかげで、すっかりお互いに通訳端末もなしに会話ができるまでになってしまったほどだ。だが、人前でべたべたくっつくのはご勘弁願いたい。背中に当たってるし...。 
 「潮崎様のお力をもってわたくし...いえ、我が国と民をお守り頂けるのですね?ああ、このルナティシア、今日ほどうれしい日はありませんわ!」
 「わかりました!わかりましたから、くっつかんでいただきたい!頼むから離れてください!」
 無理やり引きはがされると、ルナティシアはしゅんとした表情になる。
 「あの、ご迷惑でしたか?潮崎様にとってわたくしは好みではないのでしょうか?」
 なんてことを、なんて声で、なんて表情でいう...。潮崎は困り果てた。好みでないということは絶対にない。だが、今の自分にはどうしてもルナティシアを一人の女として見ることができないのだ。いろいろあって。ともあれ、それをわざわざ言うのも申し訳ない気がした。
 「今自分は勤務中です。他のみんなに示しがつきません」
 潮崎としては精いっぱい誠意を見せながら拒絶するつもりでそう返答した。が、ルナティシアは再び大輪の花のような笑顔を浮かべる。
 「では、お仕事が終わりましたら」
 その言葉に、潮崎はやっちまった。と心底思った。勤務中だからだめなら、時間外ならいいことになる。よく考えずうかつなことを口にした自分を呪った。
 廻りから「またやってるよ」「よそでやれよそで」「爆発しろ」という生暖かい視線が向けられてくるから特に。
 そんなわけで、潮崎とルナティシアはいつの間にか、新田原基地全隊員公認のカップルという扱いにされてしまっていたのである。


 201X年6月12日

 「新田原コントロール、こちらベネトナーシュ王立軍第1航空師団第26制空隊。離陸許可を願う」
 「許可する。貴官らの武運長久をお祈りする」
 小雨がぱらつく払暁の新田原基地滑走路に、6機のF-15Jが発進準備を整え、次々と飛び立っていく。日の丸は消され、ベネトナーシュ王立軍を表す、丸に中央で線を引き、左右を白と赤で塗装したマークが新たに描かれていた。義勇兵とは言え、国を持たない民間企業所属の傭兵ではさすがに体裁が悪いし、あちらで戦闘を行うにもいろいろ不都合があると判断され、あくまで建前の上ではあるが、ベネトナーシュ王立軍の指揮下に入ったことを示すためだった。
 『待った甲斐があったってもんだ』
 「ああ、いよいよだな」
 共に配属となった及川の言葉に、潮崎は応じる。ベネトナーシュ王国に義勇軍の派遣を約束したのはいいが、まるでインフラが整備されていない場所にいきなり送り込むわけにはいかない。まずは陸自の施設化出身の部隊が送り込まれ、最低限滑走路と格納庫と管制機能、防空施設を構築することとなった。現地の労働者も駆り出して不眠不休の作業が続けられているとは聞いていたが、それでも飛行隊を迎え入れられる準備が整うまで2か月を要した。それに加え、時空門は定期的に閉じるので、開くタイミングを待たなければならなかったという事情もある。
 『全機、これより時空門を超えるぞ!有視界飛行準備。迷子になるなよ!』
 隊長機の声を合図に、6機のF-15Jは一斉に時空門に突入する。GPSやデータリンクはあらかじめオフにしてあるから、機体がスタンドアロンとなってもパイロット達に混乱はない。
 時空門を通り抜けると、今までのどんよりとした天候が一変し、そこには抜けるような青空が広がっていた。
 『エスコートの飛行船を確認!2時の方向です!』
 及川の言葉通り、2時方向にベネトナーシュ王国の旗を掲げた飛行船が見えた。意外に近い。よく見ると、甲板の上ではルナティシアが満面の笑みでこちらに手を振っている。
 「まあ、なかなか楽しいことになりそうじゃないか」
 潮崎は、苦笑しながらもそうつぶやいたのだった。 
                                          
                                               続く
 
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