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第二章
政変
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ビフレスト島。ベネトナーシュ王国の南、アリオト伯国の北に位置する島。なまじ島の面積が大きいために、多様な価値観を持つ者たちが住まい、争いが絶えないところ、海に浮かぶモザイク国家。建前としてはアリオト伯国の領土であり、ベネトナーシュ王国との戦争の最前線。
だが、内実はそうもいかなかった。伯国がベネトナーシュ王国領に侵攻するために、人的、物的資源の供出を強制される人々の不満はもはや飽和状態にあった。伯国軍の体質が従前から明らかに変わり、現地徴用した兵士は消耗品、物資は代価もなく強制徴用して当然というやり方で、特に島の北側の町や村に大きな負担をかけていたこともある。その不満が、いよいよ爆発することとなるのである。
ビフレスト島北端。北に向けて突出した岬にある港町、ナーストレンドの、アリオト伯国代官官邸。伯国から派遣された代官であるジョアンは、早朝の喧騒に目を覚ます。
「おい、誰かある!これはなんの騒ぎか!?」
外では多くの人間が大声をあげているだけではない、何かが燃えているようにすら見える。
「だ...代官閣下!反乱です!地元民とナーストレンド兵たちが反乱を起こした由!」
側近の言葉が、ジョアンには現実味を持って伝わらなかった。これは何かの間違いではないか?そう思えてしまうほど、彼にとっては突然のことだったのである。が、官邸の内外でつばぜり合いが起こり、伯国の役人や軍人が次々と打ち取られていき、反乱兵たちがここ、官邸の寝所目指して進んでくる有様は、まぎれもない現実だった。
「ぐぅ...!」伯国騎士の死体が廊下に転がり、ナーストレンドの兵たちが寝間着姿のジョアンを壁際に追い詰める。
「狼藉なり!この私を誰か知っての無礼か!?」
「伯国は我々にとって災いしかもたらさない!我々はビフレストの地を我々自身に取り戻します。代官閣下、御免!」
振り上げられた剣が閃くと同時に、ジョアンの意識は一瞬にして暗闇へと吸い込まれた。
時同じくして、ベネトナーシュ王立陸軍のCH-47J、チヌック輸送ヘリ5機が、先行するOH-1偵察ヘリの誘導を受け、AH-1Sコブラ攻撃ヘリ3機の護衛を受けつつ海上をベネトナーシュ王国領から、ナーストレンドに向けて飛んでいた。配達荷物は、機外に吊り下げた高機動車や軽装甲機動車といった車両と、機内にすし詰めになっている兵員たち。日本人の義勇兵と、ベネトナーシュ王国の兵たちの混成部隊だ。
『今青いのろしを確認した。どうやらあちらはうまくいったらしいな』
『了解。予定通りだな。総員、戦闘準備!』
まだ若干暗いが、あらかじめ示し合わせた通りの、クーデターの成功を表す青いのろしはチヌックのキャビンからも確認できた。先頭を行くOH-1の機長の言葉に応じて、今回ヘリボーン部隊の指揮を執る3等陸佐が無線越しに全部隊に命令を下す。胸と左上腕に縫い付けられたベネトナーシュ王国の国旗のパッチを覗けば、陸上自衛隊普通科連隊そのものの装備に身を固めた日本人義勇兵たちが、89式小銃に弾倉を装填し、ミニミ分隊支援火器の機関部を開け、ベルトリンクを通す。王立軍の兵士たちは、弓に弦を張り、槍の保護袋のひもを解き、臨戦態勢を取る。
といっても、蓋を開けてみれば、実際に彼らが戦闘を行うことはなかった。ヘリの着陸地点には、松明を振って着陸誘導を行ってくれるナーストレンド兵がいたくらいだし、隊列を組んで慎重にナーストレンド市街に踏み込んだヘリボーン部隊を出迎えたのは、ナーストレンド市民の割れんばかりの拍手と歓声だった。まるで第二次大戦のパリ解放だな。と、日本人義勇兵たちは思った。
かくして、ナーストレンドは無血開城され、ベネトナーシュ王国の反抗作戦の足掛かりとなったのである。
一方で、伯国軍もまるで無為無策だったわけではなかった。ナーストレンドで反乱勃発す、という知らせは、早馬や、翼竜を用いた伝令、通信魔法などあらゆる手段を用いてビフレスト島全域に伝えられた。
知らせを受けた伯国軍の中で、一番反応が早かったのは、伯国海軍だった。島南部の入り江の町、グラムロックに駐留していた伯国海軍艦隊は、機を逸するなとばかりに錨を上げ、島の東端を回ってナーストレンドへ進軍を開始した。巡洋艦5隻、駆逐艦8隻の大兵力だ。しかし、それは作戦としては拙速に過ぎるものと言えた。
「提督、本当にこのまま我々だけでナーストレンドを攻撃するのですか?」
「艦長!今更怖気づいたという話はなしだ!今失地を奪い返さずして、我々の面子が保てるか!?」
骨の髄まで伯国の貴族である提督には、名誉や面子が第一であるらしかった。しかし、軍人として場数を踏んできた旗艦艦長にとって、それはただの視野狭窄にしか思えなかった。
「もちろん、ナーストレンド奪還に関して異議はありません。しかし、敵はすでに岬周辺に相当数の兵力を陸揚げしている由。陸軍や空軍と連携した作戦の方が確実だったのではないかと...」
「戦いには勢いが重要なのだ。大体な、わしはチュウゴクから派遣されてきた義勇兵どもは虫が好かん。空飛ぶ鉄の凧、セントウキとか言ったか?あれも気に入らん!あんなものは戦の外道だ。我々が戦いとはどういうものなのか、やつらに教えてやるのだよ!」
提督の言葉には根深い遺恨が含まれていた。名門貴族の家に生まれ、才能や家柄に胡坐をかかず、必死で努力して国に尽くして来た。その成果もあったと自惚れてもいる。それなのに、異世界から義勇兵が参戦すると、自分たちはたちまち継子扱いされ始めた。本国の軍議や報告会では、政府の高官たちは義勇兵たちにばかり関心を向け、今まで伯国に尽くして来た自分たちはまるで空気扱いだ。ここで手柄を上げなければ、自分たちは永遠に義勇兵たちの陰に隠れたまま終わってしまう。
そんなことを思ったとき、提督の視界を何かが横切った気がした。目を凝らしてみると、それは翼竜だった。識別のために竜の首に巻かれたスカーフの柄から、ベネトナーシュ王立軍の所属であることがわかる。竜騎士はゆっくりと降下してくると、係留旗を繰り出した。その組み合わせは、”引き返せ、当海域は封鎖中である”と読めた。
「下らん、追い払え!」
提督は水兵に命じて矢を射かけさせた。それが敵に攻撃の大義名分を与えてしまうとも知らずに。
「伯国海軍から王立軍に対する敵対行動を確認!これより排除に入る!」
『了解!やっと俺たちの出番だな』
橋本の言葉に、バディの二尉が応じ、2機のF-2支援戦闘機は急速に高度を下げ、ナーストレンドに向けて進軍する伯国海軍に狙いを定める。目標はすぐに目視で確認できた。
『結構な数だな。空対艦ミサイルの準備をするぞ』
「いや、ミサイルの無駄だ。ロケット弾で十分事足りる。もっと引き付けろ!」
橋本はそういうと、旋回から低空飛行に入り、提督旗を掲げた巡洋艦に狙いを定める。兵装の中から40ミリロケット弾を選択し、ためらわずトリガーを引く。ロケット弾2発が白煙を上げて巡洋艦に襲い掛かる。艦の上をパスするまでの一瞬だったが、艦のわき腹で派手な爆発が起こり、大穴が開くのを確認できた。
たった2機のF-2によって、伯国軍艦隊は地獄の窯に放り込まれていた。水兵たちは弓や投石器で応戦しようとするが、とても当てられるものではない。ロケット弾が無慈悲に喫水線を貫き、海水がどっと流れ込んでくる。機銃弾が帆柱や構造物をこなごなのおがくずに変えていく。提督旗が海上に投げ出され、統制を失った水兵たちはたちまち烏合の衆と化していく。
「どうだ、怖いか?口惜しいか?もっと悲鳴を聞かせてみせろ!」
橋本はうそぶいた。抵抗もできないやつらに無慈悲な鉄槌を下してやることのなんと愉快なことか。しかも、やつらは身の程知らずにも彼我の戦力をろくに把握しないままこちらに挑んできた。全ての責任はやつらにあることになる。なんと清々しく、単純でわかりやすい戦いであることか。
総勢13隻の伯国軍艦隊は、10分と持たずに海の藻屑と消えることになった。それはつまり、伯国がビフレスト島周辺の制海権を失った、さらに言えば、早急にナーストレンドを奪還する選択肢が失われたことを意味していた。
かくして、ビフレスト島における戦いは、互いに総力戦の様相を呈していくのであった。
アリオト伯国首都、ウルブス。
この国の最高決定機関は、君主の御前で行われる最高評議会である。現在は伯爵が病床に伏しているため、第一伯子ネオス・ロウ・アリオトが君主代理を務め、各省庁の大臣や軍人、高級官僚達が居並ぶ。過剰とも言えるまでに装飾された貴族趣味な、何かの展示場かと見まがうような、無駄に広い会議室。みな、豪奢な装いをして権威と富を誇示しようとしているが、自信と覇気が外見に追いついていないことは傍目にも明らかだった。
「ビフレスト派遣艦隊が全滅だと…!?どうしてこんなことに…?」
元々小心で逆境に弱いネオスは、顔面蒼白で、いまにも引きつけを起こしそうだった。
「それについては海軍省の落ち度でしょう。海軍大臣、なぜ艦隊は勝手に行動を起こしたのか?別命あるまで動くべからずという命令は出されていたはずだが?」
陸軍大臣が海軍大臣に矛先を向ける。
「仕方あるまい。提督は独自の情報網でナーストレンドの反乱と、敵の軍事侵攻をいち早く知った。正式な命令がグラムロックに届いたのは、彼らが出航した後だった」
海軍大臣が他人事のように応じる。
なにをやっているのか。会議の末席に座る、中国人民軍から派遣された義勇軍の指揮官である揚国栄准将は小さく嘆息する。いくら通信網が未発達とは言え、現場の指揮官が命令もなしに勝手に出撃するようなやり方で勝てるわけがなかろう。むろんここは21世紀の地球ではない。軍隊はピラミッド型の上意下達の官僚軍組織ではなく、現場の指揮官達がそれぞれの裁量と能力で動かす、私兵集団の集まりのようなものだ。だが、戦いに勝つには戦力の集中投入が不可欠であることくらいわかりそうなものだ。一部の部隊が抜け駆けの功を急いで勝手に戦い、全滅したなど問題外だ。
「ヤン将軍にお尋ねしたい。過日、ビフレスト艦隊が独断で出航した折り、セントウキを飛ばして艦隊の支援をすることを我らが求めたのを、貴官は拒否された。それはいかなる理由か?」
「そうだ!聞けば、艦隊はベネトナーシュのセントウキたった2つを相手に全滅したとか。ヤン将軍が決断を怠ったことが原因ではないか!」
将軍の一人の責任回避の言葉に、高齢の官僚が尻馬に乗る。偉い人というのはどこの国でもこんな調子かとうんざりしながら、揚は返答する。
「お言葉ですが、航空隊を送り出して作戦を展開するには、準備期間と情報が不可欠です。敵の情報が全くないのに部下を送り出すなど自分にはできません。みすみす無駄死にしてこいと部下に命令するようなものです。
まして、独断で考えもなしに出撃した艦隊の面倒までは見切れませんな。先だって我々は7機の戦闘機と1機の警戒機、そして優秀なパイロット達を失ったばかりなのです。人様の尻ぬぐいをするような余裕はない。
さらに言えば、責任を論じるなら、艦隊を呼び戻す努力を怠った方々の責任が追及されるのが先ではないかと考えられますが?」
「何だと!?」「我々のせいだというのか!」歯に衣着せぬ物言いに、何人かの大臣や将官達が、怒りに顔を真っ赤にして立ち上がる。
「やめないか!ここは誰かをつるし上げる場ではない!皆もっと建設的な意見をお願いしたい!」
空軍大臣の優等生な言い方は鼻についたが、話が内輪もめに発展するのは問題だと悟った出席者たちは、渋々口を閉じる。
「そ…そうだ…。大事なのはこれからだ!ヤン将軍、策はあるのだろうね?」
ネオスは、助けを求めるように揚に問いかける。なんとか動揺を隠そうとする努力は全力で失敗していて、仮に今敵が目の前にいたら平伏して命乞いしかねない怯えぶりだ。
「もちろんですとも」
揚は冷静にそういうと、作戦の概要を説明し始めた。ナーストレンドは岬にある小さな港町に過ぎない。ベネトナーシュ軍が協力しているとしても、兵力でいえば島に駐留するアリオト軍の4分の1以下に過ぎない。ビフレスト島中央に位置するギムレー基地を中心にすぐに動員できる兵力だけでも、数だけならナーストレンド側の2倍を超える。
空軍の戦闘機が敵の戦闘機の頭を抑え、陸軍義勇兵を中心とする機械化部隊とヘリボーン部隊が敵の側面や後方に回り込んで敵の指揮系統を寸断し、すかさず陸軍の歩兵部隊が数に物を言わせてナーストレンドを蹂躙する。
堅実にやっていけば勝てる作戦だった。島に駐留する海軍の艦艇がほとんど壊滅していて海路からの支援が得られないのが痛かったが、それは今言っても仕方ない。
揚が提案した作戦はすぐに会議の賛成多数で承認され。実行に移されることになる。
が、揚はどうも不安が拭えないと感じていた。現地に派遣した軍の密偵の報告では、ビフレスト島、わけても長年徴兵や重税、物資の徴用などの負担にあえいできた島北部の、伯国に対する恨みはすさまじい物があるらしい。ついでに、この最高会議の様子を見ていれば、「金が無ければ税率を上げればいい」「兵が無ければ民衆から徴兵すればいい」という短絡的なやり方を当然と思っている節がある。それが後に大きなツケとなって帰ってくると想像する頭は彼らにはない。どれだけ軍事力や権力を振りかざそうと、民に目を向けることを忘れ、人心に見放された国は必ず負け、滅びる。それは、彼の生まれた国の歴史が何よりも証明するところだった。
なにか番狂わせが起きなければいいが。揚はそんな不吉な思いを抱きながら、作戦の準備に取りかかることになったのだった。
「我が国としては大変遺憾です。日本はかつての歴史からなにも学んでいないと見える」
東京、首相官邸の執務室。電話越しに聞こえる中国国家主席、乾の言葉に、首相の麻倉は腹の中で”ふざけんな”と罵声を浴びせた。が、今は国家のトップらしく振る舞わなければならない。
「なんのことをおっしゃっているのか、意味がわかりかねます」
務めて冷静にそう返答する。
「とぼけないで頂こう。ベネトナーシュ王国の軍隊と日本の義勇兵たちが、我が友好国の領土に侵攻したという報告を受けた。これは侵略ですぞ」
今更こっちに言って来ることか。と麻倉は思う。義勇兵の戦闘に関しては、地球の国家はいっさい関りがない。義勇兵はあちらの国家の指揮下にあることは、条約で確認されているはずだ。
「そうはいわれましても、ベネトナーシュ王国の軍事については我が国は預かり知りませんので」
「理屈はいいんですよ。我々にとって問題なのは、日本人が他国を軍事侵攻した。その事実そのものだ」
子供の駄々か、と麻倉は思う。が、国際社会とはこういうものだ。問題の蒸し返し、感情論に訴える扇動工作、理屈の通らない言いがかり。すべからく言ったもの勝ち、やったもの勝ち。それが現実だ。北京や上海では、ベネトナーシュ王国の軍事行動を日本の陰謀とやり玉にあげ、感情的な反日デモが起こっていると聞く。
「あちらが戦争状態であることをお忘れのようですな。侵略というなら、ベネトナーシュ王国は伯国の軍隊に南部の沿岸を一時占領され、多くの国民を殺された。どちらが絶対的に悪と、どうして言えるんです?」
「ふっ、水掛け論というわけか...」
あまりしつこい追及は事故の元だと理解したらしい乾が一歩引く。もちろんこれで諦めるつもりはないことは、麻倉にもわかっている。
「それに、伯国の領土とおっしゃるが、現地の住民たちは伯国に反発しているという情報もあります。エリトリアや東ティモール、南スーダンの例を見るまでもなく、結局どの政府に従うかはその土地に住む住民が決めること、という考え方もあります」
「侵略者はいつの時代もそういうものだ。と言いたいが、まあその言葉にも一理ある。ただし、もし日本人による侵略の証拠が出てきたときは、あなた方の立場も危ういことになる。おわかりでしょうな?」
乾の言葉は、言外に勝てば官軍、負ければ賊軍だと示唆していた。真実など勝った方が決めること。日本とベネトナーシュ王国が敗北したときは、卑劣な侵略者の汚名を着ることになると。
「日本人による理不尽な侵略の事実はないと我々は認識していますとも」
麻倉はそう返答し、社交辞令の言葉を2こと3こと交わすと受話器を置く。
「ちっ、こいつぁいよいよ、負けが許されなくなっちまったな」
ここからは見えない、日向灘海上にある時空門の方角を窓越しに眺めながら、麻倉は重々しくつぶやいた。
ナーストレンドにおかれた、ベネトナーシュ王国、ナーストレンド合同軍司令部では、伯国軍の逆襲に備える準備が着々と進められていた。
「ほう、大したものじゃないか」
現場指揮官として、前線を見ておこうと、潮崎を伴ってヘリでナーストレンドの視察に訪れていた菅野は、城壁の上から外を眺めて、眼下に揃いつつある戦力に感心する。
C-130輸送機や、CH-47J輸送ヘリによって持ち込まれた各種車両に加えて、エアクッション揚陸艇のピストン輸送によって74式戦車までがこちらに配備されている。海岸に乗り付けたCH-47Jからは、重武装した王立軍の兵士たちが列をなして降りてくる。沖には、小柄で素早い1号型ミサイル艇が高速航行の訓練を行っている。あんなものまで、良く空中に釣り上げてこちらまで運んだもんだと苦笑する。
「伯国軍の大部隊が奪還作戦を狙っているようですからね。戦力はいくらあっても足りないんでしょう」
潮崎が相槌を打つ。結局のところ、戦いは数で決まる。敵がどれだけいようと、実力で無双できるのは、時代劇かアクション映画の中だけの話だ。
そんなことを思っていたとき、野太い女の声が城壁に響く。
「将軍!なぜわれわれが王立軍のお手伝いなのか、納得がいかん!」
ナーストレンドの将軍、アンドレに、魔族の女性士官が食って掛かっているようだった。潮崎は彼女に見覚えがあった。ナーストレンドの反乱に先立って、ベネトナーシュに使節として派遣されていた武官の一人だったからだ。名前はたしかディーネとかいったか。魔族の特徴である青い肌、人間の白目にあたる部分が黒い、いわゆる黒白目、爬虫類を思わせる琥珀色の瞳、頭の山羊のような角、背中のコウモリを思わせる翼。やや恐ろし気だが、臀部から伸びている、先端がスペードのような形になった尻尾が、若干コミカルな印象を与える。このような外見だが、別に邪悪な種族というわけではない。少し人間より寿命が長く、少し人間より身体能力に優れ、少し人間より特殊な力がある。それだけのことだ。
「お手伝いとは異なこと。重要な任務だ。何が不満だ?」
「翼竜に日本人の義勇兵を乗せ、彼らの指示に従えというご命令がです!戦場で敵の首を一つでも上げることが我らの誉れ!敵の鉄の凧を相手にしなければならない意味がわかりかねます!」
ディーネは、任務の内容を理解しきれず、手柄を立てる機会を失うと思っているようだった。ここは自分が説明すべきと潮崎は思った。なにせ、この作戦を立案したのは自分なのだから。
「あー、しばらく、ディーネ閣下。作戦の重要性は自分が説明しましょう」
「ほう、貴官はニホンの軍人か?」
ディーネは話の途中に口を挟まれて不快のようだったが、納得できる答えを求めていたこともあって、潮崎の話に耳を傾ける。
「まずは、このナーストレンドの町を例に説明しましょう」
そういって潮崎は作戦の内容を卑近な例に例えて説明していく。このナーストレンドの町は、敵の侵攻に備えて、わざと迷路のように作られている。ではこの迷路をいち早く正確に突破するにはどうすればいいか?一番簡単な策は、町全体を見渡せる城壁の上に誰か立たせて誘導係とし、その誘導係の指示に従って移動すること。逆に言えば、敵に容易に迷路を突破させたくなければ、この誘導係をつぶせばいい。ディーネの仕事はそれと同じで、敵の目をつぶし、味方を支援する極めて重大なものだと説明する。
ついでに、あなたでなければできない任務だ。われわれの命運はあなたにかかっている。あなたがいるからこそわれわれの勝利への道は開ける。あなたがただ美しいだけの女性ではないところを見せてもらいたい。と、お世辞を並べて持ち上げる。歯の浮くようなおべんちゃらである自覚は潮崎にはあったが、ディーネに任務をこなすモチベーションを持ってもらうために必要なことと割り切っていた。このお世辞が後にいろいろと騒動を引き起こすことになるのを、潮崎はまだ知らなった。
「天の精霊、地の精霊、海の精霊、我がもとに来たれ。そして我らを導き給え...」
ナーストレンド行政府の一室。祭壇を前にひざまづいたルナティシアが精霊を体に下し、”占い”を始める。いつ見ても神がかっているな。と潮崎は思う。理屈では説明できないが、なにか人より上位の存在が降臨して、メッセージを伝えてくれていることを感じるからだ。
「精霊の返答は、鉄のトンボが山を越える、鉄の荷車は浜辺を走る、人の波が正面から押し寄せる。というものでした」
”占い”で明らかに消耗したらしいルナティシアがそう告げる。王立陸軍のビフレスト派遣部隊の指揮官、鵜藤二佐は、その意味をすぐに理解した。
「敵はヘリボーンによる後方かく乱と、機械化部隊による側面攻撃に出てくるっちゅうことか。よし、作戦は決まりや」
そう言った鵜藤は、部下たちに矢継ぎ早に支持を出していく。
「ここにいたんですか、姫殿下」
潮崎は、敵のいる方向、島の内陸側に面する城壁の上でルナティシアを見つけた。
「どうなさったのです?」
そういって振り向いた顔は、月明かりに照らされ、はっとするほど美しかった。
「俺はヘリでヘイモーズに戻ります。ここに残るって話でしたが、一緒に戻りませんか?」
「心配してくださっているの?」
「当然でしょう!あなたは王国にとってなくてはならない人です!」
潮崎の言葉に、ルナティシアがすこし沈んだ顔になる。
「潮崎様にとってはどうなのでしょうか?」
碧眼で顔を覗き込まれながら言われると、さすがにドキドキする。
「俺個人にとっても、あなたは大事な人です」
中途半端な返答に苦笑しつつも、ルナティシアは潮崎の気持ちに感謝する。
「なら、危ないときは助けに来ていただけるでしょう?信じていますよ。潮崎二尉」
そう言われてしまえば言葉もなかった。潮崎は敬礼し、その場を辞した。理屈や能書きでなく、このお姫様を守りたいと本心から思った瞬間だった。
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