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第五章
ヨーツンヘイム平原 鉄の怒涛を超えて
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死者のみが戦いの終わりを見た
プラトン
01
海が全てを押し流しながら陸地を蹂躙していく。人も、家も、畑も、平原も、城も。
場所によっては30メートルの高さにも達した津波は、全てを呑み込む巨人の口となり、ついで白い牙となって全てを食いちぎり、飲み下す。地球で現状最大の動物であるシロナガスクジラの口は大きく開くと10メートルにも達すると言われている。が、大人しい性質のシロナガスクジラとは違い、この巨人の口は、行けとし生けるもの全てを吞み込んで破壊しつくす、剣呑で無慈悲な大破壊そのものだった。
ロランセア大陸中央、ドゥベ公国南部、ヨーツンヘイム平原は、だだっ広い平地となだらかな丘陵によって構成される土地だ。肥えていて水の便もいい土地だけに、農耕や牧畜には打ってつけで、ドゥベ公国の台所を支える農業地帯。だが、今この瞬間だけは、その地形がこれ以上ないほど仇となっていた。
津波から逃れられるような高台がなく、逃げ場のない住民たちは、北を目指して逃げようとするも、津波に追いつかれ、激流の上の木の葉のようにのみ込まれていく。石造りの建物の上に避難するという手もあったが、限られた石造りの建物の上に収容できる人数は多くはない。避難場所の奪い合いが起こり、凄惨な争いが繰り広げられる。
どうにか争いに勝利し、避難場所を確保した人々に、運命の女神は”残念でした”とばかりに底意地の悪い贈り物をよこす。元米海軍所属、ドゥベ海軍義勇軍所属のアーレイ・バーク級駆逐艦、”ラメージ”が津波に流されて、村や町を押しつぶしながら平原を滑走していくのだ。満載排水量8362トンの船体は、巨大なやすりと化して、全てを削り、すりつぶしながら大地を走っていく。
それは、全てを跡形もなくすりつぶし、肉片すら残すことを許さない、鉄の怒涛だった。”ラメージ”は二桁にも及ぶ村や町をすりつぶし、城郭都市であるシヴの城壁を破壊して市街地に突っ込み、ようやく停止した。だが、助かったと思った住民たちの安堵はぬか喜びに終わる。”ラメージ”のあちこちに発生した火災は、スプリンクラーが故障し、海水を注入して消火することもできない状況ではどうにもならない。数十分にして、ミサイルと主砲弾に火が付き、シヴに巨大な花火が上がる。後に残ったのは巨大なクレーターだけだった。
被害は住民たちにとどまらない。というより、津波のターゲットはむしろ、ドゥベ南部に侵攻し、制圧作戦を展開する多国籍軍だった。ベネトナーシュ王国、メグレス連合、ミザール同盟、アリオト伯国、フェクダ王国、メラク王国。要するに、ロランセア、ナゴワンド両大陸の、ドゥベをのぞくすべての国家で構成される混成部隊は、後ろから突然襲って来た津波に、逃げ場もないまま呑み込まれていく。レオパルド2戦車が、ピラーニャ装甲車が、155ミリ自走りゅう弾砲が、NH90武装ヘリが、CH-47J輸送ヘリが、そして滑走路から離陸が遅れた各国の戦闘機が、全て津波に呑み込まれていく。
「なんということを...!」
状況を一番よく見て、把握していたのは、上空を哨戒中の多国籍軍の航空隊だった。全てがノアの洪水のごとく水に洗い流されて、後には何も残らないのが、理不尽なほどよく観察できる。ベネトナーシュ王立空軍第1飛行師団、第168制空隊。通称オーディン隊隊長、オーディン1こと潮崎隆善一等空尉 TACネーム”セイバー”は、他に語る言葉を持たなかった。大規模な津波で全てが飲み込まれていく理不尽に対する憤りもそうだが、この津波が人為的に引き起こされたことであるから、怒りと憎しみを覚えずにはいられない。津波が起これば多くの人が死ぬんだぞ!?家も畑も店も、全てが台無しになり、生き残った者も路頭に迷うんだぞ!?
一時の戦術的優位を得たい、そんな理由で、目の前の敵を倒すため、そんなちっぽけな動機で、味方を巻き添えに津波を起こし、あらゆるものを破壊する。なんでこんなことができる!?
潮崎は激しく憤る。自分がかつて東北を襲った地震と津波で妹を失ったときは、天災なのだからと、無力感と悲しみに暮れながらも、時間が経つにつれ、前を向いて生きる腹を括ることもできた。
だが、人為的に引き起こされた地震と津波で仲間や、守るべき民を殺されたら?復讐は何も生まないと頭ではわかっても、穏やかな気分になれるはずもない!こんなことをしたやつらを全員生きたまま八つ裂きにしてやらなければ、怒りが鎮まらないではないか!
『多国籍軍将兵に告げる。わたしは栄えあるドゥベ公国第一公子、ジョージ・ドルク・ドゥベである。我々の力は見てもらえたことと思う。もはや勝負は決した!大人しく降伏するがいい。抵抗しなければ、相応の扱いを約束しよう』
臆面も緊張感も罪の意識もない、今自分が何をしたかまるで理解していない、傲慢で能天気な声が、無線からオープン回線で聞こえる。潮崎はタッチパネルを操作し、今の無線の発信源を探す。発信源は、上空を哨戒中の、E-3早期警戒管制機だった。
お前が、お前がこんなことを!潮崎は全ての兵装のセーフティを外し、操縦桿のトリガーに指をかけた。
プラトン
01
海が全てを押し流しながら陸地を蹂躙していく。人も、家も、畑も、平原も、城も。
場所によっては30メートルの高さにも達した津波は、全てを呑み込む巨人の口となり、ついで白い牙となって全てを食いちぎり、飲み下す。地球で現状最大の動物であるシロナガスクジラの口は大きく開くと10メートルにも達すると言われている。が、大人しい性質のシロナガスクジラとは違い、この巨人の口は、行けとし生けるもの全てを吞み込んで破壊しつくす、剣呑で無慈悲な大破壊そのものだった。
ロランセア大陸中央、ドゥベ公国南部、ヨーツンヘイム平原は、だだっ広い平地となだらかな丘陵によって構成される土地だ。肥えていて水の便もいい土地だけに、農耕や牧畜には打ってつけで、ドゥベ公国の台所を支える農業地帯。だが、今この瞬間だけは、その地形がこれ以上ないほど仇となっていた。
津波から逃れられるような高台がなく、逃げ場のない住民たちは、北を目指して逃げようとするも、津波に追いつかれ、激流の上の木の葉のようにのみ込まれていく。石造りの建物の上に避難するという手もあったが、限られた石造りの建物の上に収容できる人数は多くはない。避難場所の奪い合いが起こり、凄惨な争いが繰り広げられる。
どうにか争いに勝利し、避難場所を確保した人々に、運命の女神は”残念でした”とばかりに底意地の悪い贈り物をよこす。元米海軍所属、ドゥベ海軍義勇軍所属のアーレイ・バーク級駆逐艦、”ラメージ”が津波に流されて、村や町を押しつぶしながら平原を滑走していくのだ。満載排水量8362トンの船体は、巨大なやすりと化して、全てを削り、すりつぶしながら大地を走っていく。
それは、全てを跡形もなくすりつぶし、肉片すら残すことを許さない、鉄の怒涛だった。”ラメージ”は二桁にも及ぶ村や町をすりつぶし、城郭都市であるシヴの城壁を破壊して市街地に突っ込み、ようやく停止した。だが、助かったと思った住民たちの安堵はぬか喜びに終わる。”ラメージ”のあちこちに発生した火災は、スプリンクラーが故障し、海水を注入して消火することもできない状況ではどうにもならない。数十分にして、ミサイルと主砲弾に火が付き、シヴに巨大な花火が上がる。後に残ったのは巨大なクレーターだけだった。
被害は住民たちにとどまらない。というより、津波のターゲットはむしろ、ドゥベ南部に侵攻し、制圧作戦を展開する多国籍軍だった。ベネトナーシュ王国、メグレス連合、ミザール同盟、アリオト伯国、フェクダ王国、メラク王国。要するに、ロランセア、ナゴワンド両大陸の、ドゥベをのぞくすべての国家で構成される混成部隊は、後ろから突然襲って来た津波に、逃げ場もないまま呑み込まれていく。レオパルド2戦車が、ピラーニャ装甲車が、155ミリ自走りゅう弾砲が、NH90武装ヘリが、CH-47J輸送ヘリが、そして滑走路から離陸が遅れた各国の戦闘機が、全て津波に呑み込まれていく。
「なんということを...!」
状況を一番よく見て、把握していたのは、上空を哨戒中の多国籍軍の航空隊だった。全てがノアの洪水のごとく水に洗い流されて、後には何も残らないのが、理不尽なほどよく観察できる。ベネトナーシュ王立空軍第1飛行師団、第168制空隊。通称オーディン隊隊長、オーディン1こと潮崎隆善一等空尉 TACネーム”セイバー”は、他に語る言葉を持たなかった。大規模な津波で全てが飲み込まれていく理不尽に対する憤りもそうだが、この津波が人為的に引き起こされたことであるから、怒りと憎しみを覚えずにはいられない。津波が起これば多くの人が死ぬんだぞ!?家も畑も店も、全てが台無しになり、生き残った者も路頭に迷うんだぞ!?
一時の戦術的優位を得たい、そんな理由で、目の前の敵を倒すため、そんなちっぽけな動機で、味方を巻き添えに津波を起こし、あらゆるものを破壊する。なんでこんなことができる!?
潮崎は激しく憤る。自分がかつて東北を襲った地震と津波で妹を失ったときは、天災なのだからと、無力感と悲しみに暮れながらも、時間が経つにつれ、前を向いて生きる腹を括ることもできた。
だが、人為的に引き起こされた地震と津波で仲間や、守るべき民を殺されたら?復讐は何も生まないと頭ではわかっても、穏やかな気分になれるはずもない!こんなことをしたやつらを全員生きたまま八つ裂きにしてやらなければ、怒りが鎮まらないではないか!
『多国籍軍将兵に告げる。わたしは栄えあるドゥベ公国第一公子、ジョージ・ドルク・ドゥベである。我々の力は見てもらえたことと思う。もはや勝負は決した!大人しく降伏するがいい。抵抗しなければ、相応の扱いを約束しよう』
臆面も緊張感も罪の意識もない、今自分が何をしたかまるで理解していない、傲慢で能天気な声が、無線からオープン回線で聞こえる。潮崎はタッチパネルを操作し、今の無線の発信源を探す。発信源は、上空を哨戒中の、E-3早期警戒管制機だった。
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