時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第四章

ゆがむパズル

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 08
 年が明けて、新暦103年山羊月1日。ドゥベ軍のグルトップ半島からの撤退は完了する。グルトップ半島を巡る戦いは、ミザール、ベネトナーシュら多国籍軍の勝利で決したのである。
 しかし、一応勝利したとは言え、多国籍軍にとってもドゥベ軍をグルトップ半島から追い出すのが、その時点の限界だった。追撃しようにも、多国籍軍側も被害が大きく、負傷兵の手当や、戦闘で破壊されたインフラの復旧、困窮する食糧事情への対処などを優先せざるを得なかったのである。
 かくして、ロランセア、ナゴワンド両大陸に、つかの間の休息が訪れたのである。

 「いやあああああーーーー…!うそだあああっ!誰か…嘘だと言ってたもれえ!」
 ドゥベ公国首都、バイドラグーン。公城の大食堂。新年の祝いの宴は、一瞬にして通夜に変わり、公妃レイチェルの身も世もない叫びが響き渡る。大公リチャード討ち死にの報が、よりによって祝いの席の最中に届けられたのだ。
 「お母様!?どうなさったのです?なぜ泣かれるのです!?」
 リチャードとレイチェルの娘、ジョージの妹である13歳の公女パトリシアが驚いて駆け寄ってくる。
 「パトリシア…。陛下が…お父様が…」
 レイチェルは言葉を最後まで言うことができず、その場に卒倒した。
 「母上、母上!お気を確かに!誰ぞ、誰ぞ床の用意を!」
 ジョージが慌てて崩れそうになるレイチェルの身体を抱き抱える。魂が抜けてしまったとでもいうのか、母の身体は、やけに軽く感じられた。
 
 レイチェルは寝室のベッドの上で静かに眠っている。公城つきの魔道士が、弱めに眠りの魔法をかけたお陰で、体と心は多少安定したようだ。
 「美しい…」
 メイドたちに、しばらく母をそっとしてやって欲しいと人払いを命じたジョージは、目の前に横たわる母の姿に目を奪われてしまう。いつまでも美しく若々しい母。しっかりして包容力がありながら、寂しがりで可愛いところもある母。ジョージはゆがんだ劣情を抑えることができなかった。ワンピースの肌着のボタンを1つずつ外していく。とても豊かで、やや垂れ気味なのが返っていやらしく見える双丘と、少したるみ気味なのがむしろ肉感的な印象を与える白い腹が露わになる。
 「なんて大きくて柔らかい…指が吸い込まれる…」
 かつて自分や妹に授乳したであろう双丘を、ジョージは両手で揉みしだき、頂点の突起を摘まみ、引っ張る。
 「ああ…」
 レイチェルが、眠っているにも関わらず反応し始める。それに気をよくしたジョージは、母の下半身側に移動し、脚を軽く拡げさせ、ショーツ越しにヘアをじょりじょりと撫で、さわさわと女の部分に触れてみる。そこは次第に熱を持ち、母の吐息が荒くなっていく気がした。
 父であり、この国の君主でもあるリチャードがお隠れになったときに不謹慎だが、ジョージの心にあるのは歓喜だった。この美しい母を、ジョージはずっと女として見てきたのだ。自分が成長しても過保護で無防備な母は、息子が二次性徴を迎えても一緒に入浴するのをやめようとしなかった。そろそろ声変わりが始まろうというときになっても母や妹と一緒に入浴していたジョージは、母に背中を流してもらっているときに、不覚にも勃起した。それを悟られるのが恥ずかしく、のぼせたと言って先に上がり、そのまま自室に戻って自慰をし、射精した。それがジョージの精通だった。
 それ以来、ジョージは母の身体と心を自分のものにしたいと密かに思い続けて来たのだ。母が父を失い、打ちひしがれている今は、卑劣かもしれないが、好機に思えた。
 「ああ…ああああんっ…」
 ショーツ越しに母の女の部分に舌を這わせていると、母の反応がはっきりとしてくる。眠りの魔法が切れかかっているのかもしれない。思い切ってショーツのクロッチ部分を横にずらし、指で触れてみる。熱を持って露出した花びらを指でなぞり、一番敏感な突起をころころと指で転がしているうちに、ジョージは母の変化に気づく。先ほどまでただ汗で湿っていただけのそこが、透明なものでとろりと蕩け出しそうに濡れている。
 母上は、ママは感じている!ジョージは男として誇らしく、嬉しい気持ちに満たされる。大胆な気持ちになったジョージは、母の愛の泉、自分が生まれてきた場所にゆっくりと指を入れていく。そこは温かく、指が吸い込まれるようだった。始めはゆっくりと、次第に大胆に指を出し入れしていく。
 「はあはあ…。うっ…うううううん…!」
 母の反応が、甘く切迫したものになっていく。母の愛の泉からぐちゃぐちゃと湿った卑猥な音がする。ジョージは本で読んだ知識を総動員して、母の敏感な部分を捜して指を曲げる。ちょうど、ざらざらとしたところを指がとらえる。
 「ひいいっ…あっああああああああああっ…!」
 母が仰け反って、身体を硬直させる。イかせた!ママが僕の指で絶頂に達した!ジョージは嬉しさで飛び上がりたい気分だった。同時に、全身をびくびくと震わせる母の痴態にたまらず、ズボンとパンツを下ろしてさっきから勃起して天を向いたままの分身を露わにする。ショーツを脱がせるのも面倒だと、クロッチ部分をずらしてそのまま先端を愛の泉にあてがう。
 が、その瞬間、わずかに動き始めていた母のまぶたがはっきりと開く。
 「あ…?ジョージ…?きゃっ!そなた何をしているのです!?」
 ジョージは一瞬罪悪感を感じるが、もう途中でやめることなどできはしない。思い切り勢いをつけて腰を押し込み、母を一気に貫いてしまう。
 「あっあああああああああーーーーーっ!」
 一度達してすっかり濡れそぼっていたそこは、ジョージの分身を押し込まれるのを止められはしなかった。
 信じられないことだった。自分は肌着の前をはだけられて双丘を露わにされ、実の息子と交わっている。その恐怖とおぞましさに、レイチェルは必死で抵抗しようとする。
 「ジョージ!やめなさい!やめるのです!妾たちは母子なのですよ!」
 「違います!もう遅い!母上は、ママは僕の女になるんです。僕の妻になるんです!」
 所詮女の力では男には叶わない。それに、夫であるリチャードが忙しく、しばらくご無沙汰であったせいか、レイチェルの身体は信じられないほどに敏感になっていた。実の息子の分身を入れられているというのに、女の芯が悦んでのがわかる。感じてはいけない快感を感じてしまうのを止められない。
 「ママ、ママ!好きです!愛しています!僕がママを支えます。ずっと一緒です!」
 「ああああ…!ジョージ…ジョージ…」
 夫を失った事実に打ちひしがれていたレイチェルにとって、耳元で囁かれる言葉は甘い毒そのものだった。このまま愛おしい息子のものになってしまいたい。だめ、レイチェル、あなたはそんなふしだらで堕落した女ではない。レイチェルの中で、激しい葛藤が起こる。
 「ママ!ママが初めての相手で良かった!ママは一生僕のものだ!」
 「あんっ!あああああ…!ジョージ、愛しいジョージ…!」
 自分がジョージの初めての女だという告白に、母性と女の悦びが混じり合ったものがこみ上げてくる。このままジョージに全て捧げてしまいたいという、自堕落な悦びと誘惑に抗えなくなっていく。ジョージの分身がレイチェルの愛の泉の中で一際大きくなる。ジョージがこのまま中に出すつもりでいることを察し、今日辺りから危険日に入ることを思い出して、レイチェルは今さらながら恐怖する。
 だが、ジョージが自分を強く抱きしめ、拒絶の言葉を紡ごうとする唇をキスで塞ぐと、レイチェルは目を閉じて、身体の力を抜いた。

 それはある意味で、ドゥベ側の降伏に近い形でも早期に戦争を終わらせる可能性が消失した瞬間ともいえた。なぜなら公族の中では一番の平和論者であったレイチェルが息子ジョージのいいなりになってしまったからだ。
 そして、ジョージはまだ勝利を確信し、戦う気まんまんだった。ドゥベ公国の後継者としてのプライドがあることもそうだが、戦いに勝てば、母であるレイチェルがさらに自分を認めて愛してくれるだろうという、素朴だが邪な思いもあった。
 この、全体から見れば非常に些細なきっかけ、パズルのピースの小さな食い違いが、この世界に更なる流血を運命づけてしまうのである。


 ミザール同盟の首都、メッサーティーガー。町の名所でもある瑪瑙宮殿の大会議室では、各国の代表が今後の対ドゥベ方針を話し合っているところだった。
 「それは、今我々の状況を考えると無理があるのでは?」
 ルナティシアは困惑しながら問う。
 「しかし、このままやられっぱなしというわけには行きません」
 「左様。わがメグレス連合も、既に反攻作戦の準備に入っているのです」
 ミザール代表マッシモとメグレス代表セルゲイは、腹の虫が治まらないという様子を隠そうともしない。気持ちはわからなくないが、これでは戦いが終わらない。だが、ドゥベを除く、ロランセア、ナゴワンド両大陸の国家が揃った会議は、ドゥベ国内に逆に軍事侵攻をする方向に全力疾走しているところだった。
 「我が国も、“今のうちに服属せよ。ミザールが済んだらお前たちの番だ”とさんざん恫喝されましたからなあ。ドゥベが今の戦時体制、全体主義国家のままでは不安ですね」
 ドゥベの東に位置する、フェクダ王国の代表ウィレムがわざとらしくため息をつきながら誰ともなくいう。
 「それに、差し出がましいが、講和の打診に対してドゥベのやつらが出してきた条件、これはなんだ?まるでやつら勝ったつもりでいるようではないか?」
 アリオト伯国代表のレオーネが、講和の内容が書かれた書類をこれ見よがしにひらひら振ってみせる。アリオトは今回直接戦闘には参加していないが、他の国と同様にドゥベから服属を要求されていたことや、ミザールがドゥベの手に落ちれば直接軍事侵攻を受ける危険があったことから、後方支援を積極的に行っていたのだ。講和の条件によっては落とした金を回収できなくなるから、他の国ほどでないにせよ、強硬にならざるを得ない。
 ともあれ、確かに、出された条件はドゥベによる賠償金の支払いや戦犯の処罰などの要求には全く触れていない。
 それどころか、安全保証と治安維持名目での、各国へのドゥベ軍の駐留、各国による駐留費用の負担。実質はドゥベを宗主国と仰ぐことを要求するような不公平な国際貿易協定の締結。各国の主権の一部をドゥベに譲渡せよと言うに等しい国際調停機関(と言う名のドゥベに都合のいい管理機関)の設立。武力衝突の回避を口実にした各国の軍の指揮権のドゥベへの実質的な委譲などなど。なにを勘違いしているのかという印象をここにいる者たちが抱くのは当然だった。ルナティシアさえ、この条件を考えた人間の正気を疑っていた。
 「我が国もこの条件ではとても応じられないと考えてはいます。ですが、この2ヶ月足らずであまりに多くの血が流れました。
 平和のために落としどころを捜す努力は必要と思いますが?」
 “お人好し”“お花畑”“自国領土を侵されていないからと呑気な”ルナティシアの言葉に、各国代表はこっそり鼻をならす。
 「それについては異論はないが、問題はドゥベにその努力の意思があるかどうかですよ。今のあの国、自浄作用を書いた全体主義国家には、それは期待できないと思えますな」
 「ですなあ。この条件がその証左です。少しでも譲歩や妥協をしようという動きは敗北主義と罵倒され粛正の対象になる。だからこんな愚にもつかない条件を臆面もなく主張してくる。というかそうせざるを得ない。これが現実ですよ」
 ミザールの東に位置するメラク王国の代表カルロスの言葉に、マッシモが皮肉たっぷりに相手をする。まあ、この条件を考えたドゥベの政治家や官僚も、本気で各国が応じるとは思っていないだろう。単に、売国奴、敗北主義者とみなされて強制収容所に送られるのを恐れただけだ。要するに、ドゥベ国民の大半は狂ってはいない。正気なのだ。善悪の区別くらいはつくし、損得勘定だって効く。だが、体制に都合の悪いことは言えず、政府の言うことに疑念を挟むことはゆるされないから、皆正しいことを正しいと言えず、間違ったことを間違っていると言えない。合理的なそろばん勘定さえ、体制に都合が悪ければ敗北主義扱いされる。全体主義国家とはそういうものだ。
 ルナティシアは、カルロスとマッシモの言葉に頭を抱える。それが正論だからだ。つまりどういうことかというと、現状では講和は手詰まりなのである。どうしても平和を得たいと思うなら、外圧によってドゥベの体制と意識を変革する以外にない。それには、ドゥベ領内に逆に軍事侵攻をかけて威圧し、参りましたと言わせ、侵略主義と全体主義を改めさせる以外にはないことになる。
 「ルナティシア姫、どうか聞き分けてください。平和のために戦闘が不可避という理屈は矛盾しているのは我々もわかっています。
 ですが、今我々は戦わずに平和を得ることはできないのです」
 マッシモの言葉に、ルナティシアはなにも言えなくなってしまう。今の状況を前にして、自分は無力だ。それが悔しかった。祖国ベネトナーシュは、誰も戦いなど望んでいない。だが、ナイフを持った強盗がそこにいるのに、抵抗するな、捕まえるなとも言えないのが今の現実だった。ルナティシアは、今もミザールに滞在し、平和を心待ちにしている潮崎たちに、心の中で自分の無力をわびた。
 結局、この会議でドゥベに対する逆軍事侵攻が決定されてしまうのである。予想されたこととは言え、真の平和はまだ雲の彼方にあった。
 
 同じようなことは地球でも起きていた。オーストリアはウィーンで開催された臨時のG20サミットは、会議は踊る、されど進まずを地で行く展開になっていた。
 「今戦闘を終わらせなければ、本当に燎原の火になってしまいます!せめてドゥベ公国に謝罪と賠償を認めるよう、我々が働きかけるべきです!」
 日本代表、首相の麻倉は必死で訴えるが、各国代表の態度は、かつて異世界における武装民間人同士の戦闘に関する条約を締結した時とは別人の鈍さ、頼りなさだった。
 地球側の国家は、基本的に異世界の国家になにか命令や要求ができる立場にない、という建前からではない。ドゥベの軍事侵攻に端を発する戦争で、地球側は未曽有の戦争特需に沸いている。それが彼らの腰を重くしているのだ。食料や燃料、日用品、全てが不足している異世界相手の天文学的な輸出超過は、世界規模の好景気と株高をもたらしている。積極的に戦争を終わらせて、まだまだしゃぶれる金づるを手放すことはないと誰もが考えているのだ。
 だが、と麻倉は考える。この戦争で一番貧乏くじを引いているはずのアメリカが不気味なほど沈黙しているのだ。すでに70機以上の軍用機が落とされ、イージス艦と強襲揚陸艦の轟沈という回復困難な損害を負っている。人的資源の損失に至っては、さしものアメリカの軍事も、屋台骨が揺らぐことを心配するレベルだ。
 にも関わらず、アメリカは特に戦争を終わらせようという気配がない。そこまで考えて、麻倉は、何かアメリカに思惑があるのか?と思い当る。同盟国の支援以外の計算がやつらにあるとなると、まずいことになる。あるいは戦争を終わらせることに消極的であるにとどまらない、積極的に戦争を続けさせようとさえする可能性だってある。特に根拠はなかったが、麻倉の”ゴーストが囁く”のだった。
 結局サミットは何も決められないまま終わり、地球側は異世界の戦争を指をくわえて見ているか、高見の見物を決め込むかくらいしかできない状況となったのだった。

 グルトップ半島東の入り江にある町スノトラ。商業都市でもあり、いまや最前線の軍事拠点でもある場所。ドゥベから奪還されたその町は、急速に復興が進み、戦災の傷跡を残しつつも、活気にあふれていた。
 そのはずれにある酒場には、潮崎以下のオーディン隊の面々の姿があった。
 「しかし、よかったのか相棒?”潮崎ガールズ””をおっぽって身内で飲み会なんて?」
 「俺だっていつも彼女らと一緒ってわけでもないさ。それとも、俺と飲むのは不満か?ん?」
 及川の肩を引き寄せる潮崎に、「絡むなよ」と及川が苦笑する。階級は一応潮崎の方が上だが、付き合いは長いし、一緒に死線を潜り抜けて来た仲だ。潮崎も特に威張りたがるタイプではない。改まった場所でない限り、及川が潮崎と対等に振る舞うことに文句をいう人間はいない。
 「まあまあ、オーディン隊の活躍を祝う飲み会なんですから」
 「そうっすよ!こんなおいしい魚がいただけるんすから!」
 オーディン4こと竹内寛実二尉の言葉に、すっかり酔って豹変したオーディン3こと紅一点松本が続ける。実際、ここは酒も魚もうまい。日本人のニーズに合わせて、鍋や刺身を出す店まで最近できたから、外食するにもどこがいいか目移りするほどだ。
 「ほんと、うまいものは食える時に食っとかないとね。いつまた缶飯だけの生活になるか...」
 潮崎はビールをあおり、クエ鍋を器によそりながらいう。が、図らずもその言葉に場が固まってしまう。
 「隊長、思い出させないでください...」
 「缶飯はまだしも...あれは...」
 松本と、オーディン5こと酒井大輔二尉が、渋面を浮かべる。
 実は、ドゥベ軍を追い払った後、グルトップ半島は深刻な食糧問題に直面した。ドゥベ軍がミザール南部の穀倉地帯を空爆で焼き払っていたことに加え、戦災で橋や港が破壊されていたため、他国からの食糧の輸入もままならなかったのだ。結局、地球から輸入した食料に頼らざるを得なかったが、それでも足りず、多国籍軍義勇兵の食糧を供出せざるを得なかった。だがしかしさりとて、それでも人体が大量のエネルギーを消費する冬場はしのぐのが困難だった。で、どうなったかというと、ドゥベ軍義勇兵が放置していったアメリカ製MRE(Meal, Ready-to-Eat)要するに、悪名高き米軍の戦闘糧食まで手を出すはめになったのだ。
 とにかく「まずい」と評判の上に、メニューによって当たりはずれが多いそれに、多国籍軍将兵は露骨に拒否反応を示した。さりとても食わないわけにはいかず、支給される戦闘糧食はくじ引きで決められることになったのだ。それははっきり言って要するに早い話がロシアンルーレットだった。オーディン隊も例に漏れずだった。フランス軍やイタリア軍、あるいはカナダ軍の糧食にありつければその日は吉日。缶飯こと戦闘糧食1型は、食いあきてはいるが、とりあえずはそこそこ。もしMREに当たった場合、その日は完全に厄日と言えた。しかも、ドゥベ軍が装備のほとんどを捨てて撤退したため、MREもなまじ数が多く、やたら弾が出る確率の高いロシアンルーレットだったからたまらない。グルトップ半島のインフラが復旧し、食糧が運び込まれるまでの記憶は、多国籍軍将兵のトラウマになっていたのだ。
 「わ...悪い。あれはたしかに思い出したくもないわな...」
 そういって、潮崎は罪滅ぼしとばかりに、松本と酒井の器にもクエ鍋をよそりつけていく。
 「そ...それはそうと隊長、そろそろ誰にするか決まりました?」
 恋バナ大好き松本が、空気を変える意味も含めて潮崎に話を振る。
 「誰って?」
 「かーーっ!おとぼけ召されるな!”潮崎ガールズ””の誰を選ぶかって話ですよ!決まってるでしょ!」
 潮崎の反応に、松本だけでなく、及川や他の隊員たちも非常にもどかしい気分になる。
 「みんな脈あり、っていうか、いつでもOKって感じでしょ?どうです?俺が察するにお姫様かな?」
 オーディン6こと坪内清彦二尉が潮崎にテーブル越しに詰め寄る。
 「ど...どうって...。
 ルナティシア姫はまだ若い。助けてもらったから身を捧げるなんてもったいねえよ。これからもっと色んな人と出会って、素敵な体験をして、きっと明るい未来が待ってるんだし」
 「じゃ、ギャル系ジャーナリストとか、妖精の学者娘は?」
 その答えに、今度は酒井が口を挟んだ。
 「アイシアは、俺がラジオ局の開設に協力したことを恩義に感じてる。まあ、彼女に特ダネやチャンスを提供してきたって自負はあるけど、だからって俺と付き合えはセクハラでしょ?
 メイリンは、正直いってなんで俺に好意を持ってくれてるのか、いまだにわからねえ」
 「ええと、じゃあ、魔族の未亡人と銀髪の狐娘さんは?」
 今度は、眉間にしわを寄せずにはいられない及川が、恐る恐る問う。
 「ディーネは、ああ見えてものすごい知恵者で才女でカリスマだ。今はどうでも、俺って人間の中身を知ったら呆れるよ。いずれ彼女は将軍になる。俺の手の届かないところに行っちまうさ。
 シグレは、ほとんど神様みたいな存在だからな。ここでの彼女の役目が終わったら、他のお役目をこなすことになるだろう。いつまでも俺のそばにいてくれるわけじゃない」
 自虐的、恋愛敗北主義、朴念仁、鈍感、残念なイケメン、自覚のないジゴロetc...。オーディン隊員たちの間にそんな言葉が想起される。
 「隊長、血の雨を降らすのだけはやめてくださいね...」
 「なんで、なにもしてないのに?」
 潮崎の返答に、松本は「時にはなにもしないことが罪だと知れ!」と腹の中で罵倒する。
 「彼女たち、大変ですねえ...」
 竹内が、焼酎を開けながらそういう。この朴念仁、大丈夫だろうか?
 「エロゲーとエロ小説ばかり愛でてたら、その内あきられますよ」
 「うるせえよ!俺には二次元と三次元どっちか選ぶなんてできないの!」
 酒井の言葉に、潮崎が混ぜ返す。この男、本気で言ってるからたちが悪い。
 「ところで、及川...ちょっと聞きたいんだが...」
 潮崎が、話の方向を変える意味もあって、改まった表情になる。
 「なんだい、改まって?」
 いつもと同じ、飄々とした及川の雰囲気に、潮崎は、”彼女のことが心配か?”という言葉を発することができなくなる。聞いてはまずい気が、今さらしたのだ。
 「その...ドゥベ領内への逆侵攻作戦をどう思う?やっとドゥベ軍をたたき出したと思ったら、今度はあちらに攻め込めって話だぜ?」
 酒の席、しかも戦勝祝いの場で、こんな無粋な話題が出たことに、みな固まってしまう。潮崎の質問の意図がなんとなく理解できたからだ。
 「まあ、なんだ。不謹慎かも知れんが、内心ありがたいと思ってるよ」
 及川が、ウイスキーの水割りの残りをいっきにあおりながら言う。
 「心配してくれている通り、セシリーことはずっと案じてる。探しに行けるのはありがたい。それにだ...もしドゥベ南部がミザールかベネトナーシュに割譲されることにでもなれば、彼女はあんな差別屋どもが牛耳る独裁国家で暮らさなくてもいいわけだしな。
 ああ、これ、オフレコでな」
 そういって、冗談ぽく笑う及川に、潮崎は大きな危惧を抱く。やはり及川には、戦争によって恋人と引き裂かれたというわだかまりがあるのだ。飄々としているようでも、どこか張りつめて無理をしている。対ドゥベ戦が始まって以来、及川が時々どこか遠くを見ているような目をしていたと思えた違和感の正体はこれか。
 もし、愛しい恋人に万が一のことがあったら及川がどうなるか...。潮崎は、不安を感じずにはいられないのだった。

 新暦103年山羊月10日。
 束の間の安息は次の戦いの準備期間でしかなく、死を司る女神、戦乙女ヴァルキリーのリストには、さらに召されるべき、あまたの魂の主の名が書き加えられていく。
 地獄の蓋は、いまだ閉じることはない。

つづく
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