時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第三章

じれじれなデート

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 02
 話はこの戦闘から2か月ほど遡る。ベネトナーシュ王国とアリオト伯国との戦争に講和が成立し、戦後処理も進む中、時はちょうど日本の暦で言う盆の時期だった。
 王立軍の将兵、とくに、異世界に来て以来働きづめだった日本人義勇兵たちは、こぞって休暇を申請した。伯国と講和が成立したとはいえ、いまだ王国は周辺と軍事的緊張状態にある。とはいえ、盆ぐらい休ませないと兵たちの士気が保てない。というわけで、何人かに分けて、交代で短い休みが付与されることになった。
 当然のように、潮崎の休暇申請も認可されたのだが...。
 「なんでこんな忙しいスケジュールになってんだ...」
 手帳に書かれた3泊4日の休暇の中には、スケジュールがぎっしりだったのであった。

 「姫殿下、本当によかったんですか?」
 「なにがでしょう?」
 王国から日本へ向かう途中のティルトローター機、王立空軍のV-22オスプレイの機内。潮崎の問いに、ルナティシアが首をかしげる。
 「俺の実家なんて東北の田舎で何もない。せっかく日本に行くのにつまらないんじゃないかって」 
 「あら、潮崎様のお家は、一度伺ってみたいと思ってましたのよ?それに、”オボン”に家族が集まることは日本では大切なことなのでしょう?未来の妻として、同行するのは当然のことですわ」
 ”未来の妻”という言葉がひっかかったが、そこまで言われては言葉もない。いつも白い服がにあうルナティシアが、今日は黒のシンプルなドレスと黒い革靴という姿なのも、盆という習慣を彼女なりに理解してくれているということなのだろう。潮崎は素直に彼女の意思を汲むことにした。
 王国の王都、ハープストリングから時空門を超えて、日向灘から福島県の地方都市という行程は、オスプレイを用いると非常に速かった。途中、四国や東海、関東が目的地の同乗者たちを下ろし、習志野基地で給油をしたことを差し引いても、ヘリや旅客機では不可能な速さだった。なにせ、ヘリと違い水平飛行が可能で、旅客機や輸送機と違い、垂直離着陸が可能なのだから。飛行速度は速いのに、降りる場所はヘリポートで十分なのだ。
 盆の休暇に入れるまでの時間を節約し、休暇が終われば速やかに任務に戻るようにするための、ベネトナーシュ王国、日本両政府の配慮だった。

 「おかえり隆善。元気だったか?」「見て、隆ちゃんだよ。大きくなって」「あの金髪の女の子、まさか彼女?やるじゃないの」「すげえ。空自のパイロットって、やっぱモテるのかね?」
 福島の実家にたどり着いた潮崎はそんな熱烈な歓迎を受けたのだった。なにせ、彼は元は空自の花形であるF-15Jのパイロットであり、ベネトナーシュ王立軍でも活躍しているというニュースは親戚筋の耳にも入っていたからだ。地球側でも、アリオト伯国の侵略と暴虐に対して、ビフレスト島の有志たちとベネトナーシュ王国が立ち上がった。伯国の軍事行動から王国と島の罪もない者たちを守り、ビフレスト島北部の自治と平和を勝ち取った、というのが大筋での認識だったという事情もある(どこぞの国は未だに王国と日本による侵略だと騒いではいたが)。すっかり親戚筋の中では自慢話の種扱いされていたのだった。
 「勝利はみんなの力ですよ。誰が一番すごかったなんてことはない」 
 「ははは!隆善ならそういうと思ったよ!」
 「なんにせよ、お前さんたちの活躍で一つの戦争が終わったんだろ?もっと自惚れてもいいじゃないか?」
 盆の墓参りはそれなりに粛々と行われたものの、日が傾いて宴会となると、潮崎は親戚のみなの引っ張りだこだった。みなそれだけ、戦争の終結と、日本の同盟国の勝利が嬉しいのだ。
 「ごめんなさいね。みんなどうも隆くんには厚かましくて」
 「いえ、それだけ彼が人気者だってことですから」
 潮崎の義母である、スウェーデン生まれの金髪の妙齢美女、エルシアが、ビール瓶を片付けながら言うと、ルナティシアが応じる。とはいえ、親戚の男衆が潮崎の武勇伝を聞きに彼を囲んでいるせいで、相手をしてもらえないのが、ルナティシアには少し寂しかった。

 「ルナティシアさん、少しいいかしら」
 「あ、はい」
 深夜、皆が酔って寝静まるか帰途についた後、片づけを手伝い、潮崎家の客間で寝る前の習慣として読書をしていたルナティシアに、ふすま越しに声がかけられる。声の主はエルシアだった。
 「遅くに悪いわね。少しお話がしたくて。て、あら、髪下すとすごく大人っぽくてきれいね」
 エルシアの言葉に、ルナティシアは「よく言われます」と応じる。実際、みつあみをほどいてワンレングスの形にしたルナティシアは、女から見ても見とれてしまうほどの美しさだった。国でもよく周囲から、髪を下ろした姿を標準にしてはどうかと言われるが、ルナティシア本人はまだ時期尚早と考えていた。
 「隆くん...隆善のことをもう少し話したくてね」
 ルナティシアが酒を飲まないことを聞いていたエルシアは、麦茶を差し出すと、語り始めた。数年前の震災でこの辺りが津波に巻き込まれたとき、空自の初任幹部だった潮崎が、腹違いの妹を助けようとして果たせなかったこと。その後、マイペースだった勤務態度ががらりと変わり、何かに取りつかれたように勉強を始めたこと。念願であったイーグルファイターになれた時でさえ、メールでそっけなく報告が来ただけだったこと。幼馴染だった彼女と別れてしまい、何人かの派手な女と付き合っては長続きしなかったこと。
 「あの日、妹のゆかりを亡くしてから、隆くんはいつもどこかを見てるようでどこも見てないように思えてね...」
 言われてみれば、それはルナティシアにも心あたりがあった。潮崎は、時々どこかへ心が行ってしまっているように見えるのだ。
 「だから、できればあの子に寄り添っていて欲しいの。失ったものを別のもので埋めようとしてもうまくはいくはずがない。それに、あのまま一人で戦い続けられるほど、あの子は強くない。わかるのよ。見ての通り血はつながってないけど、あの子は私のこの世でたった一人の息子だもの...」
 エルシアからその言葉をもらったことは、ルナティシアの大きな自信となった。自分は潮崎の嫁として期待されていると思っていい。しかし同時に、自分に何ができるだろうかと考えることになる。

 「ためらってはだめ、わたくし...!今夜が好機なのだから...!」
 ルナティシアが出した結論は、既成事実を作ってしまい、強引でもなんでも潮崎のものになってしまうこと。化粧を直し、髪を軽く整えて、潮崎の部屋に向かう。ようするに逆夜這い。襖にカギはかかっていなかった。静かに襖をあけて、忍び足で畳を歩く。緊張と興奮で心臓が早鐘を打っていたが、やると決めたからには迷いはない。そのまま、夏布団に潜り込んで潮崎の寝顔をのぞき込む形になる。が...。
 泣いている?ルナティシアは、潮崎の閉じられた相貌が濡れていることに気づいた。
 「ゆかり...ゆかり...」
 ああ、そうか...。潮崎の言葉と涙に、ルナティシアは理解する。彼は、本当は周りが思うほど強くはない。エルシアの言う通り、妹を失ったことを忘れられず、今も涙する普通の人間だ。そう思うと、潮崎を一方的に英雄扱いして、既成事実を作ろうとしていた自分が急に無粋に思えてくる。それに、なんだか寝顔が可愛く思えて、ずっと眺めていたくなってしまう...。そんなことを思いながら、ルナティシアはまどろみに落ちていった。
 なお、二人とも朝が強い方ではない。休日なので携帯の目覚ましがならず、エルシアが起こしに来るまで、互いに吐息がかかるほど顔を近づけた体勢で眠っていた。その後、エルシアたち潮崎家の人々からどういう反応を受けたかは...お察しください。


 アイシア・セイレネ・べネリは、19歳の翼人種。翼人にもいろいろいるが、彼女は体は人間と全く変わらず、背中に一対の翼をもつ、セイレーンと呼ばれる種族。美人ぞろいのセイレーンでも特に美貌であることもあり、かつ、白い大きな翼を持つことから、一見すると天使のように見えなくもない。 
 巻き毛のサイドテールに、薄いがあざとい化粧、白い肌が映える露出度の高い服装は一見ギャルっぽく、アイドルという風体を持つ。実際、翼人は歌い手や舞台役者など、芸能関係の仕事を生業とする者が多い。だが、アイシアは語り部、ようするに異世界でのジャーナリストの道を選んだ。母親が同じく語り部であったこともあるが、戦災が続く異世界で、何が真実で何が偽りなのか、皆に自分なりに伝えていきたいという信念が彼女にはあった。物心ついたころから周りではほとんど戦いが常態化していて、多くの人々が、真実よりも自分に都合よく、受け入れやすい情報ばかりを求めた挙句、破滅したり、命を落としたりする様を見続けて来たという事情もある。
 余談だが、広島弁は彼女が生まれた地の方言であり、とくに彼女の種族とは関係ない。
 
 ともあれ、今日のアイシアは仕事を離れ、潮崎とのデートを満喫していた。トウキョウはシブヤやハラジュクは、彼女にとって夢の町だった。
 「シオザキ!次はあっち行こ!クレープ、パフェ、シュークリーム!」
 「おいおい、あんまり食って太ったら飛べなくならないか?」
 歌と甘いものに目がないアイシアは、朝からカラオケとスィーツの店をはしごして、好き放題に歌い、食いまくっている。潮崎にとってはいろいろ心配な状況だ。
 「う...シオザキのいけずぅ...。せっかくトウキョウまできたっちゅうのに、歌って食べないなんてもったいないと思わんのん...?」
 本当に、歌って食べることが楽しくてしょうがないんだな。潮崎は苦笑する。
 「わかった。ただし、後であちこち出るとこ出たら、自分でなんとかしろよ」
 「うう...わかっとるもん!」
 そう言ったアイシアは、老舗のシュークリームの店に潮崎を連れていくのだった。

 そろそろ、(他との調整の関係で)デートもお開きかという頃合いになって、潮崎はアイシアの手を引いて、歩き出す。
 「あそこに行くのを忘れちゃまずいよな。やっぱ」
 そう言ってシオザキが歩いていく先は、派手な光る看板が掲げられた建物が並ぶ区画の方向。まさか?とアイシアは思う。あの光る看板の建物は、ニホンでいう”ラブホテル”とかいう休憩、宿泊施設だと、事前のリサーチで知っている。最初はよくわからなかったが、要するに男と女が性的な行為をする場所。
 「え...ちょっと...」
 アイシアは戸惑う。そりゃ、シオザキなら自分を捧げることにやぶさかではない。ベネトナーシュ王立空軍の英雄の女になれるなんて名誉なことだし、”ラジオ”放送局を開設することを、王国とニホンの関係各所に提言してもらった恩義もある。それに、そういうところを抜きにしても、シオザキという男を憎からず思っている。
 でも、そんなにいきなりは...。今日は動きやすさを優先して、ニホンの”スポーツ下着”を身に着けている。どうせなら、とっておきの勝負下着をつけてるときに...。なにより、まだ心の準備ができてないし。どんな風に触れ合って、どんな風に体を重ねるか、リハーサルなしでやらなきゃいけない...?そして、ことが終わった後どうしよう...。本音ではそのままシオザキのお嫁さんにしてもらいたいけど、シオザキはモテるし、一回くらいで恋人気取りなんてめんどくさいと思われたら困る...!
 「ああ、ここね。着いたぞ」
 「え、もう?」
 色々な思考と恥ずかしさ、期待、ためらいが交錯して、頭もグルグル、目もグルグルのアイシアが目を上げると、そこは想像とは全く違うところ。家電量販店だった。
 「録音機器とか、カメラ、後バッテリーも買わなきゃいけないって言ってたな。悪い、忘れるところだった」
 後頭部をかきながらそういうシオザキに、安堵が半分、期待外れが半分で、アイシアは大きなため息をつく。この量販店は、ラブホテルが並ぶ薄暗い裏街と、裏道一つ隔てた場所にあるのだ。アイシアはすっかり勘違いしていたことに気づく。同時に、もし行き先がラブホテルなら、女として嬉しかったのに、というわだかまりも残った。
 「ああ...家電ね...。確かにそうじゃったのう...」
 ぶっちゃけていうなら、アイシアは所謂処女ビッチである。DJを務めるラジオ番組で、いじり上手のゲストに、「年齢=彼氏いない歴」と白状させられてしまってから、ベネトナーシュ王国ではその事実は半ば公然の秘密扱いされている。ともあれ、アイシア自身、見た目の派手っぽさと周囲の印象に合わせて背伸びをしている自覚はある。だから、自分の見た目をあまり気にせず、一人の女の子として接してくれるシオザキのことを憎からず思っている。が、まるで女扱いされないのは、それはそれで悲しいものがある。
 「でも...次こそは」
 アイシアはそう心に決めて、今日はとりあえず必要なものをシオザキとともに物色することに決めた。あくまでも今日はとりあえず。


 シグレ・シルバ・ソロコフスカヤ。808歳。白狐種。獣人種の中でも、比較的長寿で、魔法力や霊力、闘気の扱いに長ける種族。腰まであるストレートの流れるような銀髪と、大きな狐耳、髪の色と同じ9本のしっぽが特徴だ。外見年齢は小学校高学年から中学校というところか。
 異世界で宗教団体の司祭を務める。といっても、地球のものとはだいぶイメージが異なる。異世界ではギリシャやローマのような多神教が信仰されている。宗教団体と言っても、一つの神様しか信仰しないわけではない。いくつもの神を崇め、時と場合に応じて多くの人々にとってすがるべき神はいずれかを示す。司祭と言っても厳格な規律や教義を仕込まれたものではなく、知識と弁舌と度量が達者なものが選ばれ、信徒を緩やかに束ねる役目を負う。一方で、その人脈や影響力ゆえに、人心掌握や諜報活動、政治工作など、世俗的な役割を担うことも多い。日本の戦国時代の寺社仏閣勢力と似たような立場と思えばいい。
 平素身に着けている、巫女服に似たポンチョ状の法衣はあくまで収斂進化であり、日本の神道とは無関係とは本人の談。

 「ぐびぐび...。うーん!いい!素晴らしいぞ!こんなうまい酒がこんなに安く飲めるとは!」
 銀座にある少しおしゃれなバーでウォッカトニックを堪能しているシグレは、あちらでは飲めない酒にご満悦のようだった。
 まあ、あちらには原始的な葡萄酒か、雑穀を蒸留して作った酒くらいしかないのだから無理もないが。それにしてもこれは...。と潮崎は思う。日が傾いてから、シグレは自分を連れて何件も店をはしごしている。かなり飲んで食っているはずだが、まだ食い足りない、飲み足りないとばかりに、キャビアやフォアグラ、アワビなどの高級品に加えて、高い酒を注文しまくっている。しかも、ブランドや見た目だけではない。シグレがネットで調べたと言ったとおり、どれもこれもたしかに値段に恥じないうまさだ。その辺の居酒屋チェーンで出される料理がジャンクフードに思えかねない。
 「司祭様、もうそれくらいにしておいた方が...」
 「ん~~?もう限界か?われはもう少し楽しみたいのじゃが?」
 どんだけ飲む気だ。潮崎は呆れる。ついでに、今までの面倒を思い出す。
 「てか、疲れるんですよ!あなたが未成年じゃないって説明するの!」 
 当然のようにというか、酒を出す店に入るたびに「未成年のご入店は...」と呼び止められた。シグレはベネトナーシュ王国発行の渡航許可証を持っていて、年齢も表示されていたが、808歳という表記が返って妖しく見えた。「それは正規の許可証だ、疑うのか?」とシグレが脅しつけてようやく入店が認められる。これの繰り返しだったのである。地球でも異世界の人間と交流が進み、獣人の存在や、外見と実際の年齢が食い違う事実が斟酌されてもなお。
 「つれないのう...。そなたと飲む酒が一番うまいのじゃ。始めて会った日、基地の酒場で飲んだビールの味は今でも思い出せるぞ」
 困ったな。潮崎は思う。あの日、戦闘哨戒任務から帰還するF-15Jにただ乗りし、ヘイモーズ基地に降り立ったシグレが、驚かせてしまったおわびがしたいというので、潮崎は(彼女の実年齢を知らされたこともあって)酒をおごってもらおうと要求した。結果は予想をはるかに超えていた。シグレは酒場の酒と料理を、懐に持っていた金貨で片っ端から注文していった。日本の料理の影響を受けて、異世界の他の場所では食えない味だったことや、日本から輸入した酒の味がシグレの琴線に触れたことがあったらしい。
 「すごい女、彼女にしちゃったんですね」
 「ウーロン茶お願い...」
 バーテンの小声での耳打ちにまともに返答する気にならず、潮崎はとりあえずアルコールの入っていないものを注文した。 自分で飲み食いした分はちゃんと払ってくれているし、シグレ自身のことも決して嫌いではないが、いろいろ大変なことになりそう。潮崎はこれからのシグレとの縁を想像して、渋顔をするのだった。ま、嫌な気分では決してないのだが...。
 

 ディーネ・デモニラ・キンバ―。316歳の魔族。青い肌、所謂黒白目、アッシュブロンドの髪、琥珀色の眼、山羊を思わせる角、背中のコウモリのような翼と、尻から伸びる先端がスペード状になったしっぽが特徴だ。
 若干恐ろし気な外見だが、別に邪悪な種族というわけではない。こういう外見の種族というだけで、知性もあれば人語も解し、他の種族と意思疎通を行い共存することも可能。ついでに、他の種族と交配し、子をなすこともできる。実際、ディーネはビフレスト島に代々住んでいる家柄の生まれで、ナーストレンド軍では指揮官を任されるほどに信頼と実績を積み重ねていた。
 かつて添い遂げていた夫は、まだナーストレンドがアリオト伯国の指揮下にあった折、伯国の無謀な作戦に参加させられ命を落とした。今は、ナーストレンドからベネトナーシュ王国の軍人として正式に移籍し、娘を育てながら軍務に服する日々を送る。
 
 ディーネが潮崎とのデートの場所に選んだのは、東京の納涼祭だった。日本の花火大会に興味があったし、日本人の文化の一つである浴衣を着てみたいとも思っていた。
 が、一番の理由は、花火大会という場所は男も女も開放的な気分になり、親密な仲になるチャンスだという目算があったことだった。ネットや日本の女性向け雑誌の情報を苦労して異世界の言葉に翻訳し、夏の花火大会にふさわしい化粧や髪型を調べ上げたこともある。彼女の肉感的な体を浴衣に収めるのはなかなか大変だったが、完成して見れば、我ながらいい感じと思えるできだった。浴衣の色は、もちろん彼女の好みの色であり、青い肌に映える白ベース。アサガオのガラだ。余談だが、時空門の開通後、異世界との交流が進み、亜人種は未だに珍しい存在とはいえ、日本ではわりと自然に受け入れられている。ディーネは多少目立つが、とりたてて好奇や違和感の視線を向けられることもない。
 「どうだろう、これ、似合っているだろうか...?」
 「もちろんだとも。なんたってディーネは美人だからね。よく似合ってる」
 潮崎に笑顔でそういわれると、それだけでどきどきして胸がいっぱいになりそうになる。落着け私、とディーネは思う。この程度で喜んでいてどうする。乙女じゃないんだから...。が、そこまで考えて、自分がまだ幼い(129歳)の娘に指摘されたように、どうにも乙女であることを思い出す。理由はいろいろあると思うが、潮崎に褒められたり優しい笑顔を向けられるだけでどうしようもなく幸せになってしまい、その先に進むことを忘れてしまうのだ。女としてこんなことではいけない。
 「シオザキ殿、手を、つないで欲しいのだが...」 
 「うん、いいよ。ディーネ」
 ディーネの言葉に応じて潮崎が彼女と手をつなぐ。それだけで、ディーネはまたぽーっとしそうになる。手をつないでもらえただけではない。肯定の返事とともに、名前を呼ばれたのがどうにも嬉しかったのだ。細かいことだが、自分を見てくれているという感じがとても嬉しい...。
 よ...よし、今日こそ、潮崎と親密な仲になるぞ。私の夫に、まだ小さい娘(129歳 大事なことなのでry)の父親になってもらうのだ。自慢ではないが、色気には自信がある。潮崎とて男。誘惑してなびかせる自信はある。が、そこで突然の食欲をそそるにおいにディーネの思考が中断される。
 「お、なんだかうまそうなにおいがすると思えば、ケバブか...」
 潮崎の言葉に応じて、屋台に目を向けると、鉄の串に刺されて焼かれる羊肉が目に入る。確かに美味しそうなにおいと、食欲をそそる光景だ...。でも、なにもこんな時に...。
 ぐ~~~
 ディーネの腹の虫が正直に反応し、大きな音をたてる...。
 「食べたい?」
 「うん...。美味しそう...」
 こうなればごまかしても仕方ない。ディーネはお相伴にあずかることにした。
 二人がナンにくるまれたケバブをぱくついているうちに、結局花火大会は始まってしまう。結局食べただけか。なんだか色気がない・・・。チャンスだったのに、とディーネは嘆息する。が、大きな音とともに空に咲く大輪の花はなかなか悪くない。日本人が夏の風物詩に選ぶだけはある。
 ふと、花火に照らされる潮崎の横顔を見ると、あらためていい男だと思う。大きな黒目がちな眼、きれいな鼻筋、整った口元...。 
 彼の女になりたい、妻になりたいという気持ちではだめだな。とディーネは思う。彼を強引にでも自分の男にするんだ。自分の夫にするんだ。娘の父親にするんだという気持ちでなければ。
 なにせ、競争率は高い。しかも、手ごわいライバルたちがそろっているのだから。まあ、今日自分がいかに乙女か思い知ったところだから、まずそこをどうにかするところから始めないといけないが...。
 それでも、決意を新たにし、ディーネは潮崎とつないだ手に少し力をこめると、花火を楽しむことにしたのだった。

 まあこのように、俗に誰が呼んだか”潮崎ガールズ”と呼ばれる女性たちと潮崎のデートは、よく言って楽しく和やかに、悪く言って煮え切らず大きな進展もないまま終了したのであった。


 さて、所変わってこちらは異世界、ベネトナーシュ王国。
 アリオト伯国との戦争が終わって以来、王国の時空門周辺は比較的平和といえた。たまに飛行船を用いた盗賊行為、所謂空賊は出没するが、大した脅威になったためしはない。
 だが、今日は時空門周辺には、王立軍をあげての厳戒警備体制が敷かれていた。空は動員できる限りの航空兵力が展開し、地上と海上にも、物々しい数の兵力が集められている。
 『現在時刻14:00。レーダーにコンタクト。輸送対象、時空門を通過します』
 早期警戒管制機、E-767のオペレーターの通信と同時に、時空門がまばゆいばかりの光を放ち、地球から異世界に向けて配達荷物が空輸されてくる。
 『うほお!こうしてみるとでけえ!本当にあんなもの空に浮かせるとはな!』
 時空門周辺を紹介していたF-4Jファントム戦闘機のパイロットが興奮気味にいう。地上や海上の将兵たちも同じ感想だった。巨大な金属製の船が風船のように空に浮いて、ゆっくりと移動していく有様は、まるで島がまるまる一つ空を飛んでいるようだった。船体の下に、4つの巨大な魔方陣が幾何学模様を描いて輝いている。
 こちらではポピュラーな技術である、重力反転魔法を総動員して、巨大な船体を浮かせて運ぶことに成功したのだ。とはいえ、木造船を浮かせるのとはわけが違う。当然物も金もかかり、一隻こちらに運ぶのに、F-15Jが新たに一機買えるほどの金がかかってしまった。だが、その価値は十分にあるはずだった。
 DDG-180 ミサイル護衛艦”はぐろ”。”ながと”型ミサイル護衛艦2番艦。全長169.9メートル。満載排水量1万70トン。イージスシステムによる高い情報処理能力。各種のミサイルを運用可能な火力。弾道ミサイルすら撃墜可能な迎撃能力を持つ、海に浮かぶ要塞。俗な言い方なら”海のターミネーター”とよべる存在だった。
 少しでも軽くするため、燃料や弾薬は最低限しか積まれず、乗員も操舵に必用な最小限の人数だけ乗せて、なんとか空に浮かせ、こちらに運びこんだ。これより、海上自衛隊よりベネトナーシュ王立海軍に編入され、海上の眼として機能する予定だ。
 「これで、予定通り北の海での計画を開始できるな」
 王立空軍の参謀総長を務め、義勇軍の司令官でもある曽我義広空将はつぶやく。ヘイモーズ基地のコマンドルームで、王立軍の航空機から送られてくる"はぐろ"の映像を見ていた他の王立軍幹部たちも同じ考えだった。
 だが、この時はまだ誰も知らなかった。つかの間の平和が、すでに終わりの始まりにさしかかっていたことを。


 
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