時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

文字の大きさ
27 / 45
第五章

焦土作戦とバイオハザードと

しおりを挟む
03

 「正に焦土作戦です。何も残ってはいません。全てが焼き払われています。この地に暮らす人々にとって、味方であるはずのドゥベ軍によって。
 ここ、ナンナがかつて美しい町であり、大規模な軍事基地でもあったのが嘘に思えるほどの破壊工作です」
 ベネトナーシュ王国のジャーナリストにして、ラジオ局のDJでもあるギャル風の翼人、アイシア・セイレネ・べネリが、焦土作戦によって完全に破壊されたナンナの様子を報道していく。その凄惨ぶりは、ボキャブラリーの多さが自慢のアイシアをして、とても語る言葉を持たないものだった。アイシアもここには取材で訪れたことがある。交通の要衝であり、大規模な製鉄を行うたたら場を有する町でもあったから、活気があり、人々の往来が絶えない場所だった。それが今では、全てが焼き尽くされ、破壊しつくされて、何も残っていない。
 住民はとりあえず避難させられたらしく、町は人気がないが、そこかしこに焼けた死体が転がっている。避難を拒否したか、自力で移動できず足手まといとみなされたか?アイシアはそう推測する。
 この暴挙、常軌を逸した振る舞いに対する怒りを何とか抑え、努めて公平な報道に徹しながら、アイシアは、この戦争はどこに向かうのかと思う。
 すでにドゥベ軍も多国籍軍も多くの人死にを出し、それでも苛烈な戦闘は継続している。戦況はおおむね多国籍軍有利であることは間違いないが、多国籍軍が勝利した後はどうなる?破壊しつくされ、何も残っていない国、世界を手にしてなんの意味がある?戦争がどんな形で終わるにせよ、家や畑、家畜を失った人々はどうやって生きていけばいい?戦争の終わりがゴールではない。それはむしろ始まりなのだ。戦災で難民化した人々、がたがたになった経済、労働人口と税収の現象。それやこれやの問題を抱える中で、みんなでどうやって生きていくかが問題になるのだ。幼いころから紛争や戦争をその目で見続けて来たアイシアはそれをよく知っていた。
 「止まない雨、明けない夜はないと信じたいですものです」
 アイシアは放送の最後をそう締めくくる。だが、自分で言った言葉を、アイシア自身が信じられていなかった。雨は本当に止むのだろうか?夜は本当に明けるのだろうか? 
 すぐ近くを、多国籍軍のダンプと、パワーショベルやブルドーザーを積んだ牽引車が危険なほどの速度で走っていく。遠くの丘では、アリオト軍らしい一団と、メラク軍らしい一団の口論が、つかみ合いの喧嘩に発展しているところだった。まだ近くで戦闘が起きているというのに、利権にあらかじめ唾をつけておこうと、多国籍軍の構成国の間で、資源の試掘が先を争って行われているのだ。
 その醜い収奪合戦を見て、アイシアは思う。この戦争に本当に大義はあるのか?と。もちろん先に宣戦布告もないまま他国に対して軍事侵攻を行ったのはドゥベだ。それに対して何らかの対応が必要であった。それはよくわかる。だが、アイシアには、すでに当初の戦争の目的は忘れられ、誰も彼も、ドゥベからどれだけむしり取れるかしか考えていないように見えた。
 ドゥベも多国籍軍も、すでに戦争の大義などどうでもよくなっていないか?戦争を始めるだけ初めておいて、終わらせるめどをつけられなくなっていないか?そんな不安をアイシアは感じずにはいられなかった。軍事には素人のアイシアだが、戦争には基本的に目的があるということは理解していた。それは、領土であったり、賠償金であったり、国家の威信であったりとそれぞれだが、とにかく目的が果たされればそこで戦争を終わりにする道を模索することができる。だが、問題なのは、終戦とは戦争当事国全員の合意が必要ということだ。この戦争のように、全ての当事国がエゴや欲望、都合をむき出しにして、犠牲が出るのも構わず無茶な戦闘を続けていては、戦争は泥沼化してしまわないだろうか?終戦のための折り合いはつけられるのか?よしんば戦争を終わらせることができたとして、戦災の爪痕から人々は再起することができるのだろうか?
 改めて破壊しつくされたナンナの町を見回したアイシアは、そんな不安と恐怖を覚えずにはいられないのだった。

 ちょうど同じころ、ナンナから北に50キロほどの丘陵地帯。
 焦土作戦を終えて北上するドゥベ軍と、追撃する多国籍軍の間で戦闘が行われていた。
 「こちらオーディン1。敵航空兵力の殲滅を確認!」
 空戦の先頭を務めていたオーディン隊は最後のF-35Cを撃墜し、隊長のオーディン1こと潮崎は味方に向けて報告する。逃げ腰の上に、焦土作戦からの帰還途中で、燃料も弾薬も残り少ないF-35Cの部隊は、頭数と残弾数で勝る多国籍軍の混成部隊、特にサイコセンサーを装備したオーディン隊の敵ではなかった。敵の殺気をダイレクトに感知して回避や反撃ができるF-15JSの前に、自慢のステルス性能やミサイルの精度は大した意味を持たなかったのだ。
 まあこれは、オーディン隊が特別なのであって、決してF-35とパイロットが優秀ではないわけではないのだが。
 『了解!地上部隊の攻撃に移る!』
 オランダ人のミザール軍義勇兵の乗るF-16Dが前に出て、ドゥベ軍の車列に誘導爆弾とロケット弾の攻撃を開始する。オープントップのハンヴィーがびっくり箱か仕掛け花火のように爆発し、乗っていた兵たちが回転しながら吹き飛ばされていく。
 『おい待て!避難民もいるんだぞ!』
 無線から及川の怒鳴り声が聞こえる。潮崎には相棒の気持ちがわかった。あの中に及川の恋人であるセシリーがいないとも限らないのだ。
 『馬鹿野郎!やつらこっちを撃ってきてるじゃないか!』
 スティンガー携帯地対空ミサイルを危ういところでかわしたMig-29のパイロットが怒鳴り返す。戦闘は多国籍軍側の優勢だったとはいえ、ワンサイドゲームだったわけではない。多国籍軍機にも損失は出ていたのだ。仲間を落とされたパイロットが殺気立つのも無理はない。
 『落ち着け!義勇軍の車両と、武装した兵だけを狙え!避難民の馬車には手を出すな!』
 ミザール空軍所属のラファール戦闘機のパイロットである、ギリング隊指揮官、ジャン・ラファエル・クリーガー大尉の妥協案で、とりあえず折り合った多国籍軍のパイロットたちは、避難民でないとわかるものは徹底して殲滅していった。味方のエアカバーのないドゥベ軍はひとたまりもなく、逃げることも応戦することもできないまま、肉片か火だるまになることを選択させられていく。
 『畜生!ナンナの町が焼かれて次はこれかよ!』
 無線に聞こえるのも構わずつぶやいた及川は、この高度では無駄と知りながらも、避難民の中にセシリーの姿がないか探そうとしていた。危うい。潮崎は思う。及川の声は、今までのように飄々として、常に余裕のあるものではなかった。ここに来る途中、ドゥベ軍の焦土作戦によって焼き払われたナンナの町の有様を見た上に、避難民を巻き込むことを完全に避けることは不可能な今の自分たちの状況を前にして、心底うんざりしているようだった。実際、今しがたオーディン3こと松本がイコライザー25ミリガンポッドで破壊したLAV-25装甲車から、どう見ても兵隊ではない幼い子供が数人逃げ出していく。
 及川だけではない。多国籍軍のパイロットたちの誰もが、この状況をやむを得ないと割り切れてはいなかった。だが、敵である以上倒さないわけにもいかない。皆理不尽に憤りながらも、敵の無力化が完全に確認されるまで、引き金を引き続ける以外になかった。
 『ギリング1よりオーディン2。彼女、無事だといいな。なあ、こんなこといつまで続けなきゃならないんだ?』
 『それは俺たちが考えることじゃない。俺たちは命令に従うまでだ。ああ...あんたの友達は気の毒だった...。俺だってこんなこと納得できちゃいないが...』
 やっと敵が沈黙し一息ついたころ、無線でそんなやりとりが聞こえる。クリーガーは、以前ミザールの港町の波止場で知り合ったドゥベ人の船員と、共通の趣味である釣りの話題で意気投合し、またいずれ一緒に釣りに行こうと約束をしていたのだった。その船員は開戦とともに連絡が取れなくなり、最近になって、ゲルセミの町で多国籍軍が武器として用いた細菌に感染し、ゾンビとなって死亡していたことが判明したのだ。及川の口調は、もし自分が同じ立場になったら、あるいはもうなっているかも知れないという危惧と憂鬱がにじんでいた。
 潮崎は焦り始めていた。今はまだ勝ち戦の勢いがあるから皆我慢できているが、戦争というのは恐ろしい早さでストレスが溜まっていくものだ。戦争とはどんな強靭な人間にとっても耐えがたい経験だということを、皆身をもって今正に学んでいる。このままでは、たとえ最終的には勝てたとしても、自分たちは大切なものを失っただけで、なにも得るものがなかったということになりかねない。いや、勝つ前に士気が崩壊するかも知れない、という不安が強くなる一方なのだ。
 及川とは一度ちゃんと話し合っておかないといけない。地上の後始末を多国籍軍の地上部隊に任せ、帰路に着く途中、潮崎はそんなことを考えていた。

 一方、橋本由紀保一等空尉率いるニーズへグ隊のF-2S支援戦闘機6機は、焦土作戦が別の場所でも行われるという情報の真偽を確認すべく、偵察に出ていた。
 『隊長!見てください!2時方向に町が見えます!戦闘が起きているようですが...』
 「なんだ、ドゥベ軍か?」
 部下の一人の言葉に応じて、橋本は機体に装備されたカメラをズームにして、下にある町の様子をHMDに映し出す。ピントが合うと、どうにも違和感を感じる。確かに人が逃げまどい、戦闘や略奪らしきものが行われている。ピクセル迷彩の戦闘服をまとったドゥベ軍義勇兵の姿もある。だが、肝心の火が放たれていない上に、どうやらドゥベ軍の兵同士が戦っているように見える。
 『焦土作戦にしては乱暴でまとまりがないな...。仲間割れか?』
 「ちがう!あれはゾンビ化菌だ!こんなところまで!」
 橋本の言葉に、ニーズへグ隊の全員がぎょっとする。言われてみれば、町のあちこちで強姦が行われている。しかも、奇妙にも、女が男を襲う、所謂逆レイプが集団でおこなわれているのも散見される。さらによく見ると、この高度からも、暴徒と思しい者たちの足が、オリンピック選手並みに速いのがわかる。まだ感染していないと思しい人間は、逃げようとするも、驚異的な速さの足を誇る感染者にたちまち追いつかれ、押し倒されて性交をされてしまうのだ。ゲルセミで多国籍軍が用いた細菌によるバイオハザードが完全な封じ込めに失敗したという噂は聞いていたが。町1つ巻き込んだパンデミックまでは確認されていなかったのだ。
 「ミイラ取りがミイラとはこのことか。ドゥベ軍のやつら、バイオハザードに巻き込まれたな」
 『ま、厳密に言ってミイラ取りがゾンビ、ですかね。運が悪い。おかげでかつての仲間に銃弾を浴びせるはめになってる』
 隊の中では一番若いニーズへグ6が無線越しに相手をする。実際その通りだった。個人差もあるが、感染者に性交をされてしまったものもすぐに感染者、つまりはゾンビになって理性を失い性欲が異常に高まり、まだ感染していないものを強姦し始める。ドゥベ義勇軍の派遣元であるアメリカ海兵隊は、女性兵士のリクルート、地位向上に積極的なだけに、部隊の女性の割合は決して低くない。それが仇となり、ゾンビ化した義勇兵は町民も、ドゥベ正規軍もかつてのお仲間も関係なく、異性であり、まだ感染していなければ、無差別に強姦の対象にしていく。感染したかつての戦友に強姦され、彼らの仲間になりたくないなら、銃弾を浴びせる以外に選択肢はないのだ。
 「ニーズへグ1よりイーグルネスト。非常事態だ!例のゾンビ化菌によるバイオハザードを確認。映像を送る。
 場所は...ナンナより西北西におよそ40キロの地点。街道のすぐ南の町だ。至急対策を願う」
 『イーグルネスト了解。よく知らせてくれた。至急対策部隊を送り込んで対処する。しかしまいったなあ...やはり封じ込めは失敗だったか...。こりゃ幕僚の首が飛ぶどころの騒ぎじゃすまんかもな...』
 常日頃愚痴っぽい司令部のカナダ人の義勇兵のオペレーターの言葉に、”口より手と足を動かせ”と橋本は腹の中で毒づく。橋本は自分を正義感の強い人間だと思ったことはない。むしろ悪党である自覚さえあるが、今下界で起きていることに関しては怒りを覚えずにはいられない。人間どうあがこうと病気になるときはなるし、死ぬときは死ぬものだとは思うが、あれはひどい。情報によれば、ゾンビ化菌に感染したものは、いずれ脳組織を破壊され、男はほぼ確実に死に、女は運よく菌と共生することができても、所謂覚醒ゾンビッチとなり、セックスなしでは生きていけない体になってしまう。どっちを向いても地獄だ。
 そしてこの状況を作り出したのが自分たちの味方だというのが余計に腹立たしい。勝つために手段は選べないという理屈で細菌兵器に手を出したということなら、その細菌兵器の戦果に便乗して、今正にドゥベに侵攻している最中の自分たちも共犯ということになる。
 しかし、今は怒りで思考停止している状況ではない。橋本は部下たちに命じ、万が一にも感染者が町の外に出ることがないように、味方の対策部隊が到着するまで、上空を旋回しながら村を監視することにした。

 「助けて...誰か助けて...!あっああああああーーーーーーーっ!」
 街道沿いにある宿場町ハティの宿屋の娘、エミリーの悲鳴は誰にも届かなかった。突然町を襲った病によって、理性をなくした怪物と化した町の男たちに、もう何回性交をされてしまっただろう。今朝まで処女だったこの体は、体中のあらゆる場所が男たちの慰み者にされ、男たちが出した白濁のむせるような匂いが染みついている。
 「ぎっ!がはっ...!あああああああああっ...!」
 床の上に横になった男をまたいで無理やり座らされ、今しがた射精したばかりなのに全く勢いを失っていないものを下から挿入される。それにとどまらず、彼女の後ろに回った男が、尻穴に先端をあてがい、ゆっくりと押し込んでくる。最初にそこを犯された時は激痛で悲鳴を上げたが、何度もされるうちに拡がってしまったのか、男が中で動かせるくらいにはなっているらしい。
 「ううう...!いや...おぐううっ!」
 近所の鍛冶屋、不愛想だが本当は子供好きで優しいおじさんと評判の中年の男が、息も絶え絶えのエミリーの前に仁王立ちになり、勃起したものを彼女の口に無理やりねじ込んでいく。左右からはさらに別の二人の男が、エミリーの両手に自分たちのものを無理やり握らせる。
 助けて。苦しい。臭い。気持ち悪い。おぞましい。
 エミリーは口に男のものを含まされているため、声を出すことさえ叶わず、心の中で必死に悲鳴を上げ、助けを求める。
 怪物と化した男たちが家に襲って来た時、一緒だったはずの母、エルザはどうなったろう?頭を鍛冶屋の手で押さえられているため、視線だけを動かして探した先には、絶望しかなかった。
 「ああ...すてきい...!すばらしいですわあああっ!うちのひとよりずっときもちいいのおお...!」
 母は自分と同じように、女の部分で、尻穴で、口で、両手で、五人の男を一度に相手にしながら、あろうことか恍惚とした表情を浮かべ、甘い声を上げて積極的に男を貪り、腰を振っていたのだ。
 美人で優しく、清楚な母。自慢の母だった存在はもういない。かつて母だったものの瞳は、自分たちを犯している男たちと同じように、鮮血を思わせる赤に染まっている。臆面もなく、淫猥で下品な姿を娘である自分にさらしながら、心地よさそうにあえいでいるのだ。
 エミリーは、母も男たちと同じ、理性を失い、性交をすることしか考えられない怪物になってしまったのだと悟る。朝から男たちに犯され続け、すでに枯れてしまったと思った涙が目から溢れてくる。その涙は、もう誰も自分を助けてはくれないと悟ったせいか、それとも変わり果ててしまった母の姿を見てしまったせいか、エミリー自身にもわからなかった。
 エミリーの絶望と諦念がトリガーであったかのように、彼女の視界は急速に赤く染まっていく。その瞳は、母と同じ、鮮血を思させる深紅に染まっていた。
 エミリーが恍惚とし、男のものが自分の中でこすれ合う感触に甘い嬌声を上げ始めるまでに、時間はかからなかった。

 「ちくしょうバスタード!ちくしょうーーーーっ!」
 ドゥベ義勇軍所属、18歳の女性海兵隊員、エリザベス・ハットン一等兵、通称ベティは、女が口にするにはいささか品のない罵声をはきながら、ゾンビと化したドゥベ軍兵士や町民たちに対して、愛用するM14を撃ち続けていた。部隊の狙撃兵に任命されているだけあって、見事なワンショットワンキルでゾンビたちの頭を正確に撃ち抜き、倒していく。しかし、敵の数が多すぎた。しかも、これからさらに増えそうだ。なんと言っても、感染者に性交をされてしまった人間も感染者となって異性を襲い始める。そして襲われ、性交をされてしまった人間も感染者になる。この繰り返しで、敵はどんどん増えていくのだ。
 重いM14を支える腕に力が入らなくなり、しだいに狙いが甘くなり始める。20メートルも離れていない感染者に対する射撃をしくじり、7.62ミリの銃弾は感染者の頭をかすめただけに終わる。盛大に血が噴き出して、人間なら気絶は免れないダメージも、感染者には大したことはないらしい。一瞬よろめいただけで、またこちらに向かってくる。ベティは改めて感染者の眉間を撃ち抜き、とどめを刺す。
 「なんてこと...。リアルブラックホークダウンか!」
 弾倉を交換しながら、誰にともなくベティは言う。やはり焦土作戦は間違いだったんだ。そう思わずにはいられない。ドゥベ第一公子、ジョージの命令に従い、極力人死にを出さないという条件で、義勇軍も焦土作戦に随行した。だが、作戦を行う予定だった町は、よりによってバイオハザードが拡大している真っ最中だったのだ。
 町を囲む石壁の中に偵察に入って感染者たちに襲われた強硬偵察部隊フォースリーコンの救出にこだわったのが命取りになった。結局部隊全体が二重遭難する羽目になってしまったのだ。この町で何が起きているのか、ゲルセミで町と基地が壊滅する被害をもたらした、人を理性を失った怪物、ゾンビに変える奇病と同じものだと気づいた時には全てが遅かった。
 感染者は身体能力と生命力が劇的に向上するだけではない。武器を使い、まだ感染していないものを逃がさないためにはどうすればいいかを判断する程度の知能はあるから始末に負えない。町の中に入った車両はゾンビたちによって作られたバリケードによって身動きが取れなくなり、空からの支援を担当していたCH-53Eスーパースタリオン輸送ヘリも、ドアガンによる正確な射撃を行おうと、低空でホバリングしたのが仇となった。建物の屋根の上からフック付きロープをカーゴドアに引っかけてよじ登り、機内に侵入した数人のゾンビたちによって機内は大混乱に陥り、結局墜落してしまったのだ。
 正確に頭を撃ち抜くか、一撃で首を落とさない限り死ぬことがないゾンビたちの人海戦術の前に、精鋭で鳴るドゥベ軍も、勇猛な義勇兵もたちまち包囲されていってしまった。後は、男も女もゾンビたちに押さえつけられて無理やり性交をされ、彼らの仲間になるまで慰みものにされ続けるだけだった。
 ベティの所属していた分隊の隊員たちも、いつの間にかはぐれるか、ゾンビたちに追いつかれ、ベティは今や孤立無援の状態にあった。どうにか人が2人程度通るのがやっとの狭い路地に逃げ込み、後ろを取られないように曲がり角に陣取って抵抗を続けているが、体力も弾も無限ではない。手りゅう弾はすでに使い果たし、M14のマガジンも残り2つ。バックパックの弾薬を取り出してリロードする余裕などありはしない。
 「それ以上近づくんじゃない!ドント カム エニー クローサー
 とうとうM14の断層が全て空になり、ベティは45口径のMEUピストルの射撃に切り替える。だが、このままではらちが明かないと判断したらしいゾンビたちが、前と横の両方から迫ってくる。これにはさしものベティも対応できず、とうとうゾンビに囲まれてしまう。
 「離してレット ミー ゴ―!離せえっ!」
 ものすごい力で両脇から押さえられて表通りに連れ出され、ベティはたちまち裸にされていた。無理やり四つん這いにさせられ、女の部分に男の先端があてがわれると、一気に貫かれる。
 「あああああああああああああああーーーーーーーーっ!」
 ベティが恐ろしい悲鳴を上げる。これがベティの初めてだったのだ。男を知らないベティの女の部分にとって、それは凄まじい異物感だった。思ったほど痛くはないのを幸いと思う余裕はベティにはなかった。
 ベティの頭に、故郷にいる恋人であるエドガーの顔が浮かぶ。高校のクラスメイトで、卒業の直前に付き合い始めたが、大学生であるエドガーとなかなか時間が合わなかったことに加えて、お互い忙しいこともあって、キスどまりだったのだ。初めてはエドガーにもらってもらおうと決めていたのに...。ベティの眼から涙が溢れてくる。
 「やめて!抜いてええっ!いや...うぶううううっ!」
 犬の交尾のような格好で性交をされるベティに、前に廻った男が無理やり口にものを押し込もうとする。ベティは口を閉じて抵抗するが、鼻をつままれ、目に男の先端を意地悪く押し当てられると、たまらず口を開いてしまう。その機を逃さず、男はベティの口を一気に犯してしまう。よく見ればその男は、ドゥベ正規軍の指揮官だった。女ったらしで、ベティも粉をかけられていたが、貴族趣味と下士官や兵卒を見下した態度が気に食わず、相手にしないようにしていたのだ。こんなやつに...。エドガーにだってしてあげたことないのに...。
 「だめ...うぼおっ...!こんな...あああっ!どうして...!」
 ベティの体に、認めたくない変化が訪れる。女の部分に感じていた異物感が和らいで、不思議な感覚に変わっていく。口の中の粘膜もなぜか敏感になり、無理やりイマラチオをされているのに、うっとりとしそうになる。こんなことをされて自分は感じ始めている。それはベティにとってショックだった。強姦は魂の殺人と呼ばれる。そんな残酷でおぞましい行為をされているのに、女の芯が悦び始めている...。ベティは、ゾンビたちの体から放たれる匂いを嗅ぐと、しびれるような感覚が走り、男の先端からにじみ出る物が粘膜に染み込むと、子宮がじんわりと熱くなり、変な気分になっていくことに気づく。
 卑劣な...。ベティは思う。ゾンビたちの体臭や体液に、催淫剤のような効果があるらしい。苦痛なら拒めるけど、全身がしびれて変な気分になって、全部がどうでもよくなりそう...。これは女として、苦痛を感じながら強姦され続けるよりもつらく、屈辱的なことだった。
 「うっ...?ああ...おおおおおおおおおおおおおおうっ...!」
 ベティの口と女の部分に白い飛沫が注ぎ込まれる。二人の男はさっさと離れてしまうが、これで終わりではないことはベティにもわかった。別の男がベティの腰をつかみ、貫いて来たからだ。残酷で厳かな肉の宴は続く。ベティにゾンビと化した男たちが群がり、彼女のあらゆる場所を白濁で汚していく。しかも、射精したはずのゾンビはすぐに回復して、勃起したまま順番を待っている。
 ベティはこうして、底なしのゾンビたちに犯され続けるのだった。偶然にも、なまじ細菌に対して抵抗力があったのが、却って彼女に残酷な結果をもたらした。ベティは性交の快楽と悦び、一方で、女としてのプライドと恋人への操の間に板挟みになり、みじめな気分を抱えたまま恍惚へと堕ちていくことになった。ようやくベティが完全に感染し、理性を手放してしまうまでずいぶん時間がかかってしまったのだ。

 「あああ...おとこお...!おとこはいないのお...?せっくす...せっくすがしたいのお...!」
 完全に感染し、赤い瞳を持つゾンビッチと化したエミリーは、裸の上にガウンだけをまとった恥ずかしい姿のまま、町をさまよっていた。男が欲しい、セックスがしたくてたまらない、精液を呑みたいのに、男が見つからない。それはすでに町には感染していない男がいないことを意味していたが、ゾンビッチになってしまったエミリーに、それを想像する頭は残っていない。
 ふと、空から爆音と風切り音が聞こえた気がした。見上げると、二つの回転する翼を持った、空飛ぶ鉄の船が近づいてくる。ドゥベ軍の空飛ぶ鉄の船とは微妙に違う、見たことのないもの。なんだろう?男が下りてきてくれたらいいんだけど...。
 そう思っていると、鉄の船から青い煙がたなびき始める。その青い煙は、拡散しながらゆっくりと地上まで下りてくる。
 「あれ...?」
 青い煙を吸い込んだ瞬間、エミリーは頭の中に緞帳がかかるような、猛烈な眠気に襲われる。なんだか気持ちいいし、ここで少しお昼寝しよう...。そう考えて、エミリーは路地のすみに横たわる。苦痛はなかった。穏やかに眠りに落ちていくだけだった。二度と覚めないかも知れない眠りに。

 『ワクチン散布終了。感染者たちを殲滅できた模様。念のため地上部隊を下します』
 エアロゾル化して、ゾンビ化菌の感染者たちを瞬時に制圧するワクチンを散布したCH-47J輸送ヘリから、そんな報告が入る。
 「ニーズへグ1了解」
 そう返したものの、上空を監視していた橋本は本音では了解も納得もしていなかった。バイオテロにはうんざりだ。本来守られるべき罪科もない人たちが、怪物と化し、結局制圧しなければならないなんてあんまりじゃないか。明らかに感染者とわかるほとんど全裸の集団が、車両を下手な運転で転がして、他の場所に感染を広げるべく町の外に出ようとするのを、40ミリロケット弾と、20ミリガトリングガンで、問答無用で阻止したばかりなのだ。町の外に出なかった感染者も、散布されたワクチンで、ほとんどが死ぬ。
 自分もそうだが、多国籍軍の中に、この理不尽に対して納得できている者はどれだけいるだろう。と橋本は考える。いつかツケは高い利子をつけて払うことになる。そんな不安と戦慄は、必ず現実のものになる。もはや橋本はそう確信していたのだった。
 このまま負債を積み増ししていって、返済期が来たらどうなる?元本も利率も、遅延損害金の額も文書で決められてはいない。だが、間違いなくいずれ請求される借金に、橋本は恐怖を覚えずにはいられなかったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...