時空を駆ける荒鷲 シーズン2 F‐15J未智の海原へ

ブラックウォーター

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北海の王道楽土

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 01
 ”新世界の羅針盤”艦隊と”菊”機動部隊の戦闘にアイドゥ侯国が介入し、平和維持軍上層部から停戦命令が出てから丸1日が過ぎた。
 反乱を起こして脱走し、”新世界の羅針盤”がわに寝返ったチャック・アーケイ・ノモト―大佐率いるノモト―艦隊と、討伐隊の増援として差し向けられた平和維持軍艦隊が現地に到着したのはほぼ同時だった。
 停戦命令が出ているため、互いに敵同士でありながら2つの艦隊が距離を置いて並走する姿は、観艦式を思わせる荘厳さだったが、当事者にとってはとても愉快な状況とは言えなかった。
 原子力空母”ドワイト・D・アイゼンハワー”を基幹とするノモト―艦隊の12隻は、アイドゥ侯国に亡命した旧多国籍軍脱走兵で構成される飛行隊のエスコートを受けて、アイドゥ侯国の領海へと進んでいく。
 一方、原子力空母”ジェラルド・フォード”空母”ヴィクラマーディティヤ”を基幹とする16隻の平和維持軍艦隊は、”菊”機動部隊と合流しつつあった。
 誰もが、この大艦隊同士が本格的に衝突すればどうなるか、恐怖を抱かずにはいられなかった。

 日本の周辺の海を太平洋と日本海、東シナ海と呼ぶように、こちらの海洋にもそれぞれ名前はついている。ロランセア大陸の北方の海を総じて”北の海””北海”と呼ぶが、コフ諸島よりさらに北。多数の島嶼が点在し、無数の海洋国家が並び立つ海域を特にオゥエーツ海とこちらの世界では呼称する。
 その海洋国家の中にあって、最大の軍事力と経済力をもつのがアイドゥ侯国だった。
 そのルーツはかつてこの世界に存在した”帝国”が崩壊し、ロランセア大陸に離合集散の末ドゥベ公国が成立した時に遡る。ドゥベ公国二代目君主ヘンリーが、弟であるエドガーを北の地に送り込んだのだ。
 エドガーはその軍事的、政治的センスを遺憾なく発揮し、”万人の万人に対する闘争”と言える状態にあった北の島嶼に、粗雑ながらも秩序をもたらした。
 その功績を称え、ヘンリーが直々にこの地に赴いて戴冠式を行い、エドガーを君主とするアイドゥ侯国の建国を承認したのだ。
 以来、アイドゥ侯国はオゥエーツ海の元締めのような立場に収まる。ドゥベ公国公族の分家であるという威光。卓越した軍事力。常に産業を興すことを怠らない勤勉さに裏打ちされた経済力を武器に、この海の秩序を守って来たのだった。
 それ故にというか、こちらの世界でも特に保守的で、貴族主義的な風潮が強い国家でもあった。政治や軍事は貴族の仕事であり、権力を持つ代わりに大きな責任を負うという、言わば”ノブレスオブリージュ”の思想が強かったのである。
 従前は特に問題ではなかったのだが、”時空門”によって地球とこの世界がつながり、地球の文化や政治思想が流れ込んでくると、問題が生じてくることになる。
 まず、同じくドゥベ公国の親戚筋でありながら、自由主義的な政策を重んじるベネトナーシュ王国が、日本の支援のもと、立憲主義や議会主義を推し進め始める。最初は自由主義を疎んじていた周辺国も、ベネトナーシュ王国との戦いに敗れ、他にも紛争や動乱が起こってそれまでのやり方が通用しなくなるに及んで、それまでの貴族主義、寡頭政治体制を維持できなくなっていく。
 その流れはアイドゥ侯国にとっても対岸の火事ではなかった。外交や経済の面でのロランセア、ナゴワンド両大陸の新しい流れは、アイドゥ侯国を大いに困惑させた。
 両大陸では身分の低いものも実力次第で栄達できるようになったから、元はしがない農民や労働者であった人間が出世して、アイドゥ侯国の貴族たちと対等に振る舞うことが認められる状況は、理屈はわかるにしても、感情的には反発を感じずにはいられなかったのだ。
 決定的だったのがドゥベ戦争で、それまでアイドゥ侯国が主と仰いできたドゥベ公国は敗北することになる。そして、戦勝国の言いなりに、それまでのドゥベ公国の貴族主義、保守主義を全否定するように、自由主義的な政治、経済体制を作り上げられたことは、アイドゥ侯国の両大陸に対する感情を決定的に悪化させた。
 あまつさえ、戦後両大陸に成立した8か国協商、そしてその後身の環大陸連合は、両大陸の外にまで、まるで布教のように自由主義的な思想、体制を暗に強制し始めたのだ。
 アイドゥ侯国はその動きには徹底的に抵抗した。オゥエーツ海の海洋国家をまとめて経済プロックを作り、両大陸から入って来る品物に高い関税をかけてシャットアウトした。
 ”ドゥベ戦争””自由と正義の翼”動乱において、ドゥベ軍や多国籍軍からの脱走者を同志として亡命を受け入れ、平和維持軍からの再三の引き渡し要請も拒否してきたのだ。
 今や、アイドゥ侯国は環大陸連合に反抗する勢力の急先鋒と言える立場にあったのである。

 02
 アイドゥ侯国首都、ヤングパインの中心にある王宮に、1機のF-35Bがアプローチしてくる。両翼が青に塗装され、白いFを2つ重ねた識別マークが描かれていることから”新世界の羅針盤”の所属機とわかる。
 「こちら、空母”遼寧”艦長、エルダー・ヒュージ・クート中佐だ!着陸の許可を願いたい!」
 『許可します!よくいらしてくれました!』
 無線から聞こえる管制官の許可を受けて、F-35Bはエンジンノズルを90度下に向け、腹部と背面のハッチを展開してリフトファンを稼働させて減速し、ホバリングに入る。そのままゆっくりと高度を下げ、王宮の敷地内にあるヘリポートにふわりと着地した。
 腕は鈍っていないな。クートは思う。古巣である英国海軍でハリアーが全て退役して、乗る機体がなくなって以来ずっと水上艦勤務だった。こちらに派遣されてF-35Bにも手慰み程度に乗ったが、教導団が反乱を起こして以来”遼寧”の艦長職が忙しく、全く操縦していなかったのだ。
 時間を節約することと、万が一にも敵の攻撃を受ける可能性を考えて、ヘリで移動するのはやめて、予備機であるF-35Bを借り受けたのだ
 「クート中佐!歓迎したします!大侯陛下がお待ちです!こちらへ!」
 近衛らしい青年が元気よく声をかけて来る。北の国の文化なのか、環大陸連合の貴族たちに比べてかなりすっきりとしたいで立ちだ。質実剛健を是とするのか、派手な装いを贅沢として忌避するのか、クートにはわからなかった。
 「ご苦労様です。陛下にお目にかかる前に着替えたいのだが?」
 「いえ、そのままお通しするようにとの陛下の仰せです!」
 一国の君主にノーメックスの飛行服のままで目通りというのも無粋とも思ったが、相手がそういうならと、クートはそのまま面談することにする。
 豪奢な作りの観音開きの扉を近衛がノックすると、「入れ」とよく通る声が返ってくる。
 中は広かったが、一国の君主の執務室にしてはかなり質素だった。申し訳程度の彫刻がされた執務机。質はいいが飾り気のない応接用のソファーとテーブル。白一色のカーテン。
 見栄を張ることを是としないお国柄とは聞くが、ここまでとは。クートは驚きを禁じえなかった。
 この部屋の主も、部屋とバランスを取るかのように簡素な服装をしていた。一応貴族社会の一員らしく金のボタンや刺繍があしらわれているが、一国の君主にしてはかなり質素に感じられる。白を基調としている服だからなおのことか。
 「遠路はるばる大義である。余がアイドゥ侯国君主、カーター・モール・マットディールである」
 クートにとっては初めて見るこの国の君主は、さほど大柄でもない男だったが、驚くほどの大きく低い声、そして貫禄だった。
 「陛下におかれましてはご機嫌麗しく」
 クートはこちらの世界の貴族式に片膝をつき、こうべを垂れる。
 「よしたまえ。謁見ではないのだ。貴君たちの流儀で頼みたい」
 気さくにそういう言葉に、クートから緊張が抜ける。改めて直立不動になると、海軍式の肘をたたんだ敬礼をする。
 「”新世界の羅針盤”副司令兼、空母”遼寧”艦長、エルダー・ヒュージ・クート中佐であります!
 陛下、この度はわれわれを受け入れて下さり、誠にありがとうございます!」
 改まってそう言ったクートに、カーターは気さくに微笑み。ソファーに座るよう促す。
 「そう改まってくれるな。われわれの目的は共通なのだ。今日から、われわれはともに戦う同志、いや、家族と言ってもいい。
 われわれにとっても、君たちの力は必要なのだよ」
 カーターの言葉に、クートは恐縮してしまう。
 「しかし、陛下やこの国にとっても火中の栗を拾う選択であることに違いはありません。感謝申し上げるのは当然のことです」
 クートの言葉に、カーターは真剣な表情になる。
 「火中の栗か...。それは貴君らが来ても来なくても同じことでな。われわれは環大陸連合による文化的侵略に対して、たとえ国を焦土としようとも抵抗すると決めているのだ。
 別に余とて、変化することがいけないことと言うつもりはない。むしろ、状況に合わせて変化することは健全なこととさえ思っている。同じドゥベの親戚筋であるベネトナーシュ王国は、いち早く変化することで大いに繁栄していると聞いているからね。
 だが、”変化しなければならない””健全でなければならない”という考え方を画一的に押し付けるやり方には、どうしても納得がいかないのだ。
 われわれには古い伝統がある。今まで培ってきた方法論もある。
 例えば、われわれアイドゥ侯国の人間は、幼いころから”なぜではない。ならぬものはならぬ”と教えられてきた。
 自由主義者たちが主張する、”なにごとも時と場合による””どんな原則にも例外はある”という理論にも一理あるだろう。だが、”理屈と膏薬はどこにでもつく””大義名分さえあればなにをしても許される”といわんばかりの理屈ややり方は、とうてい受け入れられないのだ」
 カーターはそこで言葉を区切り、秘書が出した紅茶で口を濡らす。
 「今の時代にあっては、アイドゥ侯国は過去の遺物であると、環大陸連合の者たちなら言うであろうな。
 確かに、貴族主義や高関税による経済ブロックは長続きするものではないかもしれない。
 だが、われわれにも意地がある。あらゆる手段で抵抗をつづけ、傲慢に堕してしまった両大陸の者たちに疑問符を投げかけ続ける。強引に意を通すつもりなら相応の代価が要求されることを教えてやるのだ。
 そのためには、貴君らの力に大いに期待をさせてもらう!」
 クートは、カーターの長広舌に素直に感心していた。”変化しなければならない””健全でなければならない”という考えの押し付けに反発して、自分は今正にここにいるのだから。
 「陛下のお力添えが得られて、まことに心強い限りです。われわれの未来にも希望が持てるというものです」
 「うむ。われわれとて、貴君らにおんぶに抱っこで戦うつもりはない。
 それで、具体的な作戦だが...」
 テーブルの上に周辺の地図が広げられ、アイドゥ侯国軍の参謀が何人か呼びつけられて、作戦会議が始まったのだった。
 それは、カーターにとって罪滅ぼしであると同時に、自分をやり直す最後のチャンスと捉えていた。
 ”ドゥベ戦争”の後半、カーターは宗主国であるドゥベ公国からの援助要請を受けて、一度は海を越えてロランセア大陸に参陣した。
 だが、当時の多国籍軍の切り崩し工作によって、ロランセア大陸北部の村や町は、アイドゥ軍に協力を拒んだ。目的地を目の前にして戦闘に必要な物資の調達のめどがつかなくなってしまったのだ。
 結局、”このままでは犬死だ”と戦意を喪失した部下たちの声を無視できず、カーターはドゥベを見捨てる形で撤退を決定せざるを得なかった。
 裏切り者。臆病者。敵前逃亡。その罵倒を、カーターは甘受した。そして、せめてもの罪滅ぼしと、”ドゥベ戦争”や”自由と正義の翼”動乱のさ中脱走した各国の将兵たちの亡命を受け入れてきたのだ。
 だからこそ、柳武観と名乗る、”新世界の羅針盤”の情報将校が艦隊の受け入れを要請してきたとき、それに飛びついた。やり直しのために、仲間は大いに越したことはない。
 この戦いで平和維持軍に勝てるかどうかは、カーターが再び男になれるかどうかの瀬戸際と言えたのだった。

 「ノモト―大佐!お久しぶりです!お元気そうで何よりです」
 『うむ、ペルシャ湾での任務以来か?年も取るわけだな』
 空母”遼寧”のブリッジで、”新世界の羅針盤”艦隊司令、イーサン・博斗・港埼中佐は映像通信で久方ぶりに見る掘りの深い無骨な顔と話していた。ノモト―とは地球で、ペルシャ湾沿岸での空爆任務で一緒になって以来音沙汰がなかったのだ。
 「大佐、われわれにご協力いただき、感謝に絶えません。
 正直なところ、最初は未来への展望などほとんどなかったのですが、大佐のご尽力と、アイドゥ侯国の協力があれば、われわれは勝利することさえ夢ではありません!」
 『なに、感謝するのは私の方だよ、息子の死からこのかたなにもできないで腐っていたところ、息子の仇を討つ機会をもらえたのだからね。鳳一佐や、他のみんなも同じ気持ちさ。
 今われわれは、捨て駒でもなく使い捨ての道具でもなく、真に軍人として戦えているのだ。これほど嬉しいことはない』
 港埼は、ノモト―の言葉に笑顔になると同時に、哀愁も感じる。今の平和維持軍にいる限り、自分たちは軍人として戦うことはできないということなのだ。こうして反乱を起こして、軍の枠からはみ出さなければ。
 『さて、中佐。われわれが持参した兵装をそちらにも配分しようと思う。
 最新式の装備がうなるほどあるぞ。補給艦をそちらに廻した』
 「本当ですか?ありがたいことです!」
 ノモト―と港埼は、トレカや食玩のコレクションを融通し合う子供のような笑みを浮かべる。軍人にとって最新式の兵器とは、純粋に心が躍るもの。よだれが出そうになるものなのだ。
 港埼は、接舷許可を求めて来る補給艦”カンタブリア”を窓の外に認める。ぜひ飛行甲板に降りて自分自身が立ち会って、この目で確かめなければ。そう思ったのだった。

 「ほう、ありがたいな。日本製の対艦ミサイルまであるとは」
 ”遼寧”弾薬庫。ノモト―艦隊から新たに”遼寧”に搬入される兵装のリストに目を通していた、サニエル・ワンサイト・ハーマン少佐は嬉しそうな顔になる。
 もともと日本びいきなところがあり、居合道の有段者でさえある彼女だが、とくに日本の技術には信頼を置いているのだ。なにせ、GDPに比して恐ろしく少ない予算で凄まじいスペックの兵器を生み出す技術には一目置かざるを得ない。また、国民性ゆえか、鍛え方の違いなのか、目的達成に向けた執念がものすごい。もしUS-2を同じ予算でアメリカで作ろうとしたら、きちんと飛ぶものができるかどうかさえ怪しいだろう。
 ハーマンは17式空対艦誘導弾が、愛機であるF-23Nのウエポンベイに問題なく収まるかどうか、デバイスドライバは互換性があるかなどを調べ始めた。

 さて、そもそもなぜ一度は不採用が決まったF-23シリーズや、立ち消えになった艦載機型のF-22Nが敗者復活のように正式採用されたのか?
 それは日本において、F-15JSが空母艦載機に選択されたのと同じような理由による。
 ”ドゥベ戦争”において、器用貧乏であるF-35シリーズや、とがったところのないFA-18シリーズが、空戦能力に優れるF-15系統の機体や、Su-27系統の機体に手も足も出ない状況が度々あったことで、米海軍上層部は戦々恐々となる。特に戦闘機がほぼスタンドアロンで戦うことになる異世界においては、ソフト面の優位でハード面の劣後を突き崩すことは不可能と判断されたのだ。
 そこで考えられたのが、一度は冷戦終結のあおりで完全に頓挫し、多くの人間が覚えてさえいなかった、NATF(アメリカ海軍先進戦術戦闘機計画)の復活である。
 しかしそこで新たな問題が生じることになる。当初はF-22Nのみが採用されることが決まっていたが、F-22は構造上ウエポンベイのスペースに余裕がなく、大型爆弾や対艦ミサイルを複数塔載することは困難と判断された。また、制空戦闘機であるF-22をマルチロールファイターとすることは、かなりの手間と予算を食うことが予測された。
 そこで、思い切って制空戦闘機とマルチロールファイターを全く別の機体として住み分けをすることが決定されたのだ。多くの兵装は搭載したいが、外付けしてステルス性能を損なうのは嫌だと考える現場のパイロットの声を受けて、F-23Nの余裕のある機体構造と大きなウエポンベイは有用だという意見が強かったのだ。
 一度不採用を告げられたYF-23の製造元であるノースロップ・グラマン社はいい顔をしなかったが、結局提示された予算に目がくらみ、F-23Nの開発に取り掛かったのだった。
 F-22Nはもともと艦載機としての運用も視野に入れた設計だっただけに、前脚をダブルタイヤとして主翼折りたたみ機構と着艦フックを装備するだけで済んだ。
 だが、F-23Nは”自由と正義の翼”動乱で問題になった機動性の不足の解決に迫られた。主翼の設計を完全に見直すことは予算オーバーとして却下された(かっこ悪かったからと言うのは、おそらく噂だろう。おそらく)。最終的な解決策は、主翼前端を延長してフィンとし、そこに引き込み式のカナード翼を装備し、コンピューター制御によって自動的に出し入れする方式だった。これによって、ステルス性能の低下を最小限に抑えつつ、必要な機動性の確保に成功したのだ。
 足回りの強化と合わせて、主翼と尾翼の折りたたみ機構も追加され、すっかり空母艦載機として完成したのだった。
 完成を見た両機は、もはや戦闘機として別次元の性能を誇っていた。ステルス性能を追求すれば、他の面で妥協せざるを得ないという戦闘機のジレンマは、すくなくともF-22NおよびF-23Nには当てはまらなかった。
 まあ、その両機が腕利き揃いの教導団に配備されていたことが、”バードフェザー、ブローンルックの反乱”において、平和維持軍側が一方的に敗北する一因となったのは因果なものだったが。

 「あれ?これは?」
 ハーマンは、リストの中に見慣れない名前を見つけて驚いた顔をする。最初は何の冗談かと思ったが、ちゃんと写真まで添付されているからには、実物が存在し、しかも配備されていることになる。
 「機会があれば乗ってみたいものだな」
 ハーマンはモーターショーで新車を目にしたカーマニアのように胸を躍らせる。彼女もまた、多くのパイロットと同じで航空機マニアなのだ。
 実物を見るのが、ハーマンには待ち遠しくて仕方がなかった。

 03
 一方こちらは討伐隊旗艦、CG-53ミサイル護衛艦”ひえい”。元は米海軍所属のタイコンデロガ級巡洋艦”モービル・ベイ”。”まや”と同じく、アメリカの背信行為の実質的な賠償として安く日本にリースされたものだ。
 カタログスペック上は21世紀でも十分通用する性能だったが、そもそも設計が古い、予算の都合でもろもろのアップデートが長い間行われていない、ESSM対空ミサイルの運用にも対応していない、格納庫が狭く新型のヘリの運用に支障があるなど、とてもそのまま実戦投入できるものではなかった。当然ミサイル防衛になど対応していない。
 それは逆に言えば、乱暴に扱ったり、最悪失陥することになっても惜しくないと言うことも言えた。アメリカとのリース契約で、もし沈めた場合も、比較的安い手付金を没収されるだけで済むことになっていたからなおのこと。
 一応日本側の手弁当でESSMを運用可能とし、また新たな機軸の技術として、第二主砲を試作品のレールガンに換装していた。第二主砲が自走砲か戦車の砲台のように、妙に頭でっかちなのはそのためだった。
 このレールガンはドゥベ公国から鹵獲した伝説の槍、グングニールを、ベネトナーシュ王国と日本の技術で再現したものだった。まあ今のところ、やたら射程が長く貫通力のある大砲というだけで、有用性は見出されていないが。
 「艦内が狭いからってヘリ甲板で会議やるかねえ...?」
 ”ほうしょう”飛行長である橋本がぼやく。
 「聞こえてるぞ!いい天気なんだから問題ないだろ!」
 パイプ椅子が並んだヘリ甲板に、討伐隊司令、インド海軍からの派遣組である、シュリ・トーモー・イワークル少将の怒鳴り声が響く。
 日本の”こんごう”型あたりと違って、艦隊旗艦としての運用を想定していない”ひえい”は、50人を超える艦隊司令部要員や各艦、各飛行隊の指揮官たちを会議室に収容できなかったのだ。
 作戦行動中は司令部要員とクルーたちが不便を我慢すれば済む話だが、こうして各部署の責任者の収集して本格的な会議をするとなるとかなり問題だった。
 かと言って、大きく狙われやすい空母に艦隊司令部を置くのは極めて危険だった。
 結局、ヘリ甲板にパイプ椅子を並べて会議を行うことになっていたのだった。
 「あー、次は自分から具申ですが、艦対艦ミサイルはやはり水上艦の責任で対処した方が無難でしょう。航空隊を煩わせては、航空隊はミサイルと敵機両方に対処しなければならなくなってしまいます」
 フリゲート艦”クリスト―バル・コロン”艦長、ファン・マ・エバラーイス大佐が、意見具申を続ける。
 「それは同意見だな。ただ、空母の直援は万が一に備えて敵ミサイルへの対処も視野に入れさせたい」 
 イワークルが応じる。なにせ敵がホームゲームなのに対して、討伐隊は遠征試合なのだ。空母が被弾すれば、航空機は帰るところがなくなってしまう。
 「次は私からですが、敵潜水艦と同時に、こちらの世界の海に生息する野生動物への対処も考えておくべきかと」
 ”けんりゅう”艦長、井上薫二佐が切り出す。幹部たちに緊張が走る。チョー州制圧戦の折、2隻の艦が野生動物によって大破させられ、200名の死者を出した記憶はまだ新しいのだ。
 「連中巨大で獰猛な海の哺乳類ですが、バカではないから戦闘艦に意味もなく喧嘩を売ってくることはない。
 しかし、こちらの世界のモンスター使いには、連中を武器とする技術を持ったものがいるようです。
 チョー州制圧戦で艦隊が攻撃を受けたのは、偶然ではありません。」
 「わかった。潜水艦と、対潜ヘリによる警戒を密にすることとする。環境保護の点からは問題だが、発見次第魚雷によって殲滅と言うことになるな。
 なにせ、駆逐艦の装甲を破るほどの超音波による攻撃を防ぐすべは、われわれにはない」
 イワークルが重々しく応じる。後で異世界の環境や生態系がどうのと、官僚や政治家たちにガタガタ言われるのは目に見えているが、今は艦隊の安全が第一だ。
 「さて、航空隊に聞きたいが、アイドゥ侯国の軍事拠点を一気に破壊することはやはり不可能かね?」
 「不可能ですね。敵は反乱部隊だけではありません。旧多国籍からの脱走兵もいる上に、アイドゥ侯国の戦力も馬鹿にできません。まず外周から外堀を埋めていくのが順当かと」
 イワークルの言葉に西郷が応じる。戦力的にはこちらの方が有利だが、一気呵成につぶせるほど優勢なわけでもない。
 「司令、オゥエーツ海周辺の国家に協力を要請する話はどうなっています?」
 「それですが、今切り崩し工作が行われているところですが、われわれが戦端を開く方が早いと見た方がいい。
 しばらくはあてにできんでしょう」
 アドバンスドホーネットの部隊の隊長、トッシュ・ミッチ・オークベイ大尉の問いに、イワークルの代わりに幕僚の一人が答える。空母艦載機部隊だけでなく、陸上から大量の飛行隊を送り込み、攻撃をかけることができれば、だいぶ戦いは楽になるはずだった。
 本来ならばもっと早く切り崩し工作が行われているべきだったが、事なかれ主義の上層部が動き出すのは遅かった。無理やり脅して協力させれば北海の国々の環大陸連合への感情が悪化するし、下手に出れば足元を見られると、切り崩し工作の筋道がなかなか決まらなかったのだ。
 「なら、陸上に拠点を確保するのは早い方がいいでしょう。
 上陸して陣地を構築。
 りゅう弾砲と戦車で敵を確実につぶし、対空ミサイル及び対空自走砲で敵航空隊を攻撃して、われわれが地上から露払いを担当します」
 陸上部隊の指揮官である、アメリカ海兵隊からの出向組、ショーナン・ヨーキー大佐が意見具申する。陸上の敵相手に、艦隊と航空隊だけではどうしても限界があるのだ。周辺諸国の協力を早いうちに取りつけて、大規模な空爆を行えるならその後余裕を持って上陸するのもいい。だが、艦隊の力だけで戦わなければならないとなると、早いうちに上陸して橋頭保を構築し、地上部隊による攻撃で敵の兵力を削ることが求められる。
 「いつでも揚陸作戦の準備はできています!お任せください!」
 陸上自衛隊からの出向組で、機甲部隊の指揮官、大村盛次郎二等陸佐が大声で付け加える。討伐隊には輸送艦”しもきた”、ヘリ搭載護衛艦”かが”並びに”強襲揚陸艦”マキン・アイランド”が随行しており、すぐにでも2500人以上の地上部隊を送り込める準備ができている。
 「相分かった!予定を早めて、まずはアイドゥ侯国の南端にミサイルと航空爆撃を集中!ホワイトリバービーチに陸上兵力を揚陸するものとする。
 作戦開始は明日未明!詳細は今夜までに追って伝える!」
 イワークルの言葉を合図に、青天井の会議は解散となる。
 「さて、後は運が味方してくれるかどうか」
 パイプ椅子から腰を上げた伊藤はつぶやく。作戦は練りつくされた。現状で打てる手は全て打った。後は天命を待つのみだった。
 今は空は晴れているが、北の方から不気味な厚い雲が流れて来るのが見えた。作戦の支障にならなければいいが...。伊藤はそんなことを思っていた。
 
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