時空を駆ける荒鷲 シーズン2 F‐15J未智の海原へ

ブラックウォーター

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追撃の行方

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 10
 「敵艦隊が北上を開始したですと?」
 「はい、艦長、E-2と“シーフルフ”からの報告です。」
 “ほうしょう”のCIC。船務長からの報告を受けた艦長である伊藤は、焦った。できればこのコフ諸島沖で決着をつけたかったのに、敵が移動を始めてしまったのだ。
 この5日あまり、敵がこの海域をうろついていただけだったのに、突然整然と北上し始めたのはなぜか?おそらく受け入れ先が見つかったと考えるべきだろう。
 「まずいことになりましたね…」
 伊藤はしばらく考え込む。
 こちらの世界は、環大陸連合が中心となった政治体制が確立しつつあるとは言え、一枚岩とは言えないのが実情だ。特に、北方の海洋国家の中には保守的な価値観の国も多く、環大陸連合のやりかたをよしとしない勢力も少なからずいる。
 もし北方の国家が“新世界の羅針盤”やノモトー艦隊と結びつけば、非常にまずいことになる。
 「増援の空母打撃群はどうなっていますか?」
 「急いではいるようですが、ノモトー艦隊より早く到着できるか微妙です」
 副長の返答に、伊藤は眉間にしわを寄せる。
 情勢は微妙だった。増援を待ってから行動した方が安全だが、それでは間違いなく“新世界の羅針盤”を取り逃がすことになる。
 まして、今は上層部から一刻も早く反乱分子を殲滅せよとせっつかれている時だ。統合幕僚本部を“一新派”で固めて、いよいよ本格的な改革に入ろうという時に、“佐幕派”の反乱を制圧できなかったということになればどうなるか。
 “一新派”は力を失い、再び平和維持軍は泥沼の派閥抗争に明け暮れることになる。いや、軍組織そのものの存続が危うくなるかも知れなかった。
 「是非もないか。
 飛行長、ブリーフィングを始めます。飛行課全員を招集!」
 意を決した伊藤は、飛行長である橋本を振り返り命令したのだった。

 「あ…あの…。俺、ブリーフィングに行かないといけないんだけど…」
 木ノ原は困り果てた顔で言う。
 なにせ、左腕には自称“妻”の静乃。右腕には木ノ原を“夫”と呼んで譲らない、金髪のヴァンパイア、パメラ・クレイマー、通称パムが、しっかりと腕を組んでいるのだから。
 二人の間にはものすごい勢いで火花が散っている。
 「邪魔はしないさ。ブリーフィングルームまで一緒するだけだし」
 「私も、たまたま飛行課の区画に用があるだけですし」
 静乃とパムは笑顔だが、目が全く笑っていない。どう見ても、間違いなく、紛う方なき修羅場だった。
 「木ノ原、遅れるぞ!」「うらやましすぎっす!」「せめて人の見てないところでやれんのか?」
 木ノ原は他のパイロットやクルーたちから、やっかみの視線とヤジの集中砲火を浴びている。
 俺のせいかよ?木ノ原は理不尽なものを感じずにはいられなかった。
 保護したパムが意識を取り戻したのはいいが、記憶喪失状態であるらしく、自分の名前さえ覚えていない状態だった。棺の中で眠っていた時に身につけていた豪奢な衣服に刺繍されていた名前で、パメラ・クレイマーという名だけは取りあえずわかった。
 しかし、木ノ原も、艦の幹部たちも対処に困り果てた。作戦行動中の艦に身元の怪しい者を置いておくのは危険だ。しかし、陸上に搬送しようにも、天候は霧が深いまま回復せず、また、パム自身が木ノ原から離れたがらなかった。
 結局、「お前がお持ち帰りしたんだから、責任持って面倒を見ろ」と、直属の上司であるシグルド隊隊長の龍坂から、木ノ原に丸投げされて来る事になったのだ。
 パムはなし崩しに“ほうしょう”の臨時職員として採用されることになった。記憶喪失だけに最初は何もできなかったが、ヴァンパイアの特性なのかやたら覚えるのが早く、たちまち英語と日本語をマスターし、料理や掃除、洗濯。果てはパソコンを使った事務仕事までこなすようになった。
 人手不足の”ほうしょう”にはありがたいことだったが、心中穏やかでなかったのが静乃だった。もともとやきもち焼きな性格の上に、”ほうしょう”のおふくろさんと呼ばれた自分の立ち位置が脅かされると恐れたらしい。しかも、パムがあからさまに木ノ原にべたべたするとあっては、穏やかでいられる方がおかしかった。
 木ノ原もこの修羅場には困り果てている。が、パムが自分に盲目的に好意を寄せるのは、生まれたばかりのひな鳥が最初に見たものを親と思い込む、“刷り込み”と同じ現象ではないかという、フィアッセの推測に一縷の望みを託していた。
 金髪美人に好意を寄せられるのは悪い気分ではない。
 海自の青の作業服程度では隠しきれない見事な胸の膨らみは魅力的だし、ヴァンパイアには昼間や蛍光灯の明かりはまぶしいからと、かけた偏光レンズの眼鏡もよく似合っている。カリフォルニアあたりの若い大学院生か、若きキャリアのビジネスマンという風体だ。
 だが、突然盲目的に好意を寄せられても困るのだ。ヴァンパイアは相当に長生きするというが、家族や友達が健在という可能性もある。記憶が戻れば家族や友達のことも思い出すだろう。もしかしたら既婚者で、今も夫がどこかでパムの帰りを待っている可能性だってある。一時の好意を受け取ることは木ノ原にはできなかった。
 少なくとも、記憶が戻るまではつかず離れずの距離を維持することに決めたのだ。
 まあ、その結果が、両腕に素晴らしい膨らみが当たる柔らかさを感じる一方で、2人の殺気が痛い、天国だが地獄だかわからない状況ではあるのだが。
 ついでに、離れた所で見ているフィアッセもなんだか不満そうだし。
 なんでこうなるかなあ…。木ノ原はただ途方に暮れて、早くブリーフィングルームにつくことを祈るだけだった。

 11
 コフ諸島沖に立ちこめていた霧は、風に流されて急速に晴れていく。
 “ほうしょう”からは、次々と艦載機が飛び立っていく。出し惜しみなしの総掛かりだ。
 F-15JS、アドバンスドホーネット、Su-57、ラファールM、F-35CJ、RF-4EJ、そして早期警戒機のE-2。
 今回は直援と予備の1部隊を除き、留守番はなしだ。最悪空母に着艦できなかった場合は、コフ諸島にある民間の飛行場に受け入れてもらう段取りを済ませている。
 「全機、目標はあくまで“遼寧”だ!他を相手にしている余裕はない!苦しいが、諸君らの奮起を期待する!」
 遼寧のブリッジから、飛行長の橋本の激励の通信が入る。
 「了解!皆さんたのんますよ!しっかり露払いをさせてもらいますから!」
 6機のF-15JSのシグルド隊の最後尾につく木ノ原は勇んでいた。コフ諸島沖に来てから、戦闘哨戒と散発的な戦闘ばかりでいらいらしていたのだ。今日こそ撃墜スコアを上げたいと思っていた。
 『艦隊、対艦ミサイルおよび巡航ミサイルによる攻撃を開始。各機、注意せよ』
 E-2からの通信に、飛行隊各機は味方のミサイルの邪魔にならないように自機の位置を確認する。まずは艦隊からのミサイル攻撃を先鋒として、敵の迎撃がミサイルに向いている間に航空隊が攻撃をかける。定石通りの手はずだ。
 まずは、ラムジェットエンジンの17式艦対艦誘導弾が先行し、ついでハープーンなどの対艦ミサイルが航空隊を追い越して飛翔していく。
 『来ました!敵対艦ミサイル多数!』
 『かまうな!俺たちの目標は“遼寧”だけだ!』
 E-2からの報告に、F-35CJの西郷が怒鳴り返す。確かに、対艦ミサイルはイージス艦などの防空艦に任せておいた方が確実だ。
 飛行隊は対艦ミサイルを無視してすれ違い、その後ろから来る敵機に意識を集中する。
 『空対空ミサイル、攻撃開始だ!』 
 龍坂の号令を合図に、一斉に空対空ミサイルが発射される。少し遅れて、敵航空隊からも空対空ミサイルが発射されてくる。
 「回避!」
 木ノ原は大声で味方に警告しつつ、回避行動に入る。例によって、100キロも離れれば、早期警戒機の支援を受けていたとしても空対空ミサイルを当てることは困難だった。
 『見ろ!F-23Nがいるぞ!おそらく対艦攻撃の本命だ!』
 ラファールMのゴールの警告で、全部隊がようやく接近するF-23Nの存在に気づく。レーダーより目視で捕らえる方が早いとは、見事なステルス性能だ。
 すでに、青に塗られた主翼と、組織の座右の銘らしい、白いFを2つ重ねた識別マークが肉眼で見えるほどに近い。
 「シグルド1、F-23Nは俺たちでやりましょう!他はかまわず前進だ!」
 『了解だ!シグルド隊各機、目標F-23Nの部隊!続行せよ!』
 シグルド隊のF-15JS6機が進路を変更し、エンジンを吹かしてF-23Nの部隊に接近する。
 他の航空隊も互いに進路を妨害し合う形となってしまい、空戦は乱戦の様相を呈していく。
 敵空母に目標を絞るという所期の作戦は、早くも変更を余儀なくされていた。

 「ちっ!見つかったか!」
 4機のF-23Nと、4機のFA-18Eで構成されるフレキ隊の女性指揮官、サニエル・ワンサイト・ハーマンは舌打ちする。少し離れて続行する、ステルス性能に劣るFA-18Eを目くらましとして、あわよくば気づかれることなく対艦攻撃に入りたいと思っていたが、そのもくろみは外れたらしい。
 敵もなかなか慧眼じゃないか。とハーマンは思う。あちらの立場からすると、もし艦隊に接近されたとして一番脅威となるのは誰か?最もステルス性能に優れ、空戦能力も高い、自分たちF-23Nの4機ということになる。
 「敵はサイコセンサーとサイコトランスミッターを装備している!手強いぞ。こちらも新しいシステムを使うぞ!」
 ハーマンは部下たちに呼びかけ、タッチパネル式のディスプレイを操作し、あるシステムを呼び出し、起動する。
 コックピット内の照明や電子機器がシステム作動中を示す赤い光を放ち始め、ハーマンはシステムの起動を身体で感知する。
 『E-MAXシステム、スタンバイ』
 無機質的なアナウンスがコックピットに流れる。
 『あの、隊長…。なんか背中に羽の生えた青い髪の女の子が見えた気が…』
 「私は何も見てないぞ。気にしたら負けだ」
 副隊長の言葉を受け流し、ハーマンは反応速度が格段に上がった機体を疾駆させる。
 このE-MAXシステムは、サイコセンサーとサイコトランスミッターを用いて、サイコシンクロニシティを武器とする機体に対抗するために、米軍が開発したものだった。
 サイコセンサーとサイコトランスミッターは、適合する人間が10万人に1人とも言われるほどに希少だった。しかもどういうわけか米軍には適合者がやたらと少なかった。
 最強の軍事国家としてのプライドにかけても、また、“ドゥベ戦争”においてサイコセンサーとサイコトランスミッターを装備した機体に、米軍から義勇軍として派遣された多数の機体が撃墜された戦訓を鑑みても、対策が急がれた。
 最終的に取られた代替案は、演算能力の高いコンピューターと、高精度のOSによって疑似サイコシンクロニシティを作り出すものだった。
 レーダーやセンサーから得られた情報を部隊内で共有して即時演算し、はじき出した演算結果を直接パイロットの脳にフィードバック。敵の攻撃に対する反応速度を飛躍的に向上させると共に、擬似的なテレパシーとも言うべき、ダイレクトに意識同士で意思疎通することを可能とする。
 直接敵の殺気を感知できるサイコシンクロニシティに比して索敵能力ではやや劣るが、部隊単位での戦闘能力の向上、敵の攻撃の回避、反撃の効率化という意味では上回ってさえいた。
 また、もうひとつの機能として、ミサイルのレーダー派を感知して瞬時に分析し、欺罔電波を発することで、ミサイルの狙いを狂わせる、高性能のECMの役目も兼ねていた。
 欠点として、使いこなすのに習熟が必要であることと、システムそれだけで戦闘機がもう1機買えると言われるほど高価であることがあった。
 だがその有用性は折り紙付きで、特に集団戦法を強さの秘密とする教導団にとっては値千金だった。
 「遅いぞ!そんな動きで!」
 ゴオオオオオオオオッ
 ひねり込みからこちらをロックオンしようとするF-15JSをあっさり引き離し、相棒であるフレキ3と一糸乱れず連携しながら、ハーマンは敵の上方に遷移する。
 だが、すぐに別のF-15JSが左下方から接近してきて横やりを入れる。間一髪、ハーマンは敵機をロックオンし損なう。
 「なに!?ホーネットが…!」
 フレキ隊にとってまずい事態は続く。
 殺気を感知したらしいF-15JSの1機が、遠巻きに支援を努めていたFA-18Eをあっさり撃墜する。どうやらFA-18Eが、背を向けたF-15JSを撃とうとして逆に撃たれたらしい。
 まずいな。とハーマンは思う。これではステルス性能に劣るFA-18Eは支援攻撃を行おうとするたびに返り討ちに遭いかねない。F-23Nを囮として、FA-18Eがロングレンジから敵を落とすというやり方は通用しないと思った方がいい。
 「ちっ!だがそれでも、そんな古い機体に!」
 ゴオオオオオオオオオオオオッ ゴオオオオオオオオッ
 ハーマンはフレキ3と左右に別れ、斜め左右から敵2機を挟み撃ちにする策を試みる。近づきすぎればこちらも危険だが、ノーリスクで勝てる相手ではないと確信していた。
 70年代に設計されたものを手直しした機体に翻弄されるのが我慢ならないのだ。そんなことがあるとすれば、最新鋭のF-23Nに乗りながらその性能を引き出せない自分たちの無能ということになってしまう。
 だが、呼吸を合わせたようにフレアを発しながら上昇しつつ散開する敵機の動きについて行けず、またしてもロックオンし損なう。
 「ええい!やってくれる!」
 ハーマンはもはやいらだちを通り越して、敵ながら賞賛の気持ちさえ抱いていた。教導団のパイロットとして場数は踏んできて腕に覚えはあるし、なによりF-23Nを任されて以来、訓練でも実戦でも常勝無敗ではないまでも、堅実な勝利を収めてきた。
 だが、その立場がここに来て大きく揺らぐのを感じた。

 一方で、シグルド隊もいっぱいいっぱいの状態だった。楽をしているつもりはない。それどころか、一瞬でも気を抜けば撃墜されてしまう状況だ。
 「ちくしょう!あれでマルチロール機かよ!」
 木ノ原は吐き捨てる。FA-18Eの1機を撃墜して、初めてのスコアだと喜んだのもつかの間、仲間をやられて頭に来たのか、F-23Nの戦い方が過激になってきている。
 ゴオオオオオオオオオーーーーーーッ
 ボクシングの応酬のように足を使い、距離を取った戦いは終わりらしい。お遊びは終わりとばかりに本格的にドッグファイトを仕掛けてくる。後ろを取られないようにするので精一杯だ。
 恐らく巨大なウエポンベイの中に対艦ミサイルを抱えて戦ってあの機動性なのだ。あれで、対空ミサイルしか積んでいなかったらどれだけ素早いんだ?
 加速度が一定以上になると自動的に主翼前端のフィンからせり出すらしい引き込み式のカナード翼が、鬼の角のように見える。
 ゴオオオオオオッ
 「こいつでえっ!」
 木ノ原はすれ違いざまに04式空対空誘導弾を放つが、F-23Nは見事な機動でミサイルを引き離す。さっきからミサイルのキレがまるで悪い。恐らく、敵機から発進されている変な電波のせいだろう。
 おそらく、かなり高度なECMを装備していると、木ノ原は直感する。
 索敵能力に優れるサイコシンクロニシティと、連携力と防御力に優れるE-MAXシステムの能力は拮抗していた。
 F-15JSとF-23Nの戦闘は、互いに決め手を欠いてしまうのだった。

 12
 一方、8機のF-35CJの部隊を率いる西郷は、後一歩で敵艦隊に攻撃をかけられるという所で、“新世界の羅針盤”所属の8機のSu-33で構成される部隊に遭遇し、交戦を余儀なくされていた。
 「なめるなよ!空戦を教えてやる!」
 Su-33の部隊の隊長であるニコライ・トッド・ヘイブスキー中尉は、加速をかけて一気にF-35CJに接近し、F-35系統の機体が苦手なはずのドッグファイトに持ち込むことを試みる。
 グオオオオオオオオオッ
 こちらの世界ではミサイルやレーダーの精度で全てが決まると言うことは決してない。まして、ステルス性能に優れる方が圧倒的に有利とも限らない。
艦載機としては21世紀の地球でも指折りの機動性を持つSu-33の力を見せてやると意気込んでいた。背中にしょったコンフォーマルウエポンベイのせいで、上から見るとウミガメのように見える小柄な機体が、みるみる大きくなっていく。
 「なに!?」
 そのままロックオンしようとしたヘイブスキーは、仰天することになる。F-35CJがアフターバーナーを吹かして、ものすごい速さで上昇し始めたのだ。負けずにヘイブスキーも追いすがるが、加速度がかかってどうしてもセンターに捕らえることができない。
 ゴオオオオオオオオオーーーーーッ
 「ばかなっ!」
 こちらがロックオンしようとするタイミングを読んでいたかのように、F-35CJは減速しながら横転し、機体上部のウエポンベイを展開してこちらに向かってミサイルを放つと、そのまま視界の外へ逃げ去ってしまう。加速をかけていて舵の効きが鈍くなっていたヘイブスキーのSu-33はまともからミサイルに突っ込んでしまう。
 まさか俺の出番これだけか?そんなことを思いながら、ヘイブスキーは機体ごと炎に包まれた。

 「危ない危ない」
 F-35CJを駆る西郷は、取りあえず胸をなで下ろす。なかなかに思い切りのいいパイロットだった。
 この機体が改良型でなければ一方的に後ろを取られ、落とされていただろう。一方で、このF-35CJで戦うということは、敵と同時に空中分解との戦いでもあった。チタンやカーボンで補強されているとはいえ、いぜんとしてF-35シリーズの根本的な問題である対G限界の低さという弱点はつきまとったのだ。
 対G制限のリミッターはかなり上限を上げることが許可されたとはいっても、それは絶対安全ということではなく、作戦行動中に空中分解しないことを保証するものでしかなかった。Gに耐えられず、どこか破損して戦闘不能になる危険はいぜんとしてあったのだ。
 ともあれ、日本の技術屋たちの不断の努力は無駄ではなかったようだ。周囲を見れば、機動性が自慢のSu-33たちは完全に当てが外れたらしく、ドッグファイトで後ろを取ることにことごとく失敗し、5機が撃墜され、後は遁走した。
 こちらの損害は、主翼を破損して戦線離脱した1機のみだ。
 「よし、各機、対艦攻撃用意!目標敵正規空母。対艦誘導弾発射!」
 西郷の命令で、ケチる必要はないと、散開した7機のF-35CJは手持ちの17式空大艦誘導弾を全て“遼寧”に向けて発射する。
 この距離、しかも3方からの攻撃なら全部の撃墜は不可能なはずだった。

 「対艦ミサイル急速接近!距離20キロ!数14!速度マッハ2に加速します!」
 “遼寧”のレーダー員が悲鳴のように報告する。敵艦隊からのミサイル攻撃も継続している。14機の超音速対艦ミサイルを撃墜できるかどうかは微妙だった。どれだけ対空防御が強化されても、一度に対処できる目標には限界があるのだ。
 『こちら“プロヴァンス”心配いりません!遼寧はやらせませんよ!』
 無線から聞こえた“プロヴァンス”艦長の声に、クート以下、CICに詰めるクルーたちはぎょっとする。“プロヴァンス”は敵の艦対艦ミサイルの第一撃の内の一発を食らってしまい、10ノットの速度しか出せなくなっているのだ。
 どのみち撃沈されるか、そうでなくとも落伍する運命ならどうするつもりか、その意図がわかったのだ。
 「すまん…」
 クートはそう言葉を発することしかできなかった。やめろという言葉がどうしても出てこなかったのだ。確かに、“遼寧”が沈めば、“新世界の羅針盤”の戦いは実質そこで終わってしまう。
 大を活かすために小を殺す決断を、今しなければならないのだ。

 『隊長、敵の空母が突然増えました!一体…』
 「バカヤローッ!空母が突然増えるか!そいつは欺罔だ!おそらくこっちの世界の魔法を利用したものだな…」
 母艦に向けて撤退中の西郷は、敵駆逐艦の壮絶きわまりない決断に驚愕することしかできなかった。今まで駆逐艦を示していたレーダーの中のアイコンが、突然“遼寧”を示すものに変わる。逆に遼寧はチャフを散布して自分の存在をごまかす。
 こちらの世界の魔法に、トカゲを巨大なドラゴンに見せかけることができる幻影魔法の類があるのは知っている。しかし、よもやレーダーや赤外線まで完璧に欺罔するとは...。
 『対艦誘導弾、駆逐艦に向かいます!』
 「作戦は失敗だな…!」
 レーダーの中で、敵の対空火力に撃墜されずに残った6発の対艦ミサイルは空母にレーダー反応を擬装した駆逐艦に向かっていき、程なく“空母”のアイコンは消失した。
 駆逐艦の大きさで、対艦ミサイルを6発も引き受けたらどうなるか。恐らく、生存者は皆無に違いない。
 「こちらオーズ1!敵空母撃沈に失敗!駆逐艦1隻を撃沈したのみ!
 第二次攻撃を要請する!繰り返す!第二次攻撃を要請する!」
 『オーズ1、こちら“ほうしょう”。要請は却下する。全ての戦闘を中止して帰還せよ。繰り返す、全ての戦闘を中止して帰還せよ!』
 西郷は”ほうしょう”のオペレーターの声に耳を疑う。
 「戦闘を中止だと!?一体どういうことだ!」
 西郷のその疑問の答えは、右手の雲の中から現れた。見慣れないイスラエル製の戦闘機、クフィル4機の編隊が急速に接近してきたのだ。
 あれは空母艦載機じゃない。反乱部隊の機体でも、われわれの機体でもないぞ?西郷は狐につままれた気分だった。
 『平和維持軍艦隊及び航空隊に告げる!われわれはアイドゥ侯国空軍第476航空隊!
 貴君らは我が国の領海に近づきすぎている!
 我が国は事前協議なき軍用艦及び軍用機の侵入を一切認めない!
 直ちに変針せよ!』
 西郷は、無数の巨大な飛行物体がレーダーに映るのを見てぎょっとする。こちらの世界の航空戦力である飛行船が多数舳先を並べているのだ。どう見ても木造船が空に浮いているようにしか見えない外見だが、魔法をエネルギーとしたレーザー兵器や、レールガンと同じ原理の飛び道具を備えていて油断できない。
 西郷は、打つ手を封じられたことを悟った。

 13
 「くそ!なにが空軍だ!やつら脱走兵でしょ!隊長、攻撃を!」
 『だめだ、軍上層部から正式な攻撃中止命令が出たようだし、やつらの艦隊も停戦信号を発している!ここは引くんだ!』
 はやる木ノ原は隊長である龍坂にそう言われては仕方ないと思いつつも、はらわたが煮えくりかえる思いだった。クフィルその他の地球製の戦闘機の部隊は、ドゥベ戦争と前後して逃亡した旧多国籍軍やドゥベ軍の所属で、アイドゥ侯国が勝手に亡命を認めたに過ぎないだろう。
 現状の海域にしてもアイドゥが勝手に自国の領海と主張しているだけで、環大陸連合はそれを承認していない。
 だが、アイドゥから正式に環大陸連合と平和維持軍上層部に抗議がなされれば、事なかれ主義の官僚や幕僚たちは即決することができないだろう。
 まずアイドゥに反乱兵たちの引き渡しを要求し、あれこれと手続きを踏んで、正式に軍事介入を宣言して…。
 実質的に“新世界の羅針盤を”殲滅することは現状では不可能になる。
 「くそ!“新世界の羅針盤”にアイドゥ侯国。これにノモトー艦隊が合流したらどうなるんだ!?」
 『“したら”じゃなく、確実に合流するな。われわれは、3者を同時に相手にすることになるわけだ』
 木ノ原の言葉に、龍坂がいらだち紛れに相手をする。龍坂とてこの状況に納得できていないのだ。
 アイドゥ侯国の戦力は程度が知れているだろうが、これで“新世界の羅針盤”とノモトー艦隊が合流するという最悪の事態が、確実に現実のものになる。
 木ノ原も龍坂も、さらなる流血を予感せずにはいられないのだった。

 「そうですか。わかりました。われわれは増援を待つこととします」
 “ほうしょう”のCICでは、伊藤が統合幕僚本部からの停戦と、取りあえずの現状維持の命令を受け取った所だった。
 「今総攻撃しても勝ち目は微妙です。やむを得ませんか…。
 せめて霧が半日早く晴れてくれていれば…」
 飛行長の橋本が歯がみする。よくよく運に見放されている。“新世界の羅針盤”艦隊が移動を始めたのは、受け入れ先が見つかったためと読んで攻撃を決定した。敵が孤立無援の内が勝機だったからだ。ゆえに、作戦の成否は敵が受け入れ先と合流する前に“遼寧”を叩けるかにかかっていた。
 だが、霧がなかなか晴れず、航空隊の発艦が遅れたのだ。
 それは脇に置いても、軍上層部が北の海域の各国に、“新世界の羅針盤”を受け入れたり支援したりしないよう圧力をかけることを承諾していればこうはならなかったのだが、今言っても後の祭りだった。
 伊藤も橋本も、部下を失ったことは経験がないわけではない。だが、遺族に子供や配偶者、あるいは親が残念なことになったと伝えなければならないときの辛さは、馴れるということはない。
 今回の戦いでは、何人の親や妻や夫、子供に戦死報告を届けなければならないだろう?それ以前に、自分たちは生き残ることが可能か?
 伊藤も橋本も、他のクルーたちも、恐怖を覚えずにはいられなかった。
 
 かくして、事態は脱走艦隊の討伐というレベルではすまない、完全に国家単位の戦争の様相を呈し始める。
 もはやどちらの陣営も、人的物的損害を限定的なものに止めることは不可能な状況になりつつあった。
 バードフェザー、ブローンルック半島の反乱と呼ばれる戦いから、わずか1ヶ月後のことだった。

 つづく 
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