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第一章 不穏な客たち
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「うそだろ……」
ロビーの床に、誠は崩れ落ちる。ダーツがあるので誰か勝負しないかと持ちかけたところ、相馬が名乗りを上げた。
(自信あったのに……)
今やスコアは、大きく相馬に水をあけられている。
「残念でしたね。あたし、今までダーツでは一度もトップを譲ったことがないの」
シュッとした美貌をドヤ顔にして、勝ち誇る。ぐうの音も出ない。彼女のダーツは常にセンターに突き刺さった。誘導装置でも付いているのではないかと思える。
「さあて、なにをしてもらおうかしら? 女装して家事やってもらうのもいいけど……。ドジョウすくいも捨てがたいなあ……」
相馬の表情が女王様のそれになる。
(やっぱりドSなのか……? そうなのか……?)
エキゾチックな美貌が、今は少しだけ怖かった。でも、相馬のような美人に恥ずかしいことを命令されるなら、ご褒美かもと思えてしまうのも事実だった。
「相馬さん、せめて犯罪にならない程度に留めてあげてくださいね。公然わいせつで逮捕なんて、学校と研究会の名誉にかかわりますから。こんなやつでもね」
七美が呆れ気味に助け船を出す。
「俺の名誉はどうでもいいのかよ……。ついでに、俺は『こんなやつ』かい……」
幼なじみの地味にひどい言い方に、誠は泣きたくなる。
「ふふふ。半分冗談に決まってるじゃないですか。お客様にそんなことはさせられません。安心してください」
相馬が女王様の笑みをやめて、柔らかくはにかむ。
(半分本気なのかよ……)
七美に負けず劣らず酷薄な言い方に、恐ろしくなる。自分が客でなかったら、本当に罰ゲームをやらされていただろう。
「さて、もう遅い。メインロッジを閉めますので、みなさんはそれぞれのロッジへ移動をお願いします」
時計を確認した倉木が言う。
全員が大儀そうに腰を上げ、移動を始めた。
(うん……。なんで……?)
誠は違和感を覚える。身なりのいい男ふたり。沖田遼と速水吾郎と名乗った。
彼らが自分の横でスリッパを脱いで靴をはいている。それはいい。問題なのは、二人がはいている靴だった。一見して革靴にもみえるが、実際にはトレッキングシューズの類いだ。悪路を歩くのにも、走るのにも向いている。
だが、このあたりは田舎とはいえほとんどコンクリートで舗装されている。上等のスーツとの組み合わせは、いささか不自然に思えた。
「どしたの、誠?」
横で靴をはき終えた七美が、けげんそうになる。
「いや……行こう」
今は、小さな違和感をいつまでも気にしている時ではない。愛用のスニーカーに足を通し、外へ出た。新聞紙を突っ込んでおいたおかげで、すっかり乾いている。
「ん……? あれは……」
メインロッジの裏手にさしかかった誠は、ふと人の話し声を耳にする。
「山瀬さんと……相馬さんだね……。あちらの言葉で話してる……?」
会話は聞こえるが、彼らが戦っていた地域の言葉だ。内容はさっぱりわからない。
「『戻ってくる気はないか? 貴官の能力を、軍は高く評価している。高級を払うとも言っている』」
斜め後ろから聞こえた言葉に、誠と七美は驚いて振り向く。そこにいたのは、ブラウバウムだった。彼も六年前の戦争に参加した。言葉はわかるというわけだ。親切に通訳してくれるらしい。
「『興味はありません。家族がなかった私にとって、ここが家で少佐と曹長と子どもたちが家族です。それに、本当は嫌いなんです。銃も殺しも』」
切実な相馬の表情に、日本の高校生に過ぎない二人は息を呑む。
「『戦ったのは間違いだった、とでも言いたそうだな。我々を悪者にして自分だけ潔白とはいかないぞ。今更。ドローン爆撃の誘導オペレーターを務めていたのは君だということを忘れたか』」
「『そんなつもりはありません。我々はみな罪人です。令状が出れば法廷に立つし、償いをしろと言われればそうするだけです』」
山瀬と相馬の声は落ち着いている。が、二人の間には殺気がバチバチと散っている。話は平行線のようだ。
「『なるほど、君の大事な子どもたちは人殺しの家族と後ろ指さされるわけだ。そんなものは自己満足だと、なんでわからない。他人を思いやってじゃない。結局は自分がいやな気分になりたくないだけだ』」
山瀬の言葉に、相馬のエキゾチックな美貌が一瞬鬼の形相になる。だが、すぐに深呼吸して自分を落ち着かせる。
「『言いたいことはそれだけですか。なら、私は部屋に戻らせてもらいます。あなたたちがなんと思っていようが、戦争はもう終わったんです。軍に戻る気はありません』」
「『どうかな? なにも終わってないかも知れないぞ。もし終わったとしても、過去は変えられないぞ』」
山瀬の言葉には応えず、相馬はその場を辞する。しつこく挑発してくる相手に一番有効な手は、無視すること。昔取った杵柄で、それを知っていると見える。実際、後に残された山瀬はくやしそうにしている。
「戦争は……六年前に終わったはずなんだがな……」
通訳がお役御免になったブラウバウムが、大きく嘆息する。彼にもまた、思うところがあるのだ。
「まるで『ランボー』のラストですね……。なにも終わってないなら……心の中で戦争が続いたままなら、戦った人たちはいつになったら安心できるんです……?」
七美の質問にブラウバウムは答えず、力なく首を横に振るだけだった。彼もまた、戦いの忌まわしい記憶に苦しんでいるのかも知れない。
(険悪な雰囲気……。なにも起きないといいが……)
誠には今のことが、恐ろしいことが始まる予兆のように思えてならなかった。
ロビーの床に、誠は崩れ落ちる。ダーツがあるので誰か勝負しないかと持ちかけたところ、相馬が名乗りを上げた。
(自信あったのに……)
今やスコアは、大きく相馬に水をあけられている。
「残念でしたね。あたし、今までダーツでは一度もトップを譲ったことがないの」
シュッとした美貌をドヤ顔にして、勝ち誇る。ぐうの音も出ない。彼女のダーツは常にセンターに突き刺さった。誘導装置でも付いているのではないかと思える。
「さあて、なにをしてもらおうかしら? 女装して家事やってもらうのもいいけど……。ドジョウすくいも捨てがたいなあ……」
相馬の表情が女王様のそれになる。
(やっぱりドSなのか……? そうなのか……?)
エキゾチックな美貌が、今は少しだけ怖かった。でも、相馬のような美人に恥ずかしいことを命令されるなら、ご褒美かもと思えてしまうのも事実だった。
「相馬さん、せめて犯罪にならない程度に留めてあげてくださいね。公然わいせつで逮捕なんて、学校と研究会の名誉にかかわりますから。こんなやつでもね」
七美が呆れ気味に助け船を出す。
「俺の名誉はどうでもいいのかよ……。ついでに、俺は『こんなやつ』かい……」
幼なじみの地味にひどい言い方に、誠は泣きたくなる。
「ふふふ。半分冗談に決まってるじゃないですか。お客様にそんなことはさせられません。安心してください」
相馬が女王様の笑みをやめて、柔らかくはにかむ。
(半分本気なのかよ……)
七美に負けず劣らず酷薄な言い方に、恐ろしくなる。自分が客でなかったら、本当に罰ゲームをやらされていただろう。
「さて、もう遅い。メインロッジを閉めますので、みなさんはそれぞれのロッジへ移動をお願いします」
時計を確認した倉木が言う。
全員が大儀そうに腰を上げ、移動を始めた。
(うん……。なんで……?)
誠は違和感を覚える。身なりのいい男ふたり。沖田遼と速水吾郎と名乗った。
彼らが自分の横でスリッパを脱いで靴をはいている。それはいい。問題なのは、二人がはいている靴だった。一見して革靴にもみえるが、実際にはトレッキングシューズの類いだ。悪路を歩くのにも、走るのにも向いている。
だが、このあたりは田舎とはいえほとんどコンクリートで舗装されている。上等のスーツとの組み合わせは、いささか不自然に思えた。
「どしたの、誠?」
横で靴をはき終えた七美が、けげんそうになる。
「いや……行こう」
今は、小さな違和感をいつまでも気にしている時ではない。愛用のスニーカーに足を通し、外へ出た。新聞紙を突っ込んでおいたおかげで、すっかり乾いている。
「ん……? あれは……」
メインロッジの裏手にさしかかった誠は、ふと人の話し声を耳にする。
「山瀬さんと……相馬さんだね……。あちらの言葉で話してる……?」
会話は聞こえるが、彼らが戦っていた地域の言葉だ。内容はさっぱりわからない。
「『戻ってくる気はないか? 貴官の能力を、軍は高く評価している。高級を払うとも言っている』」
斜め後ろから聞こえた言葉に、誠と七美は驚いて振り向く。そこにいたのは、ブラウバウムだった。彼も六年前の戦争に参加した。言葉はわかるというわけだ。親切に通訳してくれるらしい。
「『興味はありません。家族がなかった私にとって、ここが家で少佐と曹長と子どもたちが家族です。それに、本当は嫌いなんです。銃も殺しも』」
切実な相馬の表情に、日本の高校生に過ぎない二人は息を呑む。
「『戦ったのは間違いだった、とでも言いたそうだな。我々を悪者にして自分だけ潔白とはいかないぞ。今更。ドローン爆撃の誘導オペレーターを務めていたのは君だということを忘れたか』」
「『そんなつもりはありません。我々はみな罪人です。令状が出れば法廷に立つし、償いをしろと言われればそうするだけです』」
山瀬と相馬の声は落ち着いている。が、二人の間には殺気がバチバチと散っている。話は平行線のようだ。
「『なるほど、君の大事な子どもたちは人殺しの家族と後ろ指さされるわけだ。そんなものは自己満足だと、なんでわからない。他人を思いやってじゃない。結局は自分がいやな気分になりたくないだけだ』」
山瀬の言葉に、相馬のエキゾチックな美貌が一瞬鬼の形相になる。だが、すぐに深呼吸して自分を落ち着かせる。
「『言いたいことはそれだけですか。なら、私は部屋に戻らせてもらいます。あなたたちがなんと思っていようが、戦争はもう終わったんです。軍に戻る気はありません』」
「『どうかな? なにも終わってないかも知れないぞ。もし終わったとしても、過去は変えられないぞ』」
山瀬の言葉には応えず、相馬はその場を辞する。しつこく挑発してくる相手に一番有効な手は、無視すること。昔取った杵柄で、それを知っていると見える。実際、後に残された山瀬はくやしそうにしている。
「戦争は……六年前に終わったはずなんだがな……」
通訳がお役御免になったブラウバウムが、大きく嘆息する。彼にもまた、思うところがあるのだ。
「まるで『ランボー』のラストですね……。なにも終わってないなら……心の中で戦争が続いたままなら、戦った人たちはいつになったら安心できるんです……?」
七美の質問にブラウバウムは答えず、力なく首を横に振るだけだった。彼もまた、戦いの忌まわしい記憶に苦しんでいるのかも知れない。
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