戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

文字の大きさ
13 / 58
第二章 鮮血のロッジ

02

しおりを挟む

 さて、時間は少し遡る。
「けっこう冷えるなあ……」
 外の空気は意外に冷たかった。季節は春だが、日光がないとこうも寒いものか。
「よし、それでは録画を再開する。現在時刻は十時三分。全員がメインロッジを出たところだ」
 通路の少し先では、篤志がビデオカメラに自分の音声を吹き込んでいる。
「篤志、なにやってんの?」
 後輩の行動にさすがに違和感を禁じ得ない。映像記録が趣味でいつもビデオカメラを手放さない。が、解散して後は寝るだけという状況で、なにを撮ろうというのか。
「先輩、いやほら。なにか起きたときのために、外も撮影しておうこうかと」
 暑苦しい顔をにやつかせて、篤志が応える。まるで、事件が起きることを期待しているかのように。
「縁起でもないこと言うんじゃないの。あんまりうろつかないほうがいいぞ」
 そう言って、自分のロッジへと向かう。自分はミステリー研究会会員だが、リアルな事件は願い下げだ。
(ふむ……メインロッジを挟んで西側の川側、低地の方がオーナーたち……東側の小高い方が宿泊客用のロッジか……)
 誠はざっと見渡してみる。メインロッジを中央として、その西側が倉木たち家族と従業員のロッジだ。
 三つあるロッジはそれぞれ二世帯構造。部屋割りは、倉木と相馬。ラリサと下の子の二人部屋。そして、ブラウバウムとヴァシリということだ。
(一方……)
 丘の方を見る。ロッジは全部で七つ。現在使われているのは、五つ。
 部屋割りは、速水と沖田。綾音とラバンスキー。山瀬と篤志。誠と修一。七美と千里。そして、真奈だけ隣が空き部屋だ。
「ありゃ……? 倉木オーナー……。相馬さんにブラウバウムさんまで……」
 自分のロッジに入ろうとして、人影に気づく。遠目だが確かに見えた。倉木、相馬、ブラウバウムが、荷物を持って歩いて行く。わざわざ、メインロッジの向こう側の来客用のロッジの方向に。
(あっちは……ラバンスキーさんのロッジだな……。こんな遅くに……?)
 飲み直しでもやるのだろうか。かつては同じ部隊で戦った戦友だというし。
 だが、チラリと見えた倉木の表情は、ただならぬものだった。先ほどの相馬と山瀬の問答といい、どうも気になる。
 好奇心に抗えず、少年の足はラバンスキーのロッジの方向へと向いていた。
「あれ……ラリサ……?」
「先輩……? しっ!」
 ロッジには意外にも先客がいた。美しく長い金髪そして、長身でスタイルのいい後ろ姿。暗い中でも間違いようがない。ラリサだった。
「どうしたの……?」
 小声で彼女がここにいる理由をたずねる。ラリサは質問には答えず、窓を指さす。
 カーテンのわずかな隙間から、中が見える。断熱処理がされた二重ガラスで声は聞こえない。が、なにか深刻なことが話し合われている。それは誠にもわかった。
(オーナーは日本語だが……。他は英語で話してるな……。唇が読めない……)
 残念だが、倉木以外は唇から会話を読み取るのも不可能だった。多少読唇の心得はあるが、解読できるのは日本語だけだ。話はどんどんヒートアップしていく。既に怒鳴り合いの様相を呈している。
「『やはり事前に知っていたな』……? 『証拠もあるんだぞ』……? なんのことだ……?」
 倉木の唇が、確かにそう動いたのを見た。ラバンスキーも怒鳴り返している。
 が、こちらは英語であるため内容がわからない。話は物別れに終わるかに見えた。が……。
「お父さん……?」
 次に起きたことに、ラリサが絶叫しかける。立ち上がった倉木の手に拳銃が握られ、銃口がラバンスキーに向けられたからだ。
(どういうことだ……?)
 目の前で起きていることが、誠には信じられない。聞いた話が事実なら、彼らは共に戦場を駆け抜けてきた戦友であるはずだ。
 事態は、香港のアクション映画さながらになっていく。山瀬がジャケットの下からやはり拳銃を抜いて倉木に向ける。ラバンスキーも負けじと拳銃を抜く。が、倉木はもう一丁の拳銃を左手で取り出し、山瀬に向ける。
 互いに銃を向け合ったまま動きが取れない。いわゆるメキシカンスタンドオフになってしまう。
(こんなもの……リアルで見ることになるなんて……)
 誠はただ困惑するばかりだった。彼らの手に握られている銃は恐らく本物だろう。なぜ、互いに銃を向け合わなければならないのか。ショートしてしまった思考回路では、理由を推測することさえできない。
(頼むから引き金を引くのはやめてくれよ……)
 このまま撃ち合いが始まってしまうかに思えた。そうなれば、自分とラリサにも流れ弾が当たる危険がある。が、それは杞憂だったらしい。相馬が危険を冒して三人の間に割り込む。ゆっくりと両手を挙げ、銃を下げさせた。
 倉木たちもさすがに発砲はまずいと判断したか、銃を服の下にしまう。どうやら、今夜の話し合いは終わりのようだった。何事もなかったかのように片付けが始まり、それぞれのロッジへと戻っていく。山瀬以外は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

その人事には理由がある

凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。 そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。 社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。 そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。 その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!? しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...