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第二章 鮮血のロッジ
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さて、時間は少し遡る。
「けっこう冷えるなあ……」
外の空気は意外に冷たかった。季節は春だが、日光がないとこうも寒いものか。
「よし、それでは録画を再開する。現在時刻は十時三分。全員がメインロッジを出たところだ」
通路の少し先では、篤志がビデオカメラに自分の音声を吹き込んでいる。
「篤志、なにやってんの?」
後輩の行動にさすがに違和感を禁じ得ない。映像記録が趣味でいつもビデオカメラを手放さない。が、解散して後は寝るだけという状況で、なにを撮ろうというのか。
「先輩、いやほら。なにか起きたときのために、外も撮影しておうこうかと」
暑苦しい顔をにやつかせて、篤志が応える。まるで、事件が起きることを期待しているかのように。
「縁起でもないこと言うんじゃないの。あんまりうろつかないほうがいいぞ」
そう言って、自分のロッジへと向かう。自分はミステリー研究会会員だが、リアルな事件は願い下げだ。
(ふむ……メインロッジを挟んで西側の川側、低地の方がオーナーたち……東側の小高い方が宿泊客用のロッジか……)
誠はざっと見渡してみる。メインロッジを中央として、その西側が倉木たち家族と従業員のロッジだ。
三つあるロッジはそれぞれ二世帯構造。部屋割りは、倉木と相馬。ラリサと下の子の二人部屋。そして、ブラウバウムとヴァシリということだ。
(一方……)
丘の方を見る。ロッジは全部で七つ。現在使われているのは、五つ。
部屋割りは、速水と沖田。綾音とラバンスキー。山瀬と篤志。誠と修一。七美と千里。そして、真奈だけ隣が空き部屋だ。
「ありゃ……? 倉木オーナー……。相馬さんにブラウバウムさんまで……」
自分のロッジに入ろうとして、人影に気づく。遠目だが確かに見えた。倉木、相馬、ブラウバウムが、荷物を持って歩いて行く。わざわざ、メインロッジの向こう側の来客用のロッジの方向に。
(あっちは……ラバンスキーさんのロッジだな……。こんな遅くに……?)
飲み直しでもやるのだろうか。かつては同じ部隊で戦った戦友だというし。
だが、チラリと見えた倉木の表情は、ただならぬものだった。先ほどの相馬と山瀬の問答といい、どうも気になる。
好奇心に抗えず、少年の足はラバンスキーのロッジの方向へと向いていた。
「あれ……ラリサ……?」
「先輩……? しっ!」
ロッジには意外にも先客がいた。美しく長い金髪そして、長身でスタイルのいい後ろ姿。暗い中でも間違いようがない。ラリサだった。
「どうしたの……?」
小声で彼女がここにいる理由をたずねる。ラリサは質問には答えず、窓を指さす。
カーテンのわずかな隙間から、中が見える。断熱処理がされた二重ガラスで声は聞こえない。が、なにか深刻なことが話し合われている。それは誠にもわかった。
(オーナーは日本語だが……。他は英語で話してるな……。唇が読めない……)
残念だが、倉木以外は唇から会話を読み取るのも不可能だった。多少読唇の心得はあるが、解読できるのは日本語だけだ。話はどんどんヒートアップしていく。既に怒鳴り合いの様相を呈している。
「『やはり事前に知っていたな』……? 『証拠もあるんだぞ』……? なんのことだ……?」
倉木の唇が、確かにそう動いたのを見た。ラバンスキーも怒鳴り返している。
が、こちらは英語であるため内容がわからない。話は物別れに終わるかに見えた。が……。
「お父さん……?」
次に起きたことに、ラリサが絶叫しかける。立ち上がった倉木の手に拳銃が握られ、銃口がラバンスキーに向けられたからだ。
(どういうことだ……?)
目の前で起きていることが、誠には信じられない。聞いた話が事実なら、彼らは共に戦場を駆け抜けてきた戦友であるはずだ。
事態は、香港のアクション映画さながらになっていく。山瀬がジャケットの下からやはり拳銃を抜いて倉木に向ける。ラバンスキーも負けじと拳銃を抜く。が、倉木はもう一丁の拳銃を左手で取り出し、山瀬に向ける。
互いに銃を向け合ったまま動きが取れない。いわゆるメキシカンスタンドオフになってしまう。
(こんなもの……リアルで見ることになるなんて……)
誠はただ困惑するばかりだった。彼らの手に握られている銃は恐らく本物だろう。なぜ、互いに銃を向け合わなければならないのか。ショートしてしまった思考回路では、理由を推測することさえできない。
(頼むから引き金を引くのはやめてくれよ……)
このまま撃ち合いが始まってしまうかに思えた。そうなれば、自分とラリサにも流れ弾が当たる危険がある。が、それは杞憂だったらしい。相馬が危険を冒して三人の間に割り込む。ゆっくりと両手を挙げ、銃を下げさせた。
倉木たちもさすがに発砲はまずいと判断したか、銃を服の下にしまう。どうやら、今夜の話し合いは終わりのようだった。何事もなかったかのように片付けが始まり、それぞれのロッジへと戻っていく。山瀬以外は。
さて、時間は少し遡る。
「けっこう冷えるなあ……」
外の空気は意外に冷たかった。季節は春だが、日光がないとこうも寒いものか。
「よし、それでは録画を再開する。現在時刻は十時三分。全員がメインロッジを出たところだ」
通路の少し先では、篤志がビデオカメラに自分の音声を吹き込んでいる。
「篤志、なにやってんの?」
後輩の行動にさすがに違和感を禁じ得ない。映像記録が趣味でいつもビデオカメラを手放さない。が、解散して後は寝るだけという状況で、なにを撮ろうというのか。
「先輩、いやほら。なにか起きたときのために、外も撮影しておうこうかと」
暑苦しい顔をにやつかせて、篤志が応える。まるで、事件が起きることを期待しているかのように。
「縁起でもないこと言うんじゃないの。あんまりうろつかないほうがいいぞ」
そう言って、自分のロッジへと向かう。自分はミステリー研究会会員だが、リアルな事件は願い下げだ。
(ふむ……メインロッジを挟んで西側の川側、低地の方がオーナーたち……東側の小高い方が宿泊客用のロッジか……)
誠はざっと見渡してみる。メインロッジを中央として、その西側が倉木たち家族と従業員のロッジだ。
三つあるロッジはそれぞれ二世帯構造。部屋割りは、倉木と相馬。ラリサと下の子の二人部屋。そして、ブラウバウムとヴァシリということだ。
(一方……)
丘の方を見る。ロッジは全部で七つ。現在使われているのは、五つ。
部屋割りは、速水と沖田。綾音とラバンスキー。山瀬と篤志。誠と修一。七美と千里。そして、真奈だけ隣が空き部屋だ。
「ありゃ……? 倉木オーナー……。相馬さんにブラウバウムさんまで……」
自分のロッジに入ろうとして、人影に気づく。遠目だが確かに見えた。倉木、相馬、ブラウバウムが、荷物を持って歩いて行く。わざわざ、メインロッジの向こう側の来客用のロッジの方向に。
(あっちは……ラバンスキーさんのロッジだな……。こんな遅くに……?)
飲み直しでもやるのだろうか。かつては同じ部隊で戦った戦友だというし。
だが、チラリと見えた倉木の表情は、ただならぬものだった。先ほどの相馬と山瀬の問答といい、どうも気になる。
好奇心に抗えず、少年の足はラバンスキーのロッジの方向へと向いていた。
「あれ……ラリサ……?」
「先輩……? しっ!」
ロッジには意外にも先客がいた。美しく長い金髪そして、長身でスタイルのいい後ろ姿。暗い中でも間違いようがない。ラリサだった。
「どうしたの……?」
小声で彼女がここにいる理由をたずねる。ラリサは質問には答えず、窓を指さす。
カーテンのわずかな隙間から、中が見える。断熱処理がされた二重ガラスで声は聞こえない。が、なにか深刻なことが話し合われている。それは誠にもわかった。
(オーナーは日本語だが……。他は英語で話してるな……。唇が読めない……)
残念だが、倉木以外は唇から会話を読み取るのも不可能だった。多少読唇の心得はあるが、解読できるのは日本語だけだ。話はどんどんヒートアップしていく。既に怒鳴り合いの様相を呈している。
「『やはり事前に知っていたな』……? 『証拠もあるんだぞ』……? なんのことだ……?」
倉木の唇が、確かにそう動いたのを見た。ラバンスキーも怒鳴り返している。
が、こちらは英語であるため内容がわからない。話は物別れに終わるかに見えた。が……。
「お父さん……?」
次に起きたことに、ラリサが絶叫しかける。立ち上がった倉木の手に拳銃が握られ、銃口がラバンスキーに向けられたからだ。
(どういうことだ……?)
目の前で起きていることが、誠には信じられない。聞いた話が事実なら、彼らは共に戦場を駆け抜けてきた戦友であるはずだ。
事態は、香港のアクション映画さながらになっていく。山瀬がジャケットの下からやはり拳銃を抜いて倉木に向ける。ラバンスキーも負けじと拳銃を抜く。が、倉木はもう一丁の拳銃を左手で取り出し、山瀬に向ける。
互いに銃を向け合ったまま動きが取れない。いわゆるメキシカンスタンドオフになってしまう。
(こんなもの……リアルで見ることになるなんて……)
誠はただ困惑するばかりだった。彼らの手に握られている銃は恐らく本物だろう。なぜ、互いに銃を向け合わなければならないのか。ショートしてしまった思考回路では、理由を推測することさえできない。
(頼むから引き金を引くのはやめてくれよ……)
このまま撃ち合いが始まってしまうかに思えた。そうなれば、自分とラリサにも流れ弾が当たる危険がある。が、それは杞憂だったらしい。相馬が危険を冒して三人の間に割り込む。ゆっくりと両手を挙げ、銃を下げさせた。
倉木たちもさすがに発砲はまずいと判断したか、銃を服の下にしまう。どうやら、今夜の話し合いは終わりのようだった。何事もなかったかのように片付けが始まり、それぞれのロッジへと戻っていく。山瀬以外は。
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