戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

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第二章 鮮血のロッジ

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 結局二人は、夕べロッジでなにを見たのか全て話すことになる。もちろん、倉木たちが口論の果てに銃を向け合ったことまで。
「倉木さん、ラバンスキーさんたちはともかく、あなたが拳銃を持っていることは違法です。おわかりですね?」
 速水が倉木に向き直る。
「お言葉ですが、実銃なわけがないでしょう。エアガン、はったりですよ、はったり」
 倉木はまったく悪びれる様子もない。
「お部屋を警察官たちに改めさせて頂いても?」
「もちろんですよ」
 そう言って、沖田に自室の鍵を手渡す。
(エアガン……そんなことあるか……?)
 誠はどうにも信じられなかった。ラバンスキーと山瀬の表情は切迫していた。軍人である彼らが、エアガンを本物と誤認することなどあるだろうか。しかもあの至近距離で。
「あの……ラバンスキーさんたちは『ともかく』ってどういう意味ですか?」
 それまで黙っていた七美が口を開く。
「それは……」
「彼らは、母国とキーロアの二重国籍者なんです。外交官でもある。銃は外交特権で持ち込んだんですよ」
 話していいものか迷う速水を先回りして、倉木が応える。
(あれ……そう言えば……)
 倉木の返答に、誠の中でまた新たな疑問が浮かんだ。ラバンスキーと山瀬が握りしめている銃。夕べ、自分とラリサが見たものとは違う。複数持っていたのだろうか。その時だった。
 ジリリリリリリリリリ。けたたましい警報の音がする。メインロッジのようだ。
「なんだ……?」
 外に飛び出した速水が困惑する。
「火事ですよ! 煙が出てる!」
 綾音がメインロッジを指さす。
「行こう!」
 沖田を先頭に、全員が走り出す。
(あれ……? なんだありゃ……)
 誠はふと、視界の隅に気になるものを見つける。白くて長方形の、チップ状の物だ。医療用カプセルほどの大きさだ。ともあれ、今は火事の方が問題だ。他のメンバーに続いて走り出しだ。
 メインロッジは煙っていた。警報はやがて消えるが、ひどいことになっているらしい。
「いったいどうしたんです?」
 メインロッジは煙っていた。
「台所で火が出たんです。ボヤで済みましたが……。めちゃくちゃです」
 消化器を持ったブラウバウムが、咳き込みながら応答する。確かに、あちこち焦げている上に消化剤で真っ白だ。
(ん……? あれは……?)
 誠は視界の隅に、ふと気になるものをみつける。
「沖田警視、速水警部、あれなんですかね? ずいぶんこんがり焼けたペットボトルが……。そんなに火が強かったのかな……?」
 誠が指さした方向に、二人が目を向ける。
「確かに……他の瓶やペットボトルはほぼ原形を留めている……」
「これだけ熱に弱い素材だったのかな……」
 手袋をした二人が、ペットボトルを拾い上げる。妙だった。他の空の瓶やペットボトルはそれほど焼けていない。
 なのに、三つのボトルだけが溶けて元の形もわからないほどになっている。
「おっと……なんだろう……?」
 七美がなにかを踏んづけた事に気づく。
「ビニールテープみたいだな……」
 誠が言う。丸められたビニールテープが、いくつも散乱している。これも焼けている。なにか補修でもしていたのだろうか。
 少年は、その時の行動を後になって自分でも説明できなかった。丸まったビニールテープを、うっかりズボンのポケットに入れてしまったのだ。
「タバコくさいな……。火の不始末ですかね……?」
 篤志の指摘に、みなそう言えばという顔になる。
「誰かが吸い殻をゴミ箱に捨てたとか……?」
 台所にいる中では唯一の喫煙者、速水に視線が集まる。
「お……俺はそんなことしないぞ!」
 心外だとばかりに抗弁する。
「タバコ以外にも……なんか甘ったるいにおいしません……? ブランデーかラム酒で料理したみたい……」
 綾音が鼻を鳴らす。言われてみればタバコに混じって、ソテーでも焼いているようなにおいがする。
「これじゃないか……?」
 沖田が、表面が焼けた瓶を指さす。倒れて中身が漏出してしまったらしい。
「相馬さん、ちょっと来てください」
 速水がロビーの相馬を呼ぶ。
「これって……夕べ開けたウォッカのボトルですね……。蓋が緩んでてこぼれたのかな……?」
 台所を預かる相馬には、ラベルが焼けていても判別できたらしい。
「誰かがここでタバコを吸っていて……。運悪くこぼれたウォッカに引火……。消火もせずに逃げた……?」
 誠が取りあえず状況を推理する。
「まさか……未成年……?」
 七美が渋面になる。喫煙していたことを知られたくなくて、火を放置して逃げた。一応は、この事態の説明がつく。
「ともかく、片付けないと……このままじゃご飯の支度ができませんよ……」
 相馬が台所の掃除にかかろうとする。
「あ、待ってください。燃えたものは捨てずに保管しておいてください。もしボヤ騒ぎがわざとなら、犯人が燃やしてしまおうとしたものがあるかも」
「わかった。集められるだけ集めて、警察で預かろう」
 沖田がそう言って、ビニール袋を拡げる。散乱する燃えかすが、集められていった。
………………………………………………
「全員がラバンスキーのロッジに集まっていたなら……どうしてタバコの火なんか……」
 聞き込みを終えた速水は、手帳を拡げながら頭をかく。
「朝食の時は殺された二人以外はダイニングに集まっていた。タバコ吸ってる人間なんか一人も……」
 ボールペンをこめかみに当てながら、眉間にしわを寄せる。
「タバコの火は時間差で出火することもある……。潔白が証明された人間は一人もいないことになりますか……」
 誠が腕組みして相手をする。
「あるいは……速水警部、タバコ一本貸してもらえますか?」
「吸うことは許可しないぞ」
 そう言って、速水はタバコの箱を誠に差し出す。
「これが犯人の仕業だとすれば……。わざとウォッカをまいておいて、こんな風にタバコをタイマーにしたんじゃないかな……? その上でキッチンの引き戸を閉じて換気扇を廻せば、ダイニングにタバコのにおいは流れない」
 誠は流しのふちにタバコを置いて、セロテープで固定する。
「やっぱり、ここに燃やしてしまいたいものがあったってことですか?」
 傍らの篤志が問う。念のため、燃えたものをビデオカメラに納めている。
「まだ断定はできないが……」
 誠は頭をかきながら立ち上がる。
 この火事には、必ず犯人につながる手がかりがある。だが、パズルのピースはまだバラバラのままだった。
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