21 / 58
第二章 鮮血のロッジ
10
しおりを挟む
結局二人は、夕べロッジでなにを見たのか全て話すことになる。もちろん、倉木たちが口論の果てに銃を向け合ったことまで。
「倉木さん、ラバンスキーさんたちはともかく、あなたが拳銃を持っていることは違法です。おわかりですね?」
速水が倉木に向き直る。
「お言葉ですが、実銃なわけがないでしょう。エアガン、はったりですよ、はったり」
倉木はまったく悪びれる様子もない。
「お部屋を警察官たちに改めさせて頂いても?」
「もちろんですよ」
そう言って、沖田に自室の鍵を手渡す。
(エアガン……そんなことあるか……?)
誠はどうにも信じられなかった。ラバンスキーと山瀬の表情は切迫していた。軍人である彼らが、エアガンを本物と誤認することなどあるだろうか。しかもあの至近距離で。
「あの……ラバンスキーさんたちは『ともかく』ってどういう意味ですか?」
それまで黙っていた七美が口を開く。
「それは……」
「彼らは、母国とキーロアの二重国籍者なんです。外交官でもある。銃は外交特権で持ち込んだんですよ」
話していいものか迷う速水を先回りして、倉木が応える。
(あれ……そう言えば……)
倉木の返答に、誠の中でまた新たな疑問が浮かんだ。ラバンスキーと山瀬が握りしめている銃。夕べ、自分とラリサが見たものとは違う。複数持っていたのだろうか。その時だった。
ジリリリリリリリリリ。けたたましい警報の音がする。メインロッジのようだ。
「なんだ……?」
外に飛び出した速水が困惑する。
「火事ですよ! 煙が出てる!」
綾音がメインロッジを指さす。
「行こう!」
沖田を先頭に、全員が走り出す。
(あれ……? なんだありゃ……)
誠はふと、視界の隅に気になるものを見つける。白くて長方形の、チップ状の物だ。医療用カプセルほどの大きさだ。ともあれ、今は火事の方が問題だ。他のメンバーに続いて走り出しだ。
メインロッジは煙っていた。警報はやがて消えるが、ひどいことになっているらしい。
「いったいどうしたんです?」
メインロッジは煙っていた。
「台所で火が出たんです。ボヤで済みましたが……。めちゃくちゃです」
消化器を持ったブラウバウムが、咳き込みながら応答する。確かに、あちこち焦げている上に消化剤で真っ白だ。
(ん……? あれは……?)
誠は視界の隅に、ふと気になるものをみつける。
「沖田警視、速水警部、あれなんですかね? ずいぶんこんがり焼けたペットボトルが……。そんなに火が強かったのかな……?」
誠が指さした方向に、二人が目を向ける。
「確かに……他の瓶やペットボトルはほぼ原形を留めている……」
「これだけ熱に弱い素材だったのかな……」
手袋をした二人が、ペットボトルを拾い上げる。妙だった。他の空の瓶やペットボトルはそれほど焼けていない。
なのに、三つのボトルだけが溶けて元の形もわからないほどになっている。
「おっと……なんだろう……?」
七美がなにかを踏んづけた事に気づく。
「ビニールテープみたいだな……」
誠が言う。丸められたビニールテープが、いくつも散乱している。これも焼けている。なにか補修でもしていたのだろうか。
少年は、その時の行動を後になって自分でも説明できなかった。丸まったビニールテープを、うっかりズボンのポケットに入れてしまったのだ。
「タバコくさいな……。火の不始末ですかね……?」
篤志の指摘に、みなそう言えばという顔になる。
「誰かが吸い殻をゴミ箱に捨てたとか……?」
台所にいる中では唯一の喫煙者、速水に視線が集まる。
「お……俺はそんなことしないぞ!」
心外だとばかりに抗弁する。
「タバコ以外にも……なんか甘ったるいにおいしません……? ブランデーかラム酒で料理したみたい……」
綾音が鼻を鳴らす。言われてみればタバコに混じって、ソテーでも焼いているようなにおいがする。
「これじゃないか……?」
沖田が、表面が焼けた瓶を指さす。倒れて中身が漏出してしまったらしい。
「相馬さん、ちょっと来てください」
速水がロビーの相馬を呼ぶ。
「これって……夕べ開けたウォッカのボトルですね……。蓋が緩んでてこぼれたのかな……?」
台所を預かる相馬には、ラベルが焼けていても判別できたらしい。
「誰かがここでタバコを吸っていて……。運悪くこぼれたウォッカに引火……。消火もせずに逃げた……?」
誠が取りあえず状況を推理する。
「まさか……未成年……?」
七美が渋面になる。喫煙していたことを知られたくなくて、火を放置して逃げた。一応は、この事態の説明がつく。
「ともかく、片付けないと……このままじゃご飯の支度ができませんよ……」
相馬が台所の掃除にかかろうとする。
「あ、待ってください。燃えたものは捨てずに保管しておいてください。もしボヤ騒ぎがわざとなら、犯人が燃やしてしまおうとしたものがあるかも」
「わかった。集められるだけ集めて、警察で預かろう」
沖田がそう言って、ビニール袋を拡げる。散乱する燃えかすが、集められていった。
………………………………………………
「全員がラバンスキーのロッジに集まっていたなら……どうしてタバコの火なんか……」
聞き込みを終えた速水は、手帳を拡げながら頭をかく。
「朝食の時は殺された二人以外はダイニングに集まっていた。タバコ吸ってる人間なんか一人も……」
ボールペンをこめかみに当てながら、眉間にしわを寄せる。
「タバコの火は時間差で出火することもある……。潔白が証明された人間は一人もいないことになりますか……」
誠が腕組みして相手をする。
「あるいは……速水警部、タバコ一本貸してもらえますか?」
「吸うことは許可しないぞ」
そう言って、速水はタバコの箱を誠に差し出す。
「これが犯人の仕業だとすれば……。わざとウォッカをまいておいて、こんな風にタバコをタイマーにしたんじゃないかな……? その上でキッチンの引き戸を閉じて換気扇を廻せば、ダイニングにタバコのにおいは流れない」
誠は流しのふちにタバコを置いて、セロテープで固定する。
「やっぱり、ここに燃やしてしまいたいものがあったってことですか?」
傍らの篤志が問う。念のため、燃えたものをビデオカメラに納めている。
「まだ断定はできないが……」
誠は頭をかきながら立ち上がる。
この火事には、必ず犯人につながる手がかりがある。だが、パズルのピースはまだバラバラのままだった。
「倉木さん、ラバンスキーさんたちはともかく、あなたが拳銃を持っていることは違法です。おわかりですね?」
速水が倉木に向き直る。
「お言葉ですが、実銃なわけがないでしょう。エアガン、はったりですよ、はったり」
倉木はまったく悪びれる様子もない。
「お部屋を警察官たちに改めさせて頂いても?」
「もちろんですよ」
そう言って、沖田に自室の鍵を手渡す。
(エアガン……そんなことあるか……?)
誠はどうにも信じられなかった。ラバンスキーと山瀬の表情は切迫していた。軍人である彼らが、エアガンを本物と誤認することなどあるだろうか。しかもあの至近距離で。
「あの……ラバンスキーさんたちは『ともかく』ってどういう意味ですか?」
それまで黙っていた七美が口を開く。
「それは……」
「彼らは、母国とキーロアの二重国籍者なんです。外交官でもある。銃は外交特権で持ち込んだんですよ」
話していいものか迷う速水を先回りして、倉木が応える。
(あれ……そう言えば……)
倉木の返答に、誠の中でまた新たな疑問が浮かんだ。ラバンスキーと山瀬が握りしめている銃。夕べ、自分とラリサが見たものとは違う。複数持っていたのだろうか。その時だった。
ジリリリリリリリリリ。けたたましい警報の音がする。メインロッジのようだ。
「なんだ……?」
外に飛び出した速水が困惑する。
「火事ですよ! 煙が出てる!」
綾音がメインロッジを指さす。
「行こう!」
沖田を先頭に、全員が走り出す。
(あれ……? なんだありゃ……)
誠はふと、視界の隅に気になるものを見つける。白くて長方形の、チップ状の物だ。医療用カプセルほどの大きさだ。ともあれ、今は火事の方が問題だ。他のメンバーに続いて走り出しだ。
メインロッジは煙っていた。警報はやがて消えるが、ひどいことになっているらしい。
「いったいどうしたんです?」
メインロッジは煙っていた。
「台所で火が出たんです。ボヤで済みましたが……。めちゃくちゃです」
消化器を持ったブラウバウムが、咳き込みながら応答する。確かに、あちこち焦げている上に消化剤で真っ白だ。
(ん……? あれは……?)
誠は視界の隅に、ふと気になるものをみつける。
「沖田警視、速水警部、あれなんですかね? ずいぶんこんがり焼けたペットボトルが……。そんなに火が強かったのかな……?」
誠が指さした方向に、二人が目を向ける。
「確かに……他の瓶やペットボトルはほぼ原形を留めている……」
「これだけ熱に弱い素材だったのかな……」
手袋をした二人が、ペットボトルを拾い上げる。妙だった。他の空の瓶やペットボトルはそれほど焼けていない。
なのに、三つのボトルだけが溶けて元の形もわからないほどになっている。
「おっと……なんだろう……?」
七美がなにかを踏んづけた事に気づく。
「ビニールテープみたいだな……」
誠が言う。丸められたビニールテープが、いくつも散乱している。これも焼けている。なにか補修でもしていたのだろうか。
少年は、その時の行動を後になって自分でも説明できなかった。丸まったビニールテープを、うっかりズボンのポケットに入れてしまったのだ。
「タバコくさいな……。火の不始末ですかね……?」
篤志の指摘に、みなそう言えばという顔になる。
「誰かが吸い殻をゴミ箱に捨てたとか……?」
台所にいる中では唯一の喫煙者、速水に視線が集まる。
「お……俺はそんなことしないぞ!」
心外だとばかりに抗弁する。
「タバコ以外にも……なんか甘ったるいにおいしません……? ブランデーかラム酒で料理したみたい……」
綾音が鼻を鳴らす。言われてみればタバコに混じって、ソテーでも焼いているようなにおいがする。
「これじゃないか……?」
沖田が、表面が焼けた瓶を指さす。倒れて中身が漏出してしまったらしい。
「相馬さん、ちょっと来てください」
速水がロビーの相馬を呼ぶ。
「これって……夕べ開けたウォッカのボトルですね……。蓋が緩んでてこぼれたのかな……?」
台所を預かる相馬には、ラベルが焼けていても判別できたらしい。
「誰かがここでタバコを吸っていて……。運悪くこぼれたウォッカに引火……。消火もせずに逃げた……?」
誠が取りあえず状況を推理する。
「まさか……未成年……?」
七美が渋面になる。喫煙していたことを知られたくなくて、火を放置して逃げた。一応は、この事態の説明がつく。
「ともかく、片付けないと……このままじゃご飯の支度ができませんよ……」
相馬が台所の掃除にかかろうとする。
「あ、待ってください。燃えたものは捨てずに保管しておいてください。もしボヤ騒ぎがわざとなら、犯人が燃やしてしまおうとしたものがあるかも」
「わかった。集められるだけ集めて、警察で預かろう」
沖田がそう言って、ビニール袋を拡げる。散乱する燃えかすが、集められていった。
………………………………………………
「全員がラバンスキーのロッジに集まっていたなら……どうしてタバコの火なんか……」
聞き込みを終えた速水は、手帳を拡げながら頭をかく。
「朝食の時は殺された二人以外はダイニングに集まっていた。タバコ吸ってる人間なんか一人も……」
ボールペンをこめかみに当てながら、眉間にしわを寄せる。
「タバコの火は時間差で出火することもある……。潔白が証明された人間は一人もいないことになりますか……」
誠が腕組みして相手をする。
「あるいは……速水警部、タバコ一本貸してもらえますか?」
「吸うことは許可しないぞ」
そう言って、速水はタバコの箱を誠に差し出す。
「これが犯人の仕業だとすれば……。わざとウォッカをまいておいて、こんな風にタバコをタイマーにしたんじゃないかな……? その上でキッチンの引き戸を閉じて換気扇を廻せば、ダイニングにタバコのにおいは流れない」
誠は流しのふちにタバコを置いて、セロテープで固定する。
「やっぱり、ここに燃やしてしまいたいものがあったってことですか?」
傍らの篤志が問う。念のため、燃えたものをビデオカメラに納めている。
「まだ断定はできないが……」
誠は頭をかきながら立ち上がる。
この火事には、必ず犯人につながる手がかりがある。だが、パズルのピースはまだバラバラのままだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
その人事には理由がある
凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。
そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。
社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。
そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。
その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!?
しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる