戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

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第三章 6年前の戦争

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「まいったな……。シャーロックホームズ君は全部お見通しと見える」
 沖田が降参とばかりに両手を挙げる。
「全く、探偵気取りかよ……」
 そう言う速水も、誠の推理が正しいことは言外に認めていた。
「ここまで知られているとなると、とぼけるのは返って逆効果かな? この先も捜査に協力してもらわなけりゃならんし……」
「多少は教えてあげざるを得ませんか……」
 警察官二人は渋面を見合わせる。
「高森君、君の言う通りだよ。これは他言無用を願いたいが……君が推理した通り。我々は戦争犯罪の捜査にここまで来た。あの動画に映っていた民間人の殺害。あれを実行したのは、ラバンスキー当時少佐に率いられていた、キーロア共和国陸軍外人部隊第961偵察隊。通称シャドウユニットだ」
 エリート警視は、タブレット端末を操作する。あちらの軍服を着た、ラバンスキー以下五人の写真が写っている。
「外人部隊と言っても、そんじょそこらの独立愚連隊じゃあない。各国の軍隊や警察で特殊訓練を受けた、凄腕ばかりのエリート集団さ」
 速水が彼らの経歴をざっと語る。
 ラバンスキー、コールサイン『シャドウ1』。アメリカ海兵隊武装偵察部隊。
 倉木、コールサイン『シャドウ2』。陸上自衛隊第一水陸機動団。
 山瀬、コールサイン『シャドウ3』同じく陸上自衛隊第一空挺団。
 ブラウバウム、コールサイン『シャドウ4』。オーストリアの対テロ特殊部隊である、コブラ。
 相馬、コールサイン『シャドウ6』もともと、モスカレル内務省の情報戦部隊にいた。が、劣悪な待遇と組織内部に蔓延していた犯罪や不正に嫌気がさして亡命。かつての同胞と戦う道を選んだ。
(マジでプロばっかじゃないか……)
 彼らのすさまじい経歴に、誠は目を疑う。倉木も相馬も、ラバンスキーにしたって、一見どこにでもいる普通の人間に見えた。
 が、とんでもない。彼らは難関の選抜試験と、厳しい訓練をくぐり抜けた。そして、六年前の戦争を戦い、武功を立てた猛者たちだったのだ。
「あれ……この人は……?」
 部隊のプロフィールの中に一人だけ、見たことのない顔がある。一見して南米か南欧州系のようだが。
「彼はアントニオ・フェルナンデス。六年前の戦争で戦死している」
 速水が答える。
(戦争だものな……。どれだけ訓練されてても強くても……死ぬときは死ぬか……)
 自分が平和な国に生まれたことに、感謝したくなる。フェルナンデスもまた、メキシコ連邦警察で訓練を受け修羅場もくぐってきた。だが、それでも戦死したのだ。
「確かに彼らは優秀だった。着実に戦果を上げ、いくつもの勲章を受けてる。問題なのは……」
「その優秀さが正しく使われたか……」
 誠は沖田の先回りをする。戦争だからなんでも許されるわけではない。非戦闘員の殺害は禁止されており、厳罰をもって対応されることが法定されている。
 解釈にもよるだろうが、民間人を巻き込むことを承知でドローンによる爆撃を強行した。その事実は、充分問題になる。
「銃弾が飛び交う戦地に慰問団招いた。その無策は、当然モスカレル軍と政府の責任だ。たまたま民間人がターゲットに入ったことまで戦争犯罪として裁くのは、いくらなんでも無理がある。が……」
 エリート警視は、皆まで言うことを避ける。
(待てよ……だとしたら昨日のオーナーの言葉は……)
 誠の中で糸がつながる。倉木の唇が『やはり事前に知っていたな』『証拠もあるんだ』と確かに動いた。
「まさか……シャドウユニットは、慰問団が当日来ることを事前に知りながら……。巻き込んでしまうのを承知で爆撃した……。その疑いがかかっているってわけですか?」
 返事を聞くのが怖い質問だった。
 倉木も相馬も、悪い人間には見えない。彼らが意図的に非戦闘員の虐殺を行ったなど、とても信じられない。もし本当なら、そんな恐ろしい人間が戦災孤児たちを引き取って養育したりするだろうか。
 第一、シャドウ2が倉木であるなら、彼は爆撃に反対していた。動画の中で、ラバンスキーが攻撃を強行しようとするのを必死で止めていたではないか。
「部隊全員が承知していたかはともかく、慰問団が現地に現われたまさにそのタイミングで爆撃が始まった。偶然にしてはおかしいことがいくつもあるんだ」
 沖田が渋面で応答する。内心で彼も、そんな恐ろしいことがあったなど信じたくないかのように。しかも、同じ日本人が加害者かも知れないのだ。いい気分でないのも無理はない。
「罪を認めるか認めないかで仲間割れが起きて、疑心暗鬼になり……。ラバンスキーさんと山瀬さんは殺された……?」
 誠は取りあえず、考えられる可能性を述べる。夕べ、彼らが銃を向け合う姿を見ているのだ。あり得る話に思えた。
「まだ断じるのは早いな。鑑識の分析結果を待って、さらに捜査を進める」
 決めつけは禁物と速水が釘を刺す。
「あれだけひどい戦争だったんだ。殺す動機がある人間が他にいないとは思えない。外部の犯行の可能性も、まだゼロとは言い切れないんだ」
 沖田が付け加える。
「ふむ……。整理してみましょう。第三者が二人を殺したのだとしたら……」
 誠は改めて切り出す。
「戦友で上官と部下の二人が、急に疑心暗鬼になって殺し合い始めた……。というのはいくらなんでも不自然だ。サプレッサーが片方の銃にしかついてなかったのはそのせいだろう」
 現場を思い出してみる。
 ラバンスキーが握っていたのは、LCP。38口径のポケットピストルで、護身用に最適だ。一方で暗殺にも。現に、スパイやテロリストによってサプレッサーつきのものがよく使用されたらしい。実際、現場にあった銃にもサプレッサーが取り付けられていた。
 一方山瀬の手にあったグロック17は、サプレッサーがついていなかった。それどころか、銃口にネジが切られておらずつけられるようになっていない。
「犯人のシナリオはこうか。六年前のことに絡んで、殺意を抱いたラバンスキーが銃を抜いた。やむなく応戦した山瀬と相打ちになり、二人とも死んだと……」
 沖田が腕組みして相手をする。
「山瀬の側の銃は、サプレッサーをつけなかったんじゃなく、つけられなかった……。確かに、あの距離で突然サプレッサーつきの銃で撃ち合いが始まる状況……。そんなの想像もつかないですね……」
 速水が相づちを打つ。
 ラバンスキーも山瀬も、実戦経験を持つプロだ。さらに言えば、キーロア軍では英雄で社会的地位も名誉もある。そんな彼らが、かくも下手くそなやり方をするとは考えにくい。殺し合うにしても、もっとスマートなやり方はいくらでもある。
「お二人にお願いがあります。ラバンスキーさんと山瀬さんの握っていた銃の指紋をよく調べてください。彼らが外交官として持っていた銃もです。賭けてもいいが、あり得ない指紋の付き方をしているはずです」
 少年は自信満々に言う。七美に協力してもらって、自分の説が正しいことを信じられた。
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