戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

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第三章 6年前の戦争

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 任務は、直接的な戦闘だけではない。
『純度百パーセント。アフガン産の上物だよ。ちょっとお高いけどね』
『かまうもんかよ。払うって。ほら、ちゃんと用意してある。全部ドルよ』
『ありがたいね。まいどあり』
 敵の規律と士気を崩壊させるために、麻薬を売ることもあった。
 長引く戦いにうんざりしていたモスカレル軍は、たちまち中毒者であふれた。ベトナムやアフガニスタンで、ゲリラが使った手だ。即効性こそないが、敵を弱体化させるのには有効な手だった。
 罪を犯しているとは、爪の先ほども思わなかった。やつらこそ罪人だ。麻薬で廃人になろうが、中毒死しようが知ったことではない。これは正義の戦いだなのだから。そう信じて疑うことはなかった。
(あの日までは……)
 休戦協定が結ばれた日。部隊に恐らく最後になるであろう任務が舞い込んだ。
『上級大将が前線に……? なんの冗談です?』
『大真面目だよ。やつらはそこまで疲弊してるってことだ。千載一遇の好機』
 前線の参謀本部に、敵の高級将官が現われる。そこを狙撃。その後参謀本部をドローン爆撃により殲滅せよと。
 上級大将と言えば、元帥に次ぐ高官だ。本来なら、前線を視察することなどあり得ない。後方の事務所で、書類にサインして文句だけ言っていればいい立場のはずだ。
 だが、当時のモスカレル軍はそこまで逼迫していた。士気は下がり戦意はなく、兵士たちが命令を聞かないことが常態化していた。上級大将自ら、前線を激励しなければならない有様だったのだ。
 作戦は順調に推移していた。民間人を乗せたバスがその場に現われたことを除いて。
(俺はあの瞬間……まごうかたなき人殺しになった……)
 ビールの空き缶を力の限り握りつぶす。
 ラバンスキーは、作戦中止を認めなかった。ドローン爆撃は、慰問団を巻き込んで強行された。愕然としながら、双眼鏡で爆撃の跡を見た。確かに見えた。母親の亡骸にすがって泣き叫ぶ幼子の姿を。その唇は確かにこう動いた。『ママーシャ、ママーシャ』と。
 コードブルーが発令されたのは、そのわずか一時間後だった。後一時間早ければ、あの子どもの家族は死なずにすんだのだ。
(子どもたちは……特にあの子は私を許すことはないだろう……)
 二本目のビールを開けながら、倉木はサイドボードの上を見やる。子どもたちといっしょに映った写真。
 戦後、倉木は外人部隊を退役した。キーロア軍上層部は、昇進と高級を条件に慰留した。が、その意思はなかったのだ。もはや、戦いにも殺しにもうんざりしていた。
 せめてもの贖罪と、身分を隠してモスカレルに渡った。いろいろ調べ歩いた結果、戦死者遺族が、政府によって充分な補償を受けられずいることを知った。欺瞞、自己満足とは思いながらも、国連が進める里親制度に応募した。
 外人部隊時代に受け取っていた高級と、破格の退職金があった。当面養うのに困ることはない。ヴァシリ、ラリサ、ニコライ、アレクサンドラ。子どもたちを引き取り、養育することにした。
『お父さん』『お父さん』『お父さん』『お父様』
 最初は慣れなかった子どもたちも、やがて己を父と呼んでくれるようになった。
 時流にも恵まれた。モスカレルに対する経済制裁は、戦後も継続される。かの国から輸入できない資源を、他に求める動きが世界中で強まった。相馬とブラウバウムといっしょに、退職金を元手に商社を始めた。このロッジを事務所として。
『石炭は上がっている。特に日本の無煙炭は人気があるから、まだまだ売れるぞ』
『アメリカで、輸出規制のあおりでだぶついている穀物を安く買えそうです。バイオ燃料にうってつけですよ』
 石炭やバイオ燃料を仲介する商売は、意外なほどうまく行った。子どもたちを食べさせていくのに不安はなくなった。
 最初は言葉の壁もあり慣れなかった子どもたちも、次第に打ち解けていった。笑顔で食卓を囲み、学校で友達もできた。
(我々が家族の仇である事実に……変わりはないが……)
 いずれ真実を打ち明けよう。そう決めていた。
 子どもたちが学校を卒業して定職を持ち、独立したらその時は。国際司法裁判所に自首するか、子どもたちに拳銃を渡すか。それは、彼らに決めてもらえばいい。だが、それさえ叶わなくなるかも知れない。倉木はそう思った。
 大好きなはずのビールが、今日はやけに苦かった。
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