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04  畿内への道編

京の権謀術数と地方の戦場

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02

 和泉、堺。
 「硝石五十斤?それはまた剛毅なことですね?」
 「我が殿は、本気で武を持って天下を治めるおつもりです」
 堺にある屋敷の茶室で、黒髪色白の美少女と、人の良さそうな壮年の武将が会談していた。
 堺商人、千利休と、織田家家臣、丹羽長秀だ。
 利休は表向き畿内の海運業の顔役で、茶人としても知られる。
 だが、一方で明国やシャム(タイ)から大量の硝酸を輸入し、流通させている。
 死の商人としての顔も持っているのだ。
 「天下を治めると申せば…。
 山陰山陽と九州を抑えた毛利家と、先の公方様が手を結ばれたとか?」
 「確かに、我が織田家にとっては厄介なことです。
 じえいたいとか申す、強力で得体の知れぬ武器を使いこなす集団が彼らに与していればなおのこと。
 なれど、天下の趨勢は戦闘の勝敗のみで決まるものにあらず。
 それは、朝日将軍木曾の義仲の例を見ても明らかです」
 治承寿永の乱の折、源頼朝、義経の従兄弟である木曾義仲は、平家との戦闘に勝利し、京を確保した。
 だがそれだけだった。
 義仲は軍事には秀でていても、政治や法には全くの素人だった。
 飢饉や政治の空白で混乱の渦中にある京をどうにもできなかった。
 公家たちの権謀術数渦巻く京で辣腕を振るえる人間ではなかったのだ。
 やがて、孤立無援となった義仲は、身内であるはずの義経によって討たれてしまう。
 長秀はそのことを引き合いに出しているのだ。
 「あなた方は違うとおっしゃる?」
 「どうですかな?」
 利休の問いに、長秀は不敵な笑みを浮かべた。

 ほどなく、織田勢は伊勢を制圧。近江の浅井家と同盟を結んで、入京に王手をかける。
 いまだ播磨の制圧にかかり始めたばかりの毛利にとって、織田家は大きな壁となって立ちはだかるのだった。

 さて、その京である。
 戦国時代の天下取りとは、言わば京をあがりとする双六だ。
 京を実効支配し、朝廷と天皇によって天下人と認めてもらう。
 それは天下を取る十分条件でこそないが、必要条件ではある。
 確かに、朝廷と天皇の権威は応仁の乱以降地に落ちてはいる。だが、言い方は悪いが、はったりとして考えるならこれほど有効なものもないのだ。
 武家とて力のみによって生きているわけではない。戦を行うにも、土地を実効支配するにも、なにかしら大義名分は必要になる。
 もし、朝敵だと名指しされるようなことになればどうなるか。
 今まで味方だった者。あるいは争わず不干渉の関係にあった者たちが、これ幸いと敵になる危険がある。
 今まで従ってきた者たちが、朝敵となった主などもはや仕えるに値せずと逃げてしまうかも知れない。
 時代背景は多少異なるが、永享の乱で鎌倉公方足利持氏が朝敵の汚名を着せられたために、結果として孤立無援となり敗北した例もある。時の将軍足利義教が朝廷から賜った菊の旗を掲げたために、多くの武家が持氏の巻き添えを食って朝敵となることを怖れたのだ。
 そんなわけで、朝廷の権威は腐っても鯛。
 味方につけられればこの上なく心強いが、敵に回せば地獄を見ることになりかねないものだったのである。
 畢竟、どこの大名家も朝廷や京の公家たちへの支援やご機嫌取りには気を遣っている。
 いくら金がかかろうと、労力がさかれようと、朝廷の権威を敵に回すことは誰しも避けたいのだ。
 それは、毛利と例外ではない。

 毛利家新当主、隆元は自衛隊のCH-47JAを借用して京を訪れていた。朝廷や公家たちへの支援のための銀や、南蛮渡来の美術品や奢侈品を届けるためだ。
 「いつもありがたいことでおじゃる。
 右中将(隆元)殿」
 いかにもお公家さんという風体の銀髪の美女が笑顔で隆元に謝辞を述べる。
 毛利と朝廷の仲介役を担っている烏丸光広である。
 贈答品は基本的にまず光広の家に届けられ、そこから朝廷や公家衆に渡ることとなっている。それだけ毛利と光広の信頼関係は強いのだ。
 「いえ、この程度は当然のことです。
 朝廷からは右中将という高い官位を賜り、妹たちも同様です。
 公家の皆様にもお世話になっていますから」
 その言葉を聞いた光広が、にわかに顔を曇らせる。
 「その公家衆なのでおじゃるが、よからぬ陰謀を巡らせている輩がおるようなのじゃ」
 「陰謀?」
 光広が「大きな声では言えぬが」と隆元に顔を近づける。
 「長州の山口を追放された公家衆が京に舞い戻って来おっての。
 大内義隆とその家臣を抱えている毛利は信用できないなどと、あることないこと触れて廻っておるようなのだ」
 光広は言葉を選びながら説明していく。
 山口に居候して働きもせずに贅沢をしていた公家衆は、陶晴賢の起こした大寧時の変と前後して追放された。
 当時の大内の財政を圧迫していたのは、ただ飯ぐらいの公家衆だった。彼らを叩き出すことも、晴賢のクーデターの大義名分の一つだったのだ。
 本来ならニートがいよいよ愛想を尽かされ、寒空の下に放りだされたに過ぎない。
 だが、血筋や伝統に根ざすプライドにしがみつく公家たちはそのことを逆恨みした。
 大内の権益と領土を引き継ぎ、大内家の要人たちを丸抱えしている毛利家にも、彼らの逆恨みは向けられた。
 毛利は朝廷や京の公家たちにもなにをするかわからないなどと、いい加減なことを吹聴しているということなのだ。
 加えて、根無し草の無一文に堕したはずの彼らが、京に戻って生活するだけの食い扶持をどこから調達したのかも問題だ。
 「まろは毛利家には世話になっておるし、右中将殿のことも信じておる。
 じゃが、公家という生き物は便所の扉だ。押せばどちらにも動く。
 一応注意をされた方がよかろうぞ。
 まろの推測するところ、やつらを後ろで煽動しておる者が存在する」
 「ご忠告痛み入ります。
 よく知らせて下さいました。それがわかっただけでも今後の対策が立てやすくなります」
 「帝は毛利の支援を受けている。毛利家をたいそう信頼しておいでじゃ。
 なれど一応まろから、奸臣の讒言に惑わされぬようと具申つかまつろうと思う。
 よもやとは思うが、慎重になりすぎるということはないでおじゃる」
 「それは心強いことです。
 どうぞ、帝によしなにお伝え下さい」
 隆元は柔らかいが力強い笑みを浮かべて応える。
 光広もつられて笑顔になる。
 「強うなったの。右中将殿。
 良き夫を迎えたせいでおじゃるかな?」
 「ふふふ…。お戯れですよ」
 そう言った隆元の表情は、照れながらも嬉しそうで、なにより力強かった。

 このように、朝廷や京の公家衆と強固な信頼関係を維持したい毛利家と、それを阻もうとする何者かの駆け引きは、水面下で続くのである。

 播磨、三木城周辺の毛利の陣。
 「義輝様、また一兵卒として戦闘に参加されていたのですか?
 困りますと申し上げているではありませんか!」
 「すまぬとは思っているよ。
 だが、何もせず座っているのも退屈でな。妾はしょせん軍を率いる才能には乏しいのだ。
 せめて剣の腕で貢献したいと思うたのよ」
 ショートボブのボーイッシュな美女が、長い金髪と紅の瞳が美しい女性武将に諫言する
 山中鹿介と足利義輝だ。
 鹿介は尼子家の重臣だが、今は毛利の将として働いている。播磨西部の責任者は彼女だ。
 義輝はご存じ室町幕府の先の将軍だ。三好三人衆や松永久秀によって襲撃を受け、毛利に亡命してきた。
 「いいですか、義輝様。あなたは我らの旗頭なのですよ!
 万一のことがあったら毛利家は登ったはしごを外されることになります!」
 剣聖将軍と呼ばれるほどに個人の武勇には優れていた義輝だが、大軍を率いて戦をした経験はないし、本人も軍配を握るのは乗り気でなかった。
 とはいえ、ただ御輿として担がれているだけなのもなんだと、時々偵察や遊撃の部隊に混じって一兵卒として出撃していく。
 「まあ、そう怒るな。
 妾の力をお疑いかな?野武士や雑兵ごときに遅れはとらぬさ」
 悪びれる様子もなく、討ち取った敵兵の首を差し出す義輝。
 確かに、義輝は傷一つ負っていない。今し方戦闘から戻ったところとは思えないほどきれいな身なりだ。
 鹿介は「そう言う問題では」と嘆息する。
 「それに、面白い土産を持ち帰ったぞ。敵の一人が持っていたのだ。」
 そう言った義輝は、同行した遊撃隊の足軽に預けていた麻袋を鹿介に手渡す。
 「これは…?」
 「上物だろう?妾は門外漢じゃが、そんじょそこらで手に入るものではないのはわかる」
 麻袋に入っていたのは、数発の焙烙火矢。要するに、原始的な手榴弾だった。
 しかも、義輝の言うとおりかなり手の込んだものだ。
 焙烙火矢は、陶器の中空の玉の中に黒色火薬を詰め込んだものだ。
 原理や構造は極めて単純だが、義輝が持ち帰ったものはかなり凝っている。
 湿気を避けるために油紙で火薬がくるまれているし、表面に溝が切られて破片効果を発揮しやすいようにできている。
 これを作るには、かなりの金と手間がかかるはずだ。
 火薬の入手さえ覚束ない播磨の田舎侍が持っているのは、いささか不自然と言えた。
 「土地のものを支援している勢力があると?」
 「恐らくは。毛利に簡単に播磨を制圧して欲しくないと思っておる者がいるということじゃろうな」
 鹿助の言葉に、義輝はにやりとしながら応える。
 不謹慎を承知で、これは面白いことになると思わずにはいられないのだ。
 野武士たちが正面からの戦いを避けてゲリラ戦をしかけてくるとなれば、自分の剣の腕を思う存分振るうことができる。
 それは、義輝にとって自軍に貢献できる機会が増えるということだったのだ。

 鹿介と義輝の予測は悪い方に当たる。
 何者かの支援を受けた野武士や小領主たちがゲリラ化し、毛利勢と自衛隊に嫌がらせ攻撃を始めたのだ。
 姿を見せず、奇襲をかけては撤退して行くゲリラに、毛利勢と自衛隊は大いに手を焼くこととなる。
 しかも、ゲリラたちは組織的でよく訓練されている。おそらくは彼らの後ろにいる何者かによって。
 播磨制圧はここにあって大きく勢いを削がれることとなっていく。
 業を煮やした鹿介は、本格的に対ゲリラ対策の方策を打ち出していく。

 夜もふけた高倉山山中。
 「お前たちいいな。予定通りだ」
 十数人の野武士の頭の男が、声を潜めて部下たちに命令する。
 まもなくこの丘の下の道を、毛利の兵糧を運ぶ部隊が通る。
 それを襲い、積み荷に火をかけて補給を寸断する。今回の彼らの“任務”だった。
 が…。
 「おい。おい…!どうした?」
 野武士の一人が訝る。八尺ほどの距離を置いて着いてきているはずの相棒から返事がないのだ。
 その意味を、彼はすぐに理解することになる。
 反応する暇もなかった。暗闇から人影が音もなく走り出て、鈍く光る刃が閃くと、彼の意識はぷっつりと途絶えた。
 
 「抜刀隊参上!」
 指揮官である義輝のかけ声に応じて、11人の剣の手練れが野武士たちに襲いかかる。
 「ぐう!」
 「しまった…!」
 敵の不意を突くはずが突かれた。野武士たちは抵抗もできないまま全滅することになる。
 「義輝様、偽情報はうまく行ったようですな」
 「うむ」
 副官である小柄だが腕の立つ男の言葉に、義輝は満足げに微笑む。
 この下の道を補給部隊が通るという話は嘘だ。
 毛利がたに内通者がいることをあえて知らぬふりをして流した情報に、野武士たちは食いついた。
 ゲリラの戦力を減らせただけではない。
 補給部隊がここを通るという情報を流したのは一カ所のみ。
 内通者も誰か突き止めることができたというわけだ。
 「本陣、こちら叢雲。乙地点のげりらを制圧した。後は任せる。
 続いて丙地点に向かう」
 『本陣了解』
 義輝は無線で本陣に連絡を入れ、次の目的地へと部隊を率いて歩き出す。
 上空を警戒中の陸自の飛行船型UAVは、山の中にまだいくつもの赤外線反応を探知していた。
 義輝率いる抜刀隊の夜は長くなりそうだった。

 この抜刀隊こそが、自衛隊の献策に基づいて現場指揮官である鹿介が打ち出したゲリラ対策だった。
 西南戦争において、不平士族たちは懐に入られると弱い官軍に対して、執拗に刀や槍によるゲリラ戦をしかけた。それに対して投入された当時の明治政府の切り札こそ、警察の中でも腕の立つ士族出身者で構成される、警視庁抜刀隊。
 それになぞらえて命名された遊撃部隊。剣聖将軍と呼ばれた義輝を指揮官として、その指揮下の11人の剣の達人で構成される部隊だった。
 武装は弓と刀という軽装だが、ゲリラ対策には極めて有効だった。
 抜刀隊は山や林に潜むゲリラに対して着実に効果を上げていた。
 このまま行けば、野武士や小領主たちの戦意を挫き、殲滅することもいよいよ可能となるはずだった。

 かくして、播磨制圧戦は勢いを取り戻す。
 毛利勢は、播磨の在地勢力を制圧、平定していよいよ摂津に入る。
 同時に、四国方面の制圧も進められていく。
 讃岐に続いて伊予も平らげられ、残るは阿波のみ。
 毛利勢は、近江の平定に手間取り京に入れずにいる織田勢に対して、入京に逆王手をかけつつあった。
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