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第四章 感染爆発再び
07 セカンドバースデイ
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「まさか……」
不意に、岬の中でおぼろげだった記憶が蘇る。意識がほとんどなかったが、隔離されていた自分に司がキスをしてきたように覚えている。
「俺からウイルスをもらって……それが発症した……?」
素人考えだが、他に思い当たることはなかった。
そして、君津も無言のままそれを否定していない。
「一宮さん……来てくれる……?」
岬は君津によって、ICUの隣室に通される。ガラス張りになっていて、オペの様子が見学できるようになっている。
「これは混乱を防ぐために機密事項に指定されているけど、あなたたちには知る権利がありますから……」
君津が複数形で行った意味が、岬にはすぐわかる。部屋に見知った顔が入ってきたからだ。命、優輝、圭、そして連。
「あなたたちが助かったのは、抗血清のためじゃない。彼が口移しで直接抗体を送り込んだためだったの。その後、彼の抗体はあなたたちの体内で変化した。あなたたちの血を培養して、抗血清を作ることが可能になったってわけ」
「そんな……じゃあ……司があたしらにキスしたときに……抗体が効かないウイルスをもらって……」
命が両手で顔を覆う。自分がうつしてしまったウイルスで、司が苦しんでいるのかも知れない。
他の四人も同じ気持ちだった。
「苦しい決断だったが、彼自身が望んだ」
きれいで低めの声がした。一等陸佐の階級章をつけた、迷彩服の幹部自衛官が立っていた。胸の名札は、東金と読めた。
「そして私の責任で君たちへの処置を許可した。こうなることも予測の内。その上で」
彼女の声は、やむを得なかったのだという響きと、深い悔恨の両方を宿していた。
『心拍数上昇! 血圧二百を越えます!』
『抗ウイルス剤は!?』
『だめです! 効果ありません!』
ICU内部が急に騒がしくなる。
素人目にもわかった。司が危ないのだ。
『気道確保! このままじゃ呼吸困難を起こすぞ!』
『やっていますが……咳が止まりません……!』
『呼吸、脈拍停止します! このままでは……!』
心電図が平らになり、警告音が鳴り響く。
『呼吸補助と電気ショック! 急げ!』
『離れて!』
動かなくなった司の身体に、何度も電極が当てられる。だが、反応はない。
『ほら! 戻ってこい!』
看護師の努力をあざ笑うかのように、心肺停止の警告音は鳴り続ける。
「いやだ……。司が……そんなのうそだあああああああーーーーーーっ!」
岬が大きな声を上げ、ICUのガラスにすがりついて泣き叫ぶ。
「返して! 司を……司を返してよおおおおおーーーーー……!」
辛い現実を認められない岬は、東金の迷彩服の胸元をつかんで揺する。彼女が悪いわけではない。司の決断を東金が追認しなければ、自分たちが死んでいた。
だが、どうしても受け入れられなかった。愛おしい者が命を落とし、もう戻ることがないと。
東金は無言のまま、なんの弁解もしなかった。彼女なりに責任を感じているのだ。
が……。
『呼吸、心拍戻ります!』
『よし! いいぞ、まだいける! 処置を続けろ。とにかくあらゆる手段を試すぞ』
司の脈と呼吸が、にわかに回復する。
「司……助かったの……?」
岬たちは、ICUのガラスに顔をくっつける。良かったと思うよりも、まだ現実感がないのだ。
『あれ……? これはどういうことだ……?』
『なにがです……? あ……?』
医師や看護師たちの様子がおかしくなる。
医師のひとりがこちらに向かってくる。防護服のゴーグル越しでも、混乱しているのがわかる。インターホン越しに話しかけてくる。
『すみません、東金司令……ちょっとご相談が……』
「どうした? あなたでも手に負えないほどひどいのか?」
『いえ……そういうわけではなく……なんというか……』
医師は歯切れが悪かった。
「なんだ。はっきり言え」
業を煮やした東金が大声を出す。
『セクストランス症候群です。彼、いや彼女か……。性別転換を起こしました。申し訳ありませんが……私には専門外です……。誰かわかる医療関係者の支援が必要かと……』
医師が行った言葉の意味を、その場にいる全員がすぐには理解できなかった。
だが、やがてみな得心する。自分たちが女体化したときもこうだった。
高熱と咳で瀕死の状態から回復したとき、いや、一度死んで蘇生したとき、自分たちも女になっていたのだと。もう一度生まれたのだと。
不意に、岬の中でおぼろげだった記憶が蘇る。意識がほとんどなかったが、隔離されていた自分に司がキスをしてきたように覚えている。
「俺からウイルスをもらって……それが発症した……?」
素人考えだが、他に思い当たることはなかった。
そして、君津も無言のままそれを否定していない。
「一宮さん……来てくれる……?」
岬は君津によって、ICUの隣室に通される。ガラス張りになっていて、オペの様子が見学できるようになっている。
「これは混乱を防ぐために機密事項に指定されているけど、あなたたちには知る権利がありますから……」
君津が複数形で行った意味が、岬にはすぐわかる。部屋に見知った顔が入ってきたからだ。命、優輝、圭、そして連。
「あなたたちが助かったのは、抗血清のためじゃない。彼が口移しで直接抗体を送り込んだためだったの。その後、彼の抗体はあなたたちの体内で変化した。あなたたちの血を培養して、抗血清を作ることが可能になったってわけ」
「そんな……じゃあ……司があたしらにキスしたときに……抗体が効かないウイルスをもらって……」
命が両手で顔を覆う。自分がうつしてしまったウイルスで、司が苦しんでいるのかも知れない。
他の四人も同じ気持ちだった。
「苦しい決断だったが、彼自身が望んだ」
きれいで低めの声がした。一等陸佐の階級章をつけた、迷彩服の幹部自衛官が立っていた。胸の名札は、東金と読めた。
「そして私の責任で君たちへの処置を許可した。こうなることも予測の内。その上で」
彼女の声は、やむを得なかったのだという響きと、深い悔恨の両方を宿していた。
『心拍数上昇! 血圧二百を越えます!』
『抗ウイルス剤は!?』
『だめです! 効果ありません!』
ICU内部が急に騒がしくなる。
素人目にもわかった。司が危ないのだ。
『気道確保! このままじゃ呼吸困難を起こすぞ!』
『やっていますが……咳が止まりません……!』
『呼吸、脈拍停止します! このままでは……!』
心電図が平らになり、警告音が鳴り響く。
『呼吸補助と電気ショック! 急げ!』
『離れて!』
動かなくなった司の身体に、何度も電極が当てられる。だが、反応はない。
『ほら! 戻ってこい!』
看護師の努力をあざ笑うかのように、心肺停止の警告音は鳴り続ける。
「いやだ……。司が……そんなのうそだあああああああーーーーーーっ!」
岬が大きな声を上げ、ICUのガラスにすがりついて泣き叫ぶ。
「返して! 司を……司を返してよおおおおおーーーーー……!」
辛い現実を認められない岬は、東金の迷彩服の胸元をつかんで揺する。彼女が悪いわけではない。司の決断を東金が追認しなければ、自分たちが死んでいた。
だが、どうしても受け入れられなかった。愛おしい者が命を落とし、もう戻ることがないと。
東金は無言のまま、なんの弁解もしなかった。彼女なりに責任を感じているのだ。
が……。
『呼吸、心拍戻ります!』
『よし! いいぞ、まだいける! 処置を続けろ。とにかくあらゆる手段を試すぞ』
司の脈と呼吸が、にわかに回復する。
「司……助かったの……?」
岬たちは、ICUのガラスに顔をくっつける。良かったと思うよりも、まだ現実感がないのだ。
『あれ……? これはどういうことだ……?』
『なにがです……? あ……?』
医師や看護師たちの様子がおかしくなる。
医師のひとりがこちらに向かってくる。防護服のゴーグル越しでも、混乱しているのがわかる。インターホン越しに話しかけてくる。
『すみません、東金司令……ちょっとご相談が……』
「どうした? あなたでも手に負えないほどひどいのか?」
『いえ……そういうわけではなく……なんというか……』
医師は歯切れが悪かった。
「なんだ。はっきり言え」
業を煮やした東金が大声を出す。
『セクストランス症候群です。彼、いや彼女か……。性別転換を起こしました。申し訳ありませんが……私には専門外です……。誰かわかる医療関係者の支援が必要かと……』
医師が行った言葉の意味を、その場にいる全員がすぐには理解できなかった。
だが、やがてみな得心する。自分たちが女体化したときもこうだった。
高熱と咳で瀕死の状態から回復したとき、いや、一度死んで蘇生したとき、自分たちも女になっていたのだと。もう一度生まれたのだと。
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