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第2章:若殿奮闘編
10話
しおりを挟む話は、前年の1550年8月から始まります。
事の発端は、あやの父・内藤興盛からの密書でした。
『近々謀反がある。家督は亀童丸に継がせる』
手紙には短く、それだけが書かれていました。
あやちゃんはすぐ、この手紙を元就に見せました。
「隆元には?」
「まだ見せておりません。まずは大殿にと」
「さすがだ。それで良い」
良いのかよ。
いや、確かにそれで良いな。
「内藤さまから、より詳しい状況を聞き出してくれ」
しかし、事態は思ったよりも急を告げます。
1週間と空けず、陶くんから
『内藤たちと共謀して義隆を殺すので、毛利殿にも賛同して欲しい』
という、直々のオファーが届いたのです。
「……皆を集めよ」
ここに、緊急家族会議が開かれました。
参加者は元就、隆元、あや、元春、隆景の5名です。
-*-*-*-*-*-*-*-
「……以上が陶からの文の内容である。これを読む限り、主だった守護代は皆賛成しておるようだが……、あや殿、内藤様は何と仰せかな」
「何通か文のやりとりをしましたが、『太守様を隠居させるのが最善』と消極的な態度が伺えます。やはり、陶様が主導しての謀反であることに間違いはないかと」
「ひとつよろしいでしょうか」
デキる女・あやちゃんから詳細報告が入ったところで、デキる男・隆景くんから指摘が入ります。
「……義隆様を討って、亀童丸様を次のご当主にされるという話ですが、亀童丸様には良くないお噂がございますよね。その件については?」
晴持を失った大内家ですが、戦後、義隆には実子が生まれておりました。それが長男・亀童丸と、次男・亀鶴丸です。
が、この長男の方、良からぬ噂がありました。
亀童丸の母は貴族の出身で、もともとは義隆の妻に仕える身でしたが、晴持が死んだ後、割とタイミング良く妊娠します。
そのため「父親は別にいるのではないか」という噂が流れ、陶くんや、その政敵である相楽さんなどが、ゴシップの槍玉にあげられていました。
「……特に言及はございませんね。噂は父も存じていると思いますが、あまり重く見ていないということでしょうか」
「禍根の残る選択をするぐらいなら、よほど次男の亀鶴丸様の方が良いのではないですかね?」
ここで元春が口を挟みます。
次男・亀鶴丸の母は、あやちゃんの姉、つまり内藤先生の娘でした。
次男が家を継げば、内藤先生、あやちゃん、ひいては毛利家のランクが上がること間違いなしです。
「うーん……それなら、父がもっと積極的に関与すると思うのです。それにそんなことをすれば、主犯は誰が見ても内藤家になってしまいます。主家殺しの汚名を、父が被るとは思えません」
「なるほど……。あや殿の言う通りですな」
「ま、禍根が残るぐらいでちょうど良いのだ。世が乱れた方が、我らに機が巡ってくる」
「ということは、父上はこの謀反に荷担すると」
「ああ。陶からの書状には『謀反に荷担すれば、安芸国人衆の指揮権を認める』と書かれておる。今の義隆であれば討ちもらすことはあるまいし、ついて損はないだろう」
「私も同意見です」「私も」
と、隆景と元春は賛同を示しました。
あやちゃんは、チラッと隆元の顔を見ます。
ここまで全く発言していませんが、明らかに苦い顔をしています。
「……御当主様はいかがかな」
元就が、少しおどけて発言を促すと、
隆元はゆっくり口を開きました。
「……私は、太守様に御恩があります。まだ14の時に迎えていただき、我が子のように可愛がっていただきました。それは陶も同じはずです。なのに、殺してしまえというのは、その、」
「兄上。別に感想を求めているわけではございません。賛成か反対かを」
「……私は反対です。でも皆が賛成と言うなら、きっとそちらが正しいのだと思う。だから賛成でいい」
隆元は消え入るような声でそう言うと、再び押し黙ってしまいました。
見かねた元就が「よし、では賛成で」と話をまとめ、その場はお開きになりました。
隆景は明らかにイライラとした顔で、足音高く部屋を出ていきました。
-*-*-*-*-*-*-*-
「……ごめんなさい」
夫婦の寝室で、隆元はあやに頭を下げました。
「あれでは、あんな言い方では、当主として良くなかった。でも、あれしか出て来なかった」
「わかってますよ」
「……隆景、怒ってたね」
「頭の良い人は、皆が自分と同じ水準で物が考えられると思ってしまうのです。だから、それが出来ない人間を見るとイライラするのでしょうね」
「良いなあ、頭よくて」
「もう、あまり卑屈にならないで下さいよ」
あぐらをかく隆元を、あやちゃんは立て膝でぎゅーっと抱き締めました。
「……おつらかったですね」
泣いちゃいけない。
泣いちゃいけない。
そう思うほど、脳裏には山口での青春がよぎり、涙となって頬を伝います。思い出の数だけ、それはとめどなく続きました。
あやちゃんは何も言わず、時折頭を撫でながら、弱虫な旦那様を抱き締めてあげました。
-*-*-*-*-*-*-*-
1551年、陶隆房らは軍事クーデターを決行。
山口を占拠し、大内義隆を殺害します。
この一連の事件は、義隆自害の地にちなんで『大寧寺の変』と呼ばれています。
クーデターが起こるや否や、元就は安芸国中に手紙をバラ巻き、陶家支持を表明。
『陶家に仇なす者は成敗いたす』とか何とか言って敵対勢力を駆逐し、予定通り安芸をほぼ手中に収めます。やったぜ。
しかし、ひとつの誤算がありました。当初擁立する予定だった長男・亀童丸が、6歳の若さで自害してしまったのです。
しかも、後から調べると、どうも陶くんは最初から亀童丸を殺すつもりで動いたそうで──。
-*-*-*-*-*-*-*-
「話が違う!」
謀反後、初めて開かれた評定の場で、内藤先生は激怒しました。
「嫡子の亀童丸様を擁立するからこそ、我らの正統性が保てるという話ではないのか! これでは内外に示しがつかん!」
「亀童丸様のご出自に良からぬ噂があったのは内藤様もご存じでしょう。私が奥方と恋仲であるなどと……。これで噂が偽りだったとわかり、皆、私心のない謀反であることを理解されるでしょう」
「お主個人の風聞のために殺したと申すか! 御家の行く末をなんと心得る!」
まあまあ、と場を取り持ったのは、陶くんの盟友・弘中くんです。
謀反に際して、安芸から山口に帰還していました。
「しかし陶、次のご当主はどうするつもりだ」
「大友家の次男・晴英さまをお呼びする。大友と連携し、博多を抑えれば西の守りは万全。ま、すでに話はつけてある故、ご安心なされよ」
「だからどうして勝手に、ごほっ、ごほっ」
「内藤さま! 誰か、誰か水を!」
──陶くんは、新当主・晴英から一字をもらい、以降『陶晴賢(すえ・はるかた)』と名乗ります。
それは文字通り、大内義隆との決別を表していました。
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