毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介

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第2章:若殿奮闘編

9話

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 1549年、隆元はあやちゃんと結婚します。
 隆元26歳、あやちゃん22歳のことでした。

 毛利、内藤両家はもとより、吉川、小早川、弘中、天野も参加し、式は盛大に執り行われました。
 この時、内藤先生は隆元に、自分の使っていた鎧をプレゼントしたと言われています。

 盛り上がる親族席を余所に、
 当事者たちは微妙なぎこちなさを消化できないまま、結婚初夜を迎えました──。

 -*-*-*-*-*-*-*-

 「あの、」

 夫婦の寝室。
 2枚並んだ布団の上に腰を下ろしつつ、近くも遠くもない距離のまま、隆元は会話を切り出します。

 「……てっきり、晴持さまと結ばれたのかと思っておりました」

 「父もそのつもりだったみたいですよ。ただ、あんなことがありましたので」

 「ちなみに陶様とは、何も?」

 「陶様は今から10年も前にご結婚されてます。その時はまだ晴持様もご存命でしたので」

 「あ、そうでしたか」

 「…………」

 「ちなみに、陶様のこと好きでした?」

 「あのもうちょっと遠慮してもらえませんか」

 あやちゃんは背を向け、隆元との距離を開けます。
 恋愛ゲームで言うなら選択肢ミスです。

 「……まあ、確かに、陶さまのことは良いなと思ってました。はい。それは認めます」

 「認めるんですね……」

 「なんでヘコむんですか! 聞きたいんじゃなかったんですか!?」

 今度は隆元が背を向け、あやちゃんが振り向きます。
 そのまま少し沈黙があり、やがて隆元は絞り出すように、

 「……すいませんね、私なんかで」

 と呟きました。

 「……謝られても困ります」

 「でも、陶様みたいな人がいいって」

 「あの時は、という話です。幼い頃は皆、少しやんちゃな人に惹かれるものですから。それに、」

 「それに?」

 「……正直、今の陶様は危なっかしくて見ておれません。時折、父と何やら相談されていますが、漏れ聞こえてくるのは物騒な話ばかり。あんなことを続けていれば、そのうち身を滅ぼしてしまいます」

 よく見てるなあ。隆元は感心します。
 お前が見てなさすぎるんだ、という指摘はさておき。

 「ですから、私はこちらに来れて良かったと思ってます。今の不穏な西国において、もっとも確かな眼力を有しておられるのが元就様です。父はそれをわかって、私を毛利家に嫁に出してくれたのだと思います」

 「……やっぱり、父上はすごいんですね」

 「もちろん、隆元さまにも期待しておりますよ。昔から変わり者でしたが、行動力がおありでしたものね」

 「あや殿……」

 「あや、でいいですよ。夫婦なのですから」

 「えっと、じゃあ、今晩一緒に」

 「それはまだイヤ」

 元就は、あやちゃんをただのお嫁さんではなく、元春や隆景と同じ『一門衆(=家族会議の出席者)』として扱ったと言われています。これは『結婚=政略結婚』であった戦国時代においても、なかなか珍しいケースです。
 もちろん、あやちゃんの実家が守護代(=毛利家より格上)だったことも影響しておりますが、それ以上に、あやちゃん個人の才覚を評価していたのかも知れませんね。

 -*-*-*-*-*-*-*-

 さて、次話は一気に歴史が動くので、
 ここで当主となった隆元くんの仕事ぶりをご覧いただきましょう。
 といっても、基本的には帳簿にケチつけるだけですが……。

 「赤川さあ、ここの『山菜購入』ってあるじゃない」

 「はい。文字通り、山菜を買いましてございます」

 「これさあ、毎月同じ額払ってるけど、もうちょっと安くならないのかな」

 「あや様もお越しになったことですし、量を減らすわけには」

 「いやいや、例えば『向こう3年お前のとこから買い続けるから、代わりにちょっと安くして』って言ってみるとか」

 「な、なるほど……。しかし露骨に値切るというのは、その、武門の恥といいますか……。せっかく毛利家もどんどん大きくなってきたところですし」

 「だからこそ金が入り用なんじゃないか。店教えてくれれば、私ぷらっと交渉してきてやるぞ」

 「何をおっしゃいますか! 殿はもう若様ではありませんし、ここは山口でもないのですぞ!」

 と、こんな具合に、武士のプライドに囚われない財テクで、ちょっとずつ利益を増やしておりましたとさ。

 ──もし彼が、もっと平和な時代に生まれていれば、庄屋の主人か何かになって財を成したかもしれません。
 しかし時は戦国。平穏無事に生きることなど許されません。

 結婚して2年たった1551年、
 西日本を揺るがす大事件が起こるのでございます。
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