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第3章:厳島決戦編
8話
しおりを挟む1555年9月。
山口を出発した大内軍(陶軍)は、弘中くんの本拠地である岩国に入りました。安芸との国境にあり、厳島や佐東銀山は目と鼻の先です。
「……申し上げます。物見の報告によれば、厳島の兵は200前後。宮尾の砦は今まさに土塁を築いているような有り様とのことです」
「うむ、ご苦労であった。噂は本当のようだな」
本陣では、陶くん・弘中くんら首脳陣による評定が開かれておりました。議題は(厳島を含めた)進軍ルートの策定です。
厳島を攻めるか、迂回するか、攻めるにしても誰が攻めるか、侃々諤々の議論が続いておりました。
「ところで陶様。先日妙な文が届いたと小耳に挟んだのですが、」
「ああ、届いたぞ。隠すものではない故、ご覧にいれよう」
差出人は桂元澄。毛利家の家臣です。
中身を要約すると「そちらが厳島を攻めたのを合図に、私が吉田郡山を落としちゃいますよ」という感じで、いわゆる裏切りの提案でした。
「陶様、こちらどのように考えておられる」
「論ずるまでもない、ハッタリよ。我らを疑心暗鬼にさせ、厳島攻略を遅らせる──敵の狙いはむしろそこにあるのではないかと思うておる」
おお、と盛り上がる一同。
ちょっと知恵者っぽいところを見せられてご満悦な陶くんをよそに、弘中くんは不安げな顔をしていました。
「厳島を攻めるなら、村上水軍の臣従を取り付けてからにしたい。毛利側からも接触があったらしく、まだ態度を決めかねていると聞いたが」
「大方、条件を吊り上げようとしているのだろう。しかし、決めかねているならむしろ好都合。やつらが判断を下す前に、電撃的に厳島を落とせば良い」
「ということは、」
「ああ。厳島に兵を進める。指揮は私が取ろう」
沸き立つ本陣。
この数日後、陶軍は厳島に上陸します。
-*-*-*-*-*-*-*-
陶軍、上陸開始。
この報を受けて、毛利軍は佐東銀山まで出陣しました。
天野くんたち安芸・備後の国人衆たちも動員し、準備は万端です。
が、村上水軍は態度を保留したまま、依然姿を見せません。
厳島包囲戦の肝は村上水軍であり、そこが揃わないことには戦を始められません。とはいえ、厳島が陥落すれば、包囲作戦はそもそもおじゃんになってしまいます。
「遅い!!」
元就の苛立ちは、ピークを迎えておりました。
場を繕うのは次男の元春くんです。
「いま隆景が最後の直談判に向かっております! 弁舌巧みなヤツのことですから、必ずや村上を口説き落とすと、」
「今夜までに口説けなければ、川内警固衆だけで作戦を決行する! 厳島を制圧されては我らに勝ち目はない! 隆元たちにもそう伝えよ!」
「兄上でしたら、ちょうど川内の者らのところに向かったとか」
「お、船の手配か? 奴にしては気が回るでないか」
「いえ、なんでもこの間のお菓子の御礼を届けに」
「今行くなああああ!!」
えー、マイペースな隆元くんはさておき、視点を再び大内側に移します──。
-*-*-*-*-*-*-*-
9月末日。
その日、広島地方は朝から豪雨に見舞われていました。
「……止まんな」
陶くんと弘中くんは、ふたりきりで本陣にいました。
宮尾砦への総攻撃は雨で中止になり、若干暇を持てあましています。
「しかし、見た目より狭い島だな。陶、長居は無用だぞ」
「わかっておる。明日の夜は岩国に戻って、お主の屋敷で一杯やろうではないか」
「随分気楽な物言いだな。例えば今、敵に火をつけられれば、行き場のない我らは全員燃え殻になってしまう。それだけ切羽詰まった状況にあると、」
「今なら、火などこの雨ですぐ消えるのではないか」
「……あ、そうか」
しっかりしてくれ、と陶くんが笑います。
二人とも30歳を過ぎましたが、その間柄は10代の頃となんら変わりません。
「最近、後ろ向きな発言が目立つのではないか? 心配性なのは悪いことではないが、今の我らは大内の要。皆の士気を下げるような言い方はなるべく避けてくれんか」
「すまん、気をつけるよ。ただ相手が相手だからな」
「毛利隆元か」
違う違う、と弘中くんが笑います。
隆元くん、笑われてますよー。
「しかし、確かあやつ家督を継いだのだろう? であれば此度の大将も、厳密には隆元の方ではないか」
「実権は元就公が握ってるに決まっておるだろう。前に天野と3人で飲んだのだが、その時も『自分の仕事は金勘定ばかりだ』と言うておったぞ」
「ははは、適役だな………というか、3人で飲んだのか?」
「そんな顔するな! その時たまたま俺が安芸にいたからそうなったまでで、」
別に気にしてねーし。
拗ねがちな陶くんをなだめると、二人は一杯ずつ酒を飲み交わしました。
-*-*-*-*-*-*-*-
さて、男どもが出払った吉田郡山では、あやちゃんが一切を取り仕切っておりました。
志道のじいさん(御年84歳)に助言をもらいながら守備兵を配置し、普段なら隆元がやっていた書類も可能な限り処理し、どうしても判断が必要なものは手紙を出し……と、文武両面で仕事に終われておりました。
そんなあやちゃんが、夜、ひとりきりで寝室に戻ると、
隆元の机の近くのくずかごに、ぐしゃぐしゃになった下書きが捨てられているのを見つけました──。
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