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第3章:厳島決戦編
9話
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隆元が本陣に帰還したのは、その日の夕方でした。
相変わらず、雨が降りしきっております。
「遅い! だいたい、こんな時に土産を渡しに行く必要が、」
「地域の国人たちの支持を固めておくのは肝要なことにございますれば……、それに、舟を出す約束も取り付けておきました。雨が止み次第、すぐ出立できるそうです」
なんだ。きっちり仕事してんじゃん。
息子の成長が嬉しいやら、ストレスの捌け口がなくなったやらで、元就は微妙な表情をしております。
「ただ舟が足りないそうで、一度に全員は渡海できぬそうです。どうされます? 元春や天野くんたちを先に送りますか?」
「うむ……。まあ、基本はそれで良いがな、」
「ええ、細部については父上にお任せしますので、」
「お主はここに残れ」
「……はい?」
隆元、そして側にいた元春が、絶句します。
元就は床をトントン、と叩きながら、目をつぶって言葉を探しています。
「……村上が来るかわからぬ以上、此度の戦、必ず勝てるとは言い難い。であれば、当主であるお主は、万が一のために残った方が良かろう」
「え、嫌です」
「わがままを言うな。これも御家のためと、」
「そうではありません。皆が死に、私ひとり残ったとして、毛利の家が続くと思いますか? であればむしろ、私の首を使ってくださいよ」
私の首を。
そう言って、隆元は自分の首に、手刀を当てました。
「私、陶さまとあんまり仲良くなかったんで、私の首なら陶さまも溜飲が下がると思うんですよね、ははは。後はそれを土産に、必死に頭を下げれば、ねえ? 元春も隆景も優秀ですから、みすみす殺すようなことは」
ばちーーーん!!
半笑いの隆元の顔を、
元就の手のひらが、勢いよくひっ叩きました。
やけに長く感じる沈黙のあと、
「二度と左様なことを言うな!!」
と、元就の涙声が響きます。
「子の首を差し出してまで生き延びたい親がどこにおるか!! そんなことをすれば、わしは、わしは妙玖に何と詫びれば良いのだ!! 隆元!!」
隆元の目にも、自然と涙がにじみます。
父にぶたれたのは2度目です。しかし1度目とは違い、隆元は『自分が殴られた意味』を理解できる年齢になっていました。
当主ゆえに背負いすぎた荷が、元就の手によって弾き飛ばされたような気分です。
「良いか、此度の戦、誰も死なせぬ!! そのための策じゃ!! だからもうしばし時間を、」
「も、申し上げますっ!」
駆け込んできた国司さん、
何じゃ、と聞かれる前に要件を叫びます。
「ただいま隆景さまより早馬が! 村上が! 村上が来まあぁぁす!!」
村上が来る。
その言葉に、毛利陣は歓喜の声をあげます。
その晩、まるで神が計ったように、雨は止みました。
時刻は18時頃、毛利全軍は厳島に向けて渡海を開始しました──。
-*-*-*-*-*-*-*-
さて、なぜ村上水軍は毛利に味方したのか?
ここで少し時間を戻して、隆景の交渉シーンをお見せします。
「……なるほど、1日100貫か。しかし、大内殿からは『毎月400貫』と言われておる。毛利殿にもそれぐらいは払っていただかないと、」
村上水軍の担当者(村上ナントカさん)は、相変わらず渋い顔をしております。
もう時間がない。隆景は勝負に出ます。
「その、陶が提示した契約の中に『通行料の徴収権』は入っておりますか?」
その瞬間、村上さんの顔色がわずかに変わります。
かかった。隆景は畳み掛けます。
「大大名の大内のこと、きっと村上水軍全体を雇用し、通行料も大内に納めるように求めているのではないですか? そうなれば、色々と不自由になりましょうな」
「……他家の契約内容は、お話することは出来ませぬ」
「ええ、お話いただかなくても結構です。ただ我が殿・隆元は、通行料は今後永久に、村上家独自に徴収していただいて良いと申しておる。無論、帳簿に乗らない金の出入りも黙認いたす。400貫という見せかけの金額に騙されず、どちらがより村上家のためになるか、長い目で考えていただきたい」
その後、村上さんは「上と相談するから待ってくれ」と言って、奥の部屋へと消えていきました。
隆景がひとつ息をつくと、一緒に交渉に来ていた児玉さんという部下が、
「……しかし、殿もまた思いきった策に出ましたね。これじゃ臣従でもなんでもないですよ」
と、額の汗を拭います。
「あの顔を見るに、兄上の策は正解だったのであろう。さすが、銭勘定がお得意なだけはある」
「ちなみに、この件大殿には」
「ああ、話してない。兄上が全責任を持つと申しておった」
「それはそれは……怒られましょうなあ」
「なーに、我らが心配することではあるまい」
そう言うと、要領のいい三男坊はニヤリと笑いました。
相談を終えた村上ナントカさんが戻ってきたのは、それから間もなくのことでした──。
-*-*-*-*-*-*-*-
さて、時間を戻しましょう。
厳島は、いわゆる厳島神社がある一帯を除けば、ほとんどが山です。
元就、隆元、元春の率いる本隊は、島東側の包ヶ浦に到着。そこから一晩かけて山を登り降りし、大鳥居近くの陶軍本陣を目指しました。
一方、別行動の隆景は、自らの水軍を率いて、宮尾砦の近くに堂々と着陣。砦の周りには当然、陶軍の先鋒隊が息巻いておるのですが、
「筑前から加勢に参った。明日朝にでも陶様にお目通し願いたい」
と、嘘をつき、まんまと敵陣中央に乗り込むことに成功します。やるぅ。
大船団を率いた村上水軍は、島を取り囲むように舟を並べ、毛利本隊からの合図を待ちます。
「──かかれっ!!」
元春を先鋒とする毛利勢が、陶軍本陣を急襲したのは、日付変わった10月1日早朝のことでした。
相変わらず、雨が降りしきっております。
「遅い! だいたい、こんな時に土産を渡しに行く必要が、」
「地域の国人たちの支持を固めておくのは肝要なことにございますれば……、それに、舟を出す約束も取り付けておきました。雨が止み次第、すぐ出立できるそうです」
なんだ。きっちり仕事してんじゃん。
息子の成長が嬉しいやら、ストレスの捌け口がなくなったやらで、元就は微妙な表情をしております。
「ただ舟が足りないそうで、一度に全員は渡海できぬそうです。どうされます? 元春や天野くんたちを先に送りますか?」
「うむ……。まあ、基本はそれで良いがな、」
「ええ、細部については父上にお任せしますので、」
「お主はここに残れ」
「……はい?」
隆元、そして側にいた元春が、絶句します。
元就は床をトントン、と叩きながら、目をつぶって言葉を探しています。
「……村上が来るかわからぬ以上、此度の戦、必ず勝てるとは言い難い。であれば、当主であるお主は、万が一のために残った方が良かろう」
「え、嫌です」
「わがままを言うな。これも御家のためと、」
「そうではありません。皆が死に、私ひとり残ったとして、毛利の家が続くと思いますか? であればむしろ、私の首を使ってくださいよ」
私の首を。
そう言って、隆元は自分の首に、手刀を当てました。
「私、陶さまとあんまり仲良くなかったんで、私の首なら陶さまも溜飲が下がると思うんですよね、ははは。後はそれを土産に、必死に頭を下げれば、ねえ? 元春も隆景も優秀ですから、みすみす殺すようなことは」
ばちーーーん!!
半笑いの隆元の顔を、
元就の手のひらが、勢いよくひっ叩きました。
やけに長く感じる沈黙のあと、
「二度と左様なことを言うな!!」
と、元就の涙声が響きます。
「子の首を差し出してまで生き延びたい親がどこにおるか!! そんなことをすれば、わしは、わしは妙玖に何と詫びれば良いのだ!! 隆元!!」
隆元の目にも、自然と涙がにじみます。
父にぶたれたのは2度目です。しかし1度目とは違い、隆元は『自分が殴られた意味』を理解できる年齢になっていました。
当主ゆえに背負いすぎた荷が、元就の手によって弾き飛ばされたような気分です。
「良いか、此度の戦、誰も死なせぬ!! そのための策じゃ!! だからもうしばし時間を、」
「も、申し上げますっ!」
駆け込んできた国司さん、
何じゃ、と聞かれる前に要件を叫びます。
「ただいま隆景さまより早馬が! 村上が! 村上が来まあぁぁす!!」
村上が来る。
その言葉に、毛利陣は歓喜の声をあげます。
その晩、まるで神が計ったように、雨は止みました。
時刻は18時頃、毛利全軍は厳島に向けて渡海を開始しました──。
-*-*-*-*-*-*-*-
さて、なぜ村上水軍は毛利に味方したのか?
ここで少し時間を戻して、隆景の交渉シーンをお見せします。
「……なるほど、1日100貫か。しかし、大内殿からは『毎月400貫』と言われておる。毛利殿にもそれぐらいは払っていただかないと、」
村上水軍の担当者(村上ナントカさん)は、相変わらず渋い顔をしております。
もう時間がない。隆景は勝負に出ます。
「その、陶が提示した契約の中に『通行料の徴収権』は入っておりますか?」
その瞬間、村上さんの顔色がわずかに変わります。
かかった。隆景は畳み掛けます。
「大大名の大内のこと、きっと村上水軍全体を雇用し、通行料も大内に納めるように求めているのではないですか? そうなれば、色々と不自由になりましょうな」
「……他家の契約内容は、お話することは出来ませぬ」
「ええ、お話いただかなくても結構です。ただ我が殿・隆元は、通行料は今後永久に、村上家独自に徴収していただいて良いと申しておる。無論、帳簿に乗らない金の出入りも黙認いたす。400貫という見せかけの金額に騙されず、どちらがより村上家のためになるか、長い目で考えていただきたい」
その後、村上さんは「上と相談するから待ってくれ」と言って、奥の部屋へと消えていきました。
隆景がひとつ息をつくと、一緒に交渉に来ていた児玉さんという部下が、
「……しかし、殿もまた思いきった策に出ましたね。これじゃ臣従でもなんでもないですよ」
と、額の汗を拭います。
「あの顔を見るに、兄上の策は正解だったのであろう。さすが、銭勘定がお得意なだけはある」
「ちなみに、この件大殿には」
「ああ、話してない。兄上が全責任を持つと申しておった」
「それはそれは……怒られましょうなあ」
「なーに、我らが心配することではあるまい」
そう言うと、要領のいい三男坊はニヤリと笑いました。
相談を終えた村上ナントカさんが戻ってきたのは、それから間もなくのことでした──。
-*-*-*-*-*-*-*-
さて、時間を戻しましょう。
厳島は、いわゆる厳島神社がある一帯を除けば、ほとんどが山です。
元就、隆元、元春の率いる本隊は、島東側の包ヶ浦に到着。そこから一晩かけて山を登り降りし、大鳥居近くの陶軍本陣を目指しました。
一方、別行動の隆景は、自らの水軍を率いて、宮尾砦の近くに堂々と着陣。砦の周りには当然、陶軍の先鋒隊が息巻いておるのですが、
「筑前から加勢に参った。明日朝にでも陶様にお目通し願いたい」
と、嘘をつき、まんまと敵陣中央に乗り込むことに成功します。やるぅ。
大船団を率いた村上水軍は、島を取り囲むように舟を並べ、毛利本隊からの合図を待ちます。
「──かかれっ!!」
元春を先鋒とする毛利勢が、陶軍本陣を急襲したのは、日付変わった10月1日早朝のことでした。
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