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第3章:厳島決戦編
7話
しおりを挟む数日後、また家族会議が召集されました。
ただし今日の議長は隆景くんです。
「決戦は、厳島にございます」
目的は、陶を打ち破る作戦についての提案です。
絵地図を広げながら、淀みない口調でプレゼンを進めていきます。
「厳島は海運の要所、安芸を攻めるなら避けては通れぬ場所です。しかし全軍で停泊するには狭く、陶や弘中の本隊のみが立ち寄る可能性が高い。ここを叩けば、数的不利を覆すことが出来ます」
しかし、と口を挟んだのは元春です。
戦となれば彼も一家言を持っています。
「陶が厳島に来たとして、我らの奇襲に気付いて逃げ出したらどうする? 体制を立て直されれば、我らに勝機はなくなるのではないか」
「ご安心を。我らが攻めかかると同時に、村上水軍に島を包囲させます。やつらを島に閉じ込めてしまえば、討ち漏らすことはございませぬ」
「なるほど! それは名案であるな」
あ、ちなみに隆元はボーッとしております。
戦術なんて最初から口を出す気はありません。
一方、隆景も隆景で、兄ちゃんなど眼中にありません。
大事なのは、元就が何と言うかです。
元就は地図を眺めながら数秒思案すると、
「……妙案であるが、まだ弱いな」
と、つぶやきました。
腹に来る重いひとことに、隆景はごくりとつばを飲みこみます。
「確かに、厳島を無視することはあるまい。しかし陶らの本隊が厳島に出向くかはわからん。そちらは別動隊に任せ、陸路でやってくる可能性もあろう」
「厳島神社は大内家に縁があります。先の尼子攻めでも、ここ吉田での合戦の折りも、必ず首脳陣が厳島に立ち寄って祈祷をあげています。それ故、此度も立ち寄る可能性が高いと」
「陶の信心に賭けるというのか?」
「はい」
「主家を討った男が、今さら神仏に頼ると思うか?」
──隆景は、何も言い返せませんでした。
天才とはいえ彼もまだ20歳。部隊指揮官としての経験はあっても、家の存亡をかけた戦いなどはじめてのことです。
とはいえ、末っ子(本当はもっと子供いますが)に甘くなるのも親の常。元就も厳しく叱責するつもりはありません。なので「隆元、」と話題を変えます。
「お主が陶なら、何と言われれば厳島に行く?」
「『毎月200貫やる』と言われたら考えます」
「カッカッカ、よい答えじゃ。『利がある』と思えば人は動く。そのためには餌を撒く必要があろう。殿なら銭だが、陶なら何であろうな」
隆景はうつむき、言葉を探します。
隆元も元春も、三男坊の顔を不安げに覗き込みました。
しかし、隆元はすぐ目を離します。
理由は簡単です。
「……大内家の棟梁たる『箔』でしょうか」
これは答えに辿り着いた顔だ、とわかったからです。
「自分をよく思わないものが多いのは、陶もわかっているはずです。であれば、その感情を刺激してやればよい。厳島に行くことがやつの評価に繋がるなら、上陸せざるを得ないでしょう」
「して、具体的には?」
「厳島には、宮尾城という、城とは名ばかりの砦がございます。ここを我らが先に占拠し、こう噂を流します。『いま宮尾を攻められれば、1日と持たない』と──。さすれば陶は自ら兵を進めましょう。何故なら『勝てる』からです」
元就の頬に、少しずつ笑みがにじみます。
それがわかったのか、隆景は勢いよく続けます。
「尼子攻めに失敗し、吉見との戦も結局は痛み分け。現体制下での武功に乏しい陶にとって『要所・厳島を陥した』という実績は、喉から手が出るほど欲しいはず。それを餌に、やつらを釣り上げるのでございます!」
「うむ、乗った! それで行こう!」
隆景が「ははっ!」と意気揚々、頭を下げます。
結局、元就は全部わかっていて、隆景を試していたのかな……などと邪推しますが、隆元には関係のないことです。
「しかしそうなると、村上水軍がこの戦の肝であるな。調略は順調なのか」
「すでに『1日だけ臣従する代わりに100貫』で打診し、好感触を得ております。正式な返答はまだですが、」
「え、え、ひゃく!?」
関係出てきました。急に。
「100貫出して良いなんて言ってないよ! まぁ1日きりなら出せなくはないけどさ、だいぶ切り詰めないと」
「出せるなら出して下さい。陶の手のものが接触しているという噂もある故、条件面で妥協するわけには行きませぬ」
そこから、元就と隆景(と時々元春)で、作戦の詰め作業が行われていきました。
隆元はほぼ何も聞かず、頭の中のそろばんを弾いております。100貫出せないことはないけれど……、単純に金額の問題ではなく、もっと根本的なところに引っ掛かかりを感じ始めておりました。
と、そこに。
「さ、皆様そろそろ休憩に致しませぬかー?」
声の大きい国司さんが、自ら茶菓子を持ってやってきました。
後ろにはあやちゃんと、女中さんたちの姿もあります。
「こちら、川内警固衆からの上納品にございます。なんでも珍しい西洋菓子だそうで」
「へえ、佐東銀山で西洋菓子なんて買えるんだ」
「兄上。お言葉ですが、これは略奪品だと思いますよ」
略奪品──というと聞こえが悪いですが、海賊たちは自分の縄張りを通る船から『通行料』を取っていました。ただ通行料さえ支払えば航海の安全は約束されるため、払う側にとっても多少利のある話ではありました。
「はあ、なるほどね。だから『足りないぐらいでちょうどいい』わけだ。奪う楽しみがなくなっちゃうから」
「何の話です?」
こっちの話だよ、と返そうとして、隆元は言葉につまりました。
そしてしばらく思案すると、
「隆景、ちょっといいかな」
と、弟を部屋の外に連れ出しました──。
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