毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介

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第3章:厳島決戦編

最終話

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 「お勤め、ご苦労様でございました」

 「ごくろーさまでございました!」

 幸鶴丸はこの時4歳。ちょっと見ない間に言葉もしゃべれるようになり、隆元の目尻も下がりっ放しです。

 「父が留守の間は、ちゃんと稽古しておったか?」

 「はい! しーさまにとっくんしていただきました!」

 「しーさま?」

 「志道さま、と言いたいのでございます」

 志道広良、御年90歳。半ばコメディリリーフのように使ってきたこの老将も、ついに最期を迎えます。
 吉田郡山に凱旋した元就たちを見て、「これで御家は安泰!」と叫ぶと、その後は緩やかに衰弱していったと言われています。

 「さ、じじ様のところにご挨拶に行くぞ。孫の笑顔は何よりの戦勝祝いで……ん? ここ、袖のところ、糸がほつれていないか?」

 「大変失礼しました。すぐ別の着物に」

 あやちゃんが合図をすると、女中さんたちが幸鶴丸をバタバタとお着替えルームに運んでいきました。

 そして残されたのは、
 微妙に言葉につまってしまう夫婦ふたりです。

 「……その、よければ、」

 「ん?」 

 あやちゃんが、とんとん、と自分の太ももを叩きます。
 「じゃ、じゃあ……」と、隆元は少し迷って、あやちゃんの膝に頭を乗せました。
 
 「……幸鶴丸が戻ってくるまでですよ」

 「どうしたの? 妙に優しいような」

 「お疲れかなあ、と思いまして」

 「いやー、出来る奥方で僕ァ幸せだなあ」

 なんて軽口を言い終わると、ふたりの間に若干の静寂が流れます。それが何秒間が続いたあと、

 「……戦のあと、陶くんの首を見たんだけどさ、」

 と、隆元が寝言のようにつぶやきました。

 「一歩間違えたら自分がああなってたのかと思うと、途端に怖くなってさ。家族のためなら死んでもいい、って思ってたんだけど、いざ『死』を目の前にすると、『もっと生きてたい』『幸鶴丸やあやの顔が見たい』って、不覚にも身が震えて……ダメな当主だよ、まったく」

 「それで良いのではないですか?」

 「え?」

 「死は武士の誉れ、なんて言えるのは名もなき家のものだけです。御当主様には、この家のものたちを養う義務がおありなのですから、何が何でも元気に働いてもらわねばなりません」

 「……なるほどねぇ、御当主様は死んじゃダメなのか」

 「当たり前でしょう。今や毛利は安芸、備後、周防、長門の4か国を支配下に置いているのですから、」

 「やめてやめて、胃が痛くなるから」

 そう言うと、隆元に笑みがこぼれます。
 こんな風に自然に笑えたのは、何年ぶりのことでしょうか。

 「……でも、思ったより元気そうで安堵いたしました。さ、膝枕はおしまいです」

 「え、まだ幸鶴丸が戻ってきてないし、」

 「ご自分の命を粗末にされるつもりがないのであれば、甘やかす道理はございません。あんな人騒がせな手紙書いて、心配したんですからね、まったく」

 「手紙?」

 「恵心和尚に宛てた手紙ですよ」

 それは、厳島合戦前に、あやちゃんが見つけてしまった例の手紙です。
 実はこの手紙、現存しております。仲のいい和尚さんに宛てた手紙で、内容はというと、

 『今日の毛利の繁栄があるのは全て父のおかげだ』
 『これだけ領土が広がったのは、蝋燭が消える直前に火が大きくなると同じだ。どうせ自分の代で火を消してしまうのだ』
 『とはいえ、来世の安寧のためになるべくベストは尽くしたい』

 みたいな、くっっそネガティブなものでした。
 こんなものを合戦前に見つけたあやちゃんの心境たるや、もう気が気でなかったことでしょう。

 「……下書きとはいえ、盗み見たのは申し訳なく思っています。すいません。でも私としては、」

 「あ、いいよ、別に」

 「え」

 「晴持さまからの手紙、教えてくれたじゃない? あれでおあいこだよ。むしろ、余計な心配かけてごめんね? あの時だいぶ追い詰められててさあ、」

 「………もう平気ですか?」

 「うーん、もうちょっと膝枕が必要かなあ」

 なーんてイチャイチャしているところに、
 「御免!」と隆景が飛び込んできました。

 「うわあああっ! ちょっと! 急に開けないでよ!」

 「村上水軍の件、父上に知れました! だいぶご立腹の様子なので、急ぎ弁解に!」

 例の通行料放棄の件、とうとう元就にバレました。
 村上水軍から「この度は勝利おめでとうございます、通行料まで認めていただいてサンキューでーす」みたいな御礼状が届いたのが、きっかけのようです。

 「わかった、今いくよ。あや、」

 「ええ、心得ております。後で幸鶴丸をつれてお助けに参ります故、」

 「ありがとう! じゃあ、それまで持ちこたえないと」

 「別にご自分で説得されてもよいのですよ?」

 そんな才能、私にあるわけないじゃないか。
 隆元は少し寂しそうに微笑みます。

 「……でも、才能なんかなくたっていいんだ。色んな人の力を借りて生きればいい。当主の仕事は『あなたを頼りにしてる』って言うことだから」

 ──その日、吉田郡山城には、久々に賑やかな声が響き渡りました。

 「なぜ事前に相談しなかった!」
 「だって相談したら怒るじゃないですか!」
 「そんなもの理由になるかあああ!」

 それはまるで、春の幻のような、一時の平穏でした。


 完
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