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破壊工作

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 四 工作員

 十月中旬、福島県広野町。

 秋に入っても、福島は暖かい日が続いている。
 例年にはそろそろ、山間部から紅葉の便りが聞こえてくる頃合いだったが、
今年はその気配が見られなかった。
 広野町には大規模施設、東京電力広野火力発電所がある。
 その発電能力は原発に匹敵する規模を誇っていた。
 太平洋に面した発電所の北側岸壁に、岩沢海岸と言う海水浴場が隣り合っていた。
 既に避難指示が解除され、閉鎖されていた海水浴場も人の出入りが自由になっている。
この辺りの海岸線は切り立った崖の連続で、その切れ目に火力発電所などの施設や
海岸が開けていた。
 季節外れとも言える、岩沢海水浴場の早朝。
 普段は人影の無いはずの海岸に、一台の黒いバンが停まっていた。
 一人の男が海岸に立ち、鉛色の海を見つめている。
(お、あれか……。来たな)

 強い風が暗い海に、大きな波を作っていた。
 曇り空の下にある遠い波間に、黒い人の頭のようなものが浮かんでいた。
波に揺られ、その黒いものが上下している。
 溺れている? そんな様子はなかった。
 しばらく様子を観ていると、黒いものが三つに増えていた。
(全員、そろったな)
 突然、三つの影が波間に立ち上がる。
(お、来る)
 三つの影はサーフボードに乗って、軽快に波を横切って行く。
 やがて海岸に着いた三人は、ボードを抱え波に脚を取られながら、
待ち受けた男の前に集まってきた。

 ウエットスーツを身に付けた三人は、直立の姿勢で迎えの男の前に整列しだした。
「おい、整列なんか止めろ。まぁ良い、ご苦労! 良く来た。そのままで良いから、
車に乗ってくれ」
「橋本さん、出迎え、有難うございます。予定通り、なんとか無事に着くことができました。
息苦しい潜水艦から抜け出せて、生きかえった気がします」
 橋本と呼ばれた男は、用意したタオルを渡しながら、
「車の中に暖かいものを用意してある、まずはボードを持って乗ってくれ。
サーフィンの練習をする連中が来る恐れがある」
 三人の男たちは車の後部にボードを収納すると、作業着に着替えそれぞれ座席に
納まった。

 橋本は、改めて三人を見回し、
「日本の監視網をかい潜って、よく無事に辿りつけたもんだ。予定は聞かされていたが、
正直言って半信半疑だったよ。太平洋岸に辿り着けるとは驚いた。
中国海軍もやるもんだな」
 日本海側は北朝鮮工作船の警戒が厳しく、ある意味太平洋岸は盲点と言えた。
「日本海軍に探知されないよう、中国の廃材運搬船の真下に、潜航して付いて
来たんですよ。時間は掛りましたが、こんなに上手く行くとは、思いませんでした。
えらい窮屈な思いはしましたがね」
 男たちの顔には疲労が色濃く浮かんでいたが、安どの色があった。
「おまけに見つかっても言い訳が効くように、サーフィンでの登場とは恐れ入ったよ。
合川、あそこまで上手くなるには、大変だったろう」
 合川と呼ばれた男は、苦笑していた。

「今日はこのまま宿舎に案内する。歓迎らしいことは出来ないが、飯と風呂を用意して
ある。普通の日本人もいるが、それなりに振舞ってくれ。言葉遣いには充分注意して
くれよ」
「普通の日本人って、どんな連中ですか?」
「原発の作業員だよ。一応先輩だから、それなりに敬意を払えよ」
「了解です。俺たちはいつから原発に入れるんですか?」
「三日後に入構教育を二日間受けて、それからだ。お前たちの戸籍や免許証などは、
すべてそろっている。判っているとは思うが、問題は起こすなよ。
従順な日本人として、ちゃんと振舞うんだぞ」
 男たちの表情には、皮肉な笑顔が浮かんでいる。
「従順な日本人ですね。了解です、任せてください。イチエフって言うんですか? 
一体どんな状況なんです? 任務とは言え、放射能を浴びるのはゾッとしませんからね」
「そんな心配は無用だ。1Fでおかしくなった奴などおらん。放射能は、俺たちの国
なんかより、ある意味ちゃんと管理されているから問題は何もない。安心しろ」

 言われたことを理解した様子も無い三人に対し、
「俺たちの国じゃあ放射能なんかより、はるかに危険な状況があるだろう。将軍様の
意向に沿えない軍人は、すべて粛清されるのだからな。仲間同士の監視の目があるし、
密告もある。日本の原発に居る方が、はるかに安全だよ」
「……」
 橋本の言い様に、三人は目を丸くする。
「ここに政治局員は居ないのだから、安心して思ったことを言っても構わんぞ。
今回の作戦は命令だからやむを得ず遂行するが、二度とこんなバカな真似はしたくない」
 合川が疑心暗鬼の顔で咎める
「本気でそんなこと言っているのですか? 
反逆罪に問われます、どう言うつもりなんです?」
「俺は、本気だ。いずれ判る」



 一週間後、1F敷地内の休憩所。

 まんまと原発の作業員になった、四人の姿があった。
「凄いとこですね、ここは。原発があんなにぶっ壊れているとは思いませんでした。
よく持ちましたね、あんな爆発があって」
 彼らの入った現場は、三号機の原子炉建屋に隣接する、放射性廃棄物処理建屋
(ラドビル)だった。内部の状態は酷く、雨が降ると雨漏りがすると言う異様な
環境で、乱雑とした内部は線量の高い場所が多かった。
「そうだな……奇跡と言っても良いかも知れん。死者や病的レベルの被爆者が居ないと
言うのが、信じられんよ。日本にしてみたら幸運以外、なにものでも無かったろう」
「まさしくそうですね。働いてみて初めて実感できました」

「原発のセキュリティは一見厳重そうですが、作業員として入る分にはノーチェックに
等しいですね。一体どうなっているんでしょう。テロとかまったく考えていないように
見えますよ。それに日本のヤクザみたいな連中も働いていますよね」
「そうだな、確かに甘い。刺青を入れた人間が、普通に働いているのには俺も驚いた。
放射能を恐れて人が集まらない、そう言うことなのかも知れんな。作業員の身辺調査
なんて、して無いんだろう」
「作業員のチェックも静脈の生体認証だけで、登録すればそれでOKですし、
手荷物検査もそんなに厳しく無いですから」
「日本風の性善説なんだろう。俺たちには有難いが」
 彼らは発覚を恐れ、事前に戸籍まで取得し綿密に準備していた。

「ただ入退域の手続きの煩雑さには閉口しますね。あんなに面倒なものとは思いません
でした。移動するたびに靴カバーを捨てたり、マスクや手袋を捨てるんですから、
驚きました。それも新品を」
 リーダー格の男が頷きながら、
「そうだ、俺も覚えるのに苦労したよ。作業員のチェックと、放射線被ばくの防止と
言うことなのだろうが、使い捨てるモノの多さには俺も驚いた。将軍様の国では
あり得んからな」
「そうです、国で捨てられているのは、モノじゃなくて人間ですから。老いた幹部など
一人も居なくなりました。だからと言って風通しが良くなった訳でも無く、余計モノを
言えなくなりましたよね」
 徐々に橋本に感化された合川は、本音を話すようになっていた。

「国では何百万の人間が飢えているのに、飽食って言うんですか? 日本の贅沢さ
加減には、呆れますね。だいたい餓死なんてのは、人間として最低の死に方ですから、
それを許す政治体制なんて存在して良いモンじゃないですよ」
「もう、その辺にしておけ」
「ハイ。ところで、俺たちがいる場所は随分と乱雑な場所ですが、他も似たような
モノなんですか? あれじゃぁ、どんなモノを持ち込んでも気づかれることは
無い気がします」
「他の場所は2号機しか行ったことがないが、ここほど酷くはなかったよ。
ここは爆発の規模が大きかった、その影響だろう。少しづつ持ち込んだブツは必要量に
達したから、もうじき決行できる」
 ブツとはC4と言われる、粘土状のプラスティック爆弾だった。

「しかし、ここで再び大災厄とも言える事故を起こして、なんの意味があるのか、
正気の沙汰とは思えません。なんだかんだ言っても将軍様は、日本好きだと思って
いたんですがね」
「どうも中国との関係で、この作戦が生まれたらしい。人民解放軍の偉いさんの要請に
応じた、そう言う話を聴いている」
「あの釣魚島事件の報復、そう言うことですか」
「恐らくそう言うことだ。俺たち軍人は、命令に従うしかない……正直言って乗り気は
しないがな」
 原発構内での実働時間は、準備の時間を入れても二~三時間が良い所だ。
被ばく線量に制限があり、高線量の場所で長時間働くことは適わないからだ。
原子炉建屋内の作業などでは、実際の作業時間が五分と言う場所さえある。
「ここは放射能さえ気にしなければ、天国みたいなところですね。実働時間は少ないし、
作業自体も体力がいると言うこともありません。全面マスクさえ慣れれば、楽勝です」
 通勤時間を除外して、正規の拘束時間は約九時間あり、その殆どは待機時間か、
二~三時間早く帰ることで消化される。
待機時間に人員チェックが入ることは無く、そのまま現場で工作することが可能だった。

 彼らは福島第一原発にある、共用プールの破壊を命じられていた。
現在、1Fの一号機から六号機で保管されていた燃料棒は、一旦共用プールに移され
保管されていた。安全を考慮し順次、乾式貯蔵キャスクを保管する仮施設に移動する
作業も続けられている。しかし、原子炉燃料プールからの取り出し作業が大幅に
遅れたため、全ての移動は間に合っていなかった。
「共用プールの構造は調べ上げている。その弱点もな。要は水が全てと言うことだ。
水で冷やされている限り、燃料棒は安定し放射線も防ぐことが出来ている」
「水を失くせば事は済む、そう言うことですね。一旦漏れ出せば、汚染が酷くて人は
近づけない。つまり修復は出来ない、最悪の事態を防ぐことは不可能と言うこと
ですか……」
 合川の言葉に橋本が頷いて見せる。
 冷却し続けることでしか安定を保てない燃料棒は、事故後の処理では最優先の課題
でもあった。
 プールが機能せず冷却不能な核燃料は、再び臨界を迎え暴走することになってしまう。
圧力容器も格納容器も無い状態で、燃料棒が制御不能に陥れば発熱により、再臨界を
迎えてしまう。その被害はメルトダウンどころの比では無くなる。
 北日本一帯は無住の地と化してしまう恐れがあった。



 その日の深夜、広野町にある作業員宿舎。

 宿舎の相部屋で、橋本達四人が打ち合わせをしていた。
「決行は明日とする。作業用のパテとして少しづつ持ち込んだC4は、既に25kgも
貯まった。雷管もボルトに紛れ込ませてある」
「C4は中操の部屋裏にある、水溜りの中ですね」
「ああ、そうだ。作業期間はどこにでも資材が乱雑に置かれているので、水溜り等気に
する人間などいやしないからな」
 橋本は苦笑いしながら、話を続ける。
「明日の作業終了後全員でC4と雷管を回収し、共用プールまで運び込む。
仕掛けはお前と二人でする。二人は帰って、待機時間に俺たちが疑われないよう、
繕っておいてくれ」
「了解しました!」
 三人が声を揃える。
「プールの水が抜けたら修復しようにも汚染が酷く、誰もプールに近づくことは出来ない。
核燃料の暴走を止めることは誰にも出来なくなる」
「日本は、日本の半分は終わりですね」
「ああ」
 橋本が暗い声で応えた。

「なにか勿体ないですね、こんな豊かな国を壊すのは」
「ああ、そうだな。この国は豊かだ。アジアでは最高の部類に入ると言えるだろう。
国政も安定し、民主主義が定着している」
「敗戦国がなんでこんなに成れたんですかね。不思議です。我が国と比較すると、
悲しい位の差があります。天国と地獄、そう言っても良いでしょう。我々は戦勝国の
仲間の筈なのに……」
「おい、その辺にしとけ。海外とは言えここに、政治局員は居ないので問題は無いが、
そう言う言葉を重ねていると、いつか転ぶ羽目に陥るぞ。気を付けろ」
「仰る通りです。気を付けます」
 橋本に感化され、誰もが本音を話すようになっていた。
 海外の事情を知る彼らに、心底、今の体制を受け入れる気持ちが生じるわけが無い。
粛清に次ぐ粛清で老いた革命で世代は一掃されていた。身内とて安心できるような
状況ではない。キム王朝の圧政は酷さを増し、命がけの脱北者が増えるばかりだった。

「計画の成否に拘わらず俺たちは、三日後には日本を脱出する。燃料プールが
破壊されれば、こんな所にいられる事態ではなくなるからな。近場の人間は真っ先に
逃げ出すしかない。俺たちもそれに乗じて、痕跡を残すことなく帰国する」
「成功したら避難に紛れて、失踪すると言うことですね」
 三人がそろって頷く。
「いずれ福島全県はおろか、東北全体も避難することになるだろう。
日本は終わりだな……」
「国に帰れば、俺たちは英雄になるんでしょうね。公にする訳にはいかないにしても、
沢山の勲章と快適な住宅ですか」
「それは確かだろう。しかしそんなモノ貰ってもな……」
 全員が暗い表情をしていた。



 二日後・1F構内。

 管理区域内(被ばく・汚染の恐れがある区域)には、たまにパトロール等があっても、
特別に施設を警備する人間などは存在しない。
 四人は白の防護服タイベックの上に、同じようなタイラックを重ねて着込んだ、
完全装備だった。全面マスクを装着すると、一見誰が誰なのか認識するのは難しい。
 四人でC4と雷管をラドビルから共用プールまで運び込んだ後、
「よし、お前たちは登録センターへ先に帰ってくれ。三十分程度で事は済む。
その間俺たちが怪しまれることが無いよう、上手くやってくれよ」
「三十分の遅れなんて、誰も気にしませんよ。任せて下さい」
 構内での作業班は移動用の車別に行動する。全体が乗り切れない場合、作業員の
帰りが前後するのに何の不思議もない。作業の内容は事前に想像が付き、充分に計画し
予定を立てることが可能だった。
「後はお任せします」


 橋本たち二人は辺りを警戒しながらも、共用プールの壁に張り付いて、C4火薬をセットしていた。
「俺が見張りに立ちます。あとは橋本さん、お願いします」
「おお、頼むぞ。あとは任せてくれ」
 そう言ってから橋本は、手袋を外し素手になった。
 手袋は白の綿手袋の上に、ゴム手袋を三重にはめている。汚染物の付着を防御する
ためだ。
 細かい作業など出来るものでは無い。
 見つかればそのこと自体が、問題にされた。
「よし、これで済んだ。時間は今夜きっかり零時にセットしてある。
原発の強度がいかに強靭であっても、壁は確実にひび割れる」
 そう言って橋本は手袋をはめ直した。
「ひび割れて汚染された水が漏れ出したら、手の付けようがありませんね。
複雑な気持ちです」
「俺も同じだよ。暴露されたら間違いなく、『人道に対する罪』として追及される事に
なるな。やり切れん……」
「引き揚げましょう。みんなが待ってます」
「そうだな、怪しまれない内に戻ろう」

 登録センターで個人が持つ二つのAPD(個人線量計)の数値を報告し、
終業ミーティングまでの間待機になる。
 百人部屋と言われる大部屋で、先に帰った二人は何事も無かったように、
笑顔を向けて寄越した。
「お疲れでした。遅かったですね」
「ああ、ちょっと忘れ物をしたので」
 周囲に聞こえるように、当たり障りのない話をする。
 四人が自然と集まる形で、声を落とす。
「どうでした?」
「ああ、上手くやったよ」
「なにか複雑な気持ちですね」
「ああ」
 六時半にはミーティングが始まり、その日の業務報告と作業に対する意見交換がされる。
「本日はこれで終了します。お疲れ様でした」
 ミーティングは十分も掛らず終了し、ざわめきの中解散した。
 帰りの車の中では、誰もが無言だった。



 翌日午前一時近く・広野町作業員宿舎。

 橋本の部屋に四人が集まって、音量を落としたTVの前でモニターを見つめていた。
 勤務は午前十一時過ぎに出勤の為、宿舎では起きている者も多かった。この時間まで
酒盛りを続けている人間も、少なからずいる。
 橋本の部屋では誰も言葉を発することなく、固唾を呑んで画面を見続けていた。。
 突然、画面の上部に臨時ニュースのテロップが流れだした。
『福島第一原子力発電所で大きな爆発事故が発生した模様。詳細が判り次第、
番組を切り替えて放送します』
「とうとうやりましたね。喜んで良いのか判りませんが……」
「ああ、証拠となるようなモノは残すなよ。『あわてて逃げた』と言う形で、
避難に紛れて逃走する。準備だけはしておけ」
「了解です」

 NHKの番組が切り替わる。
「臨時ニュースを申し上げます。本日午前零時頃、福島第一原子力発電所において、
大規模な爆発があったとのことです。詳細については判っていませんが、爆発の現場は
核燃料を格納している、構内に設置された共用燃料プール付近と思われます。
詳しい状況は判っていません。内閣ではNSCが招集された模様です」
 隣に座る解説委員に向かい、
「山口さん、この爆発いったいどう言うことだと思われますか?」
「そうですね。まだ詳細が判らないので何とも言えませんが、大きな爆発と言うこと
ですから、テロの可能性も否定できないと思われます。今の原発構内に大規模な爆発を
引き起こす要因は、あり得ませんので、爆発が大きいと言うことなら、テロの可能性も
充分考慮すべきと思われます」
 ニュースに進展は無く、爆発の事実だけが繰り返されていた。

「ただ今、NSCからの情報が入りました。テロです。これは共用プールを狙った、
テロとの見解が発表された模様です。山口さん、テロと言うことでしたら、
何を狙ったものでしょうか?」
「爆発の原因がテロに因るものなら、共用プールを狙った理由は想像が付きます。
もし、共用プールが破壊され水が洩れてて無くなれば、メルトダウンの比では無い
甚大な被害が予想されます」
「いったいどう言うことですか?」
「おそらく第一原発には数千本の核燃料棒がある筈です。
これらが冷却機能を失った場合、予想されるのは****」
「もう良い、宿舎の全員を起こして廻れ。全員に避難準備させるんだ。
今日は福島全体が、大混乱に陥る筈だ」
 今日まで一緒に働いた作業員を、犠牲にする気にはなれなかった。 
橋本は複雑な思いを隠しきれなかった。



 翌日午前一時過ぎ・NSC会議室。

 石葉総理を始め殆どのNSCスタッフが、緊急招集に応じていた。
「この件は、私の方から説明させていただきます」
 そう言って立ち上がったのは、『海神』の部長、大町だった。
「原発は本来通産省の管轄ですが、皆さんご存知の廃炉作業で使われるロボットの
オペレーターは、私どものスタッフであります。これは彼らからの情報になります。
爆発現場は放射線の線量が高く、現在人が近づける状態ではありません」
「何故テロだと言い切れる」
 石葉が声を上げた。
「現状第一原発に、この規模の爆発を招くモノは存在しません。
ご覧ください、これが現場の映像です」
 モニターに映し出されたものは、鳥形ドローンによるものだった。
 爆発の痕跡が生々しい建物には、大きな亀裂が生じていた。
漏れ出したと思われるプールの水で、周囲は水浸しの状況にあった。

「この映像が、当初確認されたモノです。恐らく使用されたと思われるモノは、
C4を使ったプラスティック爆弾と思われます。プールの側壁が損傷し、
亀裂から汚染水が漏れ出しているのが見えます。線量が高すぎて現状では、
人間が近づくことは不可能です」
「一体どこの誰が、こんな卑劣な真似をしたと言うのだ」
 石葉の声は怒りに震えていた。
「申し訳ありませんが、我々の情報網に引っ掛かったものはありません。
可能性としては、北朝鮮、ISなどイスラム過激派が考えられますが。
次の映像をご覧ください」
 次に移された映像には、三体のロボットが亀裂部分に何かを詰め込み、
必死に抑えている様子が映されていた。

「ロボットが居なかったら、どうなっていたんだ?」
 石葉が不快な表情を隠さず問う、
「恐らく、最悪の事態になっていたかと」
「許されんぞ、こんなテロ。何がなんでも、真相を暴いてくれ」
「仰る通りです。幸いなことに現在、汚染水の漏えいは止まっています。
プールの水も補てんされ、冷温状態に異常はありません。今は応急処置ですが、
今日中には他のロボットを加え、本格的な修復を開始できる予定です。
汚染水の除染も可能ですから、いずれにしても大事に至ることはありません」
「ふー!」
 会場に声にならない、大きなため息が漏れた。
 当然のことながら集まったスタッフは全員、核燃料プールが損壊することの意味を
理解していた。

「そうか、良くやってくれた。あとは犯人探し、そう言うことだな。その辺の見込みを
聞かせてくれ」
「今の所、中国に目立った動きはありません。北朝鮮も確認できた情報も無いのです。
しかしISはともかく、中国や北朝鮮が関与したものであれば、いずれ真相は明らかに
なると思われます」
「どう言うことなのだ?」
「我々の組織は秘密事項であっても、大きな動きには対応できます。しかし、工作機関
レベルになると数的に対応出来ません。ただ、このような大事は、必ず上に報告が
上がりますから、我々の情報網から外れることは、無いと考えています」
 石葉は笑いながら、
「ふ~ん、そう言うことか。君は少数精鋭が信条だからな。
どうだ、もう少し人員を増やして、日本全体を守ってくれんか」
「総理。今はそんな話題を出して良い状況では無いでしょう」

 石葉は苦笑いして、
「そうだったな。ところで犯人像は、どんなものを考えている」
「これは間違いなく、原発構内作業員として紛れ込んだ、工作員の仕業です。
可能性としてはアジア人、その辺が妥当なところでしょう。原発は我々の守備範囲では
無いので、残念ながら破壊工作を防ぐことは出来ませんでした」
「我が国は、まだまだ甘い、そう言うことか……」
 大町は続ける。
「急に居なくなった作業員を特定するのは、容易なことだと思われます。油断してまともなルートで
出国するようなら、警察による逮捕は可能です。既に警察庁に作業員リストは渡してありますので。工作員でそんな間抜けは、居ないとは思いますが」



 同日・新宿歌舞伎町・雑居ビルのペントハウス

 薄暗い照明の部屋に、福島の四人が集まっていた。
「上手く行かなかったな。それに正規に出国するのは難しくなった。同胞を頼って、
他の手段を考えるしかない」
「恐らく作業員の中で逃げ出したのは、我々だけでしょうから特定されるのは、
時間の問題ですね。顔写真までバレテいるのですから、辛いところです」
「その辺はパク・テファン、変装すればなんの問題も無い。
俺たちの専門分野じゃないか」
 パク・テファンは合川の本名だった。
「そうですね。でも、キム・ガァンチョル同志。上手く行かなかったと仰いますが、
我々の作戦は計画通り成し遂げたのです。日本の技術が我々を上回っていた、
そう言うことにすぎません」
 キム・ガァンチョル、リーダー橋本の本名だ。

 キムは甘い期待は持っていなかった。
「確かにその通りだ。しかし微妙だな。将軍様がどのように判断するかは、
誰にも判らない。
 だがな、俺は失敗して良かったと思っている。国の半分を壊滅させる、そんなことが
あって良いわけが無い。そう思わんか?」
「私もそう思います。それとロボットの存在は既知の事実なのに、過小評価していた、
そう言うことなのでしょうね。我々には想像も付かない技術です」
「もう、日本に追いつくのは無理なのかもしれんな。国に残した家族の心配が無い奴は、
逃げても構わんぞ。帰ってからの処遇は、微妙だと思っていた方が良い。
我が国は全て結果論の世界だからな」
「そんな……」

 キムは三人を見回して、
「遠慮は要らん。俺は俺で別な事を考えている。気にせんでも構わんぞ。
帰っても良いこと等、ありはしないからな」
「……」
「俺は逃げない。作戦の成否に拘わらず、俺は日本の官憲に捕まる積りだった。
捕まって、全てを明らかにする」
「えー、どう言うことです? 本気ですか?」
「ああ、本気だ。俺は世界に向かって、金一族の非道を明らかにする。
作戦が成功すれば我が国は報復を受けるだろうし、失敗しても世界を敵に回さざる得ない。
国を変えるにはこれしかない、俺はそう考えて、この任務を引き受けたのだ」
「……」
 三人は必死に考え込んでいるようだった。
「自分は同志について行きます。一人身ですので、なにが起きても怖くありません。
最後まで、ご一緒させて下さい」
 パク・テファンがそう言って訴えた。
「自分たちも一緒です!」
 残りの二人も同様に叫ぶ。

 翌日・同じビルの一部屋

「何故でしょう? ニュースになりませんね。もう我々の存在は判明している筈です。
テロリストとして、手配している筈なのに」
「そうだな、なにか作戦があるのだろう。包囲網は狭まっているのかも知れない。
みんな、これだけは言っておく。絶対自決などするんじゃないぞ。
捕まる時は抵抗するな。捕虜になって国の惨状を訴えれば良い。日本じゃ虐待など
されないから、チャンスだ」
 その時だ、軽くドアをたたく音がした。
 一瞬で部屋が静まり返る。
「追っ手か? 同胞の訳はないな。テロに加担したなんて疑われるわけにはいかない。
おい、テファン。ドアを開けろ、静かにな。みんな良いな、抵抗するんじゃないぞ」
 四人は身構えて、入り口を見つめていた。

 開いたドアの前に立っていたのは、松本を従えた大町だった。
 しばらくの間、沈黙のにらみ合いが続いていた。
 大町は、悠然と部屋の中に入り、空いていた椅子に腰かける。
「皆さんの話は、全て聴かせてもらいました。
抵抗はしない、そう言うことで良いですね。みなさんと話し合いをしたいと思い、
出向いて来ました。私は、NSCの大町と言います」
 大町の言葉で、その場の空気が少し緩む。
「私は、キム・ガァンチォルです。破壊工作の指揮を執っていました。
さすが日本の諜報組織ですね。これほど早く我々に到達するとは、
思いもよりませんでした。変装も役に立たなかった、そう言うことですか。
話し合いとは、何がご希望なのでしょう?」
「街角の至る所にカメラが設置されているのは、お判りでしょう? 
あれの『顔認証システム』を使いました。変装は役に立ちません」
 キムが頷く。

 大町が顔を引き締めて、
「あなたちがした事は、人間として許されることではありません。当然ながら、
引き起こされる惨事を知った上での行為……そうなのでしょう? 違いますか?」
「仰る通りです。あれは、万死に値する行為です。人の命が大事にされない世界に、
染まり過ぎていたようです。どう言う風に処断されても、不満はありません。
出来るならば、責任者である自分一人に責任を負わせて頂けると有り難い、
そうは思いますが」
「残念です……しかも勝手な言い分ですね。万死に値する、その通りです。
いずれにしても、あなたたちには知り得る全ての情報を開示して貰わなくては
なりません。協力、いただけますね?」
 全員が頷く。
「無論です。知っていることは全てお話します」
 尋問場所を『海神』に移し、聴取は延々と続いた。
 その後、四人の処遇が明らかにされることはなかった。

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現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

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