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kabutoの危機
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五 日本海海戦
日本海中央部にある大和海嶺。
その水深千M地点に、『海亀3』が鎮座していた。
光の全く届かない海底。その漆黒の闇に溶け込んだ海亀の巨体は、音の無い世界を
威圧するような存在感に満ちていた。
既に『海亀』は『子亀1・2』を放出してあった。二機の『子亀』は海嶺の頂頭部、
大和堆(やまとたい)に到達し、各々十数機の偵察用カブトを海上に展開させている。
海上に到達したカブトたちは尾を立て、互いに連携するように捜索範囲を広げていく。
薄い雲が広がり光を抑えた海面の波高は、1mと落ち着いていた。
今回の出動は、事前に定点監視用カブトが不審船の情報を告げたことによる、
偵察行動だった。
放出されたカブトにより洋上で確認できたのは、米国海軍のフリゲート艦三隻が
遊弋する姿だった。
「日本海にアメリカの艦船って、どう言うことすか?
艦名からして第七艦隊所属の船ですよね」
『子亀2』のオペレーター・伸二が、訝しげに声を上げる。
市ヶ谷の『海神』にあるゲーセンでは、操縦装置に身体を収めた三人の
オペレーターが任務に就いていた。子亀を操るリーダーの富井正樹ことトミー、
No.2の笹井伸二、親亀を操る辻耕治ことガッチャの三名だ。
松本二尉が伸二に応えて、
「三隻のフリゲートか……。何かあるなこれは。北朝鮮のミサイル発射や核実験の
予定はないし、おかしいぞ」
モニターの大画面には三隻の艦船が映っている。
大町が防衛省に、問い合わせていた。
「日本海に三隻のフリゲート艦がいます。米軍からなにか事前の連絡はあったので
しょうか? ロシアか北朝鮮に特別な動きでもあるのですか?」
諜報関係では、実質的に『海神』が防衛省の上位にあった。
大町の元上司、海棠一佐の管轄下にある、防衛省所有の監視衛星が把握した情報の
説明があった。
「そんな話は聞いてない。我々も米海軍の動きは補足しているが、事前の連絡はないんだ。
同じ海域に、ロシアの巡洋艦と思われる二隻と、大型のトロール船が二隻向っている。
多分これも漁船と思われるが、別方向からも同海域に向け、大型の船がもう一隻南
下している。何かあるぞ、これは。詳しい状況が判明したら、当方への連絡を
忘れないでくれよ」
大町は明確に拒否する。
「海棠さん、それは出来ませんね。ことアメリカに関して言えば、防衛省は俺達に
とって、二重スパイのようなもんですからね。海棠さんは、知らない方がよいでしょう」
事実上日本の海上防衛軍は、第七艦隊の指揮下にある、と言って良い存在だった。
「そう言うな。おまえたちのせいで、最近、米軍とギクシャクして立場がないんだ。
一応同盟国だからな。」
大町達の動きを秘匿することで、防衛省と米軍との信頼関係は揺らいでいた。
「なにを言ってるんですか。立場が良くなるってことは、俺達の情報が米軍に
筒抜けになるってことでしょう。諦めてもらうしかありません。全体の国益を
忘れないで下さい」
大町の物言いはハッキリしていた。
「そう言われちゃ、身も蓋もないな。いずれにしても、慎重にやってくれ。
提供できる情報は随時出してやるからな」
「お願いします」
通信を切ろうとする大町に、
「あ、待て。ロシアのネタが上がってきた。二隻は太平洋艦隊所属の、対潜部隊だな。
正式には第44対潜艦旅団と言って、古臭い装備を持っているやつだ。
『アドミラル・ヴィノグラードフとパンテレーエフ』、なにか舌を噛みそうだ。
以上の二艦だ」
「対潜部隊ですか。狙いはカブトって事ですね」
「そうだな……それしか無いだろう。このまま進むと米海軍のフリゲートと
合流するのは、時間の問題だ。何を企んでるのか……」
「米ロ共同作戦ですか。……前代未聞、聞いたことありませんね。
『お手並み拝見』って言いたいところですが、彼らに何が出来るのか、検討してみます」
「ああ、気を付けろよ。慎重にな」
◆
数時間後・『海神』ゲーセン。
操縦スーツを装着した、オペレーターが呑気な声で笑っている。
「お、ロシア船と米軍の艦艇が一緒になりました。どう言うことですか、なんか
共同作戦でも考えているんでしょうかね。米露釣り大会なんかだったりして、ははは」
大町の顔が歪んでいる。
「ばか、これは俺達が標的だ。判らんのか」
大町の声は緊張していた。
「そんなこと言って、捕捉できないものを、どうやって標的にしようってんですか?」
小亀やカブトは、ステルス仕様なので発見される恐れは無く、オペレーターは、
あくまで呑気に構えている。
洋上で合流した、米ロ両軍の交信が傍受されていた。
「ダンカン中佐、お招きいただき有難うございます。なにせ老朽艦なもので船足が遅く、
大分お待たせしたようですな。ご要望の装備は用意できましたので、
後は打ち合わせ通りと言うことです」
「シロノビッチ艦長、招待をお受け頂き、有難うございます。我が軍には保有する
装備が無いため、貴軍に協力頂き、感謝致します」
「トロール船は、既にスタンバイです。
流し網の船もパーティには充分間に合いますので、当方はいつでもOKです」
盗聴を前提に話しているのだろう……米ロ両者の会話には、バカっ丁寧な挨拶に
終始していた。
「了解しました。ではそろそろ『ショータイム』と言うことで」
大町の声は、緊張感に満ちていた。
「これまでの経過から、艦船が集まれば、俺達が寄って来るってことが判ったんだろうな。
トロール船で中層から海底迄を曳く、流し網で表層を曳く、三隻のロシア漁船はそれが
目的だろう。広範囲に網を掛ける、考えたもんだな。放っておくと何機かのカブトを
持って行かれる恐れがあるぞ」
トミーたちの顔つきも引き締まる。
「じゃぁ、とりあえず漁船を無力化してやりますよ」
しかしトミーたちは、あくまでも軽い感じで危機感はない。
「そうだな、同盟国の軍艦を無力化するなんて、あとあと禍根を残しそうだからな。
まず、漁船をやってくれ。その前に『子亀』を退避させろ。大至急だ。」
突然、米軍のフリゲートが全速で動き出す。
「わ! なんだ、なにをするつもりだ!?」
若いオペレーターが狼狽して、思わず大声を挙げた。
その時だ。
フリゲートの後部ランチャーから、ヘッジホッグが投擲され始めた。
ヘッジホッグは、一投擲で二十四の爆雷をばら撒くことができる、第二次大戦の
優れモノの対潜兵器だ。
全速で展開するフリゲートが、辺り構わずと言う様子で、無数とも思える、
爆雷をばら撒いている。
「ショータイムって、これか!」
一方のロシア対潜部隊は、何も行動を起こさず、静観している。
「うおー!」
オペレーターが泣きそうな歓声を絞り出す。
米露の艦艇が投下した爆雷が、次々と海に沈んでいった。今では過去の遺物として
忘れられていた兵器が、目の前で蘇ったのだ。
一帯には二十数機もの『カブト』が展開している。
「カブトが危ないぞ!」
誰かの悲鳴のような叫びが上がる。
「ばーか、ヘッジホッグなんて、カブトには何の効果もねぇって。
あれは標的にぶつかって初めて爆発して、全弾が誘爆するって仕組みだから、
空振りで三振アウトって事だよ」
軍事オタクを自認する、伸二が解説してみせる。
ヘッジホッグを見て、大町には敵の作戦が判りかけた。
「ばかやろー、米ロが揃って、そんなに間抜けな真似をするわけないだろう。
海域から至急カブトを退避させろ!」
静観していたロシアの軍艦が、二隻揃って旧式の爆雷を投下し出した。
それは海中に没すると直ぐに爆発し、その下にばら撒かれた
ヘッジホッグを、次々と誘爆させることに成功する。
海域一面に爆発音が響き渡り、いたるところで泡混じりの衝撃波頭が立ち上って行く。
米ロ艦船のランチャーからは、間断なく爆雷が投擲され続けている。
見渡す限りの広い海面全てが、気泡で真っ白になっていた。
「間に合わん。カブトを自沈させろ。急げ!」
大町が声を上げる。
監視用カブトの映像は、全てフェードアウトしてしまう。
「だめです。全てのカブトのコントロールが効きません!」
オペレーターの声が甲高くなっている。
大町は黙り込んで、白く濁ったモニターを見つめていた。
「やるもんだな……。とにかく、カブトに自壊信号を流し続けろ」
もはやこれまでと、早々に大町はカブトに見切りをつける。
「やはりだめです、海が撹拌されている上、加えてジャミングが入ってます。
カブトの自律行動に任せるしかありません」
一時間後、爆雷による攻撃がやむと、一隻の漁船が網を入れ始めた。
とりあえず、表層を浚おうとしているに違いない。
爆発が納まった海に長大な漁網が流されていく。
「あ、あー、カブトがヤバイ……」
伸二の呻くようなつぶやきが聞こえる。
認識の甘さだったのだろう、『海亀』と『子亀』の防御方法にしか目が向いて
いなかった。カブトは発射された『弾丸』程度のイメージしか持てないでいたのだ。
表層を曳いた魚網には、壊れかけた三機の『カブト1』が引っかかっていた。
遠方にあるカブトの監視映像から、その様子が垣間見えた。
大町はため息をつく。
「ふ、やられたな。今回のことは教訓にするしかない。今後の対策は、皆で考えよう」
しかし騒ぎは、それで終わりではなかった。
「た、大変です、大町さん! 子亀1が制御不能になっています。子亀を敵の手に
渡すわけには行きません。どうしましょうか?」
子亀1のオペレーター、トミーの悲痛な声が上がる。
「とんでもない深々度をカバーする起爆設定を行った、そう言うことか……。
爆発数からして、爆雷はすべて投下したはずだ。向こうさんには、これ以上使える
兵器はない筈だ。もうじき底引き網の投入も始まるだろう。
なんとしても、子亀は守らなくては」
「どうしましょう。大町さん、どうすれば良いんですか?」
大町の声は落ち着いていた。
「やむを得ん、危険だが親亀を投入して、子亀1を回収しよう。ステルス性が失われた
子亀を、敵の目に晒すわけにはいかんからな」
「了解しました。早急に親亀を呼び寄せ、底引きが始まる前になんとか回収作業に
入ります。おい、ガッチャ、頼んだぞ」
「ラジャー! ようやく出番っすね。任せてくらせぇ!」
親亀のオペ、ガッチャが大声で応える。
「おい、慎重にやってくれよ。これで親亀も、なんてことになったら、
目も当てられないからな」
トミーの声は平静を取り戻す
「そうだぞガッチャ、確実にやってくれ。カブトやカメは俺たちの生命線も
同然だからな」
大町の声にガッチャも、緊張の顔つきで頷いた。
米露の作戦行動は、それだけで済んだわけでは無かった。
海中に浮遊させてあるカブトが、何かの金属反応を捉える。
「わ! なんだこいつら」
『子亀』同様、三百m近い深々度の海底に、沈底していたのだろう。
伸二のゴーグルに突然、二隻の原子力潜水艦が、その巨大な姿を現し視界を塞いでいく。
世界最速を誇る、ロシアのアルファ型原潜レッドウルフと米海軍最強と言われる、
シーウルフ級原潜コネチカット。共に攻撃型の原子力潜水艦だった。
前例のない米ロの攻撃型原子力潜水艦による、共同作戦だ。
「クッソー! 米ロの攻撃型原潜ってどういうことだ? こいつらいったい
なにするもりなんだ?」
両艦とも、ケーブルにつけたソナーのようなものを曳いている。
両国が周到に準備したのだろう、同じ装備を使用していた。
「どう言うんですか、あれ? 親亀や子亀の存在がバレタわけではないですよね」
伸二が戸惑っていた。
「そんなことはない。ソナーじゃないな、あれは。何種類かレンズが付いているように
見える。どんなセンサーにも掛らないので、目視でなんとかしようってことじゃないか」
「馬鹿ですね、あいつら。ステルス仕様の『亀』やカブトを見つけられるわけが
ないのに」
日本のステルス技術は、目標物を目の前にしても、視認出来ないというレベルの
ものだった。
大町の顔が曇る
「馬鹿はお前だ。子亀が大変な事態と言うのに、いったい何を考えているんだ。
次々危うい場面に遭遇したからと言って、するべきことを忘れるな、しっかりしろ!」
伸二が頭を掻きながら
「すんません部長、驚きの連続で子亀1を忘れてました」
母船や子亀のオペレーター二人が必死になって、行方不明になった子亀1の捜索を
開始する。手持ちのカブトも新たに放出し、慎重に海底の捜索を続けるも、
いたずらに時が経過していく。
「えー?! なんだぁ。部長ぉ、事態は深刻と言うか、これは手に負えないかも
しれませんぜ」
伸二の訴えに、大町が反応する。
「なんだ、一体どうしたと言うんだ?」
「コントロール不能の子亀1は、どうもステルス機能が生きているようなんですよ。
このままでは探しようがありません」
「なんだって? そうか……意外な盲点だな、それは。
まさか自分たちにも制御できない事態があるとはな」
「どうします?」
「そうだな、まずは漁船か……亀の形状からして底引きに引っ掛かるとは思えん。
トロールを妨害したら、海底に守るべき存在があることがばれるしな。当面、
放って置くしかない」
「原潜はどうします?」
「二隻の原潜も排除しないと、こちらも身動きが取れん。漁船は良いとして問題は
原潜か。どうすればよい……」
トミーが意気込んで応える
「任せてください。爆雷で驚かしてくれたお礼を、返してやりますよ。
こんなこともあろうかと、用意していたものがあります」
「なんだ、用意したものって」
大町の問いかけを無視して、
「おい、伸二。あれを出せよ」
「アイ・アイ・サー!」
そう言われた、伸二が新たなカブトを放出した。
二機のカブトが原潜に向って、ゆっくりと進んで行く。
二隻の潜水艦に辿り着いたカブトは、船橋に張り付いて爪のようなものを立てていた。
「おお~しっ!」
二人のオペレーターの声が弾んでいる。
そしてカブトは、おもむろに大音量の音楽を流し始めた。
大町は若者の遊び心に不安になる。
「おい、あんまり同盟国相手にやりすぎるなよ」
伸二がボリュームのダイアルをひねる。
「キム! ジョン・イル! チャン! グ~ン~!!」
北朝鮮の『キムジョンイル将軍を称える歌』の大合唱が、両艦の内部に響き渡っ
ていった。
シーウルフの艦内は割れんばかりの合唱で溢れ、力強くリズムを刻む歌は、
乗組員の鼓膜を破らんばかりに鳴り続けている。
「な、なんだ、この歌は? たまらん!」
キャプテンをはじめ、ほとんどの乗組員が耳を塞いでいた。
「こ、これは朝鮮語じゃないでしょうか」
大声で応える船員の顔は、苦痛に歪んでいる。逃れようのない艦内に、
執拗で耳をつんざくような合唱が溢れ返っている。
「いったい音源はどこなんだ? 誰か、なんとか出来んのか、この音を!」
キャプテンの顔が苦痛に歪んでいる。
とてもその場に居続ける状況ではなかった。
「退避しろ! 早急にだ」
キャプテンが声を張り上げる
二隻の原子力潜水艦は逃げるように、その場から脱出していった。
しかも遠ざかるに従い、音量は小さくなる。
「判っているな! 音が発生した最初の座標を記録しろ。そこが今回の攻撃の発生地点、
敵の拠点の筈だ」
大町が笑っている。
「おい、なんで、北朝鮮の歌なんだ?」
伸二も笑っていた。
「ほんのジョークですよ。きっと連中も混乱するでしょう。もうひとつ、工事現場の
杭打ち機の音源もあったんですけどね、それじゃあ、味もそっけもないし、
あまりにもかわいそうなんで」
二十分後、キムジョンイル将軍カブトは自沈した。
「とりあえず俺たちも回収は諦めて、撤収しよう。見張りのカブトを忘れるな。
ステルスが切れた時に素早く子亀を回収しなくては、ならんからな」
お粗末なことに、味方をも欺くステルス機能に、なす術もないと言う情けない
結末になった。
◆
一週間後、米国ペンタゴンの作戦会議室。
そこには、国防省の主要メンバーと海軍の将官が集まっていた。
みなが中央の机の上に置かれた、三つの黒い物体に目を奪われている。
机上に置かれているのは三機のカブトの抜け殻だった。
DIAの日本支部長のジェンキンスが口を開く。
「中身は空っぽだが、こいつの素材、炭素繊維の技術はあきらかに日本のものだ。
見事と言うか美しくさえあるな」
確かに炭素繊維に関しては、日本の技術が世界の最先端をいっていた。
米国を含め他国にこのような技術があるとは、とうてい思えなかった。
「しかし、こいつの動力はどうなっているんだ?
この空洞部分から抜け落ちているのは、例の炭素繊維と硬化剤、それとエンジン部分と
言うことになるんだろう。カブトか……なにがなんでも、完体品を見たいもんだ」
この計画を立案したジェンキンスには、大きな不満があった。
協力を仰いだロシアに、成果の殆どを持っていかれたからだ。
「ところで、ロシアは何と言って来てる? 彼らの方が多くのブツを回収したのだろう
からな。詳しいデータは来てないの?」
「漁船の様子から十機以上のブツを確保したと思われますが、
六機しか捕獲出来なかったと言い張っています。
形としては、公平に、半分を分けて貰ったことになっています」
「シロノビッチと言ったか? あの艦長、フザケタ野郎だ。調べたら、あいつは軍人
なんかじゃ無かった。KGBの高級幹部だったよ。 いずれにしても、
対日工作を立て直さなくてはならんな」
カブトの全容解明には、ほど遠い結果になっていた。
カブトを持ち込んだ、技術士官が反論する。
「この物体の正確な解析は、まだ出来ておりません。日本と決めつけるには、
早すぎると思います。スパイ天国と言われる日本の技術が、盗まれたということかも
知れません。北朝鮮の弾道ミサイルの部品の多くは、日本の秋葉原で調達した
ものですからね。
この部品の一部には、ハングル文字も書かれています。
それにあれです、潜水艦に流された歌の問題もありますし」
「ばかもの! わざわざ自分の正体を明らかにする奴が、いると思うのか?
話にならん」
技術士官も負けてはいない。
「それこそ、それも逆転の発想かもしれませんよ」
呆れかえったジェンキンスは、愚にも付かない論争を諦めて、
「わかった、わかった、もう良い。いずれにしても、殺傷能力が無い兵器が、
兵器以上の効果を発揮するなんて、どうなっている。
攻撃兵器を持たないモノにやられるなんぞ、許されんことだ。
空洞部分に何が入っていたのか、引き続き調べてくれ」
「これだけでは、全容の解明は難しいので、もう少しサンプルが欲しいところです。
引き続きロシアに、今後も海域での、トロール船による底引き作業を要請しています」
「そうだな、残念だがロシアに協力して貰うしかない。ロシアもこれを見て、
涎を流していたからな。
こちらの技術情報と引換に、協力を引き出すしかない」
日本側でも、二十機以上のカブトの行方と子亀1が確認できていなかった。
確認できなかったカブトは、深海に沈んだものと思われるが、放置された子亀1の
問題が残ることになる。
親亀や子亀には自壊装置が無く、捕獲されればすべての技術が解明される恐れがあった。
「形状からして底引き網に引っ掛かるとも思えんが、万が一を考える必要がある……。
いずれにしてもステルスが生きている間は、俺たちにも捜索は難しい。漁船が去ったら
一帯にカブトを張り付けて置くしかない」
「見つけたらどうします?」
「向こうの監視も厳しいだろうから、回収は難しいだろう。
爆破して放棄するしかないだろう」
大町にとっては、苦渋の選択だった。
カブトもそうだが親子の亀も含め、搭載するモノの仕様を変更すれば、
類例のない強力な攻撃兵器に転用することも可能なのだ。
これら技術情報の秘匿は、『海神』にとって最大の命題だった。
日本に対する米国の疑惑は、一層深まって行く事になる。
◆
一週間後・『海神』作戦会議室
ロシアはカブトに関する、全てに近い技術情報を解明していた。
日本海の米ロ共同作戦で捕獲したカブトには、二体の完体品が混じっていたためだ。
自壊装置が間に合わなかったものだろう。
解明したと言っても、同じものが作れると言う意味では無い。
本体の素材になっている炭素繊維などは、日本独自の技術であり、その種の産業の
すそ野が無い限り、生産出来るものでは無いからだ。
彼らが特に興味を示したのは、カブトのエンジン部分、動力の仕組み、
その仕様全般についてだった。
最初のコンタクトは、KGBから『海神』へのメールだった。
メールのやり取りの後、直接電話を掛けて寄越した。
「ご存知かも知れませんが、KGBのシロノビッチと申します。
先日の露米共同作戦に、アドミラル・ヴィノグラードフの艦長として参加した者で
あります。
責任者の大町部長さんとお話出来ればと、電話を***」
饒舌な男だった。名指しされた大町が電話を代わり、
「シロノビッチさん、初めまして。先日私どもの裏庭で、乱交パーティを楽しんでいた
方ですね。今日はどのようなご用件で?」
「ははは、ジョークが通じる方のようですね。なにとぞ、宜しくお願いします。
このような、不躾な接触の仕方をお詫びいたします。 出来れば一度お会いして、
お話を伺いたいものです」
大町も慇懃に曖昧に、返答を返す。
「何をご要望なのか判りかねますが、いずれ、然るべき時にと言うことで、
お許し願いたいものです」
シロノビッチは声色を改めて、
「私どもは現在、日本の秘密情報に一番近づいた存在だと、自負しております。
出来れば太平洋に置いては、アメリカでは無く、日本と協力関係を築きたいと
念じております。
今後は外交ルートを通じて、正式な要望をお伝えしたいと考えております。
ぜひ大町さんともお会い出来ればと」
「私どもの秘密情報と言われるものがどんなものか、想像は付きませんが、
ロシアとの協力関係は、私どもの望むところでもあります。いまだ未解決の、
北方領土の問題もありますので」
カブトの存在を認めるわけには行かない、無難な応酬と言えた。
所在の判らない子亀1が、その対象である可能性もある。
「極力、早い機会にお会いしたいものです。大町さんが興味を示される、
いくつかのカードもお示しできるかと思いますので」
「いつか時期が来たら、今はそれしか申し上げられません。
貴国とは『北方領土問題』以外、特段の懸案事項がないにも関わらず、
米ロの刺激的な共同作戦に参加されたことに、遺憾の意を抱いている。
そう言った所が正直な思いです」
第一回目のコンタクトは、当たり障りの無い応酬で終わった。
翌週になってロシアは、正式な外交ルートを通じて、『カブト』に関する技術情報の
開示を求めてきた。しかも交換すべき対価は、衛星ロケットなど宇宙関連の技術情報
と言う、驚くべき条件を示した上でだ。ロシアはカブトに拘っていた。
ロシアにとっては、アメリカにも開示されていない高度な軍事技術を日本が保持して
いる、そう言う捉え方をしたのだろう。
子亀のカードを持っているかは不明だ。
ただ公式にその存在を認めていない、『カブト』の技術情報の開示など、
あり得ない話だった。
『無いモノの説明は出来ない。ただしあれば説明するのにやぶさかでは無い』と言う、
曖昧決着で終わらせることにした。
未だ行方不明の子亀1と、何枚か持っていると言うカードの存在が気になるものの、
ロシアとの大きな交渉カードを持てたこと、それが今回の成果と言えるモノかも
しれなかった。
日本海中央部にある大和海嶺。
その水深千M地点に、『海亀3』が鎮座していた。
光の全く届かない海底。その漆黒の闇に溶け込んだ海亀の巨体は、音の無い世界を
威圧するような存在感に満ちていた。
既に『海亀』は『子亀1・2』を放出してあった。二機の『子亀』は海嶺の頂頭部、
大和堆(やまとたい)に到達し、各々十数機の偵察用カブトを海上に展開させている。
海上に到達したカブトたちは尾を立て、互いに連携するように捜索範囲を広げていく。
薄い雲が広がり光を抑えた海面の波高は、1mと落ち着いていた。
今回の出動は、事前に定点監視用カブトが不審船の情報を告げたことによる、
偵察行動だった。
放出されたカブトにより洋上で確認できたのは、米国海軍のフリゲート艦三隻が
遊弋する姿だった。
「日本海にアメリカの艦船って、どう言うことすか?
艦名からして第七艦隊所属の船ですよね」
『子亀2』のオペレーター・伸二が、訝しげに声を上げる。
市ヶ谷の『海神』にあるゲーセンでは、操縦装置に身体を収めた三人の
オペレーターが任務に就いていた。子亀を操るリーダーの富井正樹ことトミー、
No.2の笹井伸二、親亀を操る辻耕治ことガッチャの三名だ。
松本二尉が伸二に応えて、
「三隻のフリゲートか……。何かあるなこれは。北朝鮮のミサイル発射や核実験の
予定はないし、おかしいぞ」
モニターの大画面には三隻の艦船が映っている。
大町が防衛省に、問い合わせていた。
「日本海に三隻のフリゲート艦がいます。米軍からなにか事前の連絡はあったので
しょうか? ロシアか北朝鮮に特別な動きでもあるのですか?」
諜報関係では、実質的に『海神』が防衛省の上位にあった。
大町の元上司、海棠一佐の管轄下にある、防衛省所有の監視衛星が把握した情報の
説明があった。
「そんな話は聞いてない。我々も米海軍の動きは補足しているが、事前の連絡はないんだ。
同じ海域に、ロシアの巡洋艦と思われる二隻と、大型のトロール船が二隻向っている。
多分これも漁船と思われるが、別方向からも同海域に向け、大型の船がもう一隻南
下している。何かあるぞ、これは。詳しい状況が判明したら、当方への連絡を
忘れないでくれよ」
大町は明確に拒否する。
「海棠さん、それは出来ませんね。ことアメリカに関して言えば、防衛省は俺達に
とって、二重スパイのようなもんですからね。海棠さんは、知らない方がよいでしょう」
事実上日本の海上防衛軍は、第七艦隊の指揮下にある、と言って良い存在だった。
「そう言うな。おまえたちのせいで、最近、米軍とギクシャクして立場がないんだ。
一応同盟国だからな。」
大町達の動きを秘匿することで、防衛省と米軍との信頼関係は揺らいでいた。
「なにを言ってるんですか。立場が良くなるってことは、俺達の情報が米軍に
筒抜けになるってことでしょう。諦めてもらうしかありません。全体の国益を
忘れないで下さい」
大町の物言いはハッキリしていた。
「そう言われちゃ、身も蓋もないな。いずれにしても、慎重にやってくれ。
提供できる情報は随時出してやるからな」
「お願いします」
通信を切ろうとする大町に、
「あ、待て。ロシアのネタが上がってきた。二隻は太平洋艦隊所属の、対潜部隊だな。
正式には第44対潜艦旅団と言って、古臭い装備を持っているやつだ。
『アドミラル・ヴィノグラードフとパンテレーエフ』、なにか舌を噛みそうだ。
以上の二艦だ」
「対潜部隊ですか。狙いはカブトって事ですね」
「そうだな……それしか無いだろう。このまま進むと米海軍のフリゲートと
合流するのは、時間の問題だ。何を企んでるのか……」
「米ロ共同作戦ですか。……前代未聞、聞いたことありませんね。
『お手並み拝見』って言いたいところですが、彼らに何が出来るのか、検討してみます」
「ああ、気を付けろよ。慎重にな」
◆
数時間後・『海神』ゲーセン。
操縦スーツを装着した、オペレーターが呑気な声で笑っている。
「お、ロシア船と米軍の艦艇が一緒になりました。どう言うことですか、なんか
共同作戦でも考えているんでしょうかね。米露釣り大会なんかだったりして、ははは」
大町の顔が歪んでいる。
「ばか、これは俺達が標的だ。判らんのか」
大町の声は緊張していた。
「そんなこと言って、捕捉できないものを、どうやって標的にしようってんですか?」
小亀やカブトは、ステルス仕様なので発見される恐れは無く、オペレーターは、
あくまで呑気に構えている。
洋上で合流した、米ロ両軍の交信が傍受されていた。
「ダンカン中佐、お招きいただき有難うございます。なにせ老朽艦なもので船足が遅く、
大分お待たせしたようですな。ご要望の装備は用意できましたので、
後は打ち合わせ通りと言うことです」
「シロノビッチ艦長、招待をお受け頂き、有難うございます。我が軍には保有する
装備が無いため、貴軍に協力頂き、感謝致します」
「トロール船は、既にスタンバイです。
流し網の船もパーティには充分間に合いますので、当方はいつでもOKです」
盗聴を前提に話しているのだろう……米ロ両者の会話には、バカっ丁寧な挨拶に
終始していた。
「了解しました。ではそろそろ『ショータイム』と言うことで」
大町の声は、緊張感に満ちていた。
「これまでの経過から、艦船が集まれば、俺達が寄って来るってことが判ったんだろうな。
トロール船で中層から海底迄を曳く、流し網で表層を曳く、三隻のロシア漁船はそれが
目的だろう。広範囲に網を掛ける、考えたもんだな。放っておくと何機かのカブトを
持って行かれる恐れがあるぞ」
トミーたちの顔つきも引き締まる。
「じゃぁ、とりあえず漁船を無力化してやりますよ」
しかしトミーたちは、あくまでも軽い感じで危機感はない。
「そうだな、同盟国の軍艦を無力化するなんて、あとあと禍根を残しそうだからな。
まず、漁船をやってくれ。その前に『子亀』を退避させろ。大至急だ。」
突然、米軍のフリゲートが全速で動き出す。
「わ! なんだ、なにをするつもりだ!?」
若いオペレーターが狼狽して、思わず大声を挙げた。
その時だ。
フリゲートの後部ランチャーから、ヘッジホッグが投擲され始めた。
ヘッジホッグは、一投擲で二十四の爆雷をばら撒くことができる、第二次大戦の
優れモノの対潜兵器だ。
全速で展開するフリゲートが、辺り構わずと言う様子で、無数とも思える、
爆雷をばら撒いている。
「ショータイムって、これか!」
一方のロシア対潜部隊は、何も行動を起こさず、静観している。
「うおー!」
オペレーターが泣きそうな歓声を絞り出す。
米露の艦艇が投下した爆雷が、次々と海に沈んでいった。今では過去の遺物として
忘れられていた兵器が、目の前で蘇ったのだ。
一帯には二十数機もの『カブト』が展開している。
「カブトが危ないぞ!」
誰かの悲鳴のような叫びが上がる。
「ばーか、ヘッジホッグなんて、カブトには何の効果もねぇって。
あれは標的にぶつかって初めて爆発して、全弾が誘爆するって仕組みだから、
空振りで三振アウトって事だよ」
軍事オタクを自認する、伸二が解説してみせる。
ヘッジホッグを見て、大町には敵の作戦が判りかけた。
「ばかやろー、米ロが揃って、そんなに間抜けな真似をするわけないだろう。
海域から至急カブトを退避させろ!」
静観していたロシアの軍艦が、二隻揃って旧式の爆雷を投下し出した。
それは海中に没すると直ぐに爆発し、その下にばら撒かれた
ヘッジホッグを、次々と誘爆させることに成功する。
海域一面に爆発音が響き渡り、いたるところで泡混じりの衝撃波頭が立ち上って行く。
米ロ艦船のランチャーからは、間断なく爆雷が投擲され続けている。
見渡す限りの広い海面全てが、気泡で真っ白になっていた。
「間に合わん。カブトを自沈させろ。急げ!」
大町が声を上げる。
監視用カブトの映像は、全てフェードアウトしてしまう。
「だめです。全てのカブトのコントロールが効きません!」
オペレーターの声が甲高くなっている。
大町は黙り込んで、白く濁ったモニターを見つめていた。
「やるもんだな……。とにかく、カブトに自壊信号を流し続けろ」
もはやこれまでと、早々に大町はカブトに見切りをつける。
「やはりだめです、海が撹拌されている上、加えてジャミングが入ってます。
カブトの自律行動に任せるしかありません」
一時間後、爆雷による攻撃がやむと、一隻の漁船が網を入れ始めた。
とりあえず、表層を浚おうとしているに違いない。
爆発が納まった海に長大な漁網が流されていく。
「あ、あー、カブトがヤバイ……」
伸二の呻くようなつぶやきが聞こえる。
認識の甘さだったのだろう、『海亀』と『子亀』の防御方法にしか目が向いて
いなかった。カブトは発射された『弾丸』程度のイメージしか持てないでいたのだ。
表層を曳いた魚網には、壊れかけた三機の『カブト1』が引っかかっていた。
遠方にあるカブトの監視映像から、その様子が垣間見えた。
大町はため息をつく。
「ふ、やられたな。今回のことは教訓にするしかない。今後の対策は、皆で考えよう」
しかし騒ぎは、それで終わりではなかった。
「た、大変です、大町さん! 子亀1が制御不能になっています。子亀を敵の手に
渡すわけには行きません。どうしましょうか?」
子亀1のオペレーター、トミーの悲痛な声が上がる。
「とんでもない深々度をカバーする起爆設定を行った、そう言うことか……。
爆発数からして、爆雷はすべて投下したはずだ。向こうさんには、これ以上使える
兵器はない筈だ。もうじき底引き網の投入も始まるだろう。
なんとしても、子亀は守らなくては」
「どうしましょう。大町さん、どうすれば良いんですか?」
大町の声は落ち着いていた。
「やむを得ん、危険だが親亀を投入して、子亀1を回収しよう。ステルス性が失われた
子亀を、敵の目に晒すわけにはいかんからな」
「了解しました。早急に親亀を呼び寄せ、底引きが始まる前になんとか回収作業に
入ります。おい、ガッチャ、頼んだぞ」
「ラジャー! ようやく出番っすね。任せてくらせぇ!」
親亀のオペ、ガッチャが大声で応える。
「おい、慎重にやってくれよ。これで親亀も、なんてことになったら、
目も当てられないからな」
トミーの声は平静を取り戻す
「そうだぞガッチャ、確実にやってくれ。カブトやカメは俺たちの生命線も
同然だからな」
大町の声にガッチャも、緊張の顔つきで頷いた。
米露の作戦行動は、それだけで済んだわけでは無かった。
海中に浮遊させてあるカブトが、何かの金属反応を捉える。
「わ! なんだこいつら」
『子亀』同様、三百m近い深々度の海底に、沈底していたのだろう。
伸二のゴーグルに突然、二隻の原子力潜水艦が、その巨大な姿を現し視界を塞いでいく。
世界最速を誇る、ロシアのアルファ型原潜レッドウルフと米海軍最強と言われる、
シーウルフ級原潜コネチカット。共に攻撃型の原子力潜水艦だった。
前例のない米ロの攻撃型原子力潜水艦による、共同作戦だ。
「クッソー! 米ロの攻撃型原潜ってどういうことだ? こいつらいったい
なにするもりなんだ?」
両艦とも、ケーブルにつけたソナーのようなものを曳いている。
両国が周到に準備したのだろう、同じ装備を使用していた。
「どう言うんですか、あれ? 親亀や子亀の存在がバレタわけではないですよね」
伸二が戸惑っていた。
「そんなことはない。ソナーじゃないな、あれは。何種類かレンズが付いているように
見える。どんなセンサーにも掛らないので、目視でなんとかしようってことじゃないか」
「馬鹿ですね、あいつら。ステルス仕様の『亀』やカブトを見つけられるわけが
ないのに」
日本のステルス技術は、目標物を目の前にしても、視認出来ないというレベルの
ものだった。
大町の顔が曇る
「馬鹿はお前だ。子亀が大変な事態と言うのに、いったい何を考えているんだ。
次々危うい場面に遭遇したからと言って、するべきことを忘れるな、しっかりしろ!」
伸二が頭を掻きながら
「すんません部長、驚きの連続で子亀1を忘れてました」
母船や子亀のオペレーター二人が必死になって、行方不明になった子亀1の捜索を
開始する。手持ちのカブトも新たに放出し、慎重に海底の捜索を続けるも、
いたずらに時が経過していく。
「えー?! なんだぁ。部長ぉ、事態は深刻と言うか、これは手に負えないかも
しれませんぜ」
伸二の訴えに、大町が反応する。
「なんだ、一体どうしたと言うんだ?」
「コントロール不能の子亀1は、どうもステルス機能が生きているようなんですよ。
このままでは探しようがありません」
「なんだって? そうか……意外な盲点だな、それは。
まさか自分たちにも制御できない事態があるとはな」
「どうします?」
「そうだな、まずは漁船か……亀の形状からして底引きに引っ掛かるとは思えん。
トロールを妨害したら、海底に守るべき存在があることがばれるしな。当面、
放って置くしかない」
「原潜はどうします?」
「二隻の原潜も排除しないと、こちらも身動きが取れん。漁船は良いとして問題は
原潜か。どうすればよい……」
トミーが意気込んで応える
「任せてください。爆雷で驚かしてくれたお礼を、返してやりますよ。
こんなこともあろうかと、用意していたものがあります」
「なんだ、用意したものって」
大町の問いかけを無視して、
「おい、伸二。あれを出せよ」
「アイ・アイ・サー!」
そう言われた、伸二が新たなカブトを放出した。
二機のカブトが原潜に向って、ゆっくりと進んで行く。
二隻の潜水艦に辿り着いたカブトは、船橋に張り付いて爪のようなものを立てていた。
「おお~しっ!」
二人のオペレーターの声が弾んでいる。
そしてカブトは、おもむろに大音量の音楽を流し始めた。
大町は若者の遊び心に不安になる。
「おい、あんまり同盟国相手にやりすぎるなよ」
伸二がボリュームのダイアルをひねる。
「キム! ジョン・イル! チャン! グ~ン~!!」
北朝鮮の『キムジョンイル将軍を称える歌』の大合唱が、両艦の内部に響き渡っ
ていった。
シーウルフの艦内は割れんばかりの合唱で溢れ、力強くリズムを刻む歌は、
乗組員の鼓膜を破らんばかりに鳴り続けている。
「な、なんだ、この歌は? たまらん!」
キャプテンをはじめ、ほとんどの乗組員が耳を塞いでいた。
「こ、これは朝鮮語じゃないでしょうか」
大声で応える船員の顔は、苦痛に歪んでいる。逃れようのない艦内に、
執拗で耳をつんざくような合唱が溢れ返っている。
「いったい音源はどこなんだ? 誰か、なんとか出来んのか、この音を!」
キャプテンの顔が苦痛に歪んでいる。
とてもその場に居続ける状況ではなかった。
「退避しろ! 早急にだ」
キャプテンが声を張り上げる
二隻の原子力潜水艦は逃げるように、その場から脱出していった。
しかも遠ざかるに従い、音量は小さくなる。
「判っているな! 音が発生した最初の座標を記録しろ。そこが今回の攻撃の発生地点、
敵の拠点の筈だ」
大町が笑っている。
「おい、なんで、北朝鮮の歌なんだ?」
伸二も笑っていた。
「ほんのジョークですよ。きっと連中も混乱するでしょう。もうひとつ、工事現場の
杭打ち機の音源もあったんですけどね、それじゃあ、味もそっけもないし、
あまりにもかわいそうなんで」
二十分後、キムジョンイル将軍カブトは自沈した。
「とりあえず俺たちも回収は諦めて、撤収しよう。見張りのカブトを忘れるな。
ステルスが切れた時に素早く子亀を回収しなくては、ならんからな」
お粗末なことに、味方をも欺くステルス機能に、なす術もないと言う情けない
結末になった。
◆
一週間後、米国ペンタゴンの作戦会議室。
そこには、国防省の主要メンバーと海軍の将官が集まっていた。
みなが中央の机の上に置かれた、三つの黒い物体に目を奪われている。
机上に置かれているのは三機のカブトの抜け殻だった。
DIAの日本支部長のジェンキンスが口を開く。
「中身は空っぽだが、こいつの素材、炭素繊維の技術はあきらかに日本のものだ。
見事と言うか美しくさえあるな」
確かに炭素繊維に関しては、日本の技術が世界の最先端をいっていた。
米国を含め他国にこのような技術があるとは、とうてい思えなかった。
「しかし、こいつの動力はどうなっているんだ?
この空洞部分から抜け落ちているのは、例の炭素繊維と硬化剤、それとエンジン部分と
言うことになるんだろう。カブトか……なにがなんでも、完体品を見たいもんだ」
この計画を立案したジェンキンスには、大きな不満があった。
協力を仰いだロシアに、成果の殆どを持っていかれたからだ。
「ところで、ロシアは何と言って来てる? 彼らの方が多くのブツを回収したのだろう
からな。詳しいデータは来てないの?」
「漁船の様子から十機以上のブツを確保したと思われますが、
六機しか捕獲出来なかったと言い張っています。
形としては、公平に、半分を分けて貰ったことになっています」
「シロノビッチと言ったか? あの艦長、フザケタ野郎だ。調べたら、あいつは軍人
なんかじゃ無かった。KGBの高級幹部だったよ。 いずれにしても、
対日工作を立て直さなくてはならんな」
カブトの全容解明には、ほど遠い結果になっていた。
カブトを持ち込んだ、技術士官が反論する。
「この物体の正確な解析は、まだ出来ておりません。日本と決めつけるには、
早すぎると思います。スパイ天国と言われる日本の技術が、盗まれたということかも
知れません。北朝鮮の弾道ミサイルの部品の多くは、日本の秋葉原で調達した
ものですからね。
この部品の一部には、ハングル文字も書かれています。
それにあれです、潜水艦に流された歌の問題もありますし」
「ばかもの! わざわざ自分の正体を明らかにする奴が、いると思うのか?
話にならん」
技術士官も負けてはいない。
「それこそ、それも逆転の発想かもしれませんよ」
呆れかえったジェンキンスは、愚にも付かない論争を諦めて、
「わかった、わかった、もう良い。いずれにしても、殺傷能力が無い兵器が、
兵器以上の効果を発揮するなんて、どうなっている。
攻撃兵器を持たないモノにやられるなんぞ、許されんことだ。
空洞部分に何が入っていたのか、引き続き調べてくれ」
「これだけでは、全容の解明は難しいので、もう少しサンプルが欲しいところです。
引き続きロシアに、今後も海域での、トロール船による底引き作業を要請しています」
「そうだな、残念だがロシアに協力して貰うしかない。ロシアもこれを見て、
涎を流していたからな。
こちらの技術情報と引換に、協力を引き出すしかない」
日本側でも、二十機以上のカブトの行方と子亀1が確認できていなかった。
確認できなかったカブトは、深海に沈んだものと思われるが、放置された子亀1の
問題が残ることになる。
親亀や子亀には自壊装置が無く、捕獲されればすべての技術が解明される恐れがあった。
「形状からして底引き網に引っ掛かるとも思えんが、万が一を考える必要がある……。
いずれにしてもステルスが生きている間は、俺たちにも捜索は難しい。漁船が去ったら
一帯にカブトを張り付けて置くしかない」
「見つけたらどうします?」
「向こうの監視も厳しいだろうから、回収は難しいだろう。
爆破して放棄するしかないだろう」
大町にとっては、苦渋の選択だった。
カブトもそうだが親子の亀も含め、搭載するモノの仕様を変更すれば、
類例のない強力な攻撃兵器に転用することも可能なのだ。
これら技術情報の秘匿は、『海神』にとって最大の命題だった。
日本に対する米国の疑惑は、一層深まって行く事になる。
◆
一週間後・『海神』作戦会議室
ロシアはカブトに関する、全てに近い技術情報を解明していた。
日本海の米ロ共同作戦で捕獲したカブトには、二体の完体品が混じっていたためだ。
自壊装置が間に合わなかったものだろう。
解明したと言っても、同じものが作れると言う意味では無い。
本体の素材になっている炭素繊維などは、日本独自の技術であり、その種の産業の
すそ野が無い限り、生産出来るものでは無いからだ。
彼らが特に興味を示したのは、カブトのエンジン部分、動力の仕組み、
その仕様全般についてだった。
最初のコンタクトは、KGBから『海神』へのメールだった。
メールのやり取りの後、直接電話を掛けて寄越した。
「ご存知かも知れませんが、KGBのシロノビッチと申します。
先日の露米共同作戦に、アドミラル・ヴィノグラードフの艦長として参加した者で
あります。
責任者の大町部長さんとお話出来ればと、電話を***」
饒舌な男だった。名指しされた大町が電話を代わり、
「シロノビッチさん、初めまして。先日私どもの裏庭で、乱交パーティを楽しんでいた
方ですね。今日はどのようなご用件で?」
「ははは、ジョークが通じる方のようですね。なにとぞ、宜しくお願いします。
このような、不躾な接触の仕方をお詫びいたします。 出来れば一度お会いして、
お話を伺いたいものです」
大町も慇懃に曖昧に、返答を返す。
「何をご要望なのか判りかねますが、いずれ、然るべき時にと言うことで、
お許し願いたいものです」
シロノビッチは声色を改めて、
「私どもは現在、日本の秘密情報に一番近づいた存在だと、自負しております。
出来れば太平洋に置いては、アメリカでは無く、日本と協力関係を築きたいと
念じております。
今後は外交ルートを通じて、正式な要望をお伝えしたいと考えております。
ぜひ大町さんともお会い出来ればと」
「私どもの秘密情報と言われるものがどんなものか、想像は付きませんが、
ロシアとの協力関係は、私どもの望むところでもあります。いまだ未解決の、
北方領土の問題もありますので」
カブトの存在を認めるわけには行かない、無難な応酬と言えた。
所在の判らない子亀1が、その対象である可能性もある。
「極力、早い機会にお会いしたいものです。大町さんが興味を示される、
いくつかのカードもお示しできるかと思いますので」
「いつか時期が来たら、今はそれしか申し上げられません。
貴国とは『北方領土問題』以外、特段の懸案事項がないにも関わらず、
米ロの刺激的な共同作戦に参加されたことに、遺憾の意を抱いている。
そう言った所が正直な思いです」
第一回目のコンタクトは、当たり障りの無い応酬で終わった。
翌週になってロシアは、正式な外交ルートを通じて、『カブト』に関する技術情報の
開示を求めてきた。しかも交換すべき対価は、衛星ロケットなど宇宙関連の技術情報
と言う、驚くべき条件を示した上でだ。ロシアはカブトに拘っていた。
ロシアにとっては、アメリカにも開示されていない高度な軍事技術を日本が保持して
いる、そう言う捉え方をしたのだろう。
子亀のカードを持っているかは不明だ。
ただ公式にその存在を認めていない、『カブト』の技術情報の開示など、
あり得ない話だった。
『無いモノの説明は出来ない。ただしあれば説明するのにやぶさかでは無い』と言う、
曖昧決着で終わらせることにした。
未だ行方不明の子亀1と、何枚か持っていると言うカードの存在が気になるものの、
ロシアとの大きな交渉カードを持てたこと、それが今回の成果と言えるモノかも
しれなかった。
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