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第四部
第33話 幼馴染に抱く、自身への違和感
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「……お、お疲れ様、でした」
作業用の椅子を回し、机の上で伸びきっている僕達に、大人気少女漫画家『スズナ先生』はそう言った。
あれから作業時間は大幅に削られてしまい、夕飯までの1時間で目処がつくところまで終わらせるつもりでいたが、美桜が時間調整をしてくれたお陰で、目処どころか作業の全てが終止符を迎えた。
仕事のことについて何も話してはいないのに、密かに察してくれていたらしい。
……本当、いい嫁になれるかもな。美桜は。
すると、僕が伸びているところへ制服にエプロン姿という、まさに学生らしい風貌で美桜がしゃがみ込んだ。
「大丈夫……ではなさそうですね」
「……しんどい」
好きな作品を手助け出来るというのは、ファンとしてとても嬉しい。その気持ちは本物だし、何より爪痕を残すみたいでこの手伝い自体結構好きだ。
だがそんな意欲と、疲労は別物だ。
趣味を没頭することと変わらない。何より、楽しいことというのは私利私欲を優先し、根底の疲労など後回しにしてしまうことが多いとされている。
今の僕達がまさにそれだ。
伊月にとっては『カノジョの頼み』という枠で収まってしまうかもしれないけど。
「でも、楽しかったという顔をしていますよ?」
不思議そうな表情で美桜は僕の顔を覗き込む。
「……そりゃあな。好きな作品に関われるって、結構嬉しいことなんだぞ?」
「ふむ。なるほど。……フェチですか?」
「どこで覚えたその言葉──っ!!」
油断も隙もあったもんじゃない。
僕が目を離しているうちに、在らぬ良からぬことを次々と美桜は、知らぬ世から吸収し、間違った方向へと進んでしまう。
それを食い止めるために僕がいる。
仮にも幼馴染ならば、正しい方向へと進めさせてやりたいと思うのは単なる義務だ。
美桜は口許を抑えると、ふっと自然な笑みを浮かべた。
「冗談です。湊君が真剣に物事に取り組むことが出来ることは、近くで見てきた私が1番よく知っています。それに、お守りが必要なほど、私も落ちぶれていませんから」
「……心配なんだよ。お前、すぐ変なことするから」
「失礼ですね。まるで私がわんぱく小僧みたいじゃないですか。常識の範囲内でやっているんです」
「貴女の一般的と世間の一般的がズレてることをお忘れなく」
やはり心配でならない。
過保護だろうと何だろうと構わない。まるで子どもが旅立つ日を見届ける父親のような心境だ。
「妙に過保護ですね。今日の湊君は」
「……うっさい」
そんな言葉を残して、再び台所へと戻った美桜。
ふと、見慣れた美桜を傍観しているときに思った。
……そういえば、美桜の父親は心配じゃないのだろうか。
こんなにも世間知らずな娘が、どこの馬の骨とも知れない男の家に同居しているというこの状況にも。そして、娘が家出しているという過程においても。
美桜の話によれば『家出します』と書き置きは残してきたそうだが、だとしても、娘の所在を知るためにスマホに連絡なり学校に連絡なり入れてきてもおかしくはない。
娘を世間ずれにされるほどの娘溺愛者だ。
GPSか何かでも起動させて、初日にでも迎えに来ようと思うはずなのだが。
美桜の態度や様子からも、特にそういった行動があったようには思えない。美桜の話からも、相当な親バカなのははっきりしているし、僕が親の立場ならすぐにでも迎えに行くだろう。
けれど、そんな動きは微塵も見られない。
……まさかとは思うが、『探さないでください』的なことも付け加えて、そのまま──って、それはいくら何でも考えすぎか。
こうして今も、初めて使うはずの鈴菜家の台所で慣れた手つきで料理を作っている。
世間常識は除くにしても、相当出来た娘さんだと思う。これこそが──『女神様』と呼ばれる所以なんだろうけど。
「……何だかな」
ぼそっと、誰にも聞こえない声量で呟いた。
美桜の両親が、早々こんな出来た娘さんを手放すはずもない。家出してきたのにも、理由は十中八九存在する。
けれど……時々不安になる。
家出してきて、僕のところに雨の中でも構わず来たその理由が……僕のような理由かもしれない、と。そう思ってしまうことが……。
「出来ましたよ。起きてください」
あれこれと考えている間にも時は流れ、気づけばダイニングテーブルにはおかずやサラダがみっちり並べられていた。
その中には、今日僕がオーダーした肉じゃがも含まれていた。
「すっご! これ、全部真城さんが作ったのか!?」
「他に誰が作るんですか?」
感動のあまり飛び跳ねた感情を見せる伊月を後目に、美桜は学校での『女神様』対応の、安定な塩対応で返答する。
やはり、あの顔は僕にしか見せない気らしい。
「……ご、豪華ですね。こんなにたくさんの料理、久しぶりです!」
「……そうですか。それは良かったです」
と、思ったのも束の間。
最も疲弊していた鈴菜さんが感想を述べると、美桜は少し嬉しそうな顔を浮かべた。
……あれ。どうして、鈴菜さんにはその顔を見せるんだろう。
特に打ち解け合ったような場面は無かったはずだ。鈴菜さんは『スズナ先生』として、先程まで仕事していたのだから。
あんなにも対応に刺がある美桜が、少しだけ緩んだ笑みを浮かべたんだろうか。
「さぁ、冷める前に食べましょう。ご飯は各自でよそってください」
「はぁーい!」
「わ、わかりました!」
「……あぁ」
結局、その笑みの意図を読み取ることも出来ず、僕達は中々ないメンツでの夜ご飯を堪能した。
作業用の椅子を回し、机の上で伸びきっている僕達に、大人気少女漫画家『スズナ先生』はそう言った。
あれから作業時間は大幅に削られてしまい、夕飯までの1時間で目処がつくところまで終わらせるつもりでいたが、美桜が時間調整をしてくれたお陰で、目処どころか作業の全てが終止符を迎えた。
仕事のことについて何も話してはいないのに、密かに察してくれていたらしい。
……本当、いい嫁になれるかもな。美桜は。
すると、僕が伸びているところへ制服にエプロン姿という、まさに学生らしい風貌で美桜がしゃがみ込んだ。
「大丈夫……ではなさそうですね」
「……しんどい」
好きな作品を手助け出来るというのは、ファンとしてとても嬉しい。その気持ちは本物だし、何より爪痕を残すみたいでこの手伝い自体結構好きだ。
だがそんな意欲と、疲労は別物だ。
趣味を没頭することと変わらない。何より、楽しいことというのは私利私欲を優先し、根底の疲労など後回しにしてしまうことが多いとされている。
今の僕達がまさにそれだ。
伊月にとっては『カノジョの頼み』という枠で収まってしまうかもしれないけど。
「でも、楽しかったという顔をしていますよ?」
不思議そうな表情で美桜は僕の顔を覗き込む。
「……そりゃあな。好きな作品に関われるって、結構嬉しいことなんだぞ?」
「ふむ。なるほど。……フェチですか?」
「どこで覚えたその言葉──っ!!」
油断も隙もあったもんじゃない。
僕が目を離しているうちに、在らぬ良からぬことを次々と美桜は、知らぬ世から吸収し、間違った方向へと進んでしまう。
それを食い止めるために僕がいる。
仮にも幼馴染ならば、正しい方向へと進めさせてやりたいと思うのは単なる義務だ。
美桜は口許を抑えると、ふっと自然な笑みを浮かべた。
「冗談です。湊君が真剣に物事に取り組むことが出来ることは、近くで見てきた私が1番よく知っています。それに、お守りが必要なほど、私も落ちぶれていませんから」
「……心配なんだよ。お前、すぐ変なことするから」
「失礼ですね。まるで私がわんぱく小僧みたいじゃないですか。常識の範囲内でやっているんです」
「貴女の一般的と世間の一般的がズレてることをお忘れなく」
やはり心配でならない。
過保護だろうと何だろうと構わない。まるで子どもが旅立つ日を見届ける父親のような心境だ。
「妙に過保護ですね。今日の湊君は」
「……うっさい」
そんな言葉を残して、再び台所へと戻った美桜。
ふと、見慣れた美桜を傍観しているときに思った。
……そういえば、美桜の父親は心配じゃないのだろうか。
こんなにも世間知らずな娘が、どこの馬の骨とも知れない男の家に同居しているというこの状況にも。そして、娘が家出しているという過程においても。
美桜の話によれば『家出します』と書き置きは残してきたそうだが、だとしても、娘の所在を知るためにスマホに連絡なり学校に連絡なり入れてきてもおかしくはない。
娘を世間ずれにされるほどの娘溺愛者だ。
GPSか何かでも起動させて、初日にでも迎えに来ようと思うはずなのだが。
美桜の態度や様子からも、特にそういった行動があったようには思えない。美桜の話からも、相当な親バカなのははっきりしているし、僕が親の立場ならすぐにでも迎えに行くだろう。
けれど、そんな動きは微塵も見られない。
……まさかとは思うが、『探さないでください』的なことも付け加えて、そのまま──って、それはいくら何でも考えすぎか。
こうして今も、初めて使うはずの鈴菜家の台所で慣れた手つきで料理を作っている。
世間常識は除くにしても、相当出来た娘さんだと思う。これこそが──『女神様』と呼ばれる所以なんだろうけど。
「……何だかな」
ぼそっと、誰にも聞こえない声量で呟いた。
美桜の両親が、早々こんな出来た娘さんを手放すはずもない。家出してきたのにも、理由は十中八九存在する。
けれど……時々不安になる。
家出してきて、僕のところに雨の中でも構わず来たその理由が……僕のような理由かもしれない、と。そう思ってしまうことが……。
「出来ましたよ。起きてください」
あれこれと考えている間にも時は流れ、気づけばダイニングテーブルにはおかずやサラダがみっちり並べられていた。
その中には、今日僕がオーダーした肉じゃがも含まれていた。
「すっご! これ、全部真城さんが作ったのか!?」
「他に誰が作るんですか?」
感動のあまり飛び跳ねた感情を見せる伊月を後目に、美桜は学校での『女神様』対応の、安定な塩対応で返答する。
やはり、あの顔は僕にしか見せない気らしい。
「……ご、豪華ですね。こんなにたくさんの料理、久しぶりです!」
「……そうですか。それは良かったです」
と、思ったのも束の間。
最も疲弊していた鈴菜さんが感想を述べると、美桜は少し嬉しそうな顔を浮かべた。
……あれ。どうして、鈴菜さんにはその顔を見せるんだろう。
特に打ち解け合ったような場面は無かったはずだ。鈴菜さんは『スズナ先生』として、先程まで仕事していたのだから。
あんなにも対応に刺がある美桜が、少しだけ緩んだ笑みを浮かべたんだろうか。
「さぁ、冷める前に食べましょう。ご飯は各自でよそってください」
「はぁーい!」
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