有明の鬼人

錦木

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緋色の一閃

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 うまく家に入る口実ができた。
 まさに渡りに船。山田さん、ナイスだ。
 それにしても、と思う。
 双葉はなぜ、自分をこの老人のもとに行かせたのか。
 いくら妖怪の噂があるとはいえ普通の家に見える。

「こんな家だから大したもてなしもできずにすまないな」

 そう言ってお茶を出してくれる。

「いえいえお構いなく」

 古野以外の人がいる気配がしない。
 ふと仏壇に置いてある遺影が目に入った。

「あの……」

 アキラの視線を見て気づいたのか古野は言う。

「うちの嫁さんだ」

 静かだと思ったが物も少ない。思わず聞いていた。

「お子さんはいらっしゃるんですか?」
「見ての通り家を出てったきりでな。寄りつきもしねえわ」

 無愛想に古野はそう言う。
 家が広いぶんガランとした印象を受けた。
 広くて和風なのはいっしょだが双葉の家とはずいぶん雰囲気が違うなと思った。お年寄りの一人暮らしは大変じゃないのかと思いを馳せる。
 ふと、目が引き寄せられる物があった。

「あれは……」

 アキラの視線の先を見て古野は言う。

「ほう。あの親父にしてこの孫か。よかったら来い」

 そう言われたので古野についていく。


 床の間に日本刀が飾ってあった。
 美しく重厚な見た目は質素な部屋の中で異様な存在感を放っている。

「うちに代々伝わる飾り物でな」

 美術品としての日本刀は久しぶりに見た。手入れをしてあるようで凛とした美しさがある。

「綺麗ですね」
「そうだろう」

 古野は頷く。

「あれは辰に状態を見てもらったり手入れしてもらっとった。辰は達者か?」
「ええ、おかげさまで」

 丈夫で喋り上手だけが取り柄の祖父だ。

「アキラ」

 そう呼ばれていつも大きな手の平で頭を撫でられたことを思い出す。
 本物を見る目を磨けと言われてよく美術館や博物館、はては個人宅の美術品を見せられたっけと不意に思い出す。
 特に、刀を。
 アキラは気持ちを引き締めた。
 鎌鼬。刃物の傷。
 まさかこのお爺さんが犯人ではないよな?と思う。

「これは真剣ですか?」
「ああ、そうだ。抜いたことはないけれどな」

 あたりには塵一つ落ちていない。
 十分に掃除している証拠だと思うが、日本刀を動かしたところで分からないのではないかと思う。
 とはいってもよくて憶測、はっきり言えば妄想の域を出ない。これだけでは何も判断できない。

「畑仕事はよくするんですか?」

 鎌の噂が気になってそのことも聞いてみる。

「ああ、まあな。なんでだ?」
「いや、あれだけ大きな畑を一人で管理するのは大変だろうなと」

 それは本心だった。
 中から畑の方を見ようとして目が釘づけになった。
 軒先に何か棒状のものが吊るしてあるのが見えた。人の足。その言葉を思い出して思わず唾を飲みこむ。

「あのこれって……」
「うん?どうした?」

 何か分からないが誤魔化される前に自分で確かめようと思った。
 襖を開け放つ。

「だ、大根……?」

 窓際に吊るしてあったのは立派な大根だった。大根足とはよくいったものだが、人の足くらいの太さがある。

「いきなりどうした」

 古野が呆気に取られている。
 我ながら突拍子もなさすぎる行動だ。確かに不審者だろう。

「え、えっと畑の方に何か見えたので動物かなー?と思って」

 苦しい言い訳で取り繕っていると古野はアキラの体を押し除けるようにして前に出た。

「本当か。最近は害獣も多いからな」

 どうやら騙されてくれたようである。
 人の足を集めるのが趣味って、もしかして収穫した大根を見間違えたのか。
 子どもの噂話とはいえくだらないな、と思った。


 双葉がなぜ自分をここに向かわせたのか分かった気がした。
 噂などアテにならないと言うため。
 自分の目で見たものを信じなければならない。
 噂だけが一人歩きして、その向こうに真実を隠してしまうこともあるのだから。
 誤解はどこかで解いておかないと後に大きな禍根を残すことになってしまう。
 時計が目に入って気づいた。
 午後からは唯の相談を聞くのだった。そろそろ移動しないとまずい時間だ。

「あの、じゃあ俺お暇します。いろいろとありがとうございました」

 慌ただしく礼をして玄関に向かう。

「おう。お前、名前は?」
「アキラです」
「アキラ、か。辰によろしくな」

 古野は小さく手を振った。

「伝えておきます」

 そう言って玄関を出る。
 そのまま駅に行く道を急いでいて不意に思い出した。
 キャベツ忘れた。


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