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シーシャ・ヴェルバック

9 施術と手紙

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閉じた瞼にきょろきょろと眼球が動いて浮き上がる。
睫毛が頬の上でふるふると揺れた。
迎え入れる唇は、タチアオイのように桃色で薄く開いている。
それとわからないような化粧テクに、リラクはちょっと見惚れた。

今日はマナを増やす施術をする。
コレは以前に先輩が、懇切丁寧に説明した。

施術コース
A 自分のマナを感じてみよう。
B 自分のマナを巡らせてみよう。
C 自分のマナを使えるようにしよう。
から逸脱した、むっちゃスペシャルなコースだ。

【マナを開放して増やそう】
これは極秘で、シーシャ様しか出来ない。

いわばチョロ出しの蛇口を全開させる。
20ミリの菅を50か100ミリに無理矢理交換する。
って感じの荒技だ。
シーシャ様のマナを体内に開放していく。
……と言う事は…

感じたり巡らせる為に手を繋いだ。
全身に他人のマナを入れ込む為にはそれ以上って事だよね
汗とか涙とか唾液とかって、粘膜接触があるって事だよね


はい。

ちょっとイケない事を考えてました。
いやいや、此処は施術する所で相手は患者様なのですよ。
よこしまNGで‼︎
ダメ、絶対!ですよね。

施術は粘膜接触。つまりキスです
ディープキスです。舌入れです。

よこしま度が0だと認識して頂く為に事細かく説明しました。
『うへへ、あの美形とべろちゅうしたんだぜ!』
と、言いふらさないというペナルティ付きの魔導紙にサインして頂き、今日の良き日になってるわけです。

初めてのAコースで手を握られてポーっとなった患者様は、今日の施術に大金を払いわくわくとお化粧までしてきたのですね。
これはシーシャ様のシンパ。いや、信者。
下手したらストーカーが増える気がします。

リラクは部屋の隅で胡乱な目を向けながら、頭の中で実況していた。


シーシャ様はその外見によらず、なかなかがらっぱちだった。
一緒に訓練するという、学園の部活のような日々にリラクはすーっかり馴染んでいる。
自分が従者で相手は主という引き線をなんとか守ってはいるけれど。すでにじいちゃん的な仲間の括り、兄貴分の項目に分類されていた。

幼い頃に鍛えたからマナが増えてるね、と言ってくれた。
リラクが水系だと見抜いたのも、何も言わないうちからだった。
あの縹色の目は、綺麗なだけじゃなく色々見えているらしい。
「そりゃ(マナを)増やしたいです。水なら野外行軍の時に役立ちますし。」(脳筋か!と周りは思った。)
そう言って笑うリラクに、じゃ人のマナの流れを見ててご覧と言われた。どうもぼんやりと空中に放たれたマナが見えているのがバレてるらしい。

そんな訳で、リラクは施術の時は部屋の隅で気配を殺して眺めてる。



「ゆっくり息を吐いて」だの「肩の力を抜いて」だのと
キス待ちの患者様に囁いているのは細マッチョのシーシャ様だ。
やっぱり美人で、たおやかなのに弱々しさは感じない。
あの護らなきゃ!と言う幻想はなんだったんだろう。
時々首を傾げて考える。
首だって太い。手だって大きい。
なんで儚い美人だと思い込んでたんだろう。
今は共闘する兄貴な感じだ。

虹色に煌めいて息づくように白く発光するシーシャ様のマナが、辺りにふわりと広がってから狙いを定めたように、患者様の合わさった口へと流れ込んでいく。
ぬちゃり、という水音に患者様はきつく抱き締め返した。
その口から唾液がゆぅっと垂れて顎から滴っていく。
全身を締め付けるように白金が巡っている。
うっとり蕩けた目がゆっくり開いて目尻は染まっていた。
シーシャ様の腕の中で、患者様ははぁはぁと発熱していった。



『ディープキス』と言う、大人の世界を目にしているのにドキドキしていないのは、ポケットの中身のせいだ。
患者様にお茶をお出ししたら、「君がリラク?」と小さな声で囁いて封筒を渡された。
それがポケットの中で存在を主張している。
指先に触れる存在感は、まるでドア並みの大きさだ。

それはグラディス家の紋章で封蝋してあった。
だがリラクが黙って受け取って、ポケットの中に仕舞い込んでいるのは家の為じゃ無い。
上封と封蝋に見え隠れして、小さく斜め線に細い楕円が一筆書きに書かれている。
誰にも教えてないファーブ兄上との合図だ。
羽根ペンの絵。ちょっと葉っぱにみえるけど。
ファーブ兄上との秘密のマークだ。

ファーブ兄上はとっても善良で良い人だ。
人を欺くなんて出来ないだろうから、最後まで逃げる事を言わなかった。兄上はすっごく心配しただろう。

この手紙は確実に兄上が書いたものだ。
リラクの意識は真っ直ぐ封筒へと向いていて、どきどきが止まらなかった。
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