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王都、宿泊の乱

5 臭いものには蓋がいる。(支配人B)

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王都の南門にあるこの宿は、もう私で5代目だ。
娼館も立ち並ぶ場所なのに、"静かな宿"と評価を頂いている。
今日も"ティガル王国の王子"という予約を薬草研究所から受けた。

例え一泊とはいえ王子。
中原でごちゃごちゃと興っては消える名前も知らない小国だろうけれど王子。
つまりこの宿は王国御用達の栄誉ある宿だ。
うふふふぅん。と私は我が世の春を信じた。

何せこの世界は天候や野盗や路のコンディションで到着はずれ込む。
はっきりしない日時は『だいたいこの日に到着』とざっくりしたものだ。

いやぁ、王子。
随行員はどれくらいだろう。
荷物持ち達の部屋もいるだろうか。

ワクワクとお待ちしていたら、兵士が駆け込んできた。
中原の紛争で遠征していた騎士団が、もうそこまで帰還してるという。
しかも帰還報告も、兵士を家に帰すでもなく、酒宴をはりに来るという。

はあぁぁぁぁっ⁉︎

確かに騎士団の駐屯地は近い。
その中の宿舎も訓練所もすぐそこだ。
なんなら宿舎に出前するのに!と思ったが、なんでも
「今回はあっけなかったので、たぎる血潮を吐き出すのだ」
と、ふざけたことを四角四面に答えられた。
つまりウチでどんちゃん騒ぎがしたいということだ。

騎士団は金払いがいい。
そしてありったけの酒と料理でガンガンに騒ぐ。
まさしくこの二番街にとっての宝船!

私は番頭達に指示を出した。
とにかくありったけだ‼︎
あらゆる娼館に声をかけて手配させる。
飾り付けも必要だ!垂れ幕も引き出すぞ!
静かだった街が飛び跳ねるように動き出した。
酔って厄落としにと引き篭もる部屋も必要だ。
団長は廁も浴場もついた最上の部屋を。
部下の兵士の部屋も。傭兵達は別な宿を手配しよう。
とりあえず、この辺りの宿と料理屋を軒並み手配する。
それから、それから…


必死でお出迎えまでと突っ走っている時。
その子供、いや王子は現れた。

「ティガル王国のロアン王子様…」

忘れてましたぁ‼︎
ズバリ、部屋が無いっ‼︎

小柄で。いや、まるっきり子供の王子が一人で立っていた。
三角錐になっている葉笠をとると、可愛い顔が現れた。
黒い髪と桃色の目の人形みたいな顔だ。

幼い。

ロアン王子は走り回る従業員をぽかんと見ている。
長旅らしく、埃まみれだが… 

ごめんよ。私は君を泊められないよ。
これから怖いおじちゃん達で一杯になるんだ。
正直、情緒教育的によろしく無いのだ。

何処に従者がいるのだろう。
なんとかこの状況をわかってもらわなくては。
ここは王都の端。もう少し頑張れば、もっと中心の宿に行ける。


と、思ってたら。
なんと逸れて一人旅⁉︎
いや、親としてこんな子供を断るなんて…

ぐらぐら揺れる心を見てとった王子は
「狭くても良いのです…」心細げに目を伏せて来た
ぐわぁんと良心が揺さぶられてしまって。
とにかく従者用の狭い部屋を一つあけた。
(大丈夫、鍵の掛かる部屋だし。)

疲れてるだろう王子が、ほっとした様に微笑むので
こんなに騒がしくて申し訳ない。
出来たら部屋を出ないのがお為でございます。と案内した。



翌朝。団長のオルゼ様に
「手配してくれた男の子はとても良かった」
と訳の分からないお褒めを頂き、
目の玉が飛び出る様なチップを渡された。

探ってみると、相手はどうも王子。
何が何だかわからない。

やばい。

小国とはいえ一国の王子を、男娼として閨に送ってしまったのか!
国際問題だっ‼︎
せ、戦争とかになったらどうしよう。

私はぶるぶると震えた。


確かに王子の部屋のベッドは使った跡が無かった。
でも王子は「お世話になりました。」と元気に朝日と共に出立したのだ。弁当持って。



~~~見なかった。
~~聞かなかった。
~私は何も見なかった!


 (オルゼ団長様…ロリコンなのか?)
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