悪役令嬢だって恋をするーラシェルとアベルの邂逅ー

うさぎくま

文字の大きさ
25 / 26

25、懐かしい夢

しおりを挟む
 

『アベルお兄様!!』

 可愛らしい声が聞こえ、可愛いらしい塊が突進してくる。

『ラシェル!! ぐえぇっ』



 突進してきたラシェルを受け止められず、アベルは見事に後方へ倒れた。

 アベルの上にラシェルが乗っかる状態。ラシェルはアベルを下敷きにしたので、さして痛くはない。しかしアベルは若干尻が痛かった。


『いやだわ、アベルお兄様って貧弱なのね。お父様なんて、もっと力一杯突進しても受け止めてくれわよ』


 あー、あ、いやになっちゃうわ。と言わんばかりに可愛らしい顔を横に振り、凄く不服そうだ。

 ラシェルは六歳にやっとなった少女だ。アベルは十八歳。少年から青年になる過程にいた。

 人によれば身体が出来上がっている者も少なくないが、アベルは細身の筋肉質ではあるが、若干同年代より成長がゆっくりだった。


 それに引き換え成長スピードが早いラシェルは、スラスラと伸び、それは将来的に圧巻の美しさを約束された容姿を六歳ですでに披露していた。

 まだまだ子供から抜けきらないアベルが、ラシェルのきつい一言に傷つかないはずはない。
 子供は基本正直なのだ。現在ラシェルは仲の良いお兄様くらいにしかアベルを見てない為、このような発言をするのだ。

 恋と呼ぶには、ラシェルの脳はお子ちゃまだった。


『これからは受け止める。大丈夫だ…』

『ふーーーん、そう』


 もう用はないとばかりに、ラシェルは自分でスチャッと立ちあがる。

 興味はもうアベルからなくなったのか、微妙な顔を披露する護衛騎士数人を連れ、ラシェルはいなくなった。

 アベルの瞳には、ラシェルの楽しげな顔が焼き付いていた。

 見上げるほど高い身長のムキムキの護衛騎士に、ウキウキワクワクと楽しそうに話すラシェル。あの笑顔を向けられたいと、何故自分はまだ小さく弱いのだと。

 努力では叶わない身体の成長スピードを、アベルは常に不安視していた。このまま、小さいまま、成長がとまれば、ラシェルには振り向いて貰えないのだと。

 考えないようにするのが背一杯。

 それでも、ヴィルヘルム叔父上から「私も成長スピードが遅かった。前世も今世も子供時代はどちらかと言うと小柄だった」そう聞いたからこそ、諦めずにおれた。


 それでも悔しくて。ラシェルにこちらを見て欲しくて。

 腹に力を入れ、愛しい彼女を呼んだ。


『ラシェル、まってくれ!!!』

 筋肉モリモリ護衛騎士に挟まれた小さな彼女(ラシェル)が振り向いた。気がした。



 ***



「ラシェル、まってくれ!!!」


 自分の声に目が覚める。小さなラシェルがいない。ここは回廊ではなく、部屋だ。そう、見覚えある部屋。ここはアベルの自室であり見慣れた寝室だ。


「どうしたの!! アベルお兄様!? 大丈夫??」


 ラシェルの優しい声が耳を撫でる。鈍い身体にムチをうち、上半身を起こすと、ラシェルがベッドに向かって走ってくる。

 かって知ったる部屋(寝室)なのだ。なんの躊躇いもなくラシェルはアベルが寝ていたベッドの上に乗ってきた。


「うわっ! 動悸が凄いわよ。アベルお兄様、深呼吸、深呼吸」


 はだけたアベルの胸に細く白いラシェルの手が置かれた。
 夢の事情(突進してきたラシェルを受け止めれず会話終了)もあり、自然にラシェルがアベルに触れてくるのに泣けた。

 アベルは懇願の目をラシェルに向ける。心臓は痛いくらいに伸縮を繰り返す。


「アベルお兄様!! 深呼吸して、お願い」

 睦言のような声色で言われたアベルは、ラシェルの言う通りに、やっと深呼吸をしだす。


「ハァ……スゥーッー……ハァ…ァ…スゥー…ハァ……ァ…スゥーッ……ハァ………」

 深呼吸をするアベルの髪をラシェルは撫でくる。


「……大丈夫?」

「ぁぁ…」

「もうぉ…良かった…」

 ラシェルにふわりを抱きしめられ、身体の力が抜けていく。

「ラシェル…、俺はアバズレ女と…」


 アベルには全く記憶がない。マルシェ(アバズレ女)の思惑にまんまとハマり、絶対絶命だったはず。

 薬を飲んで性欲を無理矢理高められた状態で、性欲処理をした覚えがない。しかし妙に身体の一部はスッキリしていた。

 間違いなく、数回…は射精したはずだ。

 まさか…、意識朦朧としながら、あの女と結婚をしなければならない行為に及んだのだろうか? あのアバズレなら、アベルの意識がない状態を好機と捉え、自ら身体を繋げるだろう。

 そしてこれ幸いにと、皆にアベル抱かれたと涙ながらに言いふらしているのでは…と恐ろしい結末が頭を過ぎる。


「大丈夫よ」


 ラシェルはアベルの頭を撫で、次は頬を撫でる。

 弾力を確かめた後は、少し伸びた髭をショリショリ、手のひらで感触を楽しんでいる。


「ラシェル…」

「そんな思いつめた顔をしなくていいわよ。アベルお兄様のはじめては、しっかり私が守ったから!!」

「まさか、ラシェルが!? いや、ラシェルが俺とアバズレ女を見て、傷ついた顔で部屋を出ただろう!?あれは現実だったはずだ!!」


 唯一記憶にある嫌な光景。

 ラシェルが怒ってなく安心するが、あの傷ついた顔を忘れるには衝撃が強い。


「ま!! アベルお兄様、かなり早い段階から記憶が飛んでいるのね」

「あれを見て、怒ってないのか?」

「私が部屋を出たのは、マルシェさんを出し抜く為よ。隠し通路から再度入室し、アベルお兄様を私が隠し通路に引っ張りこんだの。
 ご馳走を目の前でとられたからね。
 かなり汚く罵っていたわ、彼女。大きな男性器が好きみたいで。最上の獲物を逃したから怒り狂っていたの。あぁ、恐かった」


 ラシェルの言葉が嘘か本当かそれはアベルにはどうでもいい事。どうやってあの場面を切り抜けられたのかもどうでもいい。

 一番大事なのは、ラシェルがアベルを嫌いにならなければいいのだ。そして子供が出来るような行為をラシェル以外としてないらな、それが全てだ。

 アベルは感激し、ラシェルを力一杯抱きしめた。


「良かった、ありがとう…」

「どう致しまして!」


 しばらく抱き合う二人。爽やかな朝の光景にぴったりだが、最大の疑問をアベルは口に出す。


「なぁ、ラシェル。あの状態で、俺は性欲処理をした覚えもないのに、いやに身体がスッキリしているのは?
 夢精した訳でもないし、股間が汚れてないからな…何故だ?」


 抱きしめたラシェルの身体から、ふふんっという勝ち誇る鼻息が聞こえた。
 抱きしめを緩めたらなら〝いつもの悪役令嬢ラシェル〟がアベルの瞳に入ってきた。


「私が手淫で出してあげたからよ。使ったタオルの凄い量たらないわ! アベルお兄様の子種の多さにビックリしたの」

 まさかの返答にアベルはビシッと凍りつく。嫌がってはいない、むしろ楽しそうな声ではあるが、ことは重大だ。


「な、手淫っ!?」

「ええ。あっ手淫だけではないわ、口淫もよ」


 昨夜のアベルのたっぷりの善がる色気ある声を、思い出してラシェルは頬を染めて照れている。

 記憶にないからこそ、自分の失態が分からない。どのような状態でラシェルからの愛撫を受けたのか? 全く覚えてないのが地にめり込みそうなほど、残念でならない。

 それよりも確認(ラシェルの処女)が必要だ。


「俺は無理矢理、ラシェルを抱いてはいない?」

「ええ、もちろん!」

「そう…か」


 意識が朦朧としていてもアベルはアベルだ。ラシェルを組み敷くなんて未来は絶対に無い。



「安心しちゃって、やな感じ」

 不貞腐れたラシェルに、思わず溜め息が溢れる。


「安心するだろう。例え薬のせいだとしてもだ。意識がなくラシェルに襲いかかったなら、俺は自分自身を絶対に許せない、いや、許さない。
 死刑でも受けたい気分だろうが王太子の俺がそうはならないからな。100歩譲って、ヴィル叔父上の前世みたいに、宦官にでもなって赦しを乞う未来が妥当だろう…」

「ヒギャァァァァァァァァーーー!!!」


 ラシェルはプルプルと爆乳を揺らし、青ざめながら絶叫する。

 無理矢理、身体を繋げなくてよかった。父が「止めろ」と必死に止めてくれて助かった。父とのやり取りがラシェルの脳内をリピートしていく。




 ***


「ふふふ、お父様、アベルお兄様の服を脱がすの手伝って!」


「駄目だ」


「なんでよ!! 隠し通路で性行為はやめたわ。ならアベルお兄様の寝室で、ベッドの上なら構わないでしょ!!」


「ラシェル。アベルを甘くみるな」


「女だって性欲はあるの。ご馳走を目の前にして、何故我慢しなくてはならないのよ!?」


「ラシェル。アベルの思考は私に似ている」


「知ってるわよ! それがなに!?」


「ではな、今のラシェルとアベル同じ立場に、私とエル様がならったら。私は間違いなく朝、目覚めた瞬間、自分の心臓を剣で刺すだろう。
 エル様がやめてと止めたなら、宦官になり一生エル様には近づかない」


「うそ…よ」


「何よりも愛しい人を、薬に負け無意識で抱いた己を一生許さない」


「やめとくわ」


「賢明な判断だ。アベルと繋がるのは反対するが、男性器を触るのは構わないだろう。ラシェルも遊べて、アベルも射精すれば薬も抜ける」


「それで我慢するわ」


「必要なものはドアの前に置いておく」


「……お父様、ありがとう」




 ***


 あのやりとり、めちゃくちゃ大事だった。

 やはりアベルは、まんまヴィルヘルムそっくりだ。

 死刑やら宦官と、聞くだけで身が縮まる。隠し通路から無事にアベルの寝室に到着し、父であるヴィルヘルムに止められたラシェル。きちんと父の言葉に従って正解だった。


「いきなり叫んでどうした? 叫ぶと喉に悪いぞ」

「アベルお兄様って、本当にお父様そっくりね」

「? それは褒め言葉だな」

「違うわよ、呆れ言葉」

「そうか? 俺にとっては褒め言葉だ。ヴィル叔父上より、いい男なんて俺は知らない」

「………」


 アベルがとても父を崇めているのは知っていたし、ラシェルの理想的な夫婦で、ヴィルヘルムとティーナのように濃い繋がりに、ラシェルは心の底から憧れている。

 しかしだ、なんだろう、父にまでヤキモチを焼いてしまう。

 アベルお兄様の心は全てラシェルのモノ。にしたい欲望が膨れ上がる。イラッとしたので、シーツに手を突っ込んで、玉袋をグニュっと掴んで引っ張ってやる。


「んっ!? ラシェルっ、痛ッ」

「アベルお兄様の馬鹿!!」

「痛ッ、んだが…ラシェル」

「何っ、文句を言う資格あるの?」

「…いや…」


 快楽に繋がる陰茎は一切触らず、痛みを感じやすい陰嚢をひとしきり力まかせにグニグニ揉んで、ラシェルは嫉妬心を沈めていく。


(ライバルはアバズレ女より、お父様だったのね!!負けないんだから!!!)


 朝の不思議な戯れは侍従が扉の前から声をかけてくるまで、続いた。












しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...