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45、口付けの記憶……
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「クルト様、エルティーナ姫。ご挨拶をさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
キメルダは、長椅子で仲良く手を握り合って話をしている二人に穏やかに割って入った。
クルトとエルティーナは、顔を見合わせキメルダの方に静かに身体を向ける。一瞬で王族の雰囲気になった二人に少なからず、驚きがあった。
クルトには、まだ小さいながらもその魂はボルタージュ王国を導くものとしての器が見える。
エルティーナに関してはもっと子供として見ていたが、一瞬で変化した凛とした王女の雰囲気にキメルダの背筋が伸びた。確かに麗しい花だ。
「お初にお目にかかります。私、キメルダ・クーリーと申します。伯爵の位とボルタージュ騎士団の副団長も拝命しております」
クルトは、頷く。エルティーナは、座りながらも、軽くドレスを持ち上げ頭を下げる。
エルティーナの美しい仕草をみて、心が洗われるのがわかる。
(なるほど、天使というのは見た目だけでなく、内面からくる人柄も入っていらっしゃるのか。しかし、危うさがある…毒が無さ過ぎるな……)
微笑むエルティーナを キメルダは冷静に分析する。
エルティーナ姫様は、十九歳と聞く。社交界にでて人と接し、噂や妬み、嫉妬、裏切り、何も知らないはずはない。なのに、何故これほど清廉でいられるのか?
普通の感覚があれば確かに、彼女に何かしようとは思わない…天使の純白に輝く羽根を引きちぎる行為と同じに思う。
王や王妃、レオン様、エリザベス様、そしてアレンが可愛がるわけだ。クルト様でさえもうすでに癒しとして彼女を見ている。微笑ましい気持ちより危なさが断然勝つ。
「キメルダ・クーリー伯爵。私、お会いするのは初めてではございません。三年前にお会いした事がございます。可愛らしい女の子と一緒でしたわ。お名前は……エリス様でしたわね」
「覚えていらしたのですか? あの時は名乗らずに、申し訳ございません」
「いえ。あんなに泣いてらしたら、挨拶どころではないです。真っ赤な顔で泣く姿は抱きしめたく思ったのを覚えております。私も、女のお子が欲しいですわ」
「……左様で…ございますか」
エルティーナの無邪気な発言が少し感に触る。昔の物事を客観的にとらえ、尚且つ冷静に話ができる事を流石だと思う一方で、アレンの前でそれを言うのか!? と苛立ちがおこる。
無意識ほど、タチの悪いものはない。苛立ちを抑えエルティーナに進言する。
「エルティーナ姫。そろそろアレンを引き取って頂きたいのですが。どうして貴女の怒りをかったかは存じませんが、構わなければ寂しくて病気になり、死んでしまいますよ」
キメルダは出来るだけ冗談のように、舞台俳優の演技のように仰々しくエルティーナにアレンの『本音』を言った。
突如エルティーナの雰囲気が変わる。凛とした王女らしさはなくなり、花の妖精が現われたと感じる。
「ふふふ……ふふ…キメルダ・クーリー伯爵……やめて下さい…ふふ…ふふ…お腹が…痛い…です」
笑うのを必死に堪えて話す可愛らしい声は、キメルダの脳内には悪魔の声にしか聞こえない。「何がおかしい」そう言えたら…。
目尻に涙をためながら笑う。でもそれはすぐ終わりをつげ、王女の顔に戻る。
「…キメルダ・クーリー伯爵。それはアレンではなく、私です。
皆に甘え、構ってと、まとわり付き、我が儘で嫁ぎもしない、私の事です。でも大丈夫です。後六ヶ月です。アレンが私のお守りという名の護衛をするのは。
私は六ヶ月後にフリゲルン伯爵家に降嫁となります。あと少しでアレンは必ず解放致します」
エルティーナは言葉を区切り、キメルダの背後にいるアレンに視線を向ける。
「アレン、あと少し、あと少しだから我慢してね。先程の事も…自分の勉強不足を貴方に八つ当たりしてごめんなさい。
…お腹がすいたわ。一緒に取りにいってほしいです」
エルティーナの声が身体にそして脳に響き、アレンを蝕んでいく…。聞きたくない。エルティーナから別れの言葉なんて。
朝に会い、一日が過ぎて夜になる。次の朝にエルティーナと出会うまでの時間は、アレンにとっては長い拷問時間となる。
騎士としてエルティーナに再会するまで。アレンはエルティーナに会わずどうやって生きてきたか、もう思い出せない。
一日でも会わない日があれば、アレンの事をエルティーナは忘れてしまうのではないかと、日々不安はつのっていく。
「…はい。まいりましょう。エルティーナ様のお好きなチョコレートもございましたので」
叫びたい〝想い〟は何重にも鍵をかけ、心の深い奥底に隠す。
『どうか、私を忘れないでください。何も望みません。だから、どうか貴女の側にいさせてください』
全てを投げ打ってでも、命をかけてでも、アレンにとってエルティーナの側にいる事が何よりも大切で、生きる意味だった。
「本当!? 嬉しいわ。クルトも行く?」
「クルトは、ここまでだ。子供は寝る時間だからな」
「母上、大丈夫です。まだ眠くないです」
「いや、寝るんだ」
エリザベスは、ぐするクルトを抱き上げる。有無を言わさないエリザベスの言葉は絶大で、クルトは不服そうな顔をしているが、大人しくエリザベスの腕の中にいる。そして遠くでは、レオンがメフィスを抱いていた。
「エル。おやすみのキスをください」
クルトのなんとも可愛らしいお願いにエルティーナは柔らかく微笑む。そして、エリザベスの腕の中にいるクルトの額にキスをしようと、顔を近づけると。
その直後クルトがエリザベスの腕の中から身体を乗り出し、エルティーナの頬を掴み唇と唇を合わせる。
「チュッ」
なんとも可愛らしいリップ音が辺りに響く。目が点になるエルティーナに、クルトは晴れ晴れした笑顔で「エルのファーストキスは僕が貰っちゃった。えへへへ」と言った。
周り全てが茫然する中、エリザベスとレオンがいち早く覚醒する。クルトをエルティーナから引き剥がし距離をとる。
クルトよりも、エルティーナが泣くのではと思ったのだ。
男性に夢を見ているエルティーナには、相手がクルトでも嫌悪感がすると思ったからだ。しかしエルティーナの反応は普通だった。
「もう、クルトったら。ふふふ。おやすみなさい」
エルティーナはクルトに柔らかく微笑む。レオンもエリザベスも近くにいたキメルダも肩透かしをくらった気分だった。
「では、失礼いたします」
エルティーナは軽く膝を折り、クルトに手をふりアレンを見上げる。
「アレン。食べに行きましょう!!」そう言ってその場を離れた。
「…エルティーナ様。とても嬉しそうですね。クルト様との口付けはそれほど良かったですか」
口調がどうしても刺々しくなる。アレンにはどうしても先程のは許せなかった。例え、クルトはエルティーナにとって甥であろうと男は 男だ。
嫌がってほしかった。涙を流し嫌がってほしかった。なのにエルティーナの反応は穏やかだ。むしろ喜んでいるように感じ、胸にシコリが残る…。
(私が口を出す権利はない……。ないのは分かっている……が……)
エルティーナは自分の頬が緩むのが分かり、出来るだけ普通の顔で!! と頭の中で繰り返す。
「別に、喜んでないわ。良かったかなんて、一瞬だったし 分からなかったわ」
(いや~駄目、顔が緩むし赤くなるぅ~。アレンに変に思われるわ!! クルトと口付けして喜んでいるように見えるなんて、変態みたいじゃない。でも…駄目、顔が緩む~)
エルティーナはクルトとの口付けを喜んでいるわけではない。当たり前だが……。
ただ…クルトとの口付けで、エルティーナの霧がかっていたアレンとの十一年前の記憶が、一気に色づいて。かなり細部まで思い出してしまったのだ。
自ら服を脱ぎ、抵抗しているアレンに馬乗りになって何度も口付けをしたのだ。次第に深くなる口付けに…、甘く香るアレンの匂いに…酔ったのを思い出す。
あんな情熱的な口付けをしていた自分が驚きだ。
(昔の私は偉大だわ!!今は触れる事も出来ないのに… 嫌…でもあれを今したら……。ぎゃあぁぁぁぁぁ。想像するな私!!! 恥ずかしすぎるぅ!! 黒歴史っ~)
軽く唇が触れあっただけのように見えたが、エルティーナをみると違うのか? と疑問に思う。
(エル様は忘れていても、貴女の初めての口付けは私です。貴女はあの時初めてと。そうおっしゃった。何度も何度も口付けをした。……数え切れないくらい。
この先、どれだけ貴女が口付けをしても初めては決して変わらない。
エル様の初めては私で。私の初めてはエル様だ。
幸せな記憶……。覆す事の出来ない事実……。それが私には嬉しい。例え私の記憶の中だけであっても………かまわない)
甘い幼い頃の記憶は、アレンには神から贈り物だった。
「本当にあるわ!! アレン、チョコレートがあるわ!!」
エルティーナはテーブルの上にあるチョコレートに大絶賛だ。本当に可愛らしい人だとアレンは思う。
「お取りしますね」
「ありがとう、アレン!」
チョコレートの種類は、全部で三種。
沢山あればまた、先日みたいに間接的に口付けができるのにとアレンは残念に思う。
(エル様は、少し潔癖な所がお有りだから、あまりあからさまだと嫌がられる可能性があるから気をつけないといけない。しかし胸が高鳴るので止められないし、機会があればもう一度と思うな…)
アレンは先日のミダでの出来事を思いだしていた。
「太陽神と大地を育む生命達に心からの感謝を」
目をつぶり、手を組み、口に出す。エルティーナはどんな事があっても必ず唱える。どんな事も感謝を忘れない。これはエルティーナの中の信念でもあった。
アレンもそんなエルティーナを誇りに思う。
「エルティーナ様、美味しいですか?」
「美味しいわ。でも…ミダのチョコレートには負けるわね。ミダのチョコレートの方が何倍も美味しい…と思う」
「くすっ。機会があれば、調達してまいりますよ」
「えっ!? 違うの、そういう事ではないわ。ミダではお料理やお菓子は全て持ち出し禁止よ。
もちろん、チョコレートも駄目。王女だからって我が儘は駄目よ。ミダでしか食べれないからこその魅力だもの」
「エルティーナ様は、本当に何も望まれないのですね」
「もう。何を言うの!! 私は十分贅沢しているし、我が儘で好き放題してるわ。私がいい娘に見えるのだったら、この世の全ての人がいい人だわ。
……でも、アレンにそう言われるのは大好きよ。とても素敵な人になれた気がするから。アレンは本当に優しいわね」
「私は、優しくないです。エルティーナ様、こちらに肉と魚も用意しました。どうぞ。細かく切ったので、食べやすいと思いますよ」
「分かった、アレンは優しいのではなく甘々なのよ。本当に……でもありがとう!!」
パクッ。ぅもぐもぐ。
立食パーティー用の料理は食べやすいし、美味しい。とてもいい味付けだった。エルティーナは初めて食べる味に興奮を隠せない。デミグラスソースが濃く見えるのに、あっさりで、パーティーの度に新作を披露する王宮料理長の腕に度肝を抜かれる。
あまりの美味に、アレンも食べたらいいのに…と咄嗟に脳に過ぎる。
(一口くらいなら、食べるかしら?)
「ねえ、アレン。このお肉、凄く美味しいわ。デミグラスソースが濃く見えるのに、意外とあっさりなのよ。微かに柑橘系の香りもするわ。
一口食べてみない? はいっ。どうぞ!!」
エルティーナの脳内は、デミグラスソースの事しか考えていなかった。アレンが外であまり食べ物を口にしないのは知っていた。だが一口くらいはいいと…何故か思ったのだ。
それに加え、内輪の立食晩餐会で礼儀があまり厳しくない事、これらが悪かった。
エルティーナは、自らが使いまくったフォーク……何度も魚をさして口に運ぶ、肉をさして口に運ぶ、先に付いたデミグラスソースを舐めるなどをしたフォークに……デミグラスソースがふんだんにかかった肉をまたさして、アレンにどうぞとフォークを差し出した。
「………………」
何故か、アレンは無言だ。差し出したフォークを見つめるだけで、受け取らないアレンを不思議に思いしばし沈黙。そして気づく。
「ぎゃあ!!!」と思い。
手を引っ込めようとしたら、アレンの大きな手がエルティーナの手ごとフォークを掴み口に運ぶ。
アレンの綺麗な形の唇が開き、デミグラスソース付きの肉が入り、フォークが唇をゆっくりとスライドしながら肉を抜いていく。
手を掴まれているので、真正面の至近距離からエルティーナはアレンの唇を見る羽目になる。
(ひやぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁ)脳内で叫んでいるとアレンの咀嚼が終わったみたいで。
「本当に、柑橘系の爽やかさがあるお肉ですね」
と感想が返ってきた。自分で言うのもあれだがこれはないわ。己の阿保さに、自分自身で叱咤する。
「………アレン。ごめんなさい。これはないわね。……気持ち悪かったでしょ。新しいフォークで渡すべきだったのに… 本当にごめんなさい」
瞳を潤ませながら話すエルティーナに、先ほどの事があまりにも幸せ過ぎて誤魔化すのも忘れ、アレンは正直に答えてしまう。
「気持ち悪いわけがありません。同じフォークで食べるのは、まるで家族みたいではありませんか。
エルティーナ様と私は血の繋がった家族ではないですが、そう思ってもらいたいとは常々考えておりましたので、嬉しいです」
アレンの言葉が嬉しくて嬉しくてたまらない。
「家族…? 本当に?」
首を傾げるエルティーナが可愛すぎて、アレンは抱きしめたくて堪らない気持ちが溢れ、それを身体に力を入れ止める。
「もちろん。本当です」
二人は瞳を合わせ微笑み合う。エルティーナはそのままフォークを使い続けた、たまにアレンに「はい!」って手ずから口に運ぶ。
色んな料理を少しづつ、一つのフォークを二人で使う。
そんな二人は周りを楽園に引きずり込んでいた。
うっかりエルティーナとアレンを見た者、誰しもが見惚れ固まる。
しばし固まるが、見惚れていたのに気づいた者から順に視線を外していく…知らないフリを、見て見ないふりをする。
その儚くも美しい光景を壊したくなくて…。
キメルダは、長椅子で仲良く手を握り合って話をしている二人に穏やかに割って入った。
クルトとエルティーナは、顔を見合わせキメルダの方に静かに身体を向ける。一瞬で王族の雰囲気になった二人に少なからず、驚きがあった。
クルトには、まだ小さいながらもその魂はボルタージュ王国を導くものとしての器が見える。
エルティーナに関してはもっと子供として見ていたが、一瞬で変化した凛とした王女の雰囲気にキメルダの背筋が伸びた。確かに麗しい花だ。
「お初にお目にかかります。私、キメルダ・クーリーと申します。伯爵の位とボルタージュ騎士団の副団長も拝命しております」
クルトは、頷く。エルティーナは、座りながらも、軽くドレスを持ち上げ頭を下げる。
エルティーナの美しい仕草をみて、心が洗われるのがわかる。
(なるほど、天使というのは見た目だけでなく、内面からくる人柄も入っていらっしゃるのか。しかし、危うさがある…毒が無さ過ぎるな……)
微笑むエルティーナを キメルダは冷静に分析する。
エルティーナ姫様は、十九歳と聞く。社交界にでて人と接し、噂や妬み、嫉妬、裏切り、何も知らないはずはない。なのに、何故これほど清廉でいられるのか?
普通の感覚があれば確かに、彼女に何かしようとは思わない…天使の純白に輝く羽根を引きちぎる行為と同じに思う。
王や王妃、レオン様、エリザベス様、そしてアレンが可愛がるわけだ。クルト様でさえもうすでに癒しとして彼女を見ている。微笑ましい気持ちより危なさが断然勝つ。
「キメルダ・クーリー伯爵。私、お会いするのは初めてではございません。三年前にお会いした事がございます。可愛らしい女の子と一緒でしたわ。お名前は……エリス様でしたわね」
「覚えていらしたのですか? あの時は名乗らずに、申し訳ございません」
「いえ。あんなに泣いてらしたら、挨拶どころではないです。真っ赤な顔で泣く姿は抱きしめたく思ったのを覚えております。私も、女のお子が欲しいですわ」
「……左様で…ございますか」
エルティーナの無邪気な発言が少し感に触る。昔の物事を客観的にとらえ、尚且つ冷静に話ができる事を流石だと思う一方で、アレンの前でそれを言うのか!? と苛立ちがおこる。
無意識ほど、タチの悪いものはない。苛立ちを抑えエルティーナに進言する。
「エルティーナ姫。そろそろアレンを引き取って頂きたいのですが。どうして貴女の怒りをかったかは存じませんが、構わなければ寂しくて病気になり、死んでしまいますよ」
キメルダは出来るだけ冗談のように、舞台俳優の演技のように仰々しくエルティーナにアレンの『本音』を言った。
突如エルティーナの雰囲気が変わる。凛とした王女らしさはなくなり、花の妖精が現われたと感じる。
「ふふふ……ふふ…キメルダ・クーリー伯爵……やめて下さい…ふふ…ふふ…お腹が…痛い…です」
笑うのを必死に堪えて話す可愛らしい声は、キメルダの脳内には悪魔の声にしか聞こえない。「何がおかしい」そう言えたら…。
目尻に涙をためながら笑う。でもそれはすぐ終わりをつげ、王女の顔に戻る。
「…キメルダ・クーリー伯爵。それはアレンではなく、私です。
皆に甘え、構ってと、まとわり付き、我が儘で嫁ぎもしない、私の事です。でも大丈夫です。後六ヶ月です。アレンが私のお守りという名の護衛をするのは。
私は六ヶ月後にフリゲルン伯爵家に降嫁となります。あと少しでアレンは必ず解放致します」
エルティーナは言葉を区切り、キメルダの背後にいるアレンに視線を向ける。
「アレン、あと少し、あと少しだから我慢してね。先程の事も…自分の勉強不足を貴方に八つ当たりしてごめんなさい。
…お腹がすいたわ。一緒に取りにいってほしいです」
エルティーナの声が身体にそして脳に響き、アレンを蝕んでいく…。聞きたくない。エルティーナから別れの言葉なんて。
朝に会い、一日が過ぎて夜になる。次の朝にエルティーナと出会うまでの時間は、アレンにとっては長い拷問時間となる。
騎士としてエルティーナに再会するまで。アレンはエルティーナに会わずどうやって生きてきたか、もう思い出せない。
一日でも会わない日があれば、アレンの事をエルティーナは忘れてしまうのではないかと、日々不安はつのっていく。
「…はい。まいりましょう。エルティーナ様のお好きなチョコレートもございましたので」
叫びたい〝想い〟は何重にも鍵をかけ、心の深い奥底に隠す。
『どうか、私を忘れないでください。何も望みません。だから、どうか貴女の側にいさせてください』
全てを投げ打ってでも、命をかけてでも、アレンにとってエルティーナの側にいる事が何よりも大切で、生きる意味だった。
「本当!? 嬉しいわ。クルトも行く?」
「クルトは、ここまでだ。子供は寝る時間だからな」
「母上、大丈夫です。まだ眠くないです」
「いや、寝るんだ」
エリザベスは、ぐするクルトを抱き上げる。有無を言わさないエリザベスの言葉は絶大で、クルトは不服そうな顔をしているが、大人しくエリザベスの腕の中にいる。そして遠くでは、レオンがメフィスを抱いていた。
「エル。おやすみのキスをください」
クルトのなんとも可愛らしいお願いにエルティーナは柔らかく微笑む。そして、エリザベスの腕の中にいるクルトの額にキスをしようと、顔を近づけると。
その直後クルトがエリザベスの腕の中から身体を乗り出し、エルティーナの頬を掴み唇と唇を合わせる。
「チュッ」
なんとも可愛らしいリップ音が辺りに響く。目が点になるエルティーナに、クルトは晴れ晴れした笑顔で「エルのファーストキスは僕が貰っちゃった。えへへへ」と言った。
周り全てが茫然する中、エリザベスとレオンがいち早く覚醒する。クルトをエルティーナから引き剥がし距離をとる。
クルトよりも、エルティーナが泣くのではと思ったのだ。
男性に夢を見ているエルティーナには、相手がクルトでも嫌悪感がすると思ったからだ。しかしエルティーナの反応は普通だった。
「もう、クルトったら。ふふふ。おやすみなさい」
エルティーナはクルトに柔らかく微笑む。レオンもエリザベスも近くにいたキメルダも肩透かしをくらった気分だった。
「では、失礼いたします」
エルティーナは軽く膝を折り、クルトに手をふりアレンを見上げる。
「アレン。食べに行きましょう!!」そう言ってその場を離れた。
「…エルティーナ様。とても嬉しそうですね。クルト様との口付けはそれほど良かったですか」
口調がどうしても刺々しくなる。アレンにはどうしても先程のは許せなかった。例え、クルトはエルティーナにとって甥であろうと男は 男だ。
嫌がってほしかった。涙を流し嫌がってほしかった。なのにエルティーナの反応は穏やかだ。むしろ喜んでいるように感じ、胸にシコリが残る…。
(私が口を出す権利はない……。ないのは分かっている……が……)
エルティーナは自分の頬が緩むのが分かり、出来るだけ普通の顔で!! と頭の中で繰り返す。
「別に、喜んでないわ。良かったかなんて、一瞬だったし 分からなかったわ」
(いや~駄目、顔が緩むし赤くなるぅ~。アレンに変に思われるわ!! クルトと口付けして喜んでいるように見えるなんて、変態みたいじゃない。でも…駄目、顔が緩む~)
エルティーナはクルトとの口付けを喜んでいるわけではない。当たり前だが……。
ただ…クルトとの口付けで、エルティーナの霧がかっていたアレンとの十一年前の記憶が、一気に色づいて。かなり細部まで思い出してしまったのだ。
自ら服を脱ぎ、抵抗しているアレンに馬乗りになって何度も口付けをしたのだ。次第に深くなる口付けに…、甘く香るアレンの匂いに…酔ったのを思い出す。
あんな情熱的な口付けをしていた自分が驚きだ。
(昔の私は偉大だわ!!今は触れる事も出来ないのに… 嫌…でもあれを今したら……。ぎゃあぁぁぁぁぁ。想像するな私!!! 恥ずかしすぎるぅ!! 黒歴史っ~)
軽く唇が触れあっただけのように見えたが、エルティーナをみると違うのか? と疑問に思う。
(エル様は忘れていても、貴女の初めての口付けは私です。貴女はあの時初めてと。そうおっしゃった。何度も何度も口付けをした。……数え切れないくらい。
この先、どれだけ貴女が口付けをしても初めては決して変わらない。
エル様の初めては私で。私の初めてはエル様だ。
幸せな記憶……。覆す事の出来ない事実……。それが私には嬉しい。例え私の記憶の中だけであっても………かまわない)
甘い幼い頃の記憶は、アレンには神から贈り物だった。
「本当にあるわ!! アレン、チョコレートがあるわ!!」
エルティーナはテーブルの上にあるチョコレートに大絶賛だ。本当に可愛らしい人だとアレンは思う。
「お取りしますね」
「ありがとう、アレン!」
チョコレートの種類は、全部で三種。
沢山あればまた、先日みたいに間接的に口付けができるのにとアレンは残念に思う。
(エル様は、少し潔癖な所がお有りだから、あまりあからさまだと嫌がられる可能性があるから気をつけないといけない。しかし胸が高鳴るので止められないし、機会があればもう一度と思うな…)
アレンは先日のミダでの出来事を思いだしていた。
「太陽神と大地を育む生命達に心からの感謝を」
目をつぶり、手を組み、口に出す。エルティーナはどんな事があっても必ず唱える。どんな事も感謝を忘れない。これはエルティーナの中の信念でもあった。
アレンもそんなエルティーナを誇りに思う。
「エルティーナ様、美味しいですか?」
「美味しいわ。でも…ミダのチョコレートには負けるわね。ミダのチョコレートの方が何倍も美味しい…と思う」
「くすっ。機会があれば、調達してまいりますよ」
「えっ!? 違うの、そういう事ではないわ。ミダではお料理やお菓子は全て持ち出し禁止よ。
もちろん、チョコレートも駄目。王女だからって我が儘は駄目よ。ミダでしか食べれないからこその魅力だもの」
「エルティーナ様は、本当に何も望まれないのですね」
「もう。何を言うの!! 私は十分贅沢しているし、我が儘で好き放題してるわ。私がいい娘に見えるのだったら、この世の全ての人がいい人だわ。
……でも、アレンにそう言われるのは大好きよ。とても素敵な人になれた気がするから。アレンは本当に優しいわね」
「私は、優しくないです。エルティーナ様、こちらに肉と魚も用意しました。どうぞ。細かく切ったので、食べやすいと思いますよ」
「分かった、アレンは優しいのではなく甘々なのよ。本当に……でもありがとう!!」
パクッ。ぅもぐもぐ。
立食パーティー用の料理は食べやすいし、美味しい。とてもいい味付けだった。エルティーナは初めて食べる味に興奮を隠せない。デミグラスソースが濃く見えるのに、あっさりで、パーティーの度に新作を披露する王宮料理長の腕に度肝を抜かれる。
あまりの美味に、アレンも食べたらいいのに…と咄嗟に脳に過ぎる。
(一口くらいなら、食べるかしら?)
「ねえ、アレン。このお肉、凄く美味しいわ。デミグラスソースが濃く見えるのに、意外とあっさりなのよ。微かに柑橘系の香りもするわ。
一口食べてみない? はいっ。どうぞ!!」
エルティーナの脳内は、デミグラスソースの事しか考えていなかった。アレンが外であまり食べ物を口にしないのは知っていた。だが一口くらいはいいと…何故か思ったのだ。
それに加え、内輪の立食晩餐会で礼儀があまり厳しくない事、これらが悪かった。
エルティーナは、自らが使いまくったフォーク……何度も魚をさして口に運ぶ、肉をさして口に運ぶ、先に付いたデミグラスソースを舐めるなどをしたフォークに……デミグラスソースがふんだんにかかった肉をまたさして、アレンにどうぞとフォークを差し出した。
「………………」
何故か、アレンは無言だ。差し出したフォークを見つめるだけで、受け取らないアレンを不思議に思いしばし沈黙。そして気づく。
「ぎゃあ!!!」と思い。
手を引っ込めようとしたら、アレンの大きな手がエルティーナの手ごとフォークを掴み口に運ぶ。
アレンの綺麗な形の唇が開き、デミグラスソース付きの肉が入り、フォークが唇をゆっくりとスライドしながら肉を抜いていく。
手を掴まれているので、真正面の至近距離からエルティーナはアレンの唇を見る羽目になる。
(ひやぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁ)脳内で叫んでいるとアレンの咀嚼が終わったみたいで。
「本当に、柑橘系の爽やかさがあるお肉ですね」
と感想が返ってきた。自分で言うのもあれだがこれはないわ。己の阿保さに、自分自身で叱咤する。
「………アレン。ごめんなさい。これはないわね。……気持ち悪かったでしょ。新しいフォークで渡すべきだったのに… 本当にごめんなさい」
瞳を潤ませながら話すエルティーナに、先ほどの事があまりにも幸せ過ぎて誤魔化すのも忘れ、アレンは正直に答えてしまう。
「気持ち悪いわけがありません。同じフォークで食べるのは、まるで家族みたいではありませんか。
エルティーナ様と私は血の繋がった家族ではないですが、そう思ってもらいたいとは常々考えておりましたので、嬉しいです」
アレンの言葉が嬉しくて嬉しくてたまらない。
「家族…? 本当に?」
首を傾げるエルティーナが可愛すぎて、アレンは抱きしめたくて堪らない気持ちが溢れ、それを身体に力を入れ止める。
「もちろん。本当です」
二人は瞳を合わせ微笑み合う。エルティーナはそのままフォークを使い続けた、たまにアレンに「はい!」って手ずから口に運ぶ。
色んな料理を少しづつ、一つのフォークを二人で使う。
そんな二人は周りを楽園に引きずり込んでいた。
うっかりエルティーナとアレンを見た者、誰しもが見惚れ固まる。
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