恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第二章「鏡像」・③

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       ※  ※  ※


「す、すごいんだな・・・最近のヒーローショーは・・・・・・」

 周りにつられて拍手をしながら、思わず素直な感想が口から漏れてしまっていた。

 以前「すかドリ」に赴いた時に話した女性──確か、桜井さんと言ったか。

 彼女が出て来た時もそれはそれで驚いたが、その後登場したライズマンの動きにはもっと驚かされた。

 ハヤトの体は、柔らかな物腰に少し不釣り合いなくらい鍛えられているなと以前から思っていたが・・・あのスーツを着ていると文字通り別人だ。

 一挙手一投足がハキハキと小気味良く、思わず目を奪われてしまう。

 それに、あの銀の折り紙の恐竜のような怪獣も凄かった。

 一体どのような仕掛けなのか検討もつかないが・・・まるで生きているかのような動きだったな。

 昨今は「アニマトロニクス」なるロボットが世界中のイベントで展示されているとサラから聞いた事があるが、あれもその一種なのだろうか。とにかく、凄い迫力だった。

 ・・・・・・ただ・・・・・・

「最後に見えた赤い光は・・・」

 きっと私の思い違いだろうが・・・

 昼間際の野外ステージでもくっきりと見えたあの赤い光には、どうにも見覚えがある気がして、少し引っかかっていた。

<ヴー、ヴー、ヴー>

 と、そこで思考を中断するように腕時計型端末が振動し、着信を伝えてくる。

 ・・・またしても、こんなに早く休日が終わるとはな、と自嘲して、席を立つ。

 すぐに外に出られるよう、端の通路近くに座っておいてよかった。客席脇の階段を上がり、少し離れてから端末に応答する。

「私だ。どうし───」

『キリュウ隊長おぉッッ‼ ご無事ですかあぁッッ‼』

「・・・・・・は?」

 開口一番、マクスウェル中尉のたいそう暑苦しい叫びが響いた。

『あっ! い、いえそのっ! 実は千葉の方で通信障害が起きていたようでして! それと、怪しい飛翔体の報告も同時に! それで、キリュウ隊長の無事を確認しようかと連絡したのですが! 今の今まで繋がらなくてですねっ!』

「・・・? 何だって?」

 履歴を確認しようとして、同時に端末が鳴動する。

 この5分間に中尉からの着信が3件もあった事を、今になってようやく端末が認識したのだ。

「・・・少し、不自然だな」

 この端末は、基地局を介しての通信が届かなかった場合、自動的に衛星通信に切り替わる。

 故に、如何に広域な通信障害が起きようと、屋外にいれば衛星が破壊されない限り連絡が通じるはずなのだ。

「どうにもきな臭いな。ここは一度、基地に戻って──」

『あっ・・・! で、ですがその・・・高エネルギー反応は確認されておりませんし・・・隊長がご無事なのでしたら・・・きゅ、休日を返上なさる程ではないかと・・・思うのですが・・・』

 中尉の不器用な心遣いが、痛いくらいに伝わってくる。

 確かに通信障害については不自然だが・・・心配のし過ぎも体に毒、か。

「・・・ふむ。判った。電波障害の件、もしジャガーノートが絡んでいそうなら、中尉の判断で調査してくれ。私はお言葉に甘えて引き続き休日を楽しませてもらう事にしよう」

『アイ・マム! 大変失礼いたしました! 良い休日を!』

 通信を終えたところで、テリオを呼び出す。

「今の通信、聞いていたか?」

『はい。一応報告しておきますが、私の方では特に外部との通信に障害はありませんでした。勿論、高エネルギー反応もありません』

「・・・だろうな。やはり、端末の調子が悪かっただけ・・・か・・・?」

『ちなみに、マスターがイヤホンの電源をお切りになっていなければ、数分前にマスターの周囲でだけ電波障害が起きていたかどうかが判ったのですが』

「「過ぎた事をネチネチと言うのは失礼だ」と配慮の足りんメモリーに刻んでおけ」

 再びイヤホンの電源を容赦なく落とし、観客席脇の階段へ。

 ・・・本当に戻らなくて良かったのだろうか、と思う気持ちはある。

 だが、何でもかんでも私が首を突っ込むようでは、過保護どころか部下を信頼していないのと同じ。

 何があっても、彼らならきっと大丈夫だ──お節介を押し込めて、元の席へと戻った。


       ※  ※  ※


「矢野室長ぉーッ! 矢野室長いますかぁーッ!」

 野登洲湖のほとりにある「水質調査センター」──その一室のドアを、竜ヶ谷は口を尖らせながら勢いよく開け放った。

「? ・・・おぉ、竜ヶ谷くん、一体どうしたんだ?」

 しかめっ面の竜ヶ谷に、心底不思議そうな顔で返事をしたのは、JAGD極東支局研究課の責任者を務める矢野という中年の男だ。

 正式な役職名は研究課課長──一般企業なら部長に相当する職位だが、いつも研究室に籠もりきりのため、いつしか本人公認で「室長」という愛称で呼ばれるようになっていた。

「熱中するのもいいですけど、通信に出るくらいはして下さいって話です!」

 現地に着いても一向に返事がなかったため、竜ヶ谷はセンターの入り口で待機していた警備課員に矢野がここにいると聞いてやって来たのである。

 彼がここまでイライラしていたのは、運転中にユーリャが本当に一言も喋らず、死ぬ程気まずい2時間半のドライブを経たためだったが、勿論それを矢野が知るはずもなかった。

「待ってくれ! 通信なんて来てないぞ? いくら僕だって連絡には気を付けてるよ!」

 言いながら、矢野は自分の端末を見せる。確かに、竜ヶ谷からの着信履歴はなかった。

「・・・いや、でも・・・それはそれでおかしいんじゃ・・・」

 地下でなければ、ほぼどんな状況でも繋がるというのがこの端末の謳い文句だったはずだ。

「室長! また一つ見つけました──あれ? 竜ヶ谷さん?」

 と、そこで、警備課の青年・落合が部屋に駆け込んでくる。

「あれ? オッチー? どうしてここに?」

 矢野の部下である研究課ではなく、どうして警備課の人間が? と疑問符を浮かべる竜ヶ谷に会釈しつつ、落合は古ぼけた紙が収納された薄型のプラスチックケースを机の上に置く。

 中の紙には、所々かすれてはいるが、何か絵が描かれているのが見て取れた。

「! ・・・これ・・・まさか「遺文レリック」・・・?」

 竜ヶ谷の呟きに、矢野はコクリと頷いた。

「桐生隊長が怪しいと言っていたんで、この施設を覗いてみたら・・・ビンゴだったよ。死骸の分析は部下に任せて、僕は警備課から人を借りてこっちをあたる事にしたんだ」

 矢野は過去に本局の考古課にも籍を置いていた事があり、「遺文」にも造詣が深い。

 プラスチックケースにペンライトで光を当てて観察しながら、話を続けた。

「おそらくこの施設自体が、No.014を研究するために造られたんだろうね。偽装のためにわざとバラバラに資料を保管してるみたいで、まだ一部しか見つけられていないけど・・・出て来る資料は全てこの野登洲湖や、周辺の土地の歴史に関するものばかりだったんだ」

 アカネの予想通りとは言え、竜ヶ谷は言葉を失っていた。

「うぅむ。詳しく調べてみないと断定は出来ないが、この「遺物」が描かれたのは平安時代くらいかも知れないね。それと・・・ほら、ここを見てくれ」

 矢野に促されるまま古ぼけた紙に視線を向けると、そこには青い肌をした、トドやアシカなどの鰭脚類ききゃくるいに似た動物の絵があった。

 ただし、その首元からは人間の腕が一対生え、頭だけが真っ白に塗られており、少なくともこの世の動物を描いたものでない事は一目瞭然だった。

 絵の横には、かろうじて判別できる文字で、「おりかがみ」と記されている。

「他の資料には、「澱禍神」や「憑鏡」という字もあった。表記は違うけど、読み方も、差しているものも同じだろう。当て字なら当て字なりに、何か意味があるのかも知れないし」

「名は体を表す・・・ってやつですか」

「そういう事だ。あとどうにも引っかかるのはこっちの資料の・・・あった。ここの部分なんだけどね。「この物、刎ぬ首日月のひかりのごとくかヾやけり」──」

 矢野が指差した部分を目で追う竜ヶ谷だったが、古文の成績に自信がなかったために、咳払いをして翻訳を促した。

「・・・おぉすまない。簡単に言うと・・・落とした怪物の首が星の光のように輝いた後、水飴のようになって散らばったので、集めて「かめ」に封じた──と書いてあるんだ」

「・・・? 首が液体になって散らばった・・・? ますます訳が判らねぇ・・・」

「今の所、どうやって退治したかの資料はまだ見つかっていないんだけど、僕はこの「甕」の存在がどうにも気になってしまってね・・・」

 矢野は眉をひそめ、顎を掻いた。

「見つかった資料の断片から察するに、首を落とされた後の死骸はこの野登洲湖・・・まぁ底が見えないほど汚いから湖より沼って感じだけど・・・その底に放置されていたみたいなんだ」

「つまり、もしそのオリカガミってのがNo.014の本来の姿だとすると、あれは首のない死骸が生き返ったもので、落とされた首はまた別にある・・・ってわけですか?」

「あくまで推論だけどね。ちなみに、まだ「甕」と思しきものは見つかっていない」

 苦い顔が、竜ヶ谷にまで伝播する。

 そして同時に、彼の中で、散りばめられたピースの一つが繋がった感覚があった。

「さっきの通信障害といい・・・もしかして、No.014は・・・まだ・・・・・・」
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