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しおりを挟む翌朝、悠人は夢だと思った。しかし、出勤途中の公園のベンチで、彼はまた彼女に会った。
昨日と全く同じワンピースを着て、昨日と同じ澄んだ目をした雫に。
「あの、昨日の……」
悠人が話しかけると、彼女は首を傾げた。
「あの、えっと、どちら様でしょうか?」
やはり、彼女には昨日の記憶が一切ない。
駅にいた雫は昨日、人々が『忘れたい』と願った記憶の集合体として生まれ、終電のベルとともに消滅する、「泡沫の存在」なのだと、悠人は悟った。
なぜ、目の前の彼女の姿を象っていたのかは分からない。去っていく背に思う。
だがその日以来、悠人の生活は変わった。
彼は毎日、深夜残業を切り上げ、雫を探す旅に出た。
彼女は駅のホーム、深夜の喫茶店、大きな川にかかる橋の上など、いつも人々の心が最も揺れる場所にいた。
彼は毎日、初対面の彼女を口説いた。
「また会えましたね」
「僕のこと、覚えていませんか?」
「あなたが消えてから、ずっと探していました」
そして、毎日、彼女に星型のピーチ味の飴を渡した。
「なぜ、これを?」
ある日、彼女は尋ねた。
「あなたが、初めて会った時にこれを気に入ってくれたからです」
「そんな気が、します」
彼女は微笑んだが、その表情の奥には、どこか切ない影があった。
ある晩、繁華街の路地裏で彼女に会ったとき、悠人は決定的な事実に気づいた。
彼女が首から提げていたネックレス。それは、以前悠人が、失恋した相手に贈ったものと酷似していた。
細工の施されたハートの形。そして、裏側には悠人の指紋のような微かな傷があった。
「そのペンダント……どこで?」
「気づいたら持っていました。誰かが、強く忘れたいと願った思い出の品のようですね」
「忘れたい……」
悠人の胸が締め付けられた。この雫という女性は、単なる泡沫の精霊ではない。
彼女は、悠人自身の「忘れたい」と強く願った、過去の恋人、あるいは自分自身の影なのではないか。
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