【完結】終電に消える、泡沫の君

ふじ朔太郎

文字の大きさ
2 / 3

2

しおりを挟む

 翌朝、悠人は夢だと思った。しかし、出勤途中の公園のベンチで、彼はまた彼女に会った。

 昨日と全く同じワンピースを着て、昨日と同じ澄んだ目をした雫に。

​「あの、昨日の……」

 悠人が話しかけると、彼女は首を傾げた。

「あの、えっと、どちら様でしょうか?」

 やはり、彼女には昨日の記憶が一切ない。

 駅にいた雫は昨日、人々が『忘れたい』と願った記憶の集合体として生まれ、終電のベルとともに消滅する、「泡沫うたかたの存在」なのだと、悠人は悟った。

 なぜ、目の前の彼女の姿を象っていたのかは分からない。去っていく背に思う。

 だがその日以来、悠人の生活は変わった。

 彼は毎日、深夜残業を切り上げ、雫を探す旅に出た。

 彼女は駅のホーム、深夜の喫茶店、大きな川にかかる橋の上など、いつも人々の心が最も揺れる場所にいた。

 ​彼は毎日、初対面の彼女を口説いた。

「また会えましたね」
「僕のこと、覚えていませんか?」
「あなたが消えてから、ずっと探していました」

 そして、毎日、彼女に星型のピーチ味の飴を渡した。

​「なぜ、これを?」

 ​ある日、彼女は尋ねた。

「あなたが、初めて会った時にこれを気に入ってくれたからです」
​「そんな気が、します」

 彼女は微笑んだが、その表情の奥には、どこか切ない影があった。

 ある晩、繁華街の路地裏で彼女に会ったとき、悠人は決定的な事実に気づいた。

 彼女が首から提げていたネックレス。それは、以前悠人が、失恋した相手に贈ったものと酷似していた。

 細工の施されたハートの形。そして、裏側には悠人の指紋のような微かな傷があった。

「そのペンダント……どこで?」
「気づいたら持っていました。誰かが、強く忘れたいと願った思い出の品のようですね」
「忘れたい……」

 悠人の胸が締め付けられた。この雫という女性は、単なる泡沫の精霊ではない。

 彼女は、悠人自身の「忘れたい」と強く願った、過去の恋人、あるいは自分自身の影なのではないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

あなたが遺した花の名は

きまま
恋愛
——どうか、お幸せに。 ※拙い文章です。読みにくい箇所があるかもしれません。 ※作者都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...