最低な恋の終わり、最高の恋の始まり

榊 海獺(さかき らっこ)

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Chapter2 : 接近

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<♥>
 期待も安心も充実も未来も全部あの一言に壊されてしまった。″もう終わりにしよう″これほどまでに残酷な言葉を私は知らない。
 私はまだ翔太から″嫌い″という言葉を聞いていない。″終わり″という言葉は聞いたけど″嫌い″とは言われていない。
ねぇ翔太。まだ私のこと好き?


 翔太にフラれた私はまた1人で飲み歩くようになっていた。翔太を失ってしまった喪失感と寂しさを紛らわすにはそうするしかなかったのだと思う。
 行き付けだったbar clamは翔太との想い出が残っているから行けなくなってしまった。というより、行きたくなかった。翔太との想い出を上書きしたくなかった。その代わりに、インターネットで調べた広尾にあるBlueというバーに出入りするようになっていた。

 Blueは大柄で森のくまさんのようなマスターが居るバーで、カウンターしかない小さなバーだ。私はいつも一番奥のスツールに腰かける。
「マスター。いつものを。」
「はいよ。モヒートだね。」
「うん。」
 私はBlueに来ると決まってモヒートを飲む。元々モヒートは好きじゃなかった。翔太にフラれた自分を変えたくて飲むようになった。まぁそうやって意識をしている時点で、まだ私は変われていないのだろうけど。

 いつも私がBlueへ来ると、決まってカップルが1~2組来ているのだが、今日はまだ誰も来ていなかった。
 モヒートを飲みながら、煙草を噴かしていた。
「小都子ちゃん最近どうなの?」
 マスターが話し掛けてきた。
「最近て何が?」
「良い人とか居ないの?」
「居ないー。」
 そう言って私は煙を吐いた。
「居たら金曜日の夜に1人でここに来たりしないでしょ?」
「それもそうかぁ」
 そう言ってマスターは大袈裟に笑った。

 翔太と別れて1ヶ月が経った。今頃奥さんと仲良くやっているのだろうか。もし、奥さんではなく私との間に子どもが出来ていたら、今頃、、、、。


 飲み始めて1時間が経った頃、1組のカップルが入ってきた。新し目のスーツを着た男の子と、可愛らしい服を着た女の子だった。私に気を使ったんだろうか、一番離れた席に腰かけた。私は体を少し壁側に向けた。私を気にせず二人で楽しめるように、私は自分の世界に潜った。モヒートと煙草の匂いが混じった、私だけの世界へ。






<♠>
 早紀から連絡が来て、僕達は二人の家の中間地点にある広尾で待ち合わせることになった。電話口で早紀は用件を言わなかった。ただ「話を聞いて欲しい。」とだけ言われた。早紀の声からいつもの元気が無いような気がした。

 翌日、仕事が終わり日比谷線で広尾へ向かった。早紀とは改札を出た所で待ち合わせることになっていた。
 広尾駅について改札へ向かうと、改札の向こうの柱にもたれ掛かる早紀を見付けた。視線はスマートフォンに落とされていた。
「早紀。」
「あ、お疲れ様。わぁスーツ。ちゃんと働いてるんだね。」
「ちゃんとって何だよ。ちゃんとって。」
「だって初めて見るから。」
 そう言って早紀はケラケラと笑った。そういえば、就職してから会うのは初めてだったか。

「この近くにレストランとバーあるけど、航お腹空いてる?」
 早紀は僕を待っている間、スマートフォンで近くのレストランやバーを調べてくれていたらしい。
「そうだね。仕事終わりだし空いてるかな。」
「そりゃそうだよね。私ったらもう。」
 なんだかいつもの早紀とは少し違うような気がした。心ここに在らずというか、目が虚と言うか。

 僕らは近くにあったレストランに入った。お洒落なイタリアンという訳ではなく、ファミリー向けの親しみやすい洋食屋という感じだ。
 僕はハンバーグセットを、早紀は小エビのパスタをオーダーした。ドリンクは、早紀がアイスティーをオーダーしたので、僕も同じものを頼んだ。
 最近の仕事の近況なんかを話しながら、食事が続いていく。早紀の相談は特に始まる気配がなく、そのまま食事を終え店を出た。

 早紀の相談とはなんだったのだろうか。そんなことを思いながら、とぼとぼと歩いていたら、恵比寿駅の入り口まで来てしまった。このまま何もなく終わる。そんな気がした時だった。早紀が急に立ち止まり、声を出した。
「ねぇ航。まだ時間ある?」
「うん。まだ大丈夫だよ。」
「お酒飲みたいな。付き合ってくれない?」
「お。いいね。じゃあ何処かバーかなんかに行こうか。」
「ありがとう。調べといたから、ここ行こう。」

 僕達は駅を出てそのバーへ向かった。時刻は21時半を回ったところだった。
「おかしいなぁ。この辺のはずなんだけどなぁ。」
 そう言いながら早紀はスマートフォンをくるくる回していた。地図を読むのが苦手なのは相変わらずみたいだ。
「ん? 貸してみな。」
「うん。航分かる?」
「ほら、そこだよ。」
「え? どこどこ?」
「bar Blue。ここだろ?」
「うん。それそれ。」
 bar Blueは裏路地にあり、且つ地下にあったのできっと早紀だけだったら見付けられなかったと思う。ブルーのネオン管が目印のようだったのだが、階段の途中に掲げられていた。これではなかなか気付けないだろう。

 bar Blueに入ると一番奥のスツールに1人の女性が座っていた。誰かを待っていると申し訳ないので、僕達は一番手前のスツールに座った。といってもbar Blueはカウンターに5席しかないないので、それなりの距離には居る。
 そうこうしていると、バーカウンターの奥からのそのそと大きな体をした男性がやって来た。マスターだった。こちらへやって来てにっこりと笑ったので、僕はシャンディーガフを、早紀はサングリアの赤を注文した。
 渡されたアルコールを手に、僕らはグラスを交わす。小気味良い音が静かに響き、漸く夜が始まった気がした。

「そういえばさ、相談事があるんだっけ?」
 聞くとしたらこのタイミングしかなかった。
「あ。ごめんごめん。」
 早紀は少し慌てたような素振りをした後で、表情を、空気を変えた。
「実はね、アッ君が最近怪しいの。」
 早紀は淳の事を″アッ君″と呼ぶ。
「アッ君、最近女の子とよく遊びに行ってるみたいなの。私心配で。私このままフラれちゃうのかなぁ?」
 怒りを覚えず、不安を抱く辺りが実に早紀らしい。
「何言ってんだよ。てか話ってのはそれかよ。」
思いがけない相談で思わず笑ってしまった。
「他に何があるのよ!」
「いや、ほら病気とか、、、金銭的なこととか、、、?」
「そんなのあるわけないでしょ!」
 そう言って早紀は膨れた。
「真面目に悩んでるの! 不安なの!」
 膨れた早紀も可愛かった。愛しく思えた。でも、それと同時に淳への愛の深さが垣間見れて、少し複雑だった。

 話があると呼び出されたときから心配していた僕は、内心ほっとした。
「大丈夫だよ。アイツならきっと。見た目のわりに真面目だし、早紀のこと大切に思ってると思うよ。そのこと一番良く知ってるの早紀なんじゃない?」
 我ながらナイスフォローだ。淳が合コンに行っているとは口がスベっても言えないのだ。そう答えるしかなかったのだけれど。
 早紀の表情が少し和らいだのが分かった。そして、僕はこう続けた。
「早紀はもっと自分に自信を持ちな。親友の俺から見ても、お前はなかなかいい女だと思うよ。」
「本当?」
 早紀の表情に陽が射した。それと共に僕の心にある陰りにも陽が射した気がした。諦めという名の陽が。

 早紀がトイレに立ったタイミングで、僕は淳にLINEを入れた。合コンがバレていることを伝えると、淳は驚いたような顔のスタンプを送ってきた。そして、続けざまに焦った顔のスタンプも送ってきた。恐らく言葉にならないほど驚いて、焦ってるんだろうなと思った。アイツらしいや。

 暫くしてトイレから帰ってきた早紀の表情は晴れやかだった。淳から″これから会えないか?″とLINEが来たらしい。僕は″もう少し飲むから″と早紀に告げ、早紀を送り出した。″いってらっしゃい″と。
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