最低な恋の終わり、最高の恋の始まり

榊 海獺(さかき らっこ)

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Chapter3 : 邂逅

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<♥>
 後から入ってきたカップルは、カップルではなかった。別に聞き耳を立てていた訳ではない。あまりに楽しそうに話すものだから、聞こえてきてしまったのだ。BlueではいつもJazzが掛かっているのだけど、それでも聞こえてきてしまったのだからしかたないだろう。
 彼らは友人、、、(親友と言ってたっけ?)で、女の子の方の彼氏について話をしていた。それで、さっき女の子の方がお店を出ていき、今男の子が1人で飲んでいる。喧嘩という雰囲気ではなかったから、きっと男の子が女の子の背中を押して、女の子は彼氏にでも会いに行ったのだと思う。まぁそれだけじゃないんだろうけど。


 私は何故だか分からないが、彼と話をしてみたい衝動に駆られた。そして、気付いたときには声を掛けていた。
「ねぇ。」
 一瞬マスターがこちらをチラリとこちらを見たが、自分のことではないと分かると、視線を戻した。
「ねぇ。」
 今度は男の子がこちらを向いて私と目が合った。
「ねぇ。あの子行かせてよかったの?」
 男の子がキョトンとしている。
「話聞こえてきたんだけど、君はあの子のこと好きだったんじゃないの?」
「え?」
「だから、君はさっきの子のこと好きだったんじゃないの?」
「なんで分かるんですか?」
「ちょっとそっち行っていい?」
「は、はい。」
 男の子は怪訝そうな顔をしながらも頷いた。

「あ。もうグラス空じゃない。マスター。同じの1つずつ。」
「はいよ。」
 マスターがニタリと笑いながら答えた。
「なんでそう思ったんですか?」
 男の子が話を戻した。
「なんで?って、あの子が出ていってからの君の表情を見てれば分かるわよ。」
「そうでしたか。それはそれは。」
「俯いて、哀愁も漂ってたし。」
「はぁ。」
 男の子は溜め息混じりで答えた。
「確かに僕はあの子のことが好きでした。でも、もう昔の話ですよ。今、あの子には大切な人が、あの子のことを大切に思ってる人が居ます。僕の親友なんです。あの子の彼氏は。」
「君は本当にそれでいいの? さっきの流れなら、別れに導くことも出来たはずよ。」
 男の子は視線を下に落とした。
「それはそうですけど。」
「それにあの子がトイレへ行ってるときに、君は親友?彼氏?に連絡して仲を取り持ったでしょう。」
「なんで分かったんですか?」
「そんなの会話の流れから分かるわよ。スマートフォン弄ってたし。ねぇ。いつもそんな感じなの?」
「うーん。確かにいつもこんな感じかもしれません。」
「やっぱりね。それじゃ君はいつまで経っても″いい人止まり″よ?」
「・・・・・。」
「恋愛ってのはね、ただ優しいだけじゃダメなの。時に強引に自分のエゴをぶつけないとダメなの。そうしないと、これから先の恋愛も利用されておしまいよ。」
「そうなんですね。」
「そうよ。」
「勉強になります。」
「真面目か!」
「今までこうやって生きてきたので、これが普通と言うかなんと言うか、、、。」
「あはは。やっぱり真面目だ。」
 私達はシャンディーガフとモヒートが運ばれてきた事に気付かないくらい会話に夢中になっていた。
「あ。かんぱーい。」
「は、はい。乾杯。」

 アルコールの摂取量が増えても、彼は変わらず真面目だった。酒乱だったら面白かったのに。私って意地悪。でも、ちょっと可愛かった。純粋で真っ直ぐで友達思いで。そして何より分かり易い。こんな短時間でここまで分かっちゃうんだから。

 話せば話すほど彼はヘタレだった。恋愛では戦おうとせず逃げてばかり。″譲る″という言葉を盾に自分を護って逃げてばかり。
 私の経験上″残り物には福がある″ということわざがあるけど、恋愛において残り物には福はほぼ無い。優良物件から押さえられてしまい、残ったのは変わり者か訳あり物件しか無くなる。残った物件に福があるのは極めて稀な例。だから、″いいなと思ったら既婚者だった。″となる前に手を打つ必要がある。私のように苦しむ前に。

 彼の話を聞き、時に助言をしながらお酒を飲んでいたら、なんだか久々に楽しい気分になっていた。翔太にフラれて殻に籠っていた心が、表に出たいと疼きだしたように感じた。

 楽しい時間は早く過ぎると言うが、気付けば彼の帰る時間になっていた。歩いて帰れる私と違って彼には終電がある。慌てて彼は会計済ませ出ていった。そして、何故か直ぐに戻ってきた。
「あの、また会えますか?」 
 彼は私に向かってそう言った。思わず吹き出して笑ってしまった。
「何?荒手のナンパ?」
「あ、いや違います! 違います! 話してて楽しかったので、もしよかったらまた会えないかな?って」
「よくここで飲んでるから、来れば会えると思うよ。」
 私が答えるより前にマスターが答えたので、微笑んで頷いてみた。
「ありがとうございます。あ、僕は航って言います。中川航。あのお名前は、、、?」
「広瀬小都子。小都子でいいわ。」
「小都子さん。じゃあ、また。」
 そう言うと航は颯爽と店を出ていった。 

 ずっと横並びで話していたので気付かなかったが、航は整った顔立ちをしていた。
「また会いたいなら、連絡先ぐらい聞かなきゃ駄目じゃない。」
無意識に呟いていた。
「小都子ちゃん今何か言った?注文?」
「ううん。マスター。変わった子だったね。今どき珍しいくらい純粋。」
「そうだね。小都子ちゃん気に入った?」
「うーん。どうだろうね。ちょっと可愛すぎるかな?」
「ふふふ」
 マスターがまたニタリと笑った。



<♠>
 早紀を送り出し、一人で飲みながらスマートフォンを眺めていたら、奥のスツールに座っていた女性に声を掛けられた。彼女の名前は広瀬小都子。雰囲気からいって僕より少し年上だと思う。パンツスーツを着ていたから会社員だろうか。

 僕と早紀の会話が聞こえてしまっていたようで、その事で色々と話をした。誘導尋問のように始まり、途中若干お説教のような感じになり、最後はお互いに笑っていた。今思うと、人見知りなはずの僕が、初対面の女性とこんなにもしっかりと話をしたのは初めてかもしれない。
 勿論最初は戸惑いがあった。しかしながら、話していくうちに不思議とその戸惑いは薄れていった。
 彼女には独特な空気感があった。大人の余裕的な。 僕はその空気感に魅了されていたのかもしれない。自分には無い、自分では出せない空気感に酔っていたのかもしれない。だから、自ずと人見知りは影を潜めたのだと思う。まぁ、そういうことにしておこう。

″優しいだけじゃダメなの。″ 

 彼女の言葉が引っ掛かる。
「優しいだけじゃダメかぁ~。」
 Blueを出てすぐに言葉と一緒に溜め息が漏れた。夜の闇に溶け込んで消えていく。昔から優しさしか取り柄がないと言われてきた僕にとって、その一言はあまりに重く、深く心に響いた。今まで築いてきた人間性という仮面を砕かなければ、次には進めないということなのだろうか。

″優しさを取ったら僕には何が残るのだろう?″

 いつの間にかそんな事を考える時間が増えていた。それと同時にあの日の事を思い出し、彼女ともう一度会って話してみたい。そう思うようになっていた。彼女に会えば、まだ見ぬ自分に出会えるような、そんな気がした。
 しかしながら、そう思えば思うほど、自分の話ばかりをしてしまった後悔を覚えることも事実だった。彼女の事で分かったのは″小都子″という名前だけ。せめて連絡先だけでも聞くべきだったな。
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