最低な恋の終わり、最高の恋の始まり

榊 海獺(さかき らっこ)

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Chapter4 : 芽出

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<♠>
 あの日から1週間が経ち、僕は再びbar Blueへ足を運んでみる事にした。あの日と同じ金曜日であれば、彼女が居るのではないかと浅はかな考えを抱いて。
 この間は早紀と地図を見ながら来たが、道筋はなんとなく覚えていたので、今回はすんなり辿り着いた。そして、扉の前で深呼吸。この扉の向こうに彼女が居ることを願って扉を開けた。

 カランカラン。

「いらっしゃい。」
 マスターがにっこりと笑って言った。
「どうも。」
 軽く挨拶を交わし、視線を奥のスツールへ。しかし、そこに彼女の姿はなかった。それどころか、お客さんは誰も居なかった。それもそうか。想いのあまり、開店時間に来てしまったのだ。誰も居るはずがない。この後他のお客さんが来たときの為に、僕は1番奥のスツールに腰を下ろす。

「マスター。バドワイザーを。」
「はいよ。今日は一人なの?」
「はい。一緒に来る相手も居ませんから。」
「そうなの? そういえば、その台詞この前も聞いたなぁ。」
「え?」
「確か小都子ちゃんが言ってたんだっけなぁ。」
「え。ってことは小都子さんは今、。」
「さあ。その辺は本人に聞くといい。」
「それもそうですね。」
そう言ってマスターはケタケタと笑った。

「今日は小都子ちゃんに会いたくて来たの?」
「あ。はい。小都子さんに会えるかなって。」
 まだアルコールも入っていないのに、顔に熱を帯びていくのが分かった。
「今日は来るかなぁ?」
 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべてマスターが言った。その時。

 カランカラン。
 
 ドアチャームが鳴り、ドアが開いた。鼓動の高鳴りを感じる。一瞬視界がスローモーションになったような錯覚を覚える。足音に耳を澄ませてみる。足音は二つ。入ってきたのは一組のカップルだった。そして、僕の方をチラッと見て、1番手前のスツールに腰を掛けた。きっと前回の僕もあんな感じだったのだろうなと思った。
 暫くしてスーツ姿の中年男性一人が入店し、5席中4席が埋まった。

 その後は誰も来ず、気付けばニ時間近く一人で飲んでいた。あまり一人で飲み歩く事がないので、何をしていいのか分からず、アルコールばかりが進んだ。意識が遠退く。元々あまりアルコールに強い方ではないのだ。その時だった。



「そこアタシの席。」


 後ろから声がした。振り替えると彼女が立っていた。驚いて、咄嗟にマスターを見る。マスターがニヤリと笑った。彼女を見る。同じくニヤリと笑った。一瞬で遠退いた意識が戻ってきた。寧ろ研ぎ澄まされたかのような緊張感が漂い、手が汗で湿った。

「マスター。モヒート頂戴。あと、君。そこア・タ・シの席。隣行って。」
 彼女が悪戯に笑う。僕はすぐに席を譲った。というより譲らざるを得なかった。彼女と横並びになり店内は満席になった。
「今日は一人なんだぁ。この間の娘とは?」
「やめてくださいよ。」
「あはは。可愛い。可愛い。」
 彼女はまた悪戯に笑った。きっと″小悪魔″という言葉は彼女の為にあるんじゃないか? と唐突に思った。
「今日はなんで来たの?」
 彼女が微笑みながら聞いてくる。答えが分かっているかのような笑みを浮かべて。
「小都子さんにもう一度お会いして、お話がしたくて。」
「あら。そうなの? 嬉しい。でも、そんなこと言っても何も出ないわよ。」
「そんなんじゃ、ありません。ただちょっとお話をと。」 
 顔が更に熱を帯びてくる。
「小都子ちゃん。あんまりいじめちゃダメだよ。」
 悟ったようにマスターが助け船を出した。
「はいはい。マスター分かってるって。」
「はい。モヒートね。」 
 彼女は差し出されたモヒートを一口飲んでから、こちらを向いて話始めた。
「で、話ってのはこの前の娘の話? それとも別?」
「別です。別。この前の娘のことはもう本当にいいので。それより、この前は僕の話ばかりをしてしまったので、小都子さんの事が知りたくて。」
「何緊張してるのよ。てか、あのね。初対面であんなに自分のことペラペラ喋るの君くらいなものよ。」
「あ。航です。」
「大丈夫。ちゃんと覚えてるわよ。ってそこ?」
彼女はケラケラと笑った。
「逆に航は私の何を知りたいの?」
「えっと、あの、その。」
「はい。こっち向いて。目を見て言ってごらん。」
 彼女は白く細い手で僕の頬を掴み、自分の方へ向けた。前回は酔っていたせいもあり、視界がボヤけしっかりと見れていなかったが、近くで見た彼女はとても綺麗だった。くっきりとした二重。細くも太くもない眉。すっと伸びた鼻。ぷっくりとした唇。今まで出逢った人の中で、間違いなく1番の美人。早紀はどちらかというと、綺麗というよりは可愛い系なので、彼女は間違いなく1番の美人だ。僕は息を飲んだ。 

「はい。で、なぁに?」  
 彼女は僕の顔を覗き込んで話を続ける。
もうここはダメ元で行くしかないと思った。当たって砕けろ。
「あの小都子さんはいつも一人で来られてるんですか? 」
「いきなりそれ? もう。口を開くと皆同じ事聞くんだから。男ってやつは。」
「いや、そんな変な意味じゃ。」
 なぜかマスターがクスクスと笑っていた。他の人にもよく聞かれているのだろうか? まあこのルックスなら無理も無いか。
「あのね。航。金曜日のこんな時間に一人で飲みに来てる人に相手が居ると思う?」
 彼女は半分呆れながら言った。
「居ないわよ。彼氏なんて。」
 彼女は正面に向き直し、視線を宙に浮かせた。
「1ヶ月前に別れたの。他に大事な人が居るんだってさ。」
「あ。なんかすいません。」
「なんで謝るのよ。聞きたかったんでしょう?」
 再び僕の顔を覗き込み、悪戯に笑う。
「でも、」
「大丈夫。こっちももう終わったことなの。あとは前を向いて歩いていく。それだけ。」
「ポジティブなんですね。」
「私だって最初は奪い取ってしまいたいと思ったわよ。でも、相手にその気がなければそんなのただの戯言。どんなに愛しても、どんなに待ってもダメなものはダメなの。」
「そうですよね。」
 彼女の言葉には説得力があった。
「ほら。やっぱりこの前の子を引き摺ってるじゃない。」
「いや、違うんです。」
「何が違うの?」
「恋愛って、そういうものなんだな。と思いまして。」
「なーに畏まってんのよ。」
「すいません。」
「航はいつもそうやって謝ってるの? 」
「そうかもしれません。」
「まずはそこからだね。そこを直さないと。」
「早紀、。あ。この前の子みたいに気の知れた関係ならそんなことはないと思うんですけどね。」
「あの子、早紀ちゃんって言うんだぁ。」
 彼女はニヤリと笑った。
「そこはいいんです。」
 温くなったバドワイザーを流し込む。
「まぁとにかくね、男なら謝ってばかりいないで、もっとドンと構えとけばいいの。マスターみたいに。」
 マスターは不意を突かれたのか一瞬目を丸くして、そのあとで得意気な表情を作り、胸元に手を二回当てた。
「それと余裕も必要だね。大人の余裕。」
「大人の余裕ですか?」
「そう。常に平常心を保って、相手を受け入れることが出来るようにしないと。いざ、向こうがその気になった時にあたふたしてたら、一気に熱が冷めちゃうわよ。」
「そうですかぁ。」
「そうです。」

 彼女との会話はこのあとも続き、気付けばまた帰りの時間になっていた。
「あ。そろそろ。」
「帰りの時間ね。楽しかったわ。」
「本当ですか? あの。小都子さん。またこうしてお話したいので、出来れば連絡先を教えて貰えますか?」
「ふふ。航はオドオドしてる割に言いたいことハッキリ言うタイプよね。」
「あ。すいません。すいません。」
「だから、それ。謝りすぎ。いいわよ。LINEでいい?」
「はい。宜しくお願いします。」
 こうして僕は彼女の連絡先を手に入れた。
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