最低な恋の終わり、最高の恋の始まり

榊 海獺(さかき らっこ)

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Chapter5 : 成長

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<♥>
 いつものようにbar Blueへ行くと、私の指定席(勝手に言ってるだけだけど)に航が座っていた。航って誰かって? 1週間前にBlueで会った男の子。私に会いたくて来たんだってさ。最近はそういうの無かったから嬉しいね。
 飲み始めていきなり”彼氏は居るのか?”的なことを聞いてきた。この子はきっと恋愛経験があまり無いんだと思う。反応もいちいち初々しいし。まぁそこが航のいいところなのかもしれないけれど。まだ何色にでも染まる。真っ白なキャンバスみたい。

 とりあえず、今回はちゃんと連絡先を交換した。そうしたら航は満足気に帰っていった。
「絶対連絡しますね!」
 なんて言って。もう結構酔ってるみたいだった。マスター曰く私を待ってる間に酔いが回ってしまったらしい。お酒はそんなに強くないみたいね。


 航から連絡が来たのは2日後のことだった。もちろん当日に社交辞令程度の軽いやり取りはしたんだけど、誘われたのは3日後だった。
「来週の金曜日にbar Blueで会えませんか?」
 そうメッセージが来たので”OK”とスタンプを送った。仕事終わりに落ち合うことになった。

 当日。仕事をある程度のところで見切りをつけ、Blueに向かった。誰かと待ち合わせなんて久々のことで、胸が弾んだやら弾まなかったやら。この日も航は私より先にBlueに居た。
「あ! 小都子さん!」
 航が嬉しそうに声を上げる。マスターにモヒートを注文して私はいつものスツールに腰掛けた。
「お疲れ様。今日は普通のビールなんだね。」
「今日はって、前回もビールでしたよ。」
「そうだっけか。ごめん。ごめん。」
「小都子さんはモヒートですか?」
「そうよ。決まってこれ。ミントの香りが鼻を抜けていく感じが好きでさ。航はシャンディガフじゃなくていいの?」
「はい。いいんですビールで。初めて来た時は少しお洒落に見せたくてシャンディガフを飲んでたんですが、普段あまりこういうバーには来ないので、本当はビールの方が落ち着くんですよね。」
「そうか。早紀ちゃんの前でちょっと気取ってみたんだぁ。」
「まぁ、そんなところです。って名前まで覚えてるし。」
「私の記憶力を舐めないでよ。やっぱり引き摺ってるんじゃないの?」
「いやいや、全然。全然そんなことはないです。」
「冗談よ。大人な自分を見せたかったのね。」
「それです! それです!」
 いちいち反応が可愛い。ノリも良さそう。

「それで、航は私と話したかったんでしょ? 何を話したかったの?」
「えっと。あの。」
「航。歳はいくつなの?」
 航が今気になるのは年齢くらいだろう。そして、聞きづらそうにしていることから尚更。この後航が話の流れで聞けるよう、こちらから優しく聞いてあげた。
「24です。」
イメージ通りだった。どうりで新し目なスーツを着ている訳だ。
「そっか。大卒って言ってたもんね。新卒で就職したって感じか。」
「そうです。今年新卒で就職して、工業系の商社で営業をしています。あの、小都子さんはおいくつなんですか?」
 来た来た。やっぱり。
「私は27よ。」
「大人の女性って感じですよね。」
「そんなことないわよ。歳が3つしか変わらないんだから敬語は無しね。」
「へ?」
「何も遠慮することないのよ。その方が話しやすいでしょ?」
 マスターがニッコリ微笑んでいる。
「あはは。急にそう言われてましても。」
 絵に描いたような苦笑い。困ってる。困ってる。
「それと私のことを呼ぶときは小都子でいいから。」
「いや、さすがにそこは”小都子さん”でお願いします。」
「はい。それ敬語(笑)」
 困った顔をしている航も可愛いかった。
「とりあえず、今日は許してくれませんか? 次回はちゃんと敬語使わないようにするので。」
「仕方ないわね。今日だけよ。」
「ありがとうございます。」

 年下の男の子との接点なんて、私には今まで殆どなかった。学生時代から気付くと年上とばかり連るんでいた。今思うと大人振ってただけなんだけど。だから航との出逢いは新鮮だった。というより、ここまで純粋で真っ直ぐな人間に会ったのは久し振りだったからかもしれない。高校の時の数学教師以来か。純粋で真っ直ぐだから意地悪したくなる。

「ねぇ航は今彼女居ないのよね? 彼女欲しいの?」
「そりゃ欲しいですよ。」
「そうなんだぁ。じゃあ航はどんな人がタイプなの?」
「僕のことを好きになってくれる人ですかね?」
「それは答えになってないわね。」
「そうですか?」
「なんとなく航に彼女が出来ない理由が分かったかも。」
「と、言いますと?」
 航は目を丸くしている。
「ねぇ。早紀ちゃんは航のことを好きになってくれた? 違うでしょ? でも航は好きだった。」
「確かにそうですね。」
「ということは、早紀ちゃんは″自分を好きになってくれた人″ではないわよね。じゃあなんで好きになったの?」
「そうですねぇ。一緒に居て安心するというか、気を許せるからですかね。あと楽しいんです。早紀と居ると。」
「ほら。あるじゃない好きなタイプ。」
「あーなるほど!」
 航は右手で作った握り拳を左手の掌に当てた。
「そのリアクション古いから。」
 吹き出して笑いそうになった。
「あはは。」
 航が大袈裟に笑った。
「ちなみに航は誰かに告白をしたことってあるの?」
「いや、無いですね。告白したこと。まず友人関係を築いて、仲良くなってから告白をしようと思ったら、相手に彼氏が出来ているパターンがほとんどでして。」
「それだ。航に彼女が出来ない理由その2。好きなら好きって言わなきゃ。それじゃいつまで経っても友達のままよ。友達は友達。恋人は恋人なの。」
「でも、友達から恋人に発展する可能性だってあるんじゃ。」
「確かにそのパターンもあるわ。でもね、それって凄く稀なパターンよ。友達から恋人に辿り着くまでに掛かる年月は計り知れない。運が良ければ、それは数週間後や数ヵ月後かもしれない。でも、運が悪ければ数十年後や結ばれない可能性だってある。航はそこに賭けるの?」
「なるほど。その考えはありませんでした。それは出来れば避けたいですね。」
「そこは”避けたい″じゃなくて”避けなくちゃダメ。”」
「はい。」
 素直な返事。先生と生徒か。
「参考までに聞いて。今は街コンやマッチングアプリみたいなライトな出逢いが溢れてるでしょ? 私の聞いたところだと、3~4回目のデートで男性側から明確なアプローチが無かったら、恋愛対象から外してしまう、又は会うことすら止めてしまう女性が大半なんだって。」
「え。大半ですか?」
「そうみたい。だから、スピードが肝心なの。かといって早すぎてもダメなんだけど。」
「難しいですね。」
 航が首を傾げている。そのリアクションも古いっての。 

 そこからは好きなもの嫌いなものなどありきたりな話や、他愛もない話をした。航も私もアルコールが進んだのは言うまでもない。酔った方が変な空気にならず話しやすいし。
 そして今日も航は私を残し帰っていった。私の方が家が近いから当たり前のことなのだけれど。

 航が帰った後、マスターが静かに口を開いた。
「ねぇ小都子ちゃん。恋愛観ってのは人それぞれで、正解は1つじゃないと思うんだ。」
 結構序盤の会話の話だったので、慌てて頭を巻き戻す。
「急にどうしたの? マスター。」
「航君は奥手だけど直感的に人を好きになるタイプだと思う。」
 そして、続けざまにマスターは言った。
「航君には小都子ちゃんみたいなタイプが合うと思う。」
「え?」
 あまりにも唐突だったので、拍子抜けした声を出してしまった。
「そんなことないでしょ?」
「観てれば分かるよ。それと聞こえちゃったから言うけど、航君は一緒に居て楽しい人がタイプなんだろ? 小都子ちゃんと話してる時の航君は凄い楽しそうだよ。」
「それだけじゃまだ分から、、、」
「次で4回目だ。これは見物だね。」
 マスターの言葉に遮られてしまった。

 ″航が私を?″

 まだそう日は経ってないが、出逢ってから今までを思い出してみる。純粋で真っ直ぐな心。心がくすぐったくなるような反応。放っては置けないヘタレな性格。キラキラした笑顔。どれを取っても私が出逢ったことのない人。

 ″航君には小都子ちゃんみたいなタイプが合うと思う。″

 マスターの言葉がループする。そりゃ好かれることは嬉しい。しかしながら、今までアブノーマルな関係に溺れすぎたせいで愛され方が分からなくなっていた。翔太にフラれて以来静まり返っていた心に波紋が浮かんだ気がした。
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